48話。岡崎松平家、滅ぶの巻
久々登場。姫様とノッブと筆頭家老。
さらりと三河で大事件が?
「今川と停戦した後に返す刀で岡崎を攻略。岡崎松平党は竹千代を含めて全員根切りって…これ、大丈夫かの?」
そりゃ戦としては簡単じゃろう。満を持して根こそぎ動員した兵が殆ど殺されて、帰り着いたのは500にも満たぬ満身創痍の兵。なんとか篭城して今川の援軍を待とうとしたら、その今川が目の前であっさり撤退したんじゃもんな。士気なんか端から崩壊しとるし、満足に戦える者なんぞ数える程しかおらんだろうさ。
しかしこれは…どうなんじゃ?
いや、母上と信行の首を刎ねた後、他の妹や弟との面談をしたり尾張の国人の再配置を行うための草案作りをしたり、大和守と武衛様に関する策を練ったり、岩倉を潰す為の策を練ったりと色々してて忙しかったのは有る。それに三河を吉弘殿の好きにしても良いと言ったのも事実じゃぞ?
じゃから儂としては良いんじゃが…今川としてはどーなんじゃろな?治部に怒られない?
「あら?今川からは時間をくれって言われただけよ?正式な停戦の使者は来てないわ。そもそも喧嘩を売ってきたのは岡崎松平党。なら連中を野放しにしちゃダメじゃない」
姫様は当たり前のようにこう言っておるが…言っちゃなんじゃが姫様って意外とズレとるからのぉ。あぁいや、ズレとると言うか目線の高さが国人とは違うから中々理解が難しいんじゃよ。
「まぁ…そうですな。此度の戦で今川が無関係とは申しませんが、それでも直接手を出してきたのは岡崎松平党です。ならば安祥だけでなく岡崎まで攻撃すると言うのは間違っておりませぬ。さらに言うなら、殿が吉弘殿に与えたのは三河を切り取り次第にしても良いという許可証。ならば岡崎を攻めるのも吉弘殿の勝手。鳴海の兵を率いていた平手殿が止めなかったのであれば、こちらがとやかく言うようなことではありませぬぞ」
ふーむ。林までもがそう言うなら、ソレが普通なんじゃろうか。しかし林は「爺が止めなかった」と言うが「爺では止められなかった」の間違いじゃないかの?
「不満が有るなら千寿に言ったら?千寿は聞き分けのない国人じゃないから言われたら止まるわよ?」
……確かにそうじゃろう。吉弘殿なら所領を広げる機会なのに!等とは騒ぐまいよ。ただ静かに理由を問われるだけじゃ。そんで、その理由は余りにもつまらんモノじゃったら儂の息の根が止められるわな。
「いや、不満は無いんじゃよ?懸念しとるのは、こうして隙を突いて岡崎や他を落としてしまえば、今川の顔に泥を塗ったことにならんか?と思っての。大丈夫なのかなぁと心配しとるんじゃよ」
確かに姫様や林が言うように正式な停戦では無いと言うのは事実じゃが、だからと言って裏をかかれた今川は面白くないじゃろ?もし面目がどうこう言ってきて攻めてきたらやばくない?
尾張すら満足に治めていない状況で今川の攻勢には耐えられんぞ?国人衆も儂らの狙いがわかれば一斉に敵に回るじゃろうし、せめて下四郡の再編成をするまでの時間は欲しいんじゃがのぉ。
「あぁ、それね。多分だけど大丈夫でしょ?いざとなったら…って言うか、今川が力をつけたら従うって言ってるんですもの。その時に弱小勢力が従うのと、尾張と三河を治めた大名が従うのでは周囲に与える印象はまるで違うじゃない」
むぅ…それはそうじゃろうが、そもそも儂が「そんな口約束知らん!」とか言ったらどうする気なんじゃろか?いや、今のところその気は無いが。
「左様ですな。誰かが天下を纏めねばこの戦乱の世は収まりませぬ。ならばその資格がある者を奉戴すべきですが……殿は今の公方に従って天下が収まると思いますか?」
「収まるわけがなかろ。かえって悪化するわ」
畿内すら纏められん公方に何ができる。そもそも連中が目指すのは統一ではなく分散。自らを奉戴した者すら利用し、分散させ力を押さえつけようとするなんざ正気の沙汰ではないぞ。そのようなことを認める大名なぞおらんわ。
「そうね。間違いなく足利では天下は収まらない。ならば足利以外が天下を治める必要があるけど…信長は天下人になりたい?」
「真っ平御免じゃなぁ」
天下人を目指すと言うことは上洛して畿内を纏めろってことじゃろ?…何が悲しくてあんな連中と権力争いなんぞせねばならぬのじゃ。どんなに頑張っても10年じゃ終わらんぞ。
「そうですな。まず我らが上洛するには美濃や伊勢を攻略する必要があります。それから後ろを吉弘殿に任せて上洛という形になるでしょうが、そもそも織田には天下を治める名分が有りませぬ。武力で天下を獲るなどと言えば今川は無論のこと越前や近江に信濃。次いで飛騨や大和伊賀、全てが敵となりますな」
まず大前提の伊勢や美濃の制圧に10年かかるとしてじゃよ?それから上洛して戦して……さらに林は省いたが、畿内の三好やら何やらも敵よな?これ、どう考えても無理じゃろ。
「だからこそ今川なのよ。あそこは足利を潰す名分があるし、力だって無いわけじゃない。守護使不入を明確にして足利と対決することも辞さない今川に従うのは信長にとっても悪いことじゃないわ」
ふむぅ。それに吉弘殿は公方嫌いじゃしなぁ。もしもここで儂が公方に従うと言ったら、この場で儂の首をもって今川に降りそうじゃよ。
結局のところ、己で天下を目指さぬならば誰かには従わねばならんからの。その従う先として今川を選ぶのも、さっさと従うことで尾張や三河を保証してもらうと言うのも悪くはない。
それがわかっとるから今川も口約束を信じるし、儂らを潰すよりは利用するつもりなんじゃよな?となると最終的には東を今川が治めて西に織田を探題のような形で置くような感じかや?
「なるほどのぉ。あとの懸念は松平のように使い潰される可能性じゃが…」
その危険性さえ無ければ今川に従うのも悪くは無いように思えるのじゃが、どうじゃろか?
「ありませんな。我らは従うしか選択肢がなかった松平と違い、今川と戦うと言う選択肢が有ります。そんな我らに無理を言って敵意を煽るような真似はしないでしょう。そして今川が甲斐や相模を目指す場合、我らは公方や公方に味方する連中に対する盾にもなります。己で盾を弱めてはどうしようも有りませぬし、最初に帰順した我らがそのような扱いを受けるのを見れば今後今川に従う者が居なくなります」
ふむ。それもそうじゃな。ならば終わったことに文句を言うよりは、岡崎を与えることでより盾を強くしようとする、か。
実際は与えられたのではなく攻めとったのじゃが、これも三河守の権限の内と言えばそれまでよ。そもそも今川家の連中とて本気で岡崎を仲間とは思ってはおらんじゃろうしな。
「千寿としては岡崎を落とすことで三河を西と中央と東にわけて、その中から東を今川に譲る気なのよ。それなら最初の約束通り「東三河は今川家」でしょ?今川だって盾で有る織田が弱いよりは強いほうが良いし、足元の火種を消してくれるなら万々歳って感じじゃないかしら」
三河の扱いが完全に火種扱いじゃが…うん。あの連中はなぁ。
とりあえず連中に付き従う一向衆の連中を根斬にして寺院を破却。溜め込んどった財を使って三河国内の政を行うという訳か。そして今回の本證寺への攻撃に関しても、石山が尾張を攻められたことによる一時的な報復だと勘違いしとる間に全部終わらせる予定じゃから、今までの三河国人衆の纏め役であり家臣に一向門徒が多い岡崎松平は邪魔になると判断したんじゃな。
竹千代に関しては、あやつとて幼くとも家の当主。戦を仕掛けてきたのは向こうなのじゃから諦めろと言ったところかの。
一歩間違えれば儂が死んどったし。
つまるところ今の段階で岡崎を滅ぼされて困るのは三河の国人、それも松平の分家か?あとは本願寺。それを考えれば、三河を掃除する駄賃として岡崎をもらうのも悪くは無いのか。
「完全に読みきった上での行動と言うことかや。さすがは吉弘殿。戦だけじゃないんじゃのぉ」
何だかんだでしっかり岡崎を落としてるし。言ったら怒られるから言わんが、三河は吉弘殿一人で大丈夫そうじゃな。恒興も良い勉強になっておるようじゃよ。
「そりゃそうよ。なんたって千寿は私を鍛えたんだから!」
ふんすと胸を張る姫様。吉弘殿を心底信頼しておるのがわかる。……儂にもいつかこんな相手が出来るのかのぉ。まぁそれはそれとして。
「では武田からの使者はどう扱うべきじゃろか?今後今川に従うなら三河から信濃に攻めることもあると思うんじゃが?」
よもや武田からこんなに早く使者が来るとは思ってなかったのじゃよ。噂通りの足長よな。
「別に私たちは現時点で今川の家臣でも何でもないけど、可能性は有るわね。ただ向こうは別に婚姻だとかじゃなく不戦を希望してるんでしょ?こっちはまだ侵攻なんて出来ないし向こうも手を出せないのを誤魔化してるだけだから、受けても受けなくても結局は一緒なんじゃないかな?あとは……紹策や堀田が動きやすくなるって言うなら受けても良いってくらいじゃないかしら?」
ふむ…なるほどのぉ。こっちは三河を纏めねばならんし、連中は長尾をどうにかせんことには南には進めぬからの。どちらに転んでも戦にはならぬ。ならば商人が動きやすいようにするのも一興か。
「私としてはあえて不戦の約定を受けるのもよろしいかと愚考致します」
儂が姫様の意見に納得しとったら、林がそんなことを言ってきおった。こうして姫様の言葉に反するのは……いや、姫様はどっちでも良いって意見じゃから反対はしとらんか。とにかく非常に珍しいことじゃな。これは何かあるのかの?姫様も興味深そうに林を見ておるし。
「まず今川が我らと停戦し天下を目指す場合ですが……いきなり何の理由もなく甲斐を攻めるなどと言うことは有りませぬ」
そんな儂らの視線を受けて林が語る。
「それはそうね。流石に天下を目指すなら誰からも誹りを受けないような大義名分は必要でしょう…なるほど。そう言うことか」
姫様は納得したようじゃが……なんじゃ?
「殿、今川が動くときというのは、武田が何かしらの隙を見せた時なのです。それは約定違反でも良いでしょう、国内の国人が何かをしたと言うのでも良いでしょう」
「私たちが信濃を攻めるときはその口実を利用すれば良いってだけの話よ。「武田が○○なことをしたから動いた」って言うならソレだけで周囲は納得するわ」
林と姫様が交互に言ってくるが…なるほどのぉ。
「奴らには前科が少なくとも2度あるからのぉ。そりゃ周囲は今川にこそ大義があると思うわな」
なんというか…信用って重要じゃよなぁ。
「そうね。なんなら今川の行動に合わせて公方から「長尾と協力して武田を討て」と言う上意を貰っても良いわね。これなら停戦を破る理由にもなるし、長尾からも余計な手を出すなって感じで敵視されることも無くなるわ」
ほっ。あそこまで嫌っておきながらしっかり連中を利用するのか。まぁ公方なんざ利用してなんぼじゃがの。
「公方までは思いつきませんでした…流石姫様ですな。まぁつまるところ武田と不戦の約定を結んでも我らには損は有りませぬ。国境が安定するのと三河の一向宗どもが絶望するくらいですかな」
「おぉ、それは良いことじゃな!」
思わず手を打つが、儂ってばくそ坊主共や一向門徒が大っ嫌いじゃものな!だからこれはシカタナイネ!長島の連中にも苦い顔をさせてやれると思えば自然と笑みが浮かんでくるわい!
「千寿が三河を片付けて、美濃の斎藤と甲斐・信濃の武田。そして駿河・遠江の今川と不戦の約定を結べたら、尾張の統一を邪魔する者は居なくなるわね。先に岩倉を潰す?それとも清須?」
姫様はその辺の店で反物を選ぶかのようにさっさと尾張国内の敵を片付けようとするが、そんな簡単には…行きそうなんじゃよなぁ。
「まずは清須でしょうな。三河勢が完敗し、今川が戦わずに退いたことで後ろ盾を失った坂井大膳らが焦っておるようです。信光殿も武衛様や大和守とそれなりに親しくなっておりますし、もう少しすれば清須の中で連中を排除しようとする動きが出てきそうですぞ」
「ほむ」
何と言うか…単純な連中よなぁ。どこまで行っても尾張すら見えておらぬ。その視野の狭さが災いして吉弘殿や姫様が作った道をそのまま歩かされておるわ。それに気付けん以上連中に先はない。儂の家臣としても……いらんな。
「予定通りで何より、じゃがとりあえず清須は現状を維持するように伝えんといかぬか」
連中の処理は儂らの国人に対する仕置が終わってからにせんと。場合によっては今川への臣従を表に出して武衛様ごと仕留めるが、それだって時間が必要じゃもんな!
「かしこまりました。では信光様にはそのように。今後の予定としては、三河から平手殿が戻ったら私共は京に行き、山科様からの指導と官位の継承についての交渉。佐久間殿と信広殿はそれぞれ北と西を睨みつつ領内の整理という形でよろしいですか?」
予定ではそうなっておるの。ただ…
「うむ。それで…姫様には大変申し訳ないが、もう少し尾張に居てもらいたいのじゃが…」
吉弘殿も大変じゃろうし、早く向こうに行きたいのはわかるんじゃが…どうしても人材が足りぬのじゃ。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ。そもそも私は貴女の家臣なんだし。一度諸用で向こうに行くけど、ソレが終わったら…少なくとも三ヶ月はコッチに居るわ」
「おぉ!」
それは正直助かる!……でもなんで三ヶ月?その間に尾張統一の下準備を終えると言うことかの?
松平竹千代、死亡確認。
影武者?居ませんね。
火種は処します。慈悲はありません。
もしかしたら幕間扱いで書くかも?




