33話。博多の商人襲来①の巻
この作品はシリアルです。良いですか?真剣な考察をしてるところも有りますが、基本的にはシリアルなんですよ。
那古野の城にて大体の方針を決めてから数日。未だに信秀は死んでは居ないが、尾張の周辺では信秀の命が長くないことが共通認識となっており、諸勢力は彼が死んだ後に備えて準備をしていた。
当然その中には信長の陣営も含まれている。信長に伊勢方面から来る服部党の相手を依頼された信広は、家督争いには参戦できないが、尾張を守るための戦に参加すると言うことで納得し、信長の味方になると言う連中を率いて西に回ることを承諾した。
当然これには彼なりの打算も有る。それは万が一信行が勝った場合、信行や大和守たちに対する言い訳になると言うものだ。さらに一定以上の兵を集めて率いた経験と実績はどの家でも欲しがるものなので、何かが有ったら出奔することも視野に入れているのだろう。
武衛の説得を任された信光は更にテンションが高い。何しろ彼から見たら守護である武衛と守護代である大和守への取り次ぎを一任されたようなモノだ。
今は坂井やら織田三位やらの傀儡だが、それらを打ち倒した後は彼等は間違いなく尾張の重要人物になる。そんな人物との交渉を任され、成功したなら尾張の中での信光の立場はどれ程のモノになるだろう?間違いなく一門衆の筆頭扱いは堅い。さらに信広同様に信行が勝ったとしても、武衛との繋がりは大きな武器となるのだ。
だからこそ信光は信長に言われたような「信長の元で一致団結して戦うこと」ではなく「弾正忠の元で一致団結して戦うこと」と言う言葉を引き出そうとしていた。
まぁ当然、まだ信秀は生きてるし三河や服部も本格的に侵攻をしてきているわけではないので、武衛や大和守に会う際に使っている口実は「弾正忠の葬儀について」である。
御用伺いのように何度も自分を訪れる信光に対して、家臣たちに傀儡にされている武衛は徐々にではあるが心を開きつつ有るようだ。これは信長の担ぎ上げるが傀儡にはしないと言う方針を聞いた信光が、さりげなく武衛にそのことを匂わせているのも無関係ではないだろう。
最初は信光を疑ってかかっていた坂井らだが、話の内容は間違いなく葬儀に関してだし、その際の武衛の挨拶やら席次やら、果てには料理の味付けに関してまでを真剣に討議しているのを見て、干渉の必要はないと判断したらしい。
流石に護衛やら何やらを大和守家から出すことは譲らなかったが、それでも外出を禁じたり、葬儀への参加を阻止すると言う気は無いようである。むしろ面倒な葬儀の手続きや参加を傀儡が引き受けてくれて、ソレで機嫌が良くなるなら万々歳と言ったところだろうか。
そして林や平手に佐久間と言った信長の重臣たちも、それぞれ戦支度をしている。ちなみにこの戦支度の名目は家督争いではなく「三河に怪しい動き有り」と言うものだ。
何せ先日鳴海城を預かっていた山口親子が城ごと今川へ寝返ろうとして粛清されたばかりである。またぞろ何か有るのでは無いか?と考えるのは普通だし、信秀の死に合わせて三河勢が今川の命令で尾張に攻め寄せる可能性が高いのは周知の事実。
ならば警戒するのが当然だろうと言うのが彼らの意見であり、信行に味方する国人たちもそれには異論を唱えることはなかった。
いや、正確には異を唱えた者はいる。それは土田御前と彼女に後見されている (ことになっている)信行だ。
曰く、勝手に信秀を死んだように扱うな。弾正忠は病に倒れたが生きている。祈祷をすればまた以前のように戻るのだから、戦支度をする銭が有ったら祈祷の為に銭を出せ。と言う内容だった。
コレが国人たちから銭を奪い、反抗する力を無くすための策なのか、それとも本心から言って居るのかは本人に聞かねばわからないが、少なくともこの期に及んで祈祷の為に銭を出そうと言う者は居なかった。
信長に対しても「親不孝!」だの「不忠者!」と言った罵倒の手紙と一緒に催促が来ているようで、信長は涙目になりながらも母親からの手紙を焼き捨てている。
最初のうちは「こんなのでも母上からの手紙じゃし…」とか言って大切に保管し、あまつさえ少額の銭を出そうとしたらしいが、ソレを見た姫様が「ふざけんじゃないわよ!」と土田御前と信長の双方に対してブチ切れたことで、信長の中の何かも切れたらしい。
そして娘に無視されている土田御前が更に文句を言っているらしいが、そもそも信長を遠ざけてきたのは彼女であるのは周知の事実。コレをもって親不孝だのなんだのと言ってももはや誰も聞く耳を持っていない。病床の信秀が何を考えているかは知らないが、少なくとも行儀が良いだけの子供と、色々とおかしい母親のコンビは距離を置かれつつあるようだ。
結果として今の尾張の国人衆には「弾正忠家の家督争いだから関わらない」と言う空気が蔓延しつつある。つまり「出来るだけ敵を増やして殲滅する」と言う信長陣営の戦略は、土田御前の暴走で崩れかけていると言っても良いだろう。
だが、中立の時点で正当な後継者である信長に逆らっていると言うマイナスは生まれるので、信長が勝利した後は国人に対して干渉を強めて行く予定では有るのだ。
何せ国人どもは「うつけ」に敵対しないだけマシだろうと本気で考えており、信長が勝とうが信行が勝とうが今後は弾正忠家ではなく、大和守家に従う気でいるのだから。
ここまで舐められて何もしないなどと言うことは、いくら弱小勢力でも、いや弱小勢力だからこそあり得ない。これを見過ごすのは優しいだの甘いだのを通り越して、愚かな行為であり、今後の統治に差し支えが出ることになるからだ。
自分たちが粛清される事すら知らずに日和見を決め込んでいる国人衆に対して、唾を飛ばして忠義と言う言葉を吐く土田御前と冷たい笑みを浮かべるだけの信長陣営。盤面の上でも盤の外でも戦の空気が漂う中、千寿は一人の客人と会見していた。
「いやぁ伊勢は中々にアレでしたが、ココはもっとアレですなぁ。まぁ若殿や姫様が楽しそうですから僕から特に何か言う気はないんですけどね?」
そう言いながら眼前に座る痩身糸目の女性は出された茶を静かに飲んでいる。
「商いの都と言っても良い博多や堺に比べれば、高名な伊勢とて片田舎でしかありませんし、津島なんぞ未開の港町でしょう。だからこそ誰の邪魔も無く塩の増産ができたのですがね」
軽い口調で話す糸目の女性に対して謙る口調の千寿。コレを信長や林、平手が見たら目を剥いて驚くだろう。だが基本的に千寿は商人を下には見て居ない。そもそも尾張の商人である堀田に対しても丁寧語を崩さないのだ。
こう言った相手を心から評価しているような姿勢は「自分たちを下に見る武家とは一味違う」と言う感じで商人から好評を………得られていない。
「はぁ…ココに来てもコレですか。相変わらず若殿はやり辛いですわぁ。もう少し隙を見せた方がとっつきやすぅなって、他の人らとも付き合いやすぅなると思いますよ?」
博多弁でもなく京都弁でもなく、微妙な言葉でそう指摘してくるのは、ココが尾張だからだろう。いくら地元に比べれば田舎とは言え、女性にはココに何の地盤も無い。今後ココで仕事をするのならコチラの言葉に慣れなければいけない。
勿論博多商人としてのプライドは有るが、ソレは言葉でどうこうするものではなく商売で儲けることができるかどうかだ。その為なら田舎の侍に合わせることも厭わないし、その侍に頭を垂れることも厭わないと言う彼女なりの芯が有ればこその歩み寄りとも言える。
「御冗談を。貴女方のような凄腕の商人に隙を見せたら、とっつきやすくなるどころか骨の髄までしゃぶられるだけでしょうに」
商人は武力を持たずとも世界を征服できる恐ろしい存在である。ソレを知っているからこそ千寿は商人に対しての敬意を忘れることは無い。それに彼女らは日本中に網を張り、日本中の情報を集め、朝鮮だけでなく明や琉球、南蛮の連中とも渡り合う存在だ。
日本の片田舎すら理解していない癖に商人と言うだけで彼女らを見下し、調子に乗って甘い言葉に乗せられて商人を使っている気になっている武家なんぞ、彼女らにとっては金を運んでくる蟻でしかないのだ。ソレに対し「ごくろうさん」と頭を下げることなど苦でも無いだろう。
「と言うか尾張に来てまで阿呆の相手は御免でしょう?とは言え、私もまさか貴女が直々に来るとは思ってませんでしたが」
相変わらず微塵も隙の無い千寿を見て「やれやれ」と首を振っていたが、追加で言われた言葉に対しては我が意を得たりと言った感じでニヤリと笑みを浮かべた。
その様は糸のような細目と相まってまさしく蛇を連想させるもので、千寿にしてみれば蝮などよりもよほど怖い存在と言えるだろう。
「ははは。ごもっともですわ。それにあの規格外の若殿が、幾多居る商人の中から「神屋」を名指しされたと聞きましたしねぇ。そりゃ内容も気になりますよって。と言うか最近噂になっていた「伊勢方面から来る良質の塩」は若殿の手やったんですなぁ?そんなん出来るんやったら九州でもやってくれたら良かったのに」
人が悪いですなぁと笑って再度茶を飲む糸目の商人。彼女の名は神屋紹策。俺の知ってる歴史では博多の豪商にして博多の三傑と言われた神屋宗湛の父親であるが、今の彼女は俺と同い年の神屋家の次期当主でしかない。
それでも博多から離れて尾張に来るような人間では無いのだが…
「いやぁ、おとんから「良い機会だから東国の様子を見てこい」なんて言われましてね?確かにこんな機会は滅多に無いですし、僕としても若殿に会いたかったってのも有りますからねぇ」
表情は読めなくとも会話の流れから俺の疑問を察したのだろう。疑問に答えるついでにコテンと首を傾げながら何でもない事のように好感度を上げるようなことを言って来るが、一言で言えばハニトラだな。と言うかこんなのを仕掛けて来るってことはまさか…
「もしかして、まだ結婚されてなかったんですか?」
結婚してたらハニトラはやらん、とも言えんか。
この時代の商人は売れるものは親でも売ろうとする連中だから仕掛けて来るかも知れんが、博多に伴侶を置いて単身で尾張に来るとは考え辛いんだよな。単身赴任ってレベルじゃ無いし。
「うぐっ!」
素で聞いた俺に対し、素でリアクションを取る神屋。何だかんだで古い(と言うほど歳を取ってないが)知り合いなので、このくらいは気安く話せる仲ではあるのだ。
「つまるところ、お父上から『さっさと結婚相手を探して来い』と言われて叩きだされたと?」
「ぐふぅ!」
俺の言葉を受け胸を押さえて蹲る少女(18)
前にも言ったかもしれんが、この時代の結婚適齢期は12歳前後からだから、今の彼女は少女と言われる年齢では無いのだが、俺の中では立派な少女である。
つーかこの時代の連中が言う少女は俺からしたら幼女だからな。お子様の信長ですら一人前の女扱いなんだから、本当にこの時代の紳士共は…
ソレはソレとして。家の格や家族ぐるみの付き合いなど、場合によっては生まれた時から婚約者が決まってる場合も有るので、この時代の結婚に関する年齢的なハードルはかなり低いと言える。
故に、特殊なケースは別としても、普通に金がある家の女子なら18になる前に結婚して子供が居るのが普通な世界なのだ。
そんな中、いまだに一人身で彼氏も居ないと言うのは中々世間の目がアレな案件であるから、父親がさっさと婿を探してこい!と言うのもわかる。
それにどーせコイツは父親が用意した男は全部却下して、自分で探す!とか啖呵を切ったんだろうて。
「し、しょんなかねっ!うちも若殿のごたぁな男探しっちゃけどそんなん中々おらんとよ!「好いとう」言ってもうちらの財が目当てな連中ばっかやし!あげな連中と結婚?そがんこつしきらんばい!」
この俺の冷たい目(と思われてる)で見られるのは堪えたのか。無意識に博多弁が出るくらい動揺したらしい。ふっ未熟者め。商人がそがんなったらあかんよ。
「まぁ…貴女の結婚相手については良いとして…そろそろ商売の話、しましょうか?」
「純情乙女の告白が軽く流しゃれた?!」
口に手を当ててガーンと言う表情をするが、誰が純情乙女だ。ソレに告白ってさっきの俺みたいな男がどうとかか?ソレは告白とは言わん。つーか妻帯者を口説こうとすんな。
「あら、懐かしい博多言葉が聞こえると思ったら紹策じゃない。神屋から人を呼んだって聞いたから誰が来るかと思ったら貴女だったの?久しぶりね。貴女は知ってると思うけど今の私は千寿の妻でって………え?何?どうしたの?なんか私を見て目を見開いて「妬ましかぁ」って呟きながら血涙流してるけど…千寿、コレってどんな状況なの?!」
外出から戻って来た姫様が妻として客人に挨拶しようとしたら、火に油を注ぐ結果になったでござる。
うーむ何と言ったモノか…まさか「同い年の妻帯者が羨ましいんだと思います」とは言えんしなぁ。商人のプライド云々よりも女のプライドが砕け散りそうだ。
つーか流石は姫様。彼女クラスの商人であろうが博多の商人だろうが、呼んだら来たってことに何の疑いも持ってませんね。…ふむ。この辺の価値観って直した方が良いんだろうか。
「妬ましか~羨ましか~」
俺が姫様の教育を考えている間にも、未婚の怨霊は動いているようだ。足が痺れたのか何なのかは知らんが、博多弁を全開にして手で這って移動し姫様の足に縋りつこうとしている。
「せ、千寿?何か怖いんだけど!て言うかいつもの糸目はどこに行ったのよ!?」
いや、俺の陰に隠れるのは見せつけるだけになりますから、逆効果だと思いますよ?
「パルパルパルパルパル…」
「きゃぁーー!」
うむ、いまだかつてない扱いを受けてリアクションに困る姫様も尊い…。いやはやこの調子で姫様にも友達が出来てくれれば良いんだがなぁ。
「せ、千寿~。生暖かい目で見てないで助けてよぉ!!」
TSもシリアルも有るんだよ!ってお話
と言う訳で九州からのお客様。年齢にはご都合主義が有りますって言ってるし、大丈夫ですね!彼女については次回だッ!
ちなみに「シリアル」について・・・作者の中ではニコニコ大百科にある使用例。
コミカルな展開が、いきなりシリアスになる
シリアスな展開が、いきなりコミカルになる
と言う要素ですね。多少用途が違うかも知れませんが、完全なシリアス作品ではないぞ?と言う意味で使っております。




