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27話。一門来訪の巻

そろそろ稲生の戦いか?


ノッブ視点。

吉弘殿が姫様と共に姿を消し、残った我ら三人で客人とやらを待つ間、儂は先ほどの話を考えておった。


「うむ、畿内の様子を三国志に喩えたのはわかりやすいの」


「誠に」

「そうですな」


林も爺も認めておるが、やはり吉弘殿の説明はいつもわかりやすいのが良いのぉ! しかし、畿内の戦がいつまでも終わらんと思ったら、幕府の連中がいくつかの勢力を共倒れに導いて均衡を図ろうとしておるとはな。儂とてあんな風に言われたら畿内に介入しようとは思わぬし、将軍家に忠義など尽くそうとも思わんわ。しばらくは銭を払って利用するだけじゃな。


そして問題は連中が畿内を荒らしているときに外から誰が来るのか、じゃな。


晋の時は匈奴じゃったが、儂らの場合は大内か尼子か? じゃが吉弘殿の話じゃと、連中は其々が争っているので上洛どころでは無いらしい。東国じゃと治部あたりじゃろうが、治部が上洛するためには儂らや蝮を下さねばならぬ上に、甲斐には後ろから隙を窺う虎がおるからの。そう簡単に治部が東国を纏めることはできぬ。


つまり暫くは三好の天下よ。じゃが吉弘殿はそれが長く続かぬと思っておるようじゃ。


「三好が曹操になるか董卓になるか、それによって天下が形を変えるのぉ」


赤壁で負けた曹操か、反董卓連合に押されて洛陽を捨てた董卓か。どちらにも中原や涼州と言った地盤があったが、三好とて四国という地盤がある。


一度引いて反三好同盟が仲間割れを起こしたところを襲っても良いじゃろう。じゃがもし三好が将軍家や帝に何かしようものなら……どうなるかわからんのぉ。


「ですな。周囲の大名を殺し合わせることを目的としている以上、公方様の権威が復活することは無いでしょう。それ故、我らも三好や管領を利用できまする」


「然り、公方様には我らが援助を行い、いつまでも夢を見て頂いていれば良いのですからな。畿内が纏まらぬうちに尾張を平らげてしまえば、亡き大殿の意思を継いで三河か遠江まで勢力を延ばすことも不可能ではありませぬぞ!」


「爺の言うことはともかくとしても、林よ。父上はまだ死んではおらぬぞ」


「おぉ。これは失礼をいたしました」


「何が失礼じゃ。思ってもおらんくせに」


「ははっ」


林が白々しく頭を下げとるが、爺も否定する気がなかったの。実際父上は死んでるようなものじゃしな。いや、坊主に際限なく銭を流すことを考えれば、死んでいるよりも質が悪い。


はぁ。まさか父上がここまで晩節を穢すとは思わなんだ。おそらく爺も林も同じ気持ちなのじゃろうな。


二人とも、もう完全に父上を居ない者として今後を見据えておるわ。


「ですが若殿。林殿の言うことに間違いはございませんぞ。それに吉弘殿も言っておりましたが、武衛様をどう扱うかで我らがこの後に取るべき行動も変わりまする」


爺がそう言って儂をじっと見てくる。


少し前まではこのような話ができるような扱いではなかったのじゃが、それもこれも吉弘殿と姫様のおかげよな。


「そうじゃな。元々父上は朝廷より正式に三河守を拝領しておるゆえ、どう転んでも三河には介入できるわな。朝廷に寄進を続けておる限りはそれを取り上げられることもなかろうし。ならば狙うは毒で動けぬ美濃ではなく、坊主と松平と今川という戦力が混在しておる三河じゃろう」


何もしていなければこの官位もなし崩し的に朝廷に返却された事になるのじゃろうが、銭の繋がりがある以上は勝手な真似はできまいて。


何せ新しく官位を寄越せと言っとるわけではないからの。


それに三河は少し前まで信広殿が居た地よ。土地勘もあるし顔見知りの国人も多々居る。今川の統治に文句がある者も多かろう。


それから先が武衛様の出番なんじゃがなぁ。


「結局は遠江をどうするか、ですな。もしも武衛様を掲げるならば遠江も奪う口実となりまする故。ついでに言わせていただきますと、越前に関しては若殿が畿内に関わる気がないのであれば放置でよろしいかと。武衛様も今更越前がどうとかは言わぬでしょうからな。もしも必要以上に口出しをするようならば武衛様を京に送る。という手もございます」


ふむ。京かや。


「確か守護は京への在住が求められとるはず。 ならば京へ送るのも悪くはないかもしれんの」


そして守護として掲げ、銭だけ定期的に渡せばよかろ? 公家との折衝を頼むと言えば神輿ではあるが傀儡ではないし、武衛様とて今更戦に出る気もなかろうて。この方向で動けば、儂らが尾張・三河・遠江と手に入れることも不可能ではない。


ただ問題は治部よな。あれは簡単に考えて良い相手ではない。それに遠江まで押されれば甲斐の武田家や相模の北条家が動く可能性もある。


いや、今のうちに北条に連絡を取り、いずれ儂らが遠江へ出るときに後ろを突かせるか? 確か今川と北条は武田の扱いで食い違いが有ったはずじゃし、それほど仲も良くないはずよな。


武田は元々信を置けぬし、隙を見せればこちらにも食いついて来るじゃろうが、北条は別に裏切られても痛くも痒くもないものな。


「なんにせよ今の段階で武衛様の扱いを考える必要が有るという吉弘殿の意見は間違っておりませぬ。ここで時間をかければ武衛様とて「若殿が大和守に変わって己を傀儡にするだけで何も変わらない」と誤解しましょう。京に送るにせよ尾張に留めるにせよ、今のうちから交渉をするべきです」


林の提案に対して爺も頷く。儂も同意見よ。


「今なら山科様や朝廷との繋がりがあるし、公方に銭を贈る話もしておるしな。京での武衛様の扱いも悪いものにはならんじゃろう。それに公方が尾張の兵を畿内の戦に使おうとしても、伊勢や美濃が邪魔をする。なによりこちらには公方に真っ向から逆らう治部がおる。儂らはこれを優先せねばならんよな?」


守護使不入。これを掲げる限り治部は公方の敵よ。


そもそも治部は足利が潰えれば吉良が継ぎ、吉良が潰えれば今川が継ぐと言われる連枝衆。征夷大将軍という肩書きしか持たぬ公方にしてみたら、治部は三好の次、いや三好以上に憎らしい相手じゃろうて。


そこでもしも治部を討てと言う上意を貰えれば、三河守の官位と合わせて朝廷と公方が共に儂の後ろ盾となる。ならば三河の国人どもを揺さぶることも可能よ。大義名分という意味ではこれ以上ないものじゃからの。地侍にすぎぬ松平の連中が何を言おうと、田舎侍の戯言にしかならぬわ。


「ですな。吉弘殿が堀田に奥三河へ塩を売りに行かせているのも、三河の道や城の情報を集める為でしょうから、やはり三河が狙い目かと。今川については、西三河を攻めようとすれば動くでしょうが、奥三河であれば遠江よりも尾張に近いので、連中が援軍を出すのは難しいかもしれませぬな」


おぉなるほど! 奥三河への塩の販売はそのような意味もあったか! 流石は吉弘殿よな。


それに爺もそこまで治部や三河のことを読むか! うむ。短期間ではあるが京にて学ぶことで視野の広さを得てきたようじゃの。いや、むしろ短期間じゃからこそ京に染まらずに他国のことを見れるようになったのかもしれんが、そこはどうでも良いわ。必要なのは結果じゃものな。


「なるほど。あえて援軍の難しい奥三河を攻めることで今川に援軍を送ることを躊躇させ、彼奴らの威信を落とし、松平が出てきたらこれを討つことで戦力を落とすのですな? もしも今川が出てきたらあえて引いて肩透かしをすれば、今川に対する謝礼やら何やらで三河は困窮します。謝礼を払わねば今川が兵糧やら銭の補充ができずに困窮する。王手飛車取りどころではありませぬなぁ」


林もそう言って笑うが、なるほどのぉ。これに姫様が言ったように五千から一万の兵を集めて三河衆の弱体化を図る策が使えれば、一気に三河を取れたかもしれぬな。


今回は儂の力が弱すぎてそこまで出来んかったが、これからは違うぞ! 尾張を統一し、儂らに嫌がらせを続ける治部に一泡吹かせてやるわい!


で、尾張を統一した後のことはともかくとして、じゃよ。


「結局客って誰なんじゃろうな? いや、恒興があの場で名を呼ばなかったことから、織田家の者と言うことくらいはわかるぞ? それがわかったからこそ吉弘殿や姫様も席を外したんじゃろうしな」


まさかそういうの関係なく、さっさと家に帰って二人してあ~んなことやこぉんなことをするためにさっさと帰ったわけじゃなかろう?


最近姫様が儂が吉弘殿に対して接触するのを防いでくるが、儂とて年頃の女子ゆえ、そう言うことに興味がないわけじゃないからのぉ。


姫様のあんなに幸せそうな顔見たらどんなもんなのかなぁって思っても仕方ないじゃろ!? 減るもんじゃないんじゃから、ちょっとくらい分けてくれても良いじゃろうにっ!


「おそらくはその通りかと(平手殿、若殿がいきなり不機嫌になりましたが、若殿はどうなされたのでしょうな?)」


「ですな。吉弘殿らの謙虚さは美徳ですが、別に隠すこともないですから、隣で聞いていても儂らは文句は言いませぬぞ。あと、客人はご一門の方ということくらいしかわかりませぬ(さて、もしやしたら月のものが来たのやもしれませぬ。あまり長居しないほうがよさそうですな)」


「まったくですな」


……林と爺がなんぞコソコソしとるが、まぁ良いわい。 二人にこんなこと言ったら、次の日にはわけのわからん男を婿に宛てがってくるかもしれんからの。とりあえず姫様が子を宿すまでは雌伏すべきじゃろうて。


姫様も吉弘殿も警戒させてはいかんからの。


そんな感じで待つこと暫し。


「若殿! ご一門の信光様と信広様をお連れいたしました!」


「ほう。誰かと思えばそのお二人かよ。まぁ良い。入れよ!」


「はっ!」


今後のことを考えておったところに恒興が客人を連れて来たのじゃが、なかなかに珍しい組み合わせよな。林も爺も微妙な顔をしとるわい。


「「失礼仕……る?」」


で、襖を開けて儂を確認した二人が固まっとるんじゃが、何かあったかの? まさか後ろに姫様がおって扇子を構えとるんじゃなかろうな!?


「?(若殿は何をしておられるのでしょうな?)」

「?(さて。後ろになにか感じたようですが……)」


焦って後ろを確認するも、誰もおらぬ。 


で、いきなり後ろを向いた儂を見る林と爺の目が、何ぞあれじゃが、一体なんじゃと言うんじゃ!


「あ、ひ、久しいな信長殿」

「ま、まことにな」


儂に睨まれた三〇代後半の男がそう言って頭を下げれば、隣にいた二〇代前半の男も頭を下げる。ちなみに三〇代後半の男が父上の弟であり叔父である信光殿で、二〇代の男が儂の兄である信広殿じゃな。


普段は儂と会うこともないのじゃが、何しにきたのやら。

ま、とりあえず挨拶には挨拶で返そうかの。


「信光殿と信広殿とこうして面と向かって話すのは確かに久しいの。とりあえずお二人はそちらに座るがよろしかろ。それと今白湯を持たせるゆえ少々お待ち頂きたい。あぁもしやして酒か水の方が良いかの?」


「「……え?」」


なんかまた止まったし。なんじゃ? やはり何かあるのか?


「……平手殿(また振り返りましたぞ)」

「……えぇ(お疲れなのでしょう。月のものが来ると大変らしいですし、やはり早めに休ませましょう)」

「ですな」


やはり背後には何もない。林も爺も不思議そうに儂を見ておるし。むぅ、もう本人に聞くか? というかそうでもしないと気になって話もできんわい。


「のう? 先程といい、今といい、急にお二人の動きが止まったように見えたのじゃが、儂の後ろに何か有るかの?」


儂、気になるぞッ!


「あぁそれでしたか。某はてっきりお疲れになったのかと思っておりましたぞ」

「ですな。女子には色々ありますからな」


林と爺はあとでしっかりと話をせんといかんようじゃな!


「あぁ、あのな、何と言えば言いのやら」

「う、うむ。何と言うか」


どうも釈然とせんのぉ。はっきりと言わんか!


「若殿、おそらくですが、若殿の格好や応対が普通だからではありませんか?」


「む?」


爺は何を言っておるのじゃ? 儂の格好や応対が普通だから固まるってそんなこと……あぁ。


「なるほど。恥ずかしながら某、まったく気付きませなんだ。流石は平手殿ですな」


林がそう言って爺を褒めるが、うん。そうじゃよな。周囲からみた儂は、城の外でも平気で傾く『うつけ』じゃから、城内ではもっと突飛な格好をしとると思われとるようじゃからの。さらに皆で馬場とか走っとるし。それが普通の格好で普通に客人を出迎えたら驚くじゃろうて。


「そ、それは良いではないか、別に悪いことでもないしな! あ、某は白湯で良いぞ!」

「そ、そうですな! 儂も白湯をお願いする!」


むぅ。こやつらめ。明言を避けおった。いや、儂としては普段の擬態が成功しとると考えれば良い事なんじゃが、あんまり評価が低いのもいろんな意味でイラっとするのぉ。


じゃがまぁ、今はいいか。


「恒興、聞いたな?」


「ハッ!」


さっさと白湯を持ってこさせようではないか。どうせ白湯が来るまでは本題には入らんじゃろうしな。


あぁそうじゃ。ここは儂から軽く話題でも振ってやろうかの?


「で、この度は如何したのじゃ? まさか末森の父上がお二人にまで寄進の銭をせびったわけではないじゃろ?」


さぁ林、爺! わかっておるな? 乗ってこいよ!


「ハハハ、そんな馬鹿な。いくら大殿とてそこまで坊主に銭をやろう等とは考えませぬぞ!」

「ハハハ、全くですな。後継者である信長様にならともかく、他の御一門の方までそのような真似をしたら、織田弾正忠家の財が全て坊主のものになってしまいますぞ!」

「ハハハ、では尾張も百姓の持ちたる国になってしまうかもな! それは大変じゃ、備えねばならんの!」


「「「ハハハハハ」」」


うむ、爺も林もしっかり場を和ます那古野冗談に乗ってきてくれたの! ほれ、ご両人、これが那古野冗談じゃぞ? 笑ってもええんじゃよ?


「「……」」


笑う儂らに対して、沈痛な顔で下を向く二人……ってアレ? 外したかの? じ、爺!


「あ、えっと、今のは若殿と儂らが場を和まそうとした冗談でしてな。特に他意があるわけではございませぬぞ?」

「さ、左様にございます。平手殿が言うように、あくまで冗談にございます。信光様も信広様もそのような深刻な顔をしなくとも大丈夫ですぞ」


爺と林が二人に釈明するが、もしかしてこれって儂が父上を非難したことになるのかの? で、もしもこれを口実に末森との戦になったら……まぁ別にかまわんか。


すでに方針は固めておるし、準備だって進めておるから多少早くなったところで吉弘殿も文句は言うまいよ。


懸念があるとすれば、家督相続を済ませたらお二人が客将では無くなってしまうことじゃろうか。ただ今のところお二人は尾張を離れる気はないようじゃし、姫様も子を作りたがっとるからの。やはり末森との戦を早く済ませる分には問題なかろう。


ならば現在は好機。このまま二人が末森へ行って、儂らの冗談をそのまま伝えてくれれば戦じゃな。


くくく。全盛期の父上ならまだしも、今の父上などに従う真の『うつけども』なんぞ、完膚なきまでに叩き潰してくれるわ。


「「信長殿……」」



お、ようやく再起動したか? さぁ、二人共、儂を糾弾せい! ここで開戦の狼煙を上げてみせよ!



武衛様の扱いがなぁ。ってお話

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[一言] 〉しばらくは銭を払って利用するだけじゃな。 自販機(笑)
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