43話。ノッブ、色々気付くの巻
二章の幕間に入る前のリザルト的なナニか。
鳴海城戦の翌日。稲生から二日後
「これ、もう吉弘殿一人で良いんじゃ…「良いわけないでしょ」……びゃぶ?!」
鳴海城からの戦勝報告書を読み終わった信長がヘヘヘって感じで笑ってるけど…そんなわけないでしょうに。
「あのねぇ。千寿がどんなに強くても一人なのよ?一人で殺せる数は決まってるし、一箇所だけで勝ってもダメなの。強いだけでもダメ。唐の国最強と言われた呂布だって曹操に負けたし、八郎為朝だって最終的には負けたでしょ?尾張だけとか、対三河だけなら千寿一人で良いかもしれないけど、領土が拡大して戦線が広がれば広がるほど、個人の武よりも組織の在り方が重要になる。そのくらいは理解してると思ってたけど?」
だからこそ千寿は堀田に塩の増産をさせてお金を稼いだし、神屋紹策に命じて組織の根幹になる人を買わせているのに。教え子で主君の信長がそれを全否定しちゃダメじゃない。まぁ呂布に関してはちょっと違うけど。
て言うか、さっきうんうんって頷いて信長に同意してた利家と成政も同罪。これは矯正が必要よね。
「い、いや!それはわかっておるのじゃよ?じゃから今のは冗談じゃよ冗談!尾張冗談!そ、そうじゃよなぁお前ら!」
そう言って衆に話を振る信長。だけど必死で利家や成政にバッチンバッチンって連続で片目を閉じて合図を出してるのが丸見えなんですけど。
「そうですよ!吉弘様はそれだけ凄いって話です!」
「そ、そうそう!武人として憧れちゃうなーって話です!」
そして主君の要望に応える二人。まぁ今の流れだと自分もヤバい!って考えたんだろうけど、ちょっと遅かったわね。
「そう?なら千寿みたいになれるように鍛えましょうか」
血が滲むどころじゃない修練確定ね。
「「ひぃ!!」」
男が二人して抱き合って震えてるけど…まぁいいわ。とりあえず向こうは予定通りの圧勝。そしてそのまま三河まで行くらしい。これはおそらく三河勢を追撃することで向こうの国人に対して脅しをかけるのと、下手に尾張勢を関わらせて武功を与えない為ね。
戦に勝ったってわかった途端に「連中を誘き寄せるつもりだった」だの「コレから援軍に向かう予定だった」だのと抜かして平然と味方ヅラして勝ち馬に乗ろうとする連中ですもの。それが国人の生き方と言われればそれまでだけど、そう言うならコチラには大名としてのやり方が有るわ。大友はすでに20代も代を重ねていたから因習だの重臣への配慮だのと色々と必要だったけど、ここ尾張は違う。
完全に国人を支配下における信長が初代となって国造りを行えると言うのは非常に大きい。
まぁ林殿や平手殿への配慮は必要だけど、彼らも信長には負い目があるし、残りは軒並み「負い目」どころじゃないもの。隷属させる必要もない。そのまま取り潰して直轄領よ。
更に三河もね。千寿たちが殆ど叩き潰したんでしょ?なんか今川にしてみても面倒な土地みたいだから本気の援軍は無いと見て良いわ。…あとは敵を駆り立てて安祥を攻略したあと、本證寺を焼き払って真言宗か曹洞宗の寺でも建立させれば良いわよね。まぁこの辺の宗派は本願寺系以外ならどこでも良い。
とりあえず長島との連絡が減れば良いのよ。文句を言ってきたら?「お前のところの服部は連中と歩調を合わせて動いてたよな?」で済む話ね。証拠なら千寿が三河からいくらでも拾ってくるでしょうし。
岡崎松平も生き残るために必死で本證寺を悪者にするでしょう。そうなればもう連中はおしまいよ。けど、その為には…
「で、千寿からの要請だけど…どうする?」
千寿からは三河守就任と三河のことに関する白紙委任状の発行依頼が来てるのよね。まぁなにか有る度にコッチに使者を出すのも手間だしせっかくの勢いを殺すのももったいないからね。私なら迷うことなくそのまま全部やっちゃえ!で済むんだけど…
「う?どうするもこうするも無いんじゃないかの?元々そのつもりじゃったし」
この子は……
「あのねぇ。千寿を三河守に任じたら千寿は貴女の家臣になるのよ?それなのにいきなり三河の全権とか…下手したら尾張を統一してない貴女より立場が上になっちゃうじゃない」
信長とて馬鹿ではない。そのため真顔で警告して来る義鎮の言い分もわかる。わかるのだが…
「いやぁ。そもそもの話、儂ってば姫様や吉弘殿より上の立場だと思ったことは一度もないんじゃが?」
心底困ったような顔で「急にそんなこと言われてものぉ」と呟く信長。ソレを見て義鎮も「あぁ今まで自分たちは『客』将だったもんなぁ」と思い出す。確かにお客様であり指南役であればそうだろう。
だが稲生の戦の前で言ったように、これからは信長が自分たちの主君なのだ。自分が御伽衆的な立場となって信長に教えを授けるのは変わらないが、千寿は武将として信長に仕える身になる。ならば主君としてそれなりの対応をとらねば、他の連中に舐められることになるではないか。
だからこそ義鎮は前々から決まっていたから…と言うのではなく「尾張を統一していないので条件付きで認める」とかそう言う形にしなさいと助言する。これは一見すれば千寿の行動を邪魔しているかのような行為だが、実際のところは千寿の為にもそうした方が良いと判断すればこその提案だ。
「今までのことはまぁシカタナイわ。だけどこれからは違うでしょ?謀叛の心配がないから自由にやらせるって言うのは信用してるって意味では良いけど、あからさまな特別扱いは良くないわ。それを許してたら「千寿だけ特別扱いしてズルい!」とか言って来る奴が出てくるわよ?」
つまり義鎮が警戒するのは嫉妬だ。そう言うのはどこの家でも有る。義鎮は単純に千寿に小人の嫉妬なんて下らない物に関わらせたくもないと思っているし、自分もそんな連中の相手はしたくないと思っている。
「む?嫉妬?吉弘殿に?」
「いや、思いもよらないことを言われたぞ!って顔をしてるけど…そんなに意外かしら?新参者が特別扱いされたら誰だって良い気分にはならないでしょ?」
義鎮としては当たり前のことを言っているつもりだ。なぜなら自分たちが尾張に来てまだ一年も経っていない。それなのにそんな新参者に、いきなり三河全土に関する権限を与えたら誰だって不平不満を抱くだろう。
だがそれは義鎮の誤りである。
「いや、吉弘殿を特別扱いせんほうが叱られると思うがのぉ…林はどう思うかの?」
「えぇ?!」
今まで信長と義鎮の会話を聞いていただけだった林秀貞は、いきなり話を振られて素で驚いてしまう。
「そうよね。筆頭家老は林殿よ。長年仕えてきた林殿を差し置いて千寿に官位と大きな権限を与えるなんて失礼じゃないかしら?その辺についてはどう思います?」
「いや…どうと言われましても…」
林にしてみれば、千寿や姫様がいなければ信長をうつけとして排除していた可能性もあるのだ。今回は運良く勝ち馬に乗れただけ。ソレを踏まえて考えれば織田弾正忠家、いや、信長にとっての本当の意味での筆頭家老は平手だと言う認識がある。
それに本人(の妻)を前にして旦那に嫉妬しますも何も無い。そもそも千寿に対して嫉妬する程自分は仕事をしていないのも理解してるし、能力的にも敵わないのはわかっているのだ。
…どうやったら弓で200人以上の旗持ちだの国人だのを殺せるというのか。なんだそれ。同じ人間か?もう彼1人で良いんじゃないか?先ほど信長が折檻された感想はそのまま林の感想でもある。
だから本来ならば「吉弘殿なら問題ありませぬ」と信長に進言するのが自分の仕事だ。それに今後は自分も尾張の政で忙しくなるので、面倒な三河の統治を彼がしてくれるというなら反対する理由もない。
ここで問題なのは彼の妻である義鎮が、旦那への過剰な嫉妬を抑えるために動いているという事だ。彼女が言っていることは何一つ間違っていない。常識的に考えればその通りだ。反論の余地が無いように見える。
だが、林は「わかってるな?」と言う視線を向けてくる信長が何を言いたいかということを、しっかりと理解していた。
「誠にお恥ずかしい話ですが、今の弾正忠家には私を含めまともに三河の運営が出来るものがおりませぬ。もしかしたら過去三河にいた信広殿あたりが何かを言う可能性が有りますが、あの方とて三河よりは尾張を任された方が嬉しいでしょう。さらに言えばコレから三河は間違いなく荒れまする。そうなると吉弘殿に三河を預けたとて、ソレを不当な優遇と思うものは居ないでしょうな」
残念ながらいかに土地を愛する武士とは言え、その土地が一向衆やら国人やら岡崎松平やらの敗残兵がうろつき、戦のせいで働き手がいなくなった寒村ばかりだったらどう思うだろう。さらに今川家の援軍として太原雪斎が接近している土地だ。
尾張にいるどの国人であっても「転封だ」と言われて、今までの倍の広さの土地を貰うことになったとしても、与えられる場所を聞けば涙目で首をフルフルと左右に振り、その後は絶望の未来に頭を抱えることになるだろう。
そんな土地を任せるのだから、嫉妬どころかむしろ「新参者に貧乏籤を引かせた」と言って溜飲を下げるか、哀れみの目を向けられるかではないか。そんなことを力説する林。義鎮からは「千寿に嫉妬する最有力候補」と見られているが、嫉妬どころではない。本音を言えば彼とて三河になど行きたくないのだ。
「あぁなるほど…尾張勢の中では三河での仕事を任されるのは報酬というよりは罰なのですね?」
「…包み隠さずに言えばそうなります」
これからは信行の領地や柴田勝家の領地をはじめとした大量の土地が手に入る。さらにその分配や何やらで中立ヅラした国人の相手をしなくてはならないだろう。いや、中立ヅラならまだいいが、信広に味方した連中が我が物顔で報酬を望んでくるはずだ。
そういった連中の相手に加え問題がもう一つ。
「それに吉弘殿に三河守を与えるとなると、一応朝廷の許可も必要となるじゃろ?流石にその仕事は村井や汎秀には任せられんからの。林か爺のどちらかを京に送らねばならぬ。そうなるとさらに尾張の政が…」
そう言った信長は今から疲れきった顔をしている。林や平手が言うように、信長の馬廻りは今のままでも国人の代わりくらいは出来る。だが彼らに指示を出し、纏めあげるにはどうしても人材が不足している。書類仕事の達人である義鎮が居てくれればなんとかなるが、彼女が三河に移ったらどうなるか……かと言って三河も人が必要だろうし、子を作りたがっていることを知りながら尾張に留めると言うのも気が引ける。
恒興は今後のことを考えれば信長の補佐をさせるよりは、千寿の傍で領国経営を学ばせるべきだし……正直今から頭が痛い。
「あぁ、なるほどね。うん、まぁ頑張ってとしか言えないわ」
義鎮も下手にこの話題を引っ張れば自分が三河に行くことが出来なくなると考え、今回は千寿の言う通りにすると言う信長の意見に乗ることにした。彼女は信長の家臣の統制に関して問題を提起したが、そもそも千寿が国人たちの嫉妬で足を引っ張られるのを嫌っただけなので、その心配が無いと言うならソレで良いのだ。
あとは信長の問題にしてしまえ!と自分の幸せを優先したとも言う。
まぁ実際のところ、尾張の国人衆は信長が義鎮から教わっているような緻密な管理などしておらず、かなりの丼勘定で領地を運営しているので、現状維持だけなら簡単なのだ。(そもそもまともな算術を使える者が少ない)
でもって杜撰な管理を改める為の規格の統一化や法整備に関しては、尾張を統一して人材を派遣して領内の確認をしてからすれば良いことである。(そうしないと政に忙殺されて統一どころではなくなってしまう)
その為、今後の尾張の運営は信長が想像している以上に余裕があったりする。
信長がそのことに気付くのは、各地に代官として派遣した馬廻り衆が何とも言えない顔で書類を携えて帰還したとき。書類を見て国人たちの杜撰な領地経営の在り方を知った信長が「ななな、なんじゃこりゃーーーー!」と言う大声を張り上げ、少し考えてから「とりあえず現状維持!」と決定した際である。
そりゃ弾正忠家と言っても所詮尾張の下4郡を治める守護代の代官だ。信光や信広に味方した国人も居るし、直轄地については最近は義鎮と一緒に自分が見ていた。商人も味方してくれる。そこに加えて国人の代わりが務まると言われる者が10人以上もいれば、余裕で運営ができるのも当たり前だろう。
これは信長が自分の手に入れた弾正忠家の小ささと、国を運営することを前提に教育を施していた千寿と姫様の大きさの差を本当の意味で理解してorzすることになる数日前の話である。
何だかんだで尾張の下四郡程度ですからね。雑多に配置された国人を整理すれば、今の彼女たちなら運営はそれほど難しくありません。
ロードローラーだッ!ってお話(いや、それはおかしい)




