35話。マダオ死すの巻
去勢……巨星墜つ。彼の存在によりぎりぎり保たれていた尾張の均衡は完全に崩れ、統制を失ったモヒカン達が農家の種もみを奪いに来る!
時はまさに世紀末!マッポーの世となった尾張に救世主は現れるのか?!
神屋に相場の調査やら何やらを依頼し、鳴海城に行って平手の爺様と共に三河勢を殲滅する支度を整える日々を送っていたところ。とうとう待ちに待った信秀死去と言う一報が、ここ那古野に届けられた。
「ようやく死んだの。まったく、最期まで晩節を汚しよってからに!いったいどれだけ坊主に銭をくれてやっとるんじゃ!」
そう言いながら書状を床に叩きつけぷりぷりと怒るお子様の様子を見れば、無理をしているようには見えない。うん。コレは完全に吹っ切れてると言っても良いだろう。
と言うか本当に晩節を汚したよな。
若い頃はどうかわからんが、晩年は斎藤に負け、今川に負け、終いには病に負けて狂ったとまで言われる程の凋落振り。完全にマダオである。これ、史実でもこんな感じだからな?そりゃ位牌に抹香を叩きつけられるわ。
いや、元々父親としてはまるでダメなんだ。無駄に子供が多いし、家督をはっきりと決めなかったし、ダラダラと祈祷なんかして……一体どれだけの銭が溝に捨てられたのやら。
「しかし若殿。いくら大殿が病やら何やらで衰えたとしても、弾正忠家の家長であったことには違いありませぬ。ならば後継者たる若殿が葬儀の支度を整えねばなりませぬぞ」
林のオッサンが投げ捨てられた書状を拾いながら、あえて世の中の常識を口にしたが…。
「はっ!葬儀どころか、死んだと言うことすら儂には伝えて来ないではないか!コレはアレじゃろ?儂に何も伝えぬことで準備をさせぬつもりじゃろ?そんでもって母上あたりが「次期当主が葬儀の準備をしなかったから正妻として信行に準備させた」とか言うんじゃろ?」
自分で向こうの狙いを口にして怒りゲージを上げているが…まぁそうだろうな。実際信秀死亡の報は大和守家と葬儀の段取りを組んでた信光から送られて来たモノで、末森からの正式な使者ではない。
コレを咎めれば「こちらは使者を送った、うつけが忘れてるだけ」とか言い出す予定だろう。で、責任の水掛け論をしている時に「いいからさっさと葬儀しろ」って空気にして、準備しているから末森がやるって方向で進めるつもりだな。
まさか家臣達も次期当主に信秀の死を伝えないなんて思わないからな。態々信長に報告しようとは思わんだろうよ。そこで信長が何も準備していないのを見れば「何やってんだあのうつけ」ってなるわけだな。
まったくもって小賢しい。だがその小賢しさを利用するのが今回の目的なので文句は無いが。
「でしょうな。某には美作の家来から連絡が来ましたが、平手殿には何か連絡は来ておりますかな?」
「いや、儂には何の連絡も来とらんですわい。つまりコレは美作と御前様辺りが仕組んでいるのではないですかのぉ?」
話を向けられた平手の爺様は一見飄々としているが、その目には激しい怒りが有る様に見える。何だかんだ言っても、彼らに取っては長年仕えた主君だ。その晩節はアレだったが、その葬儀までも汚す気は無かったのだろう。
普通なら後継者が喪主を務めるべきなので、関係者は信長を中心として葬儀に関する段取りの相談等をしなければならないのだが…どうやら向こうには信長を関わらせる気が無いようだし、ここまでコケにされたら誰だって怒るよな。
つーかコレは何も知らなければ「信長がうつけだから」で済むが、裏の事情を知っていれば、コレは「信長を葬儀から排除する」って言う完全に頭がおかしいと指摘される行為だぞ?そして今の尾張勢は大半がその事情を知っている。つまり、今の段階で非常識だのうつけだのと言われて非難されるのは土田御前や信行って事になる。
もしかしたら「寄進をしなかった」とか抜かすかもしれないが、こっちは伊勢神宮に寄進しているので、そんな言い訳も通じないし、信長の「うつけ」は葬儀に関わらせないこととは関係がない。
どんな権力争いが有っても、冠婚葬祭の葬については一定の配慮をするのが常識だしな。
それにこれは斎藤や今川の「一度信長に弾正忠家を継がせる」と言う基本戦略に真っ向から逆らう行為である。それなのに今回の葬儀で信行に喪主をさせ、家督を継がせるために動いてるって言うのがなぁ。いくら予想以上に味方が減ったとは言え、節操が無さ過ぎるだろう。
それに尾張の国人の大半は今川か斎藤の紐つきだから、この分だと信行に味方する国人はさらに少なくなるはずだ。
つまりは完全に土田御前達の暴走なんだが…そのせいで此方の敵を増やすと言う策が崩壊し、準備の半分近くが無意味になったと思えば、彼女の暴走は見事な動きと言えるのかもしれん。
「母上も余計なことをしよるわ。コレのせいで尾張の内部では無駄に戦が増えることになる。蝮や治部にその隙を突かれたら尾張がどうなるかもわからんかや」
わからないからこうなんだろうな。いや、信行なら何とかできると本気で信じているのかも…まぁ結局は現実が見えてないってことなんだがな。
「まぁコレに関しては「相手が思い通りに動くわけではない」って言う今後の教訓にしましょうよ。それに戦が増えると言うことは、それだけ家臣に戦の経験を積ませることが出来るとも言えるわ」
母親の愚行に対し溜め息混じりに呟いた信長を慰めるかのように、あえて明るい声でプラス思考をしなさいと指摘する姫様。
実際に余裕がないなら「余計なことを!」と言って怒り狂ってもおかしくはないが、今回はこちらにかなりの余裕がある。だからこそこんな言い方が出来るのだと言うことを忘れてはいけない。
土田御前に発見されたら文句を言われるので、ろくな戦支度すらしていない末森の連中に対し、前々から信秀の命に見切りをつけて戦支度をしているこちらとの差は、周囲が思う以上に大きいのだ。
「では葬儀については知らないふりで良いでしょう。そうすればおそらく向こうが当日に使者を出してきて「何故葬儀に参列しないのか?」と言った詰問の使者を立ててくるでしょうから、コレを斬って信行様との手切れとしましょう」
そのまま戦だ!と完全に目が座ってる林のオッサンだが、ソレは早計だ。
「いや、手切れはまだ早い。なので此度は林殿と平手殿が信長殿の代理として弔問の使者となって頂きたいと思っております」
「う?葬儀自体を無視するなら別に参列する気は無かったが…代理を立てるとなると儂もいかんと不味くないかや?」
親の葬儀に出席しなかったと言う悪評はいつまでもついてまわるからな。信行主体の葬儀自体を認めないと言うならまだしも、葬儀を認めるなら参列しないと不味いと言う信長の考えは間違っていない。
「今の土田御前の前に信長殿が赴けば、確実に殺されますからな。病にでもなってもらいましょうか。そして信行殿に対して書状を記していただきましょう」
「「「病?書状?」」」
お子様はともかく、オッサンと爺様が一緒に首を傾げても可愛げの欠片もないぞ。
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「まずは葬儀を挙げてる寺に対してですな。「病の為、参列できずに申し訳ない」という内容のモノが必要でしょう」
「「「あぁ………」」」
千寿がそう言って指を折る。まぁ確かにそうよね。銭を毟り取っていった坊主には不快感も有るけど、それだって依頼されたからやっただけだもの。菩提寺に対して礼を尽くさない理由にはならないわ。
「それから信行殿に対して。これは「今回は自身に代わって葬儀の喪主を務めた事、大儀であった」と言うお褒めの言葉で良いでしょう」
へぇ…一銭も使わずに功績を奪うってわけね。なかなかに悪辣な一手だわ。
「ふむ。さも儂が指示したような言い方をすれば良いわけかの?」
「なるほど。病の身では満足な差配が出来ぬ故、御舎弟に葬儀の差配を命じたと言うので有れば若殿の無作法にはなりませぬな」
「それどころか、連中が使った銭や労力の結果を丸々貰えまするぞ。向こうが銭を掛け、どのような豪勢な葬儀にしたとしても結局は若殿の命令で行ったことになりますからのぉ」
信長も林殿も平手殿も、説明されなくとも千寿の狙いに気付いたか。うんうん。これはいい傾向よね。
「さらに葬儀の場でコレを否定すれば信長殿に対する明確な離反となります。こちらが付け入る隙を与えるのも良いですが、今回は向こうが掘った穴に自身で嵌ってもらいましょうか」
そう言ってニヤリと嗤う千寿。いつもならこの顔を見た三人が「ひぃ!」とか言って距離を取るところだけど、今回は同じようにニヤリと哂っているわ。
それはそうよね。もしもソレを否定するなら土田御前あたりが「今回信長は葬儀に関わっておらぬ!」とか言うことになるんでしょうけど…信長のところの筆頭家老の林殿や平手殿が居ればねぇ。
向こうの美作の意見は兄である林殿が抑えるだろうし、柴田は完全な猪武者。平手殿に弁舌で勝てるとは思えない。
そうなれば信長が信行に代行の命令を出したにも関わらず、土田御前がそれに逆らい勝手に葬儀を行おうとした。もしくは次期当主を葬儀から排除しようとしたって言う非常識が残るわけか。
コレは立派に戦の口実になるわ。どうせ信行陣営に国人が集まらないなら、まともな準備も出来てない内に一撃で終わらせろってことよね。
「ふっ父上の葬儀で自らの墓穴を掘るか、母上も信行もその周りも中々器用な真似をするのぉ」
「然り。我が弟ながら見事な大道芸にございますな」
「柴田に至っては大真面目ですからなぁ。随分と滑稽なことで」
流石に戦の覚悟を決めていればそうそう無様は晒さないわよね。千寿も合わせて4人で随分と悪い顔をしてるけど…信長はどうしてもお子様なのよねぇ。
「まぁ反論をしてもしなくとも戦はします。……そうですな。もし何も反論されぬようだったなら、49日以内に誓紙を持参して登城せよとでも命を出しましょうか。そして今後の忠義を信秀殿の霊前に誓わせるという形にすれば、信行に味方する者や信長殿に敵対するものを判別出来ますね」
なるほど。これなら信長に従わない者に対して攻撃を仕掛ける口実になる。そして信行も49日以内に味方を募ろうとするでしょうから、当初の予定通りかなりの数の国人の粛清が出来るわね。
「なるほどのぉ。それにこの49日で儂らも最後の準備が出来るし、服部やら三河の連中も儂らの家督争いの戦の日時を予想して行動が起こしやすくなるというわけじゃな」
そうね。連中の狙いは火事場泥棒ですもの。コッチがいつ戦をするのか分かればそれに合わせて動いて来るでしょうね。
まぁ服部に関しては三河勢、つまり千寿次第だけど………
「いやぁ、久方ぶりの戦ですなぁ。しかも相手が一向衆となれば、向こうから死にに来る連中。くくく………阿鼻叫喚の地獄が何処にあるのかを教えてやりましょうぞ」
「「「ひぃ?!」」」
まったく千寿ってば、殺る気満々じゃない!この分だと今夜も大変ね!
時代は強さを求めている!そう、助からない子供を安楽死させるア○バ様のような強さを!ってお話
なんか千寿君は修羅モードになると夜が大変らしい。




