5話。爺とおっさん警戒するの巻
前半爺様視点。
後半千寿君視点。
勘違い?してないと思いますよ?
千寿君たちはまだ城に着いてないぜ!
あの後、落ち着いた若殿から話を聞いてみれば、鬼とはどうやら例の二人組の内の男の方だとか。かなり怖い思いをしたらしく、きちんと出迎えないと大変なことになると怯えておる。いや、鬼云々以前に基本的に客人はきちんと出迎えないと大変なことになるのじゃがなぁ。
それはまぁ良いとして、じゃ。何でも足りなくなった二人の護衛崩れは討ち取られたのではなく、先触れと案内の為じゃと言うではないか。
詳しく話を聞く限り、向こうは随分と常識のある相手だと言うことはわかった。
何せ言ってることは何一つ間違ってはおらんからの。
そりゃ覗き扱いもされるし若殿も叱られるわい。
まったく、男女の事を教えるのはまだ早いと思っとったが、世の中には触れてはいけないものが有るということはしっかり教えねばならぬな。
しかし、仕官先を探しておる。ときたか。そんな御仁が態々若殿を見にくるとは何と言うか、誇らしさよりも不自然さを感じたのは仕方なき事よな。とは言え、若殿曰く間者の可能性は無いそうじゃ。
殺そうと思えば何時でも殺せたし(なんでそんな危険なことになっとるんじゃ?)、その2人程の者を無駄死にの可能性がある埋伏の毒として送り込むような真似をする者はいない。とのこと。
基本的に埋伏の毒に限らず、間者は命懸けじゃからな。
「儂らを相手にあれだけ高貴な生まれのモノを使うようなことは無い」と言われたらのぉ。
儂はまだ見とらんが、若殿がソレを認め、さらに常識に従った出迎えをせんとヤバイと確信した相手じゃ。そういう相手から、厄介事になる前にこうして挽回の機会をもらえると言うのがどれだけ有り難いことか。
説教の分も含めて礼はせねばなるまいよ。
しかしアレじゃの。結局どの程度の格式の相手なのかがさっぱりわからん。若殿は「どこぞの公家の姫……ではダメじゃな。せめて五摂家の姫と同じような扱いが必要かも知れぬ!」とか言っとったがのぉ。
そんなん一日で準備出来るかッ!!
それなら大殿を呼ばねばならんし、大殿が無理なら御前様を饗応役として呼ぶ必要が有るじゃろう。
いや、むしろ儂らが出迎えることが無礼。武衛(尾張守護・斯波義統)様をお呼びする必要があるわい!
じゃが実際のところ、どこの誰かも分からぬ者相手にそのような準備はできぬし、大殿への連絡も「貴人が若殿に会いに来た。詳細は明日の会談の後連絡致します」程度のことしかできんかった。
せめて林殿と儂がしっかりとした礼装をせねばならんが……
「平手殿ぉ!平手殿ぉぉぉぉぉ!!」
そう考えていたところ、儂を呼ぶ叫び声が部屋に迫ってくる。
夜半と言うことで一度屋敷に帰った林殿が登城したらしいの。
そして、やはりというかなんというか。かなり焦っておるのぉ。
「落ち着かれよ林殿。我らが慌てては城内の者どもも落ち着きませぬぞ」
まずは落ち着いてもらわねば。儂とて余裕があるわけではないのじゃ。
「そ、それはそうですが……し、しかし若殿が! あの若殿がっ!」
わかる。この焦りはスゴク・良くわかる。なにせ若殿が「普段の行いを謝罪して林にも協力を頼む」と言っとったからの。儂と同じように呆然自失した後に医者を呼ぼうとしたじゃろうな。
ちなみにその医者は隣の部屋に控えとるから、林殿が「医者を呼べ!」と言った次の瞬間に「はっ! ココに!」とか言って医者が現れ、林殿に胃薬を渡したことじゃろう。
その様だけを見ればただの喜劇じゃが、今の儂にそれを笑う余裕など無い。
「白湯を用意する故、暫し待たれよ。……お話は耳にされましたかな?」
落ち着かせるために白湯を飲ませ、確認を取る。
「は、話どころか、若殿が頭を下げた時点で医者を呼んでしまいましたぞ! それを見た若殿は某の様子を叱ることもなく、ただ溜息を吐かれ「すまぬがこれから礼法のおさらいをするので話は爺に聞いてくれ」と言われまして。 あの若殿が! 「すまぬ」とか「礼法のおさらい」ですぞ! 一体何があったというのですか!?」
うむ、想像できぬよなぁ。儂もじゃ。話を聞いてもさっぱりわからん。取り合えず大橋殿と堀田からの書状を林殿に渡し、それを目で追っている林殿に補足の説明をすることにした。
「なんでも鬼のような強さを持つ武者を旅の伴に連れた『姫様』と呼ばれる高貴な方が仕官先を探しているらしいのです。その一貫として若殿を見に来たそうですな」
書状を確認し、儂の補足説明を受けた林殿は首を捻っておる。
うむ。良くわからんじゃろ? 儂もじゃ。自分で話しててもさっぱりわからん。高貴な立場ならば仕官先など探す必要もないし、そもそも仕官先なら若殿ではなく大殿じゃろうて。
「その、高貴な姫様とはどこの姫様なのでしょうか?」
うむ。そもそもの問題はそこじゃよな。
「それが分からぬのです。堀田も堺からの紹介状を持ってきたと言うことしかわかりませぬし、その内容も高貴な方としか書かれておらぬそうでしてな。実際にお会いした若殿は公家の姫ではないかと推察しておるようです」
つまり、さっぱりわからん。
「公家……それなら大殿に連絡をすべきでは? いや、すでに若殿が会われたと言われましたか?」
うむ。気付いたの。嫌な予感がすると顔に書いておるわ。
「実は昼前に大橋殿から、この高貴な方が津島で一番の宿を取ったと言うことで連絡が入りましてな。興味を抱いた若殿が恒興と護衛崩れを連れて見に行ったのです」
「何してんだあのうつけが……」
頭を押さえた林殿がポツリと何やら溢したが、儂は何も聞いとらんぞ。
「で、そこで若殿の無礼を咎められ、明日登城するゆえそれなりの支度を整えて置くようにと言われたようです」
若殿は貴人を出迎える為の礼法のおさらいや出迎える為の衣服を選択中。儂らはその間できるだけの準備をせねばならぬということじゃな。
「あぁ、なるほど、それで某や平手殿に協力を頼みたいと言うことですか」
林殿も現状に納得したようじゃの。
「左様。そして姫様の身分ですが、護衛崩れ共は、向こうの護衛に酷く怯えておりましてな。姫様と呼ばれた相手の印象がほとんどないのです」
ただ「逆らえば殺される!」だの「平手様! 若殿を! 若殿を逃がさなきゃ!」と騒ぐだけじゃ。
腕っ節に自信があり、増長していたあやつらが逃げを選択する相手と言うのがアレじゃが、そもそも貴人の護衛というのはそういう力を持った本物の武人じゃ。上には上がおるものよ。
あやつらにも良い勉強になったと思えば、その点も感謝せねばならぬの。
「むぅ。それだけの情報しかないのでは、下手に大殿に連絡することもできませんな。かと言って我らが饗応した後で「大殿がおらぬ」と無礼を咎められる可能性も有るでしょうし」
そうなんじゃよなぁ。妥当なところでは信広殿か信光殿を若殿の補佐として呼べれば良いのじゃが、今からでは時間がなさすぎる。
それもこれも、向こうが我らの即応力を試そうというものかもしれんが、中々に厄介な相手よ。
「これからその旅籠に人をやりますか? ご機嫌伺いとしてそれなりの人間を送り、どの程度の身分か確認させてから支度を整えれば、まだなんとかなりませぬか?」
本来ならそれが妥当なんじゃがのぉ。
「この時刻ではその確認すら無礼になりませぬかな?」
すでに戌の刻(PM07:00)を過ぎ、亥の刻(PM09:00)に近い。このような時に旅籠へ押しかけると言うのも無礼じゃろうて。ご機嫌を伺いに行って機嫌を損ねられたら堪ったものではないぞ。
「む、確かに。しかしこれから用意するとしても登城が明日では準備も何もできませぬ。……もしやこれは、最初から我らや若殿を嵌めるための罠ではありませぬか?」
林殿はその二人組が若殿に失点を作る為に何者かに雇われたと見たか。
普通ならその可能性は確かにある。むしろ高いやもしれぬ。どのような饗応をしようとも「無礼があったので仕えぬ」と言われてしまえば終わりじゃしな。
じゃがのぉ。
「儂も考えましたが、その線は無いと思われますぞ」
「……何か根拠がお有りで?」
謀略の類ではないと断言した儂に林殿が訝しげな目を向ける。知ってることは話して欲しいと言うことじゃろうな。
「まず、若殿の話を聞けば間者では無いと分かり申す。さらにそういった「いちゃもん」を付けに来た公家と考えても、護衛の格が違いすぎますな」
あの護衛モドキどもを恐怖で動かすなど尋常ではない。そのような者を連れた公家など聞いたことがないわ。
「なるほど、若殿に恐怖を覚えさせ、常識的な饗応を選択させる程の者ですからなぁ」
うむ。凄い説得力じゃ。
「そもそも貧乏公家が尾張に来て偉そうにしても、堀田や大橋殿の目は誤魔化せんし、堺も紹介状など書きませぬ。当然若殿とて物乞いの類相手にあのようになることはありませぬぞ」
稀にじゃが大殿が朝廷に大金を献金しとるから、羽振りが良いと思った公家どもが御機嫌伺いと言う名の物乞いに来るのよな。そのような浅ましき連中の心中など若殿でなくとも丸わかりじゃ。
「ふむ。言われてみればそうですな。では本当に高貴な方を雇っていた場合はどうなりますか?」
もし本当に高貴な方なら、このような姑息な真似はせんじゃろ。まぁ金に釣られたという可能性は有るじゃろうが。
「そもそも若殿を追い落とそうとする連中には高位の公家を雇う金がない。まさか大殿がそれに金を出すわけがないですしな」
儂がそう言えば林殿も「然り」と頷く。現時点で言えば、若殿を後継者に指名し、一番それを押し通そうとしとるのは大殿じゃ。今更若殿が不利になるような真似はせんはず。
「そして何より、若殿を追い落とそうとするなら例の御仁が若殿に説教などする必要がないでしょう?」
このままで居れば黙っとっても「うつけ」として家中から排斥されるのじゃからな。
「それはそうですが……ん? 説教?」
あぁ、林殿は何も聞いとらんからな。その辺の情報のすり合わせも必要じゃろうて。
――――
カクカクシガジカマルマルウマウマ
――――
「なんとまぁ」
若殿から聞いた内容と、護衛崩れや恒興から聞いた話を儂なりに纏めた話を聞いた林殿の感想は実に簡素なものじゃった。
逆に言えばそうとしか言い様がない。とも言うがの。
「となれば本当に若殿を見に来たと考えるのが妥当ですか。それで若殿は、その御二方に無様を晒せぬと言う意気込みで礼法のおさらいをしているのですな」
武威で以って脅された挙句に放置されて、散策から帰ってきたと思ったら「明日になったら城に行くから待ってろ」と言われたのじゃ。そりゃ見返してやりたいとも思うし、本気で自分を見に来たと言うなら良いところを見せたいじゃろうて。
「そのようですな。儂としても、理由はともかくとして、こうして他者を出迎えるためにしっかりとした準備をして下さると言うなら反対する理由はござらんよ」
いや本当に。普段ならこれだけでも涙を流して大殿に報告しておるわ。
「それに関しましては某も同感です」
林殿もしみじみと頷いておる。苦言を聞いてもらえないばかりか、常に真逆のことばかりされて来たからのぉ。
「向こうの狙いが宣言通りに若様を見に来たと言うのであれば、我らが一日で出来る準備の程もしっかり理解しておるでしょう。つまり普段通りの我らと、一日で出来る準備の内容の確認をするのが目的と思われますな」
あとは若殿の態度の見物かの。
「なるほど。それでは我らは最低限無礼が無いようにすれば良い、と?」
「よほどの抜けがない限りは大丈夫かと存じます」
儂らは無理をする必要はない。一日で出来る事をやれば良いのじゃ。
極端な話、いきなり水をぶっかけたり、通路の角で全力で走ってきた者がぶつかってきたり、急に馬が暴れだしたり、調練中の弓兵から矢が飛んできたりしなければ良いのじゃ。
あとは向こうと若殿次第。尾張の虎と言われた大殿が己の後継者と見定め、儂らがお仕えする若殿に相手が何を見るのか。少なくとも若殿に説教して言うことを聞かせられる人材じゃ。願わくば当家に仕官して欲しいものじゃのぉ。
とりあえず明日に備えねばならぬ。
なにせ明日に登城すると言われたが、それが何時かわからんのじゃ。先触れがあるとは言え油断はできぬ。早朝だったり、はたまた昼過ぎだったり、もしくは夕暮れどきやも知れぬ。
こちらから使者を出しても良いが、催促になってはいかんからソレは昼過ぎに出すこととなったしのぉ。
かと言ってこちらが使者を出す前、例えば辰の刻(AM07:00~09:00)に来られて「準備ができておりません」では若殿の面目は丸潰れじゃ。
常識が有るようじゃからそれより前は無いとは思うが、夜討ち朝駆けは戦場の習いとも言うし、何時来ても良いようにせねばならぬ。
はぁ。まさか若殿以外に儂の胃を苦しめることが出来る者がおるとは。
さっさと来て欲しいような来て欲しくないような……
――――
「いや~千寿も意地悪よねぇ~」
連中を城に返し旅籠で宿泊した翌朝、いろんな意味でツヤツヤしてる姫様に、開口一番そんな風に言われたが。流石に心外である。
「いやいや、あの場で首も取らずにしっかりと告知しただけでも十分でしょう」
誰一人殺してないし、しっかりと今日向かうと宣言までしたのだ。あとは向こうの問題だ。
「はいはい」
そう言ったが軽く受け流された。解せぬ。
「何時になったら行くとか、そもそも私たちの身分も明かしてないじゃない。それなのに一日でどんな出迎えの準備が出来るって言うのかしらねぇ?」
今にも鼻歌を歌いそうなくらいに上機嫌な姫様。この人も大概性格悪いよなぁ。まぁ戦国大名なんか性格悪くて当たり前だがね。
でもって実際問題信長が城に帰還したのは18:00くらいだ。そっから来客への準備と言われても中々難しいだろう。
姫様もこれが信長の即応力を見るためのものだということはわかってるし、家臣の能力を確かめる為のものだと言うこともわかってる。
だからこそ楽しげなのだろう。なんたって試す側だし。それにうまくいけば定職に就けるからな。
今の尾張は田舎ではあるが、その分可能性がある。まして定職にも就かずに放浪してるよりは随分マシだ。
姫様に必要以上の苦労を味わって欲しくない俺としても、ここで信長に仕えたいというのもある。
信長が無理なら? 東北か関東で適当な連中を狩って家でも興すさ。
どーせ上杉と北条と武田で争ってグダグダになるからな。どこぞの小僧でも擁立すれば大義名分なんざいくらでも手に入るだろうよ。
将来の可能性はともかくとして、今は信長の見分だ。
「最低限の軍備と食事、それから現時点で身に着けている礼法を披露するくらいでしょうな」
兵をどのように配置するかで、俺たちに圧力をかけようとしているのか、それとも見せびらかそうとしているのかはわかる。
圧力なら殲滅。誇示なら内容次第だな。
あえて正規の客人扱いで軍備を見せないと言うパターンもある。
いやはや、戦国の覇王様がどんな饗応をしてくれるか楽しみだ。
手に持つ槍に力が籠り、自分がにやけているのが分かる。
「……千寿、ソレはやめなさい。その辺の民が怯えてるじゃない」
「はい?」
なんか姫様に止めろと言われた件について。
民が怯える? あぁ槍ですか。
流石に俺のような大柄な男が槍を持って歩けば一般市民には怖いか。
失敗失敗、修羅失敗だな。
かと言って持たないわけにもいかんし、はてさてどうしたものか。
「はぁ」
……なんでそこで溜息吐くんですかねぇ?
次回、ようやくSEKKYOU回かッ?!
基本的にこの世界での呼び名は織田信長とか池田恒興とかそんな感じです。
織田三郎信長を、三郎殿と呼ぶのが正しい世界とは違います。
普通に信長殿と呼ぶスタイルですのでご了承願います。