55話。肘の高さまでは積まないの巻
神屋さん頑張る。
「ん、んんん?」
珍しく三河の千寿から尾張の政に関する書状が来たんで「今度は何をするのかのぉ」とウキウキで書状を確認したら、神屋を使って瀬戸にある粘土?を採取するように、そしてソレを岩倉にも分かるようにしろと言う指示が来た。
「…のぉ神屋よ。粘土ってなんぞ?」
字面を見れば粘っこい土なんだろうが、わざわざ瀬戸で?
姫様が三河に行ったので書状を持って来た細目の商人に確認を取ることにした信長。林も平手も恒興も居ないが、今のところ領地の運営に支障は出て居ない。コレは家督争いに勝ったこと、三河勢を打ち破ったこと、さらに邪魔な国人共を処理したこと等色々有るが、止めとなったのは正式に三河守を継承し弾正少弼と権兵部少輔となったことで国人たちが信長に反発する名目を完全に失った為だ。
何せ今の信長は、正式な従五位下の官位持ち(弾正少弼は正五位下だが無位無官からの昇格や武衛を差し置いての昇格となるので断った)。つまり僭称である岩倉の伊勢守や清須の大和守といった守護代家よりも信長の方が格上であることを朝廷や幕府から認められているのだ。
そして現在、大和守家はその信長から「先の戦で三河勢を尾張国内に呼び寄せた」と言う告発を受けていて、二進も三進も行かない状況に追い込まれつつある。更に起死回生を図った三河攻めにおいても、信長が任じた三河守の指示に従わずに戦を仕掛け大敗し、その尻拭いを三河守にさせてしまっているので、かえって信長の影響力が増大し、それに比例して大和守家は尾張国内における影響力を完全に喪失してしまう結果になってしまった。
岩倉は動かなかったと言うだけだが、敵か味方かの二択で動かない等と言う選択肢を許すほど戦国乱世は甘くは無い。そんな連中に味方する国人は極々少数で有り、今や尾張の国人の大半が信長に従おうとしている。
大和守家や伊勢守家がこの状況を何とかする為には長島や今川を動かす必要が有るのだが、今川は三河守と膠着状態。長島は本證寺・上宮寺・勝鬘寺の三寺を始めとした寺社の破却に対して織田に抗議をしたが、そもそもが尾張に攻め込んで来たことに対する反撃である為勢いもなく、さらに門徒の服部も家督争いに乗じて動いていたことも有り完全に沈黙。
実質清須を牛耳っている坂井大膳、織田三位、川尻与一などは何時信長に攻められるかと戦々恐々としていて、何とか岩倉や美濃の斎藤と連絡を取ろうとしているようである。ここで清須ではなく岩倉を狙うというところが千寿の怖いところだが、清須には武衛が居るので流石の千寿も扱いに困ると言うところだろうか。
「あぁえっと、正直言うと僕も良く分かっとらんのですけどね?なんでもそこの土はちょっと特殊らしいんですわ。そんでそこの土を使った石で窯を造れば、鉄やら何やらの増産に役に立つし、ぎやまん細工の作成も可能になるんだとか」
問われた質問に対して素直に答える神屋だが、意図して博多弁を封じているためどうしても不自然な言葉遣いになってしまうし、内容もまた聞きになるので、どうしても曖昧なモノになってしまう。まぁワザと曖昧にして、鉱石の中に含まれる金や銀の情報を隠すと言う意図も有るが…嘘は吐いていない。実際耐火レンガを使用した炉の存在は鉄の増産にも繋がるのだ。
そして信長は言葉遣い程度で千寿が博多から呼んだ商人に文句をつける気は無い。むしろ聞いたことが無い方言を話す商人の持つ情報に対する興味が増すだけである。
「ほう?鉄の増産にぎやまん細工(ガラス細工)とな?と言うか石?その土が有れば石が出来るのか?」
本人も良く分かっていないと言うのは多少不自然だが、親からの指示だったり神屋が抱えている職人からの情報だからだろうか?それに瀬戸の土と言えば、元々尾張では焼物に使われているので信長にも普通の土では無いと言うのは何となくわかる。
と言うか土を使って石を造ると言うことすら初耳であるが……焼物の中身を空洞にしないでギッチリと詰めて焼けば石になるのかの?と簡単に考え、それならいくらでも石を量産出来るし、城とかの防御力を高めることも出来るんじゃないかの?とか、あぁもしや唐の国の城壁ってそうやって造ってたのかの?など、石窯の前提である自力で造れる石に関して興味をそそられていた。
「ま、そうですね。あんまり大きな石は造れませんが、このくらいの石なら量産出来るでしょうなぁ」
そう言って神屋は両手で、空中に大体一尺から2尺くらいの大きさの四角を描く。これは灰吹法で使う炉に使われる石の大きさをイメージしたものだが、一般的なレンガと呼ばれるモノと言っても良いだろう。
「ふむぅ。そのくらいであれば城壁の一部しか造れんか?」
信長が何を望んでるか理解した神屋はココで少し悩むことになる。千寿からは別に信長に隠せとも伝えろとも言われていないが、あくまで千寿は信長に仕える将である。信長に対して反旗を翻す気も無いだろうから、信長の意志を優先するだろう。
ならばここで下手に隠し事をして信長に嫌われてしまうのはよろしくない。
「一つの窯で一回で20~30くらいは造れると思いますよ?。窯の数を増やせばその数だけ増えますし。ただ城壁を造るには年単位が必要になるでしょうなぁ。そんくらいなら鉄を量産した方が良くないですかね?」
神屋にしてみれば耐火粘土で造られたレンガは炉を造るのに使用したいので、城壁なんぞに回されても困るのだ。だからこそ不可能ではないが現実的ではないと強調し、鉄やぎやまんの方に関心を抱いて欲しいところである。
「まぁそうじゃろうな。そう簡単に城壁なんざ造れたら苦労はせんもんな。それくらいなら鉄の増産を急がせるべきじゃろうな」
そして信長もあっさりと神屋の言を認める。そもそも神屋が言う窯を造らないことにはその石は出来ないのだ、優先すべきモノを間違えるようなことは無い。ぎやまんも気になるが、今の織田に必要なのは鉄だろう。
「そうですなぁ。ぎやまんに関しては正直僕らも手探りなんで、予定通り行った場合でも簡単にお渡し出来そうなのは鉄なんですよねぇ」
たとえ千寿が言うようにぎやまん細工が可能になるとしても、まずは炉を造ってから技師を集める必要がある。その上で試行錯誤を重ねて初めて産業として成り立つのだ。
だからこそ神屋は「いきなりぎやまんを求められても困る」と言うことはしっかりと釘を刺すし、信長もそれは理解している。
「鉄を簡単に渡してくれるならありがたい話じゃがのぉ。じゃがそちらも商売じゃろ?儂に何を求めとる?そしてどの程度融通してくれる予定じゃ?」
津島の堀田や大橋らの商人との付き合いが有る信長は、彼らが無償で何かをするなどと言うことは有り得ないと理解をしている。こうしてわざわざ鉄に対して関心を持たせようとしているならば、何か狙いが有るのだと推察するし、狙いが有るならば向こうからの譲歩も迫れると思っていた。
「………ほほぅ。流石は若殿様に姫様が自分の主君に相応しいと判断されたお方ですなぁ」
そしてその考えは間違っていない。
信長の言葉を受けて、今までの緩い感じの仮面を捨て、やり手の商人の顔を見せる神屋紹策。油断をすれば丸飲みされる、油断をしなくとも毒を打ち込まれる。目の前の獲物を捕らえて離さない気配はまさしく蛇。
千寿すらも警戒させる本物の商人が放つ気配に信長も思わず唾を飲み込んだ。
ここで博多の豪商である「神屋」の看板を背負う紹策の素顔を引き出したのは、信長が踏み込んだ一言から生まれる問題。すなわち利益配分である。
今回の件で言えば織田家が銭を出し、織田家が主導して技術開発を行うならば、そこから生じる利益は10割が織田家のモノだろう。だが神屋が銭を出し神屋が研究開発をするならば、織田に利益を与える必要が無い。
神屋は織田の土地から粘土を採取(採掘)するだけで、その費用も織田には求めていない。そのため本来支払うべきは粘土の税か代金くらいだ。
だが商人を見下す大名や国人は、どんな状況であれ商人が上げた利益を奪おうとしてくる。やれ安全に採取出来るのは自分達のお陰だとか、やれ安全に加工出来るのは自分達のお陰だとか、なにもしていないくせに金だけをむしりとろうとする連中である。
勿論紹策としてはそんな連中に金を支払う気は一切無い。
これが千寿にならば礼金と言う形で金銭を払うことに異論はない。それは元々これから発生する利益が彼からの情報提供がなければ明や南蛮に流れていて、自分達には一切入らなかったモノだからだ。そのため堀田が塩で上げた利益と同じように一割か二割、額によっては三割までなら笑顔で支払えると思っている。
だが信長には支払う理由が無い。土地を使うから税を払え?炉をどこに造るかも決めてないのに?何も知らなければその辺の土を買うだけの話。言ってしまえばそれだけでも織田にとっては十分な利益になる。
そして鉄は何処でも売れるし誰にでも売れる。金がなくて人を売るような東国の連中ではなく、豊富な銀山を持つ尼子やそれに対抗している大内。畿内の三好やそれと戦う本願寺のような寺社勢力、国友や堺もだ。
わざわざ尾張で鉄を造り、織田に税を支払う必要など何処にもない。にも関わらず、粘土の買い取りだけで終わらせずに、あえて尾張で作業を行い、織田にも多少の融通を利かせようとするのは三河に居る千寿の存在が有るからに他ならない。
彼は瀬戸で採れる粘土の価値を正しく理解しているし、何より紹策はまだ彼から鉱山についての情報を貰っていない。この新型の炉と誰も手を着けていない鉱山(しかも金鉱山らしい)の組み合わせは明や南蛮とも商いを行い、莫大な富を持つとされる神屋をして無関心ではいられない。
ここでもしも千寿の主君である信長に対し一切の融通を利かせないようなら、その情報はあっさりと別の商人に流されるだろう。何せ神屋は鉱山開発の第一人者ではあっても、唯一の存在ではないからだ。
千寿が「もう神屋には十分な利益を与えた」などと判断するようなことになれば、目の前の金脈が他の商人に流れてしまう。知らなければまだ良かった。だが知ってしまった以上、紹策には千寿から離れる気は無い。
そのため、最悪は千寿への謝礼を二割にして、一割を信長に還元してやっても良いとは考えているのだが(自分等の取り分を減らす気は無いし、鉱山開発の場合はまた違う話になる)それを当たり前だと思われても困る。
……ちなみに姫様がこの場に居たら、当たり前に半分は持っていかれるだろう。なにせ千寿は利益を上げることよりも、商人(民間)による技術開発をしたいと思っているのに対して、姫様は利益を優先するからだ。更に彼女は大名の跡継ぎとして育てられたとは思えないほど数字に強い。
生まれやら血統やらは元より、千寿に対するアレコレが有るうえ、千寿が的確な助言(こちらの利益やら何やらの正確な数字)をして来るので、神屋紹策と言う女が姫様との交渉を行った場合、敗北が確定しているのだ。(九州の商人の大半は負けが確定している)
故に紹策はここに姫様がいたら涙を飲んで大幅な譲歩を認めるだろうが、今彼女はここには居ない。
つまり姫様も千寿も居ない今こそが神屋にとっての絶好の機である。騙すわけではない。ただ正確な数字を言わないだけだ。
この場合、千寿の性格なら「信長め、神屋にやられたな」と苦笑いで済ませるだろうし、姫様は千寿から正確な数字を聞いたあとで「ほどほどにしなさいよ~」と軽く叱責してくる程度で済ませてくれるだろう。
つまり遠慮は無用、むしろ「全力で当たって信長に経験を積ませました」と嘯くことが出来るくらい追い詰める!
そう決意を硬めた神屋から「シャー」と言う威嚇音が聞こえるほどの威圧が発せられる。そんな完全に張りつめた空気の中、信長の孤独な戦いが、今、始まった。
ちなみに神屋さんは身長160くらいの糸目で博多弁とエセ関西弁を使う僕っ子です。Cvイメージは久保ユリカ。B。
基本的にこの時代の商人は帳簿を公開しているわけではなく、決められた税を払うだけですからね。
大名としてもいざとなれば矢銭を徴収したり、徳政令で借金を踏み倒しますから、多少は目こぼしをしてそれなりの体力を持たせようとします。
そこでもう無理っす!限界っす!と言って大名に支払う額を抑えるのが商人の腕の見せどころなんですが……千寿君は大体の予想をつけれますし、それを聞いた姫様は嬉々として商人から搾り取ります。
搾り取られた商人は泣く泣く支払うことになりますが、まぁ泣いても利益は出せる程度にはしますので、商人にしてみたら「うわーやりずれー!」程度のモノです。よって蜂起のようなモノは起きませんよ?ってお話。
ちなみのちなみに千寿君のCVイメージはヘルシー太郎=サンです。
以下宣伝のようなもの。
長 「いや、へるしー太郎って……まんま魔王じゃよな?」
姫 「まぁ否定はしないわ」
長 「いやいやいや、作者はアレじゃろ?正田○好き過ぎじゃろ?!」
姫 「まぁ否定はしないわ」
長 「む?なんかアレじゃな?テンション低くない?」
姫 「まぁ否定はしないわ」
長 「???いや、ホント、なんぞ?」
千 「あぁ、アレだ。最近アイデンティティに悩んでてな」
長 「おぉ久しいの吉弘殿!して、あいでんてぃてぃ?」
千 「うむ。久し振り。でもって平たく言えば露出だな」
長 「ろしゅつぅ~?」
千 「いや、コッチは向こうに比べて露出が少ないって言うか、無いだろ?」
長 「……あぁ、じゃが流石にCV伊○静には勝てんじゃろ?向こうはお色気キャラの代名詞みたいな感じじゃし。ま、くぎゅ様に不可能はないがの!」
千 「くぎゅ様の万能性はともかく、さらにゆ○なまで来たからな。せめて格好を東の方みたいにスタイリッシュな和服にしないと駄目なんじゃないか?と考えてるようでなぁ」
長 「ふむ。挿し絵はともかくとして、その方が読者殿も想像しやすいかもしれんわな」
千 「とは言え今、19歳と考えれば…」
長 「……それはなんと言うか、痛い……ぶべらっ?!」
姫 「まぁ否定はしないわ」
長 「否定せんならなんで殴られたんじゃ?!」
千 「俺は19でも良いと思うんだがなぁ」
姫 「千寿がそう言うなら……でも……」
長 「そーゆーのは他所でやってくれんかのぉ?!」
紹 「カリカリカリカリカリカリカリ」
長 「ひぃ?!」
そんな会話が有ったとか無かったとか。
前話では作者の愚痴に付き合わせてしまい申し訳ございません。
頑張って更新していきますので、何卒宜しくお願いします。
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