36話。稲生の戦?①の巻
飛んで飛んで飛んで飛んで…と言うほど飛んではいないが、キンクリっ!何だかんだで49日を超え、敵と味方を判別し終えたノッブ陣営が動く!
敵は尾張最強と名高い柴田勝家!かつてない強敵に対しノッブはどう戦うのか?!
基本的に千寿の教えは段取り八分だとか、積み重ねが大事ってことに集約されるわ。だからこそ何の備えもできずに流れで戦場に出るような阿呆に勝機は無いっていう話なんだけどね。
「ねえ信長。向こうはアレで全軍なの?」
信秀の葬儀に200人だか300人の坊主を呼ぶと言う無駄な行為を行って、大量の銭を使った挙句、信長の弔辞で全ての功績を持って行かれた土田御前が怒り狂って信行を旗頭にして兵を集めたって話だけど…
私の目の前に居る連中はどう見ても1,000~1,200くらいの軍勢(と言うには抵抗が有る)にしか見えないんだけどさぁ。これだと林殿の300と佐久間の300。信長の300に私の100と合わせて1,000しかいない私たちとほぼ同数よ?向こうは常日頃から信長に人望が無いとか何とか言ってなかったっけ?
「…悲しいことにそうらしいの。美作や柴田は最初から向こうに付くと決めておったから良いが、他の連中がのぉ。49日を与えても儂にも付かず、さりとて向こうにも付かず…まぁ結局は時流の読めぬ阿呆共しかおらんのが今の尾張と言うことじゃよ」
なんとも言えない顔をする信長だけど、まぁそうよね。敵対するなら潰すし、味方になるならこき使うことで禊としようとしてたのに、大半の国人がまさかの双方を無視したんですもの。
こんなのいくらなんでも想定外よねぇ。
49日以内に誓紙を持ってくるように言われた国人共は三河と伊勢の服部の動きが怪しいと言う信広からの連絡を受けて、それぞれの居城に籠ってしまったし。
どうも信広から動かなくても良いという口実をもらったと勘違いしてるみたいだけど、それは大きな間違いよ。
この場合は動かないだけでも不忠なの。有事の際に味方しない国人なんか滅ぼすのが当然よねぇ?
大体個別に城に篭って何が出来るって言うのよ。どうせ三河勢と戦うなら鳴海城に援軍に行くか、信長の下に集まって兵力を結集した方が良いに決まってるじゃない。いえ、この場合は信長で無くても良いのよ。
土田御前の阿呆のせいで心は離れたかもしれないけど、それでも自分たちが加勢することで不利な信行陣営を勝たせる事が出来たら大手柄じゃない。それなのに、信長にも従えないし、信行にも従えない。かといって三河の連中と戦うのは嫌だから鳴海にも兵を出さないって何?バカじゃないの?
「というか利家?」
「はいっ!」
元々コイツは信長の護衛崩れの一人なのだが、今では部隊を率いる10人長として部下を持つ身だ。元が城主の3男だか4男だからそれなりの教養は有ったみたいだし。一兵卒と言うわけじゃなく兵を率いることも不自然では無い。だけどさぁ。
「あんたの実家は何してるのかしら?父親は?兄は?こっちに兵の一人も寄越さないみたいだけど、まさか急な病で寝てるのかしら?」
「………」
前田利家の実家である荒子前田家は弾正忠家に従うことを条件に荒子の城を与えられているのだ。それがこのような戦の際にも兵を出さず、また信長方として参戦する利家に対して、絶対に協力しないように家中に働きかけを行っている始末である。
普通の国人ならソレも已む無しと言えるかも知れない。なにせコレはあくまで弾正忠家の家督争いなのだから。
だが前田はただの独立した国人ではない。林秀貞の与力でもあるのだ。その林秀貞がこの度の戦に信長方として参加していると言うのに、更に信長の側仕えである利家が説得しても誓紙を出さず中立を決め込むと言うのが義鎮には信じられないし理解も出来ないところだ。
これはもはや中立ではなくて敵対行動と言っても良いだろう。
「あぁ姫様や、こやつらに関してはアレじゃよ?儂がうつけておったのも有るし、姫様や吉弘殿が来てからはそれなりに勉学に励み成長もしたが………その前がアレでのぉ。どうしても信用が無いのじゃよ」
今までの経緯から信長と利家の双方に信用が無いから今回の彼らの態度も仕方ないと言うが、ならば家臣としての責務はどうなるのかという話だ。
「あのね信長。部下に優しいのと甘いのは違うわよ。事実成政のところは正次も成経もちゃんと居るじゃない。それも信長を主君と認めた上で……そうよね?」
「はい!兄貴たちは若殿様に馳走することに何の不満も持ってませんっ!」
いきなり名を呼ばれた佐々成政は、一瞬「うぇ?」と言った表情をしたが、その顔が義鎮に見つかる前に表情を正し、すぐに背筋を伸ばしてそう主張した。なにやら教本みたいな受け答えではあるが、この場でソレを笑う者などいない。
むしろ即座に反応できたことを称賛するような雰囲気まである。
まぁ成政の即応力は良いとして、実際同じ護衛崩れであり実家が城持ちと言う立場であっても、このようにきちんと信長に従う者たちも居るのだ。
それなのに前田は?と言われてしまえば、利家も返す言葉などないし、信長もフォローが出来ない。
「うんうん。見事な忠義ね。信長にもわかるでしょ?佐々家の態度が正しい家臣と言うものよ。だからこそ貴女は前田を許してはダメなの。そうじゃないと真面目に忠義を誓う者たちの心が離れるわ」
「………そうじゃの」
林は兄弟で分裂しているのでアレだが、佐久間や佐々は信長に全賭けしている状態だ。ならば主君として彼らには報いなければならないだろう。それに、危うい時に味方してくれる者を重用するのも当然のことだ。
「それと、この戦が終わって貴女が正式に家督を継げば、私や千寿は貴女の家臣になる。だからこそ今回が指南役として最後の指南になるでしょう。その最後の機会を利用して命じるわ。心して聞きなさい」
「はいっ!」
戦の前に説教と言うのは間違いなく宜しくない。更に今の信長と義鎮の立ち位置を見れば明らかに主君と家来の態度が逆なのだが…そもそも「指南役として」と言っているし、義鎮の持つ「上に立つ者」特有の雰囲気に当てられて、誰も彼女の態度に対して非難するような言葉を向けることはできなかった。
なにせ信長すら普段から自分が上に立つよりも、自分が姫様に仕えた方が自然だと考えているのだ。ならばその「威」を隠さぬ義鎮に対し家臣や護衛崩れに何ができようか。
「信長。千寿の主君にふさわしい主君になりなさい。このような家臣の勝手を許すような、家臣に舐められるような者が千寿の主君だなんて私は認めない。いいわね?」
冷たい目で信長の周囲に居る家臣たちを睥睨する姿は、まさしく大領を統べる国主。その威に打たれた周囲の兵たちは自然と義鎮に頭を垂れる。
「う、うむ!わかったのじゃよ!」
ただ、その視線を直に受けている信長だけは違う。コレは不甲斐ない信長を怒っているのではない、家臣として信長の為に動こうとしない不忠者に対して怒っているのだ。
それがわかっているから、信長はまるで姉に「しっかりしなさい!」と背中を押されたような、そんな嬉しいやら面映ゆいような、だけどどこか心地よいような、そんな微妙な感覚を覚えてしまう。
これは家族の愛情を知らずに育ち、それに飢えた子供である信長にとってまさしく猛毒。だがそれと知っても信長はこの感覚を振り払うようなことはしたくはなかった。
だからこそ動く。
「利家ぇぇっ!」
「はっ!」
この厳しくも暖かい姉のような人からの期待に応える。彼女を失望させない。その為に己が取るべき行動は1つ。
「まずは此度の戦で貴様が手柄を立てぃ!ソレをもって前田家の存続を許可する。利春は隠居、家督はお主が継ぎ兄共は林の与力として働かせよ。弟共はお主が使え。知行は…とりあえず現状の荒子城とその周辺、つまり2000貫のままじゃ!不足はあるか?」
「ございませんッ!」
前田利家に対して扇子を向けて決断を下す信長と、その決断に対し即答する利家。
今までならただの破落戸でしか無かったが、千寿に鍛えられた今の彼にはそれなりの実力があるし、現状ですら国人の代わりが出来ると言うのは林と平手のお墨付きである。
それに重要なのは城主である利春ではない。彼を支える家臣だ。そこを城主一人が責任を負う形で今回の不始末の片が付き、他の一族郎党が助かるというなら、前田家にとっても悪くはないだろう。
「ならば良し!じゃが、もしも利春が己の隠居を認めぬ場合は荒子前田家を儂の敵と見做す。その際前田家は潰し、荒子は接収することになるが、お主には与えぬ。故に知行は現状維持じゃ、よいな!」
「はっ!」
これにも即答。利家にしてみれば元々が4男で家督を継ぐと言う考えは無かったので、それはそれで問題ない。むしろいきなり城代になるよりもそっちの方が楽で良いと思ったのは彼の中だけの秘密である。
「うむ!ならば励め。他の者共も同様じゃ。この場に居る連中に言っておこう。此度の戦で其々の実家が儂に敵対的な行動をしていようともお主らの働きでもってソレを許す。じゃがこのような仕儀は一度だけじゃ!今後尾張において儂を認めぬ者、儂の統治に反抗する者はその首を貰う!それが嫌なら功を立て家族を説得してみせぃ!」
「「「ははっ!!」」」
信長の「威」を受け、利家と成政だけでなく、本陣付近にいた将兵全員が膝を付き頭を垂れる。この瞬間、信長は彼らにとって「若殿」ではなく明確な主君(殿)となった。
「…コレでどうじゃろか?」
前田利家や家臣に対しての毅然とした態度とは裏腹に、やや不安を感じさせるような口調で義鎮に確認を取る信長。
義鎮にしてみても信長の判断は、厳しいが有情であると言えたし間違って無いと思えた。なにより先ほど信長が発した「威」は家督争いを嫌い大友家を捨てた自分には持ち得ないモノ。
ソレを妹分の彼女が発してくれたことに、正直に言えば少なくない喜びすら覚えている。だから姉貴分としてするべきは…
「えぇ、何も問題ないわ。今の貴女ならきっと千寿も認めてくれるわね」
そう言って行動を肯定し褒めること。信長が何よりも欲した「愛情をもって接する」ということが義鎮の出した答え。
頭を撫でられながら褒められた信長は不安そうな顔を一変させ「ぱぁっ!」と言う音が聞こえそうなくらいの笑みを浮かべる。
その表情には確かに人を惹きつける魅力が有り、義鎮は信長を主君として選んだ千寿の慧眼を誇らしく思う。だがソレと共に…
「そ、そうかの!ならば姫様がやや子をもうけたら儂も吉弘殿に………ぶぎゃ!」
話を遮るようにセンスで顔をパシンと叩く。
「調子に乗るんじゃない」
鼻を押さえて涙目で蹲るこの魅力的な妹分に、いつか千寿が盗られるんじゃ無いかという不安に駆られたとか駆られなかったとか。
「まぁ今更土田御前や尾張の国人の都合なんてどうでも良いわ。さっさと戦を終わらせて信長に家督を継がせるわよ。………全軍に通達、予定通り斜行陣に移行!配置は右翼に本陣。中央に佐久間隊。左翼に林隊。林隊と佐久間隊は林美作の隊を抑え、こちらで柴田を討ち取ったら両部隊で必ず美作を討ち取るように伝えよ!」
「はっ!」
「行けっ」と言う声に合わせて林と佐久間の元に伝令が走る。
「利家、成政は信長の馬廻りを率いて貰う、数はそれぞれ50。残りの馬廻りは信長の護衛。それぞれ20。おそらく我々で柴田の相手をすることになるけど、あの程度の端武者など問題ないわ。まずは私の指示に従いなさい!」
「「「はっ!!」」」
もしも林美作が信長の方に来たら、それはそれで問題ない。林美作を潰して柴田を討ち取れば良い。だが、おそらくは信長の陣に来るのは柴田勝家だ。
なぜと言われれば、戦を早期に終わらせる為である。
今回の戦は敵も味方も尾張勢で、さらに同じ弾正忠家に仕えていた仲だ。どうしたって本気の殺意は向け辛いし、今後のことを考えれば自分たちの損耗を嫌う林美作は、同じことを考えているであろう(普通はそう考える)兄とにらみ合うことになるだろう。
まぁ実際のところ、兄の方は敵に回った国人共に遠慮をする気は無いのだが…ソレは向こうの預かり知らぬこと。柴田や林美作にしてみれば、とにかく出来るだけ少ない損害でこの戦を収めたいのだ。
そのための最適解は柴田による本陣強襲。まともな戦の経験のない信長の本陣に対し、弾正忠家の中で最強の矛をぶつけることで、この戦を一撃で終わらせるというのが向こうの狙いとなる。
…それ以外ではグダグダの消耗戦になるし、ここで時間を掛け過ぎたり被害が大きくなったりすれば、三河勢によって尾張が荒らされることになる。そんなことは敵も味方も望んでいないのだ。
それらの事情から向こうの狙いを完璧に読み切り、それに対処する策を講じてある義鎮に不安の文字はない。だからこそ馬廻りもそれに従うことに異論はない。
問題があるとすれば…
「アレ?この戦って儂の戦じゃよな?」
指南役として張り切る義鎮によって、完全に出番を取られたお子様が頭に?マークを浮かべていたことくらいだろう。
姫様出陣ッ!ってお話。
まぁノッブは総大将ですからね。家臣に武功を立てさせるのが仕事です。なお千寿君は鳴海城にてハラハラしてる模様。負けるとは思ってないけど、姫様が怪我とかしたら…って感じですな。
ちなみに前田家。史実だと林佐渡守も中立と言うかやや信行よりだったので戦には参陣してませんが…桶狭間にすら出てこないのはダメだと思う。根性が弄れてるのでさっさと改易させていくスタイル。
コレをすることでノッブは前田に褒美を支払わなくて良いし、領地を没収できたら直轄領が増すしでウハウハです。
……柴田って何時から尾張最強なんですかね?(疑問)




