39話。鳴海の戦②の巻
三河勢の都合。最初は石川数正。後半ホンダム。
尾張周辺の地図を頂きました!谷澤様、誠にありがとうございます!
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まったくこの忠勝ときたら…なんと言えば良いかはわからぬが、歪に過ぎる。我々の誰も知らぬような知識が有るかと思えば、このような当たり前のことも理解できていない。私が溜め息を吐いている間にも酒井殿は説明をしてやるようだが…何だかんだで面倒見の良いことよ。
「では基本からだが。現在儂らは織田弾正忠家の家督争いの隙を突き、鳴海城を突破して尾張国内に拠点を築き、今後の戦を優位に運ぶ為に楔を打ち込もうとしておる。コレは分かるな?」
そう言って地図に駒を置いていく。あぁ、基本を再確認することで、自身もしっかりと考え直すつもりか。それならば私も無関係のような顔をするわけにも行かぬな。
「は、はい!分かります!」
元気よく答えるが、一体どこまで分かってることやら。私たちは本證寺の連中が言うような「尾張に不当に蓄えられている富の奪取」を掲げているわけでは無いが、やることは一緒なのだぞ?
この年頃の若者は戦場に夢を見るからな。現実を教えるべきなのだろうが…いや、ソレは私の仕事では無いだろう。
「そうか。では続けよう。とは言っても難しいことは何もないぞ?大前提である織田弾正忠家の家督争いが終わってしまったのだ。そうなれば儂らの行動は根底から覆されることになるだろう?」
末森と那古野の位置に有った駒の内、末森の駒が取り除かれる。
「あ、た、確かにそうです!でも、まだ信行が殺されたわけじゃ無いですよね?」
不思議そうな顔で聞いて来るが、いくら何でもソレは不勉強だろう。
「忠勝、信行一人が生きて居ようと、信行を支える家臣である林美作守や柴田勝家が討ち死にしておる。これでは家督争いなどできんだろう」
思わず口を挟んでしまうが、酒井殿からは特に反論も無いので、問題は無いだろう。
「え?柴田勝家が死んだんですか!?」
コイツは…一瞬「さっきまでその話をしてただろうが!この報告書の何を見ていた!」と怒鳴り散らそうかと思ったが、よくよく考えれば詳細は私と酒井殿しか確認していないのだと思い、すんでのところで留まった。
確かに柴田勝家が死んだと話はしたがソレは酒井殿との会話だし、忠勝たちは詳細は知らんのだからな。まずはそこからだろう。
「うむ。先ほどの雷…忠勝の推測だと鉄砲だな。この攻撃を受けて動きが止まったところを吉弘義鎮なる者の矢で射抜かれたらしい」
あの鬼神もかくやと言うような武を誇った柴田勝家がこのようにあっさりと死ぬとは想像も出来なかったが、戦場とは往々にしてこのようなことが起きる。だからこそ絶対に有利と思っても油断は出来んのだ。
「よしひろよししげ?………誰だ?」
私の言葉を受けて忠勝が考えるが、ハッキリ言って私たちにも分からん。分かるのは、うつけの信長の本陣から1~2町離れたところに居た柴田を撃ち抜く腕の持ち主だと言うことだけだ。
この者のせいで信行勢が一気に崩れたのは間違いが無いだろう。これほどの者が尾張に居たとは聞いたことが無いが…実際居る以上は対処を考えねばなるまいよ。
「誰かは儂らにもわからぬ。だがこの者が現在鳴海城に居ないと言うのは不幸中の幸いと言える」
「まったくですな」
酒井殿の言葉に全面的に同意する。城攻めの際、籠城側にこのような射手がおってはどれだけの被害が出る事か…この者が居ないと言うのは確かに良い情報だろう。
「で、この後の話だが、このままでは鳴海城を攻めている間に信長の援軍が来る可能性も有る。かといってあの城を即座に落とすことなど出来ん」
「えっと…落とせないんですか?」
「「………はぁ」」
きょとんと言う顔をして聞いてきた忠勝に、私と酒井殿は思わず顔を見合わせ同時に溜息を吐いた。
「忠勝、城攻めを舐めるな」
うむ。酒井殿の言葉が全てよ。
「いや、向こうは1500なんですよね?それに対してこっちは7000で、更に三河勢は1人で尾張勢の3人分って考えたら、1500対21000ですよ?一気に落とせるんじゃないんですか?」
自信満々に妄言を吐く若造に対し、怒るよりも先に脱力感に囚われてしまう。
「忠高殿…」
つい亡き忠高殿の名を呼び、頭を抱えてしまう。
彼は心意気としてそう教えたのだろうが、忠勝は本気でそう思っておる。一体何を以って三河勢の1人が尾張勢の3人分になると言うのか。国境を越えたら兵が強くなるとでも言うのか?
そもそも兵にそれだけ差が有るなら、生前の弾正忠に安祥城を落とされることも無ければ、竹千代様を人質に出すことなど無いわ!安祥松平に仕えていた忠高殿は常々安祥城は自分が落とすと豪語していたが…
いや、もしかしたら本證寺が自身を守る為に一向一揆を扇動したならば、彼ら一人一人が命を捨てて掛かる死兵となるから、ソレを3人分と考えたと言うなら分かる。だが…今回の戦は攻め戦であって死兵を生むような環境では無い。
むしろ太原雪斎の存在のせいで、命を惜しんで退却する可能性すらある軍勢だ。このような連中を信用して軍略を練れば勝てる戦も勝てぬわ。
「え?え?えぇ?!」
自分が何か間違えたのか?と本気で慌てる忠勝。悪気が無ければ何をしても良いわけでは無いぞ。
「………忠勝の妄言はともかく、本證寺の連中は見かけの数に騙されて動くやもしれんな」
酒井殿も忠勝に関しては一度横に置き「数」について考える事にしたようだ。コレに関しては私も懸念していたので、しっかりと考えを共有せねばいかん。
「そうですな。数は1500とは言え、鳴海城はもともと三河からの軍勢を阻む為の城。さらに敵将は信長の腹心平手政秀。人生経験も戦の経験も我らの倍以上。一筋縄で行く相手では有りませんが、一向宗に道理は通じませぬ」
態々守戦に定評のある佐久間を戻して派遣してきたのだ。奴は絶対に降伏等しないだろう。「鳴海は抜かせぬし信長の邪魔はさせぬ」と言う強固な意思を持って防戦に当たるはずだ。
そして信長がその意思に応えて、一時末森を放置してでもコチラに援軍を送ってくることになれば…我らは尾張勢に挟まれることになる。
今は日和見している国人どもも気になる。此度の戦で信長が大勝したことで、我ら三河勢に対して信長を旗頭に一致団結する可能性が増した。
そうなれば信長が率いてくる兵は、少なくとも3000を超えるだろう。何せ家督相続が懸かった戦を日和見したのだ、その汚名を雪ぐ為、更に自領を守る為にもココで兵を出さねばならんからな。
そうなれば4500対7000。更にこちらの4000は一向宗でその指揮権も無いときた。これでは倍近い兵があっても負けるぞ。
それなのに7000居て1500の敵に怯むとは何事!とか言い出すのだろう。腐れ坊主共が…出来るなら先陣として使い潰したいが、ソレをすれば松平家内の一向門徒が反発することになる。
かといって損害が確実な上に勝利も覚束ない戦で岡崎の兵を潰すわけにも行かん。ここは退いてもよいのだが…坊主は納得しまいよ。
尾張での乱捕りを禁じれば、連中は三河で暴れ出すだろう。そうなれば今川の介入を受けて更に岡崎の力が弱まる。「今川の力を使って本證寺の力を弱める」と言えば聞こえがいいが、それはつまり岡崎松平に従う国人を討つと言うことだからな。
本願寺の歪さに皆が気付き、さっさと改宗すればそのようなことを心配する必要は無くなるが、そのようなことは有り得ぬ。
今の段階で奴らに改宗するか敵対するかと去就を問えば、大半は敵対を選んで岡崎松平と敵対しよう。そして本願寺と繋がりの有る武田辺りに臣従することになるだろうな。
あの、今川が仲介した停戦を破り、公方様が仲介した停戦をも平然と破る武田晴信が三河に手を伸ばせばどうなるか…一昔前に弾正忠と今川が三河で争ったように、今度は武田と今川と織田の三つ巴になるぞ。
どれだけ三河が荒らされるか、想像も出来んわ。
だからこそ我々は尾張で一向宗を暴れさせる必要が有るし、その為には鳴海城を抜かねばならん。だと言うのに現状では城攻めどころかコチラが挟まれることを考慮せねばならぬとはな。
「ちなみに、鳴海に対して抑えの兵を残して、残りが尾張に行くと言うのはどうなのでしょう?」
また子供の妄言が始まったか…いや、だが一つ一つの可能性を考慮していくと言うのは悪いことでは無いからな。下手な先入観が無い方が良い意見が出る時もあるしココはこの意見も考えてみるか。
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なんつーか。俺が徳川家康より年上とか、徳川家康や織田信長が女だとか、色々思う所は有るけど、一番重要なのは俺が本多忠勝だってことだよな!
徳川四天王で東国無双でホンダムとか言われる名将の本多忠勝!
最初は何が何だかさっぱりわからなかったけど、戦国時代に転生って言うか転移したってのは分かった。だからまずは鉄砲を使う為に、良く言われる硝石とかを作ろうとしたんだけど…俺が命令した奴らと来たら、かき混ぜるとかをしないで、ただ上から投げ捨てるだけにしやがった!
おかげで硝石は失敗するし、堆肥にもならねぇ臭いナニカが出来上がっただけ。なら千歯扱きだ!って思っても、そもそもそんなのを使わなきゃいけないほどの収穫が無い。シイタケ?無理無理。簡単に出来るなら誰だってやるさ。
一応それっぽい木に切れ込みを入れて栽培するみたいな方法が有ったみたいだから、そこにシイタケを擦り付けたりなんかをしてみたけどさぁ。…普通に無理でした。野生のシイタケを一つ台無しにした時の父さんはホント怖かったぜ。
で、結局俺には槍だ!って思って武の技を磨いたら、あれよあれよと上達して、今じゃ本多家で俺に勝てるヤツはいなくなったんだぜ!
でもって少し前に父さんが死んで、本多家を俺が継いだんだけど、いまだにまともな初陣もしてない俺はタダのガキ扱いで…なんとか戦に参加させてくれって直訴に行ったときに徳川家康…いや、竹千代様に会ったんだ!
酒井様の後ろでフルフルと震えながら俺をチラ見する彼女を見たとき、俺の心はズッキューン!て感じで撃ち抜かれたんだ!いや、俺はロリコンじゃ無いぞ!ただ竹千代様はそう言うのを超越した…なんて言うか庇護欲ってヤツ?守ってあげなきゃ!ってなるんだよ!
で、竹千代様の為にも益々戦に出たいって思ってたら、尾張で信長が弟と家督争いするとかなんとか言ってて、その機に乗じて戦を仕掛けるって話になったんだよな。
まさか桶狭間じゃねぇよな?って思ったけど、今川義元は動いてないみたいで一安心。そんでもって俺も戦に参加させて貰うことになり、なんとか手柄をって思ってたんだけど…
信長が弟との戦に勝ったのは良いんだ。そりゃそうだろって感じだし、鉄砲も分かる。織田と言えば鉄砲ってくらい有名だからな。だけど柴田勝家が討ち死にって何だ?
アレって確か信長が死んだ後で、秀吉との戦に負けて死ぬんじゃ無かったか?ソレが尾張の戦で死ぬの?有り得なくない?
でもって城を守ってるのは平手何とかって爺さんらしい。コレは知ってる。「うつけ」の信長を諫めて腹を切った人だろ?でもまだ生きてるってことは、当然まだ切腹はしてないってことだ。
信長の為に腹を切るような人なら降伏なんかしないだろうから、さっさと落とせば良いって思ったんだけど、酒井様も石川様もそう簡単には行かないって思ってるみたいだし。
だから一つ一つの可能性を提案してみようと思ったんだけどなぁ。
「その場合の問題は、まず抑えの兵が不満を持つのと、先に行った者が囲まれると言うことだな」
酒井様はそんな風に言ってくる。
「そうですな。更に言えば本證寺の方々が抑えに回ることは有りませぬ。であれば岡崎から抑えの兵を出すことになりますが、そうなれば先に進んだ方々がどう動くか読めませぬ」
石川様は頭を抱えそうなくらい陰鬱な顔をしている。かなり言葉を選んでるけど、実際俺達が居なくなったら、アイツらは手当たり次第に暴れまわって勝手に討伐されるよな。
いや、言い過ぎかも知れないけど、本證寺って言うのは本願寺の一派で、かなりアレな連中なんだよ。ウチも父さんがその門徒だったけど、あまりにもアレだったんで、さっさと別の宗派に改宗しようと思ってるくらいにアレなんだって。
それにアイツら、将来三河で一向一揆起こして竹千代様を苦しめるんだろ?なら今のうちに殺してやれっ!って思うんだけど、三河って一向門徒が多すぎるんだよなぁ。俺の親戚も全員一向門徒だし。
まぁソレはともかく……一向宗とはいえ三河の民だから、彼らが死んだら三河の農業とかが大変なことになる。特に今回集まったのは本證寺が集めた連中。つまり岡崎の近くの民なんだ。さらに俺達3000の兵も岡崎から出してるから、今回の7000って言うのは岡崎周辺のほぼ全軍になる。
収穫やら農作業の事を考えれば出来るだけ死傷者を少なくしなきゃ行けないし、その為には勝手な行動も控えさせる必要が有る。でもって何もせずに退くなんてのも無理。かなり無理して人を集めてるから、コレでなんの収穫も無ければ暴動が起きる。
前に進んで死んでも駄目だし、後ろに退いても駄目。ココで黙って待ってても無駄に兵糧を使うだけで、信長が援軍に来れば逃げなきゃ駄目だよなぁ。そうなると俺達が負けたってことになるから、黙って退くよりもタチが悪い。
あぁぁ!どうしろって言うんだ!酒井様や石川様が頭を抱えるのもわかるぜ!とにかく今の俺達の目的は何とかして城を落とすこと!それも早急にっ!
………アレ?いや、まてよ?こういう時は逆に考えるんだ。正確に言えばそもそも俺達の目的は鳴海城じゃない。つまり…
「酒井様!石川様!こう言うのはどうでしょう?!」
「「……む?」」
駄目なら駄目で良い!とりあえず俺は思いついたことを言っていくだけだ!あとは頭が良い人が考えてくれるだろ!
完全に詰んでる状態ですね。まぁよく関ヶ原でも言われますが、この時代の戦は一日で片が付くことはほとんど有りません。関ヶ原の場合はお互いの兵が多すぎたからでしょうが、通常は対陣してから使者が出たり、色々と探ったり、後方に策を弄したりと、色々するんです。
あとはお互いが知り合いだから、兵士レベルで手心を加えます。こうなればもう茶番。ダラダラと戦が続き、お互いがお互いの立場してズルズルグダグダが続き、結局将軍や朝廷、もしくは守護とかから両方の顔を立てるような中途半端な和平案が出て、ソレが締結されます。
晩年の信秀は大体こんな感じで裏切り者とかを殺せてません。(まぁ何か考えが有ったのかも知れませんが)
賤ヶ岳も川中島も、動けば一日でしたが動くまでには結構な時間を使ってるんです。対して今回のノッブは対陣してから即座に戦をし、更に遠慮も容赦もせずに叩き潰したので一撃で抵抗する勢力を潰してしまいました。
こんなん予想できるか!って言うのが三河勢の意見になります。まぁお寺の坊主には関係ないようですが…




