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45話。前略、今川の館より③の巻

三河の全権委任状を受け取った千寿君、早速動く。前後2話の予定。


今川義元と雪斎の会話

「は? 正気か?」


…まさか私が雪斎に対してこのようなことを問うことになろうとはな。昔なら頭を叩かれた上で説教だろうが、いくらなんでもいきなりコレは無いだろう?


「……まぁ、気持ちはわかります」


問われた雪斎も何と言って良いかわからぬという表情だが、良くわからんのはこちらの方だ。


いきなり織田と不戦の約定を結ぶ気が有るか? などと問われたら、誰だって正気を疑うぞ。


「とりあえず尾張に攻め込んだ岡崎松平党や、一向衆の坊主どもが根刮ぎ殺られ、安祥城が再度織田の手に落ちたのは理解した。そして遠江から三河に入った雪斎に対して織田の使者が来たのも、まぁ良いだろう」


織田から見れば今警戒すべきは弱りきった岡崎よりも、雪斎だろうからな。信長が尾張での戦に勝利したとは言え、三河に手を出すには余裕が無いだろう。かといって折角手に入れた三河の領土を投げ捨てるのも惜しい。ならば三河の統治を固めるためにも、何とかして時間を稼ぎたいと言うのが信長の思惑だろう。


それは良いのだ。むしろ「うつけ」と呼ばれた信長が即座にそのような戦略を立案し、使者まで立ててきたと言うことに驚いたが、問題はそこではない。


最大の問題は雪斎が信長の狙いを知りながら織田との不戦の約定を結ぶかどうかを確認にきたことよ。


「……私に三河の統治を諦めろ、と?」


本願寺系の力が弱まり、阿呆な国人が居なくなったのなら随分と風通しが良くなったと思うのだが、それを捨てろ? わけがわからんよ。


「正確には西三河ですな。無論ただでは御座いません。3年間不戦の約定を結ぶなら、駿河国内に有る鉱山の採掘量を増やす為の技術を提供するそうです」


「……何だと?」


鉱山の採掘量を増やすだと? それが簡単に可能ならば誰でも実行しようとするだろう。特に甲斐の晴信なぞ喉から手が出るほどに欲しい技術だ。それを提供する?どうやって? というか、それは鉱山が無い尾張のうつけが出来る提案ではあるまい。


だが雪斎はそれが騙りではないと判断しているようだ。ならば答えはただ1つ。


「うつけの後ろに誰か居たか?」


何者かが信長を動かしている。我々はそれが先代の信秀だと思っていたが、どうも違うらしいな。


「後ろかどうかも定かではありませんし、拙僧にも真偽はわかりませんが……拙僧の元に使者として来たのは、何でも九州の大友家に仕える名門の子息だとか。彼の伝手で西国に名高き石見の銀山で使われている秘伝を知る技師を紹介するとのことでした」


「九州大友家?」


これはまた…なんとも扱いに困る情報だ。まず身元の真偽の確認に時間がかかるし、技師についての調査も時間が必要になる。その間に下手に敵対してしまえば目の前に垂らされた餌が無くなるし、手を出さねば黙認と見られる。


時間稼ぎと考えればこれほど効果的な手も有るまい。それにこちらも駿河や遠江に仮名目録を浸透させる為に時間が欲しいと言うのも有るしな。お互いが時間を欲し、さらにこちらは永続的に収益が増えるなら……うむ。雪斎が判断を迷っているのもわかる話よな。



ーーーーーーーーーーーーー



義元様も悩んでおるが、やはり私にはどう考えてもあの者が騙りとは思えぬ。立ち振舞いもそうだし、西国の事情に詳しすぎる。(尤も彼が持つ情報は4年前のモノらしいが)


更に信長から三河守に任じる任命書と三河に関する白紙委任状まで渡されておった。交渉の場に来た平手もソレを自然と受け入れていた事を考えれば、少なくとも彼の者が信長から絶大な信頼を得ているのは間違いなく事実だろう。


「……雪斎は織田との不戦の約定は今川の為になると判断したのだな?」


考え込んでいた義元様がそのような確認をしてくる。それに対する私の答えは是。


「そうですな。鉱山の技術も欲しいですが、それ以上に織田との盟は今川にとっての急務となるやもしれませぬ」


まぁそれも結局は義元様の狙い次第。義元様がどこまでを見据えるかによって変わるがな。


「……そうか。では済まぬがその使者との会話を教えてくれ。流石に今回は情報なしでの決断は出来ぬ」


それはそうだろう。私としても隠すつもりはない。むしろ義元様に相談したいくらいだからな。


「かしこまりました。まずは我々が三河に入ったとき。すなわち尾張に侵攻した三河勢が完膚なきまでに破れ、安祥城が攻略されたところからになりまする」


「……その時点で頭が痛くなるわ」


「そうでしょうな。拙僧もそうでした」


眼前で額を押さえる主君の姿を見て私は全力で同意した。


我らが行く前に鳴海城攻めくらいはしているだろうとは思っていたが、まさかその戦で反撃を受けた挙げ句、殆どの将兵を討ち取られて、逆に安祥城を落とされるなど、想定もしていなかった。


そんなところに現れた使者。最初は時間稼ぎの使者かと思いきや……



~~~~~




「雪斎様! 織田から使者が来ております!」


三河に入り、岡崎松平党の壊滅と安祥城落城の報を受けた私は取り敢えず岡崎には入らずに状況の把握に努めていた。そこに織田からの使者が来訪したと言うのだから、相手の狙いは明らかに自分であり、岡崎に入らないことも予想されていたのだろう。


正直に言えば会いたくはない。現在の、情報が錯綜していて、何が本当で何が嘘なのかが不明な中で敵との交渉など自殺行為でしかない。


とは言え自分は総大将ではあるが、当主ではない。ならば相手の意見を聞かないなどと言う選択も出来ぬ。それが主君に伝える必要も無いようなモノならば問題ないが、今回のこれは明らかに今後の三河の統治に関わる内容のはず。


ならばその内容を確認しないと言う選択肢は無いのだが…。


「……使者の名と口上は?」


こちらは宗主として三河の国人を保護しなければならぬ立場。確認した内容によっては斬らねばならん。


しかして簡単に斬れる程度の使者ならば良いが、そうでなければ面倒事になる。


かなり高い確率で面倒事だが……溜め息を吐きたくなるが、取り次いできた兵に罪はない。とりあえず確認するべき事を確認しようと思い、使者の名と口上の確認をしたところ、二人の名を告げられた。


「はっ! 使者は二人。一人は平手政秀。もう一人は吉弘三河守様を名乗っております。口上は、朝廷により正式に認められた三河守様による三河統治について当家と話し合いがしたいとの由」


「平手だと?」


信長の傅役にして側近中の側近ではないか。これは斬れぬ。しかも三河守?確かに先代の弾正忠は朝廷より三河守に任じられていたし、その後継者である信長には当然継承権は有るだろう。


いや、朝廷と疎遠であれば、連中はなに食わぬ顔で他の者に三河守を授けるだろうが……信長は継続して朝廷に寄進をしているからな。繋がりを切りたくない朝廷にしてみたら、継承を認めぬなど有り得ん。


まさかコレを狙って山科卿との繋がりを持っていたのか?


もしもそうなら相手は先の先まで見透して策を練っていたことになる。


……となれば、どこからが連中の策だ?


弾正忠家の家督争いに乗じて三河勢が攻め込むことか?

今川家に対して大和守家が誘いをかけたことか?

伊勢への寄進はどうだ?それに山口某の誅殺もだ。


アレのせいで鳴海城が織田の手に落ち、今回の三河勢の侵攻を妨げることになった。三河勢や我々としても、弾正忠家の家督争いに乗じて鳴海を奪おうと考えたのは、一度手に入れたと思っていたものが、その手から零れ落ちたからだ。


ここまで見越して誘われたのか?


……まて、朝廷に対して接触したのも三河守という官位の維持の為と考えれば、最低でもその辺りからが策となる。そして先代にはそのような策を練れるだけの視野は無い。


となると美濃に塩を売って斎籐と不戦の約定を交わしたのは、信秀の策ではなく信長の策? 自分が追い詰められているように見せかけて我々からも時間と支援を手に入れ、その上で信秀の信任が厚かった山口の首を取り城も手に入れた?


まずい。一連の流れが全て繋がってしまう。


これはあくまで自分の想像に過ぎないし、考えすぎという可能性もあるだろう。だが策士とは最悪の状況を考えて動くものだ。もしも全てが自分の想像通りならば下準備の段階で完敗、否、同じ舞台の上にすら上がれていない。


ならばここでの交渉は避けるべき。三十六計逃げるに如かず。勝てぬ戦とわかっているのならば敵対を避けて、恥も外聞もなく逃げるべきだ。


それはわかる。だが、ここで逃げれば我々が三河の統治を諦めたと言うことにならぬか?


今川家としては公方が決めた守護などはどうでも良いが、朝廷に逆らう気など無い。向こうが三河守として正式に交渉を求めてきたなら、私がそれを無視した場合の影響はどうなる?


三河の国人は間違いなく連中に下るだろう。そうなれば我々が三河に干渉する名目が完全に消えることとなる。何せ相手は朝廷から正式に認められた三河守だ。


後日国人が我儘を抜かして改易だの取り潰しだのに遭った場合でも、我らにそれを咎めることなど出来ぬ。


今までは名ばかりのモノだったが、此度の勝ち戦で三河に対する影響力を増した為に、織田が名実共に三河守として君臨することが可能になってしまった。


こうなると「うつけ」の評判すら連中に刷り込まれていたと見るべきだろうな。


してやられた。


なにが「うつけ」か。岡崎松平党や織田大和守だけではなく、今川も斎籐も完全にヤツの手のひらで踊らされて居るではないか!


さらに厄介なのが、その三河守よ。よしひろとか言ったか? 知らん名だが、知らん名だからこそ対応に困る。


これが筆頭家老の林佐渡や異母兄である信広に与えたなら反論のしようもあるし、三河の国人の反感を煽ることも可能だろう。


だが全く知らん相手となると煽りようがない。


もしも反発したところで「親王です」などと言われてみろ。今川が朝敵とされ、武田・北条・織田によって潰されてしまうわ。長尾も朝敵を救うためには動かんだろうし、公方は今川を潰す機会を窺っているから、完全に孤立無援となる。


流石にすぐにそこまでの事になるとは思えんが、可能性は有るのだ。特に武田は隙を見せれば駿河を狙うだろう。


今ですら父親の信虎を懐柔し、親武田の家臣どもを使えばそれなりの騒動は起こせるのだ。ヤツに名分を与えてはいかん。


そも親王云々の前に、織田が武田や北条と対今川を標的とした盟約を組めばどうなる? 北条に関しては関東公方の件や武田との件があるし、武田は我らが仲立ちした長尾との停戦を踏みにじり我らの面目を潰してくるような連中だぞ?


武田と北条は駿河を分割し、織田は三河と遠江を得る。そんな条件での和睦も有り得ん話ではない。何せ尾張には武衛がいる。幕府に認められた武衛と朝廷に認められた三河守。これでは簡単には手が出せぬ。


武田にしても念願の海を手に入れたならば、暫くは統治に時間をかけるだろうし、北条は武田を西の盾として関東制覇に乗り出すか? 両者の共通の敵として越後に長尾が居る以上、盟を結ぶことは可能だ。


織田にしても武田や北条に恨みはない。というか、全く関わりが無かったからこそ盟を結べるだろう。なんなら美濃を分けあっても良いくらいだ。


……不味いぞ。信長がここまで理解していたら一気に今川が追い込まれることになる。一刻も早く義元様の元に戻り、武田や北条との繋がりを強めるように提言しなければ。


「あ、あの、雪斎様?」


無表情で考え込む私に対して、使者を待たせているがどうしようか? とやんわりと聞いてくる取り次ぎの兵士。


少し考えさせろ! と叱責したい気持ちはあるが、彼に罪はない。


彼にしてみたら「朝廷から正式に認められた三河守」を待たせている形なのだ。


どう考えても自分が関わるような相手ではないし、待たせたからというだけで無礼討ちなどされたら堪ったものではないだろう。故に手早く指示が欲しいと思うのも当然の話だ。


「あぁ、済まぬな。ではご使者に会おう。丁重にお連れせよ」


この期に及んで会わないなどという選択肢は取れない。とりあえず信長が武田や北条に対してどこまで理解が及んでいるのかの確認も必要なのだから。


「はっ!」


「……出来るだけ三河の情報や尾張の情報を見直さねばならんな。いや、まずは今回の会談を如何にして乗り切るか、か」


逃げ出すように駆けていった兵士の心境はともかくとして、私はこれからの交渉に思いを馳せるのであった。


~~~



こうして黒衣の宰相と恐れられる太原雪斎は織田が擁する修羅と会談することとなった。しかしさしもの雪斎も、挨拶を交わす際に開口一番


「お初にお目にかかる。三河守を拝領した吉弘鎮理と申します。いやはやわざわざ甲斐や相模に行く前に、こうして貴殿に逢えて助かりましたよ。HAHAHA」


などと直接馬鹿でかい釘を刺されて悶絶することになろうとは、このときはまだ考えもしていなかった。


基本的に知らない相手を恐れるのが策士なので、正体不明のくせにいきなり三河守になった千寿君なんかは雪斎にしてみたら正体不明のお化けより怖い存在です。


でもって岡崎松平党が完敗し、安祥まで獲られたので三河に於いての影響力は無視出来ないものになってます。


後ろの武田や北条を警戒しなくてはならないし、地元の三河勢が使えないと駿河や遠江の兵が失われるのことになるので、今回は三河勢の為に安祥城を落とす兵なんか出せませんしね。


そうなると交渉しか無いのですが、前述したように雪斎にとって千寿君はお化けですからねぇ。もう今から胃痛や頭痛が痛いって感じです。




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― 新着の感想 ―
[一言] 千寿君の開口一番が最早『釘』というより『杭(なんなら磔台もセット)』に見えて仕方ない。
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