37話。稲生の戦?②の巻
史実よりかなり早い稲生の戦い。
信長勢1000VS林・柴田の1200。
コロコロ視点が変わります。
「斜行陣…また厄介な陣を敷いたものですな」
大殿の寄進の強要から御前様の錯乱で予想以上にコチラに兵が集まらず、逆に信長様の元に兵が集まったのは完全な誤算であったが、更なる誤算はこの速さよ。
こちらが戦支度を始める前に49日と言う期限を切ることで、交渉やら何やらといった様々な下準備を潰された。さらにソレを大々的に告知することで三河勢や服部党の連中もこの戦に合わせて動いている。
ここで一気に終わらせねばならんというのに…兵はほぼ同数で敷かれた陣形がよりにもよって攻撃的な斜行陣。これでは両軍の損害は避けられんではないか。さらに中央に守戦に定評のある佐久間殿を配置されては、奥に居る信長様の隊を狙ったとしても、ぶつかる前に佐久間殿の横槍を受けてしまう。
かと言って佐久間殿相手に兵を分ければ、ほぼ同数の信長様の兵とぶつかることになって一気に押し込むと言うのが不可能になるし、分けた方も佐久間殿に押し切られる可能性が出てくる。
流石に同数以下で儂以外の者が佐久間殿を抑えられるとは思えぬしな。
そうなると重要なのが林殿になるのだが…
「ふむ。そういうことか」
信長様が率いる軍勢が敷いた陣形の厄介さに頭を痛め、どのように破るかと考えている中、美作殿は何か察したようだが…
「うむ!コレは兄上からの馳走よ。この戦、勝ったぞ!」
少し考えていた美作殿がそのようなことを言ってきたが…
「佐渡守殿からの馳走ですか?」
何がどうなればアレが馳走になるのかがわからぬ。よもやご兄弟で何かしていたのか?
「うむ、柴田殿には釈迦に説法かもしれんが、あの陣形は守りの陣形ではなく攻めの陣形。更に儂らを討つ為には、兄上と佐久間で儂と柴田殿を抑えている間に、後ろに控えるうつけが前に出て横槍を入れるという形を取る必要が有るだろう?」
そう言いながら机に駒を置いていくが…それはそうだな。こちらが打ち破ることを考えていたが、そもそも斜行陣とは機動力を持って相手を打ち破る陣形。ならば待っていれば………
「気付いたようじゃな。待ってれば向こうが勝手に出てくるのだ。なんなら儂の隊が兄上と佐久間隊と睨みあっておる間に、柴田殿がうつけにぶつかっても良いだろう」
一瞬、兄弟で談合し自分たちに被害が出ないように保身に走ったのかとも思ったが…コレは違うな。
「なるほど…」
それなら尾張衆に損害も出ないし、一撃で終わらせるという当初の予定通りにもなる。そもそもこの戦のあとは三河衆とも当たらねばならんのだ。ソレを考えればこの斜行陣は決戦兵力としての信長様を差し出す陣ということになるな。
…うつけとは言え主君の娘。戦場で討ち取るのは気が進まぬが、ここで彼女を逃がしてしまえば家督争いが長引くだけよ。なればこそ誘い出して終わらせると言うのは間違っていないし、コレは林家だけではなく尾張全体のことを考えた深慮遠謀とも言える。
そして美作殿も、戦功を佐渡殿に譲って御前様に兄の命乞いをするつもりなのだろう。だからこうして大きな声で佐渡殿からの馳走と言って周囲に印象付けようとしておる。強か…とも言えぬな。
本当に強かなら他の国人衆のように、この戦に参加せず三河衆を招き入れて今川との繋ぎを頼んでおるところだ。だが少なくとも美作殿は信行様に忠義を誓っておるし、兄の佐渡殿も弾正忠家に対して変わらぬ忠義を誓っておる。
しかし…今回の戦は失態の連続だったと言えよう。
葬儀の場においての弔辞で全てを持って行かれたことを皮切りに、49日と言う期間を切られたこと、坂井大膳と信行様…否、御前様が組んで三河勢を尾張に招き入れると言う暴挙を察することができなかったこと。そのせいで国人衆に参陣を断る名目を与えてしまったこと。
………そして信行様の出陣を拒まれたこと。
この度信行様が出陣していれば、末森に無駄な兵を残す必要もなく、信長様に対して全力で当たれたし、他の国人衆の説得にも役立っただろうに、御前様がソレを止めてしまった。
空となった末森を取られたらどうする?と言われてもな。この乾坤一擲の戦で負けたら末森に篭っても意味がない。それに此度は「断固として勝つ」と言う意思を見せねばならんのだ!安全なところから戦を眺めるだけの主君に誰が付いて行くというのか。
信行様の周囲の小僧どもも、親譲りの威勢の良いことは言っても戦場に出られるような能力はない。あれなら鳴海で見た信長様の取り巻きの方がよほどマシよ。
その信長様と周囲の若手を失った弾正忠家は信行様が継ぎ、そして昔のように家老の一人として大和守家に仕えることになるだろう。いや、今後は警戒されるだろうから、今まで以上に束縛されるのは間違いない。
坂井大膳や織田三位。河尻などに顎で使われるくらいならいっそ美濃に行こうかとも考えたが…儂には大殿に託された幼き信行様を一人にすることは出来ぬ。
故に、だ。
信長様にはここで死んでいただく。その後は林殿と相談し、なんとか信行様の立場を向上させて弾正忠家を保つ!さらに信長様が行っていた伊勢への寄進や朝廷との繋ぎも維持しておけば、それほど悪い扱いにはならんだろう。
このまま10年、いや5年あれば、信行様も立派な将となられるだろう。いや、してみせる!その時に今川との関係がどうなるかはわからんが、もしかしたら大和家はすでに今川に下っているのやも知れぬ。
そうなれば信行様は今川に仕える将となるが…ならばソレをお支えすることで弾正忠家を残すことができよう。そも、ここで信長様が勝ってしまえば弾正忠家は完全に滅ぶことになるのだ。
あの方は今川に下ることを良しとしない。大殿の後継者としては間違っておらぬが、家の当主としては間違いよ。佐渡殿も平手殿も大殿の後継者として間違っておらぬ信長様の行動を止めることが出来んのだろう。
だが彼女が討ち死にすれば、他に掲げる旗がなくなる以上、信行様の前に膝を折ることになろう。佐久間殿は…どうだろうな。信長様に殉じようとするだろうか。
まぁ良い。信長様にどのようなお考えがあろうと、勝った者が歴史を作るのが世の常よ。「信行様の姉として煥発な方ではあったが老臣に誑かされた」とでも残すことになろうな。
「柴田殿。今後の信行様、否、尾張は貴殿の働きにかかっておる。お任せしてもよろしいな?」
美作殿がそう言って儂を見る。…覚悟を決めよ、そしてこの場で表明せよと言うことだろうな。
「…無論。大殿から受けた御恩、信行様を任された責、尾張の今後。その全てを以って信長様の首を挙げることをお約束します」
あのように味方からも差し出された時点で信長様には退路などない。あの方が全てを理解し、裏切られた!と絶望される前に儂がやらねばならんのだ!
「よくぞ決心なされた………では出陣じゃ!聞いてのとおり柴田殿にうつけの首を挙げさせることが此度の戦の目的よ!無駄に尾張勢同士で争うな!儂らの武功は三河勢を潰すことで得るのじゃ!良いな!」
「「「応っ!」」」
美作殿の声を受け皆が陣を出る。その際儂の肩に手を置き「頑張りなされ」だの「お任せ致します」などと声を掛けてくる者もおったが…やはりうつけとは言え大殿の子。ソレを討つのは心苦しかったのだろう。どっかホッとした顔をしている。
…羨ましいとは思ってはいかんな。儂は機を頂いたと思うべきなのだ。
「信長様…信行様の為、尾張の為、そして弾正忠家の御為に、その首貰い受けまするぞ!」
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予想通り柴田の軍勢がこちらの本陣に向かって来る。その数およそ500。残った600~700の兵は林美作が指揮を取り、佐久間と林殿を抑えるって感じか。
それなら結局のところこの戦は信長の400対柴田の500。……まぁ実質私が指揮を執ってるけど、信長は総大将だから、全体を見てなさいってお話ね。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
佐久間の部隊には目も呉れずに一直線に本陣に対して突撃して来る柴田勢。これは佐久間からの横槍は無いと判断したわね?だけどそれなら均衡していると見せかけて、信長が突出したところを討てば良いはずなんだけど…ソレをしない理由は何?
………あぁ、見捨てられた形になる信長を哀れに思ったのかしら?
ふっ。こちらの事情を勝手に想像して、勝手にうつけの少女を哀れんで、その首を取るために突撃してくるんだから「うつけ」の評判ってのは楽で良いわねぇ。
ただそれは忠義でも何でもないわ。大前提が信長に背く裏切り者なのだから。ソレを都合よく忘れて今更忠義の士みたいな格好をしようとされてもねぇ。
「利家、成政。アレと一度当たったら部隊を左右に展開させなさい。あぁ、感じとしては鎧袖一触で蹴散らされた!って感じにすれば相手も勢いに乗ってくれるでしょう。一応援護射撃はするから本気で蹴散らされることはないでしょうけど…まぁ細かい塩梅は任せるわ」
こちらに容赦する理由はない。せいぜい調子に乗れば良いわ。
「「はっ!」」
命令を受けた利家と成政は一瞬目配せをしたが、抗命することなく動いた。本来彼らは信長の配下。姫様の命令に従う必要はない。だが信長は総大将であり、ココの備えの実質的な将は姫様であると言うのは彼らにとって共通認識であったからだ。
と言うか、戦場に臨んだ姫様の威が怖くて逆らえなかったのだが…これに関しては信長も命令系統がどうだのとは咎めようと思っていない。
むしろ戦の指揮を勉強するべく、姫様の一挙一動を見逃さぬようにしているくらいだ。
…柴田は気負い過ぎね。戦場において兵卒の気が逸るのは当然だけど、ソレを抑えてこその将。それなのに距離はまだ5町(500メートル)以上も有るのに、突撃をするなんて早すぎるわ。本陣が奥まったところにあると理解していないのかしら?それとも佐久間の隊が手出しをして来る可能性を考慮した?
まぁ戦場で横腹を晒してのんびり歩いてたら、攻撃は加えられるわよね。向こうが思った通り、佐久間も林殿も動かないつもりであっても、もし横槍が入らなければ動かない佐久間を訝しんだ信長が兵を退くかもしれないし。
ココで終わらせる気ならさっさと本陣に突入しなきゃ駄目だもんね。
柴田勢の突撃にも一定の理解を示しつつある義鎮だが、その評価は辛い。
ただアレはダメよ。長槍を持った足軽たちも全力で走ってるから近くに来る頃には息も上がってるだろうし、そもそも前を走るのは半槍を構えた武士達ですもの。主力の足軽を放置したらダメでしょ?あれじゃ陣も何も有ったもんじゃないわ。
おそらく、まともな戦を知らない信長相手だから「勢いで乗り込めばなんとかなる」って言う判断でもあるんでしょうけど………基本的なことだけど彼(敵)を知らなければ戦には勝てないのよ?そう勘違いするように仕向けたって言うのはあるけど、コレはちょっと単純すぎるわね。
「まぁ罠じゃないなら良いわ。己の愚行を後悔しなさい」柴田の心底を見切った義鎮はそう呟き、おもむろに弓を構え、無造作に放つ。
ボッ!
まるで空気を切り裂くような音を立てて飛ぶ矢は柴田勢の先頭を走る武者の頭蓋を兜ごとぶち抜いた。そしてソレを確認することなく、次々と矢を放つ義鎮。その矢は吸い込まれるように先頭を走る者どもの頭を寸分違わず撃ち抜いていく。
「いやいやいや、まてまてまてぃ!一体どーゆー腕しとるんじゃ?!」
「(気持ちはわかるけど今の姫様にツッコミを入れるなんて…)」
「(さすがは殿!)」
「(私たちにできないことを平然とやってのける!)」
「「「(そこに痺れる憧れるぅぅぅ!!)」」」
信長のツッコミと、それに対して全力で称賛し同意する近習たち。
それも無理はないだろう。彼女らは4~5町離れたところの動いている標的に向かって矢を放ち、その全てを当てると言う絶技を目の当たりにしているのだ。
さらに言えば、本来は当てるだけでも異常なことなのに、無造作に放たれた矢は一発も外れることなく兜ごと頭蓋を貫いて確実に絶命させていくという異常。むしろ狙っているというよりは、相手が矢に当たりに行ってるかのような………そんな光景を見て、信長を含む本陣の者たちは今更ながらに姫様と呼ぶ女性の規格外さに声を上げた。
「あら、この程度は基本でしょ?千寿なんか私の倍の距離でも当ててくるわ。それにまだまだ連射速度も遅いし…あ~もしこんなのを千寿に見られてたら明日は一日中弓の訓練をさせられるわね」
だが本当の意味で規格外の修羅を知る義鎮はそれに増長することなく、むしろ未熟を恥じるような口ぶりで苦笑いしながら矢を放つ。
「「「「いやいやいや」」」」
ナイナイと顔の前で手を左右に振る信長主従。
「このくらいで驚いてたら戦なんかできないわよ?世の中は広いの。尾張の常識だけで判断しちゃダメ。だから千寿だって竹で盾を作るように言ってたじゃない?しっかり現実を見なさいよね」
本気で「この程度のことは造作もない」と言うような義鎮の言葉を受け自分の常識を疑い始める信長。
「えぇ………うーん、もしや本当に儂が未熟なだけなのかのぉ?」
とはいえ信長も簡単に納得はできない。
だが目の前の彼女は九州で大名の後継ぎとして様々なことを学び、家を出た後も畿内をはじめとした諸国を渡り歩き、ここ尾張にまで来た人物。つまり間違いなく自分以上に世の中を知る存在である。そんな彼女に「世の中は広い」と言われてしまえば尾張しか知らない信長では何とも言えなくなる。
そんな信長の常識をぶち壊しつつある義鎮はこうして話している間にも「当たり前のことを当たり前にしているだけ」と言った余裕すら感じさせる所作で弓を放ち続けている。
向こうがやや距離を詰め3町~4町の距離に迫ったとき、義鎮の射撃回数はすでに20を超えていた。
それはすなわち勝家の周りの武士たちの死体も20名を超えてると言うことであり、その数は尚も増え続けていると言うことでもある。その為彼らの突撃の勢いは目に見えて落ちていた。
一度ぶつかって左右に展開しろと命令を受けている利家や成政も、後ろから来る強力すぎる援護射撃に対し「コレ、俺たちがぶつかる前に終わるんじゃね?」と思ったり「あれ?もし命令されたことができなかったらどうなるんだ?」と思ったりと色んな意味で冷や汗を流していた。
だがこの攻撃に一番動揺しているのは、当然のことながら信長でもなければ利家たちでもない。
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「なんだコレは!?一体どうなっているッ!」
完全に突撃の勢いを殺されつつある中で、勝家は大声で状況を確認する。
「す、すでに30人以上が殺されております!このままでは…ガッ!」
追従していた者がまた一人撃ち抜かれた。距離は未だ3町あるというのに一方的に殺されていく。このような正確無比にして強力な射撃は勝家をして経験などない。さらに自分を狙わずに他の兜首だけを狙ってくるのがタチが悪いと感じていた。
なお兜首とは読んで字の如く兜を装備している武者であり、現代で言えば下士官や小・中隊長以上の者と言えばわかりやすいだろう。
彼らは単なる一兵卒ではなく、柴田家の武を支える家臣であり、彼らが居るからこそ柴田は尾張最強なのだ。ソレがすでに30人以上を殺され、さらに後ろから来る兵卒に対しても当ててくるのだから始末に負えないのだ。
小・中隊長に分類される者がいなくとも500程度なら自身で動かせる。歴戦の勝家にはその確信はあったが、流石に今後の三河との戦を考えれば決して余裕があるとは言えない。そもそも兜首を30も失う戦などそうそう無い。
ここまで一方的にやられている現状。これに理解が及ばず、思考を停止させてしまうのも無理はない。だがその結果、次々と射られる矢によって死者が増えて行き、兵にも勢いが無くなるという完全な悪循環が生まれていた。
これは足並みを揃えての突撃よりも、とにかく勢いを持って当たることを選択した勝家の失策。本来のようにしっかりと陣を固めて動いていれば、ここまで単純に兜首だけが狙われることはなかった。
まぁ信長側が彼らにそう動くように仕向けたとも言えるが、あまりの単純さに義鎮は最初罠を疑ったくらいだ。結論から言えば、策士としても武将としても柴田勝家では吉弘(大友)義鎮には及ばない。単純ではあるがそういうことである。
「だが弓だけで我らを殺しきることなど出来ん。その証拠に若造どもがこちらに向かって来ている!」
所詮殺されるのは1射に付き1人。誰が殺されるかわからないと言う恐怖は有るが、それでも連中が接近すれば誤射を恐れて射撃は止まる。そこを狙って一気に本陣を突けば良い!
このような射撃の名手が居るのは完全に計算外だが、それでも接近すれば勝機は有ると確信している勝家は大声を挙げて配下を督戦する。
「皆の者!まずは向こうの若造共にぶつかるぞ!さすれば矢は届かん!行くぞぉ!」
「お、応!」
百人の敵より一人の射手を恐れるというのも滑稽な話だが、一方的に射られて殺されると言う現実が作る恐怖は洒落にならないのだ。勝家をして下手をすればこれだけで裏崩れが起こると懸念するほどに、柴田勢の士気は落ちている。
だからこそ敵を蹴散らすことで自分たちが尾張で最強なのだと言う自信を取り戻す必要が有る。そう判断した勝家の行動は早い。
「行くぞ行くぞぉ!蹴散らせぇぇ!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
射られ続ける矢を無視して前田利家と佐々成政の部隊に接近する柴田勢。コレが唯一の活路だと思って動く彼らの勢いは、先程までの勝利を確信していた緩さとは違い、必死さを感じさせた。
「おぉ…なんか必死だが…単純だな」
「だな。あれなら問題ない。行くぞ」
「「「応」」」
勢いは有るがそれだけの柴田勢。コレ相手なら姫様からの命令も余裕を持って果たすことが出来る。不思議な安心感を抱きつつも、油断しないようにぶつかる両軍。
その結果は…当然柴田の勝利。
「もう駄目だぁー」
「おしまいだぁ!」
まさに一撃。そう、一撃加えただけで弱音を吐いて散り散りになる敵を見て、勝家は安堵の息を吐くと同時に声を張り上げる!
「やはりこの程度か!見よ!コレがうつけの軍!恐るべきは射手一人のみよ!それとて、もはや10人とは殺せぬ!故にこの戦、わしらの勝利じゃ!!行くぞ、このまま潰せぇ!」
若輩どもには後で分際を分からせるとして、今は信長だ。
自分たちの前に展開していた部隊が消えたことで向こうの本陣を視認出来るようになった。遠目に映る赤毛の少女はいきなり前田と佐々の部隊が崩壊したことに狼狽したのか、床几から立ち上がることもできずに両手で頭を抱えている。
その弱気を感じさせる信長の行動とは裏腹に、その横で毅然と弓を構えるのが先程から自分の部下を射ち抜いている射手であろう。その威風は離れていてもビリビリと感じる程のモノを放ち、柴田勢の勢いに狼狽している近習どもとは一線を画す実力者であることは疑う余地もない。
信長様の元にこれほどの者が居たのか…そう思えば金切り声を上げて騒ぐ土田御前に従う自分たちの姿がなんとも惨めに思えてしまう。だがそれもココで終わりだ。
信長との距離は残り1町から2町。殺せても10人!ならば一気呵成に終わらせる!
兜首も足軽も無い。400近い兵が一丸となって信長の本陣に襲いかかる!
突撃の勢いに身を任せ高揚して先陣を走る勝家の耳に、低く、それでいて良く通る声が聞こえた。
「撃て」
その声に対してなんだ?と思う間もなく周囲からダーンッ!と言う轟音が鳴り響く。そしてその音と同時に全身に走る衝撃。
「なん…だ?か……雷…か?」
確かに晴天でも雷が落ちる時はある。ソレが今、偶然自分に落ちてきたと言うのか?
不運というには明らかにおかしなタイミング。しかも先ほど聞こえてきた撃てと言う言葉。コレが意味するものは…動かない体をなんとか動かして周囲を見渡せば、本陣より少しずれたところに僧兵のような連中が居るのがわかる、それらが何かを構えているような…。
「撃て」
またも低い声で命じられた言葉に続き、複数のダーンッ!と言う音が響き、勝家の周囲のモノたちを打ち倒していく。
「撃て」
その光景に言葉を無くした勝家と、雷のような轟音を受けて動きを止めた柴田勢。彼らに対して「動かないならそのまま死ね」と言わんばかりに問答無用で加えられる追撃。
100の鉄砲隊を二部隊に分けて行われた射撃は、その轟音と殺傷能力を以って柴田勢の勢いを完全に殺し、彼らを本陣に迫る脅威ではなく、狩場に誘い込まれた哀れな獲物としていた。さらに…
「死ね」
短い言葉が聞こえた。
勝家がその声に反応して顔を信長のいる本陣に向けたとき、その眼前には矢が迫っていて…
一度目の射撃で10近い弾丸を受け、さらに周囲の状況に呆気にとられて立ちすくむ勝家の頭蓋に矢が突き立った。そのまま一言も発することなく倒れる勝家を確認し、義鎮は声を上げる。
「敵将柴田勝家、吉弘義鎮が討ち取ったり!さぁもう遠慮はいらん!殺せぇ!」
「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」
一度破れた振りをして周囲に散開していた部隊が柴田勢を囲み。またこの銃声を合図に、佐久間と林佐渡の部隊も「柴田勝家討ち死に!」と声を挙げて動きだす。
後世、この稲生にて行われた織田信長の家督継承を決定づけた合戦は、織田信長が師とも姉とも呼び慕ったと言われる吉弘義鎮の初陣ともされている。
その武功は柴田勝家を含む首級54と言う、信じられないような記録を残してその幕を閉じたのだった。
柴田勝家。死亡確認。
元々上杉との戦いの前に秀吉と喧嘩するとか、朝倉との戦で信長の命令に従わないとか有りますからねぇ。コレが筆頭家老だとかありえん。と言うわけで討ち死にですね。
流石に頭をぶち抜かれては○大人も助けられません…よね?
え?鉄砲隊は無いんじゃないかって?いきなり出てきたわけではなく、作者の中ではしっかり伏線張ってますが…解説は次回だ!ってお話。




