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26話。千寿、幕府を語るの巻

オッサン&爺が戻るとき、何かが起こる!?

足利幕府!そげぶッ!!!


思いっきり簡単な鎌倉VS室町の説明である。建武の親政やら何やらをすっとばしてますので、当然異論は認めます

何故かテンションが高かった姫様と熱い夜を過ごしてから数日後、平手の爺様と林のオッサンが京から戻ってきたので、信長と共に京の荒れ具合や公方(将軍)に関する報告を受けることとなった。


「ほぉ。京はそんなに荒れておるのか。しかし解せんの。公方はともかく実質的な支配者である三好は何をしとるのじゃ?」


そして二人から報告を受けた信長は首を傾げて疑問を口にする。信長が将軍に何も期待していないことからもわかるように、この時代の将軍家ははっきり言って酷いの一言だ。


戦国時代の原因と言われる応仁の乱を起こしたのは管領や周辺の連中だが、それ以前から問題は山ほど有ったのだ。そのことについては後で話すとして、とりあえず将軍家の威信が低すぎるのが問題である。


三好に至っては担ぎ上げる対象としか考えて居ないのだろうが、それでも潰そうとはしていない。


将軍家を利用している管領家の畠山や細川も、だ。


なんだかんだで二〇〇年近く続いてきた歴史があるせいで、誰も足利を排除しようと考えていないのも戦乱が長引く原因であろう。


そんな中、比較的まともなのは近江六角家の当主にして管領代である六角定頼だが、六角単独では三好には勝てない。


かといって細川や畠山と組んで三好に勝っても、その後は三者が敵対して戦になる。


そして六角が弱まったところに美濃の蝮や大和の筒井。伊勢の土豪や北畠。さらに越前朝倉までかかわってくるのが目に見えている。


いくら幕府のために頑張っても大惨事が待ち受けていることを理解しているからこそ、定頼は動かない、否、動けない。


故に彼は将軍家や細川から要請を受けても頑として兵は出さず、金を渡して誤魔化し、貧乏くじを引かないようにしている。


これが比較的まともな六角家の現状だ。


三好も六角・畠山・細川を同時に敵に回せば負けると分かってるので六角には関わらないようにしている。


結局追い詰め過ぎないよう、かといって余裕も与えないようにと、絶妙な力加減で将軍家を締め上げているのだ。


「若殿、三好筑前守(長慶)殿は敢えて京の復興をしていないのです」


信長の疑問に林のオッサンが答える。うむ、どうやら京の荒れようを知ったことと公家からの教育で一皮、いや、完全に脱皮したようだ。視野がかなり広くなっているのがわかる。


「む? どういうことじゃ? 公方も管領も何もできんのなら、さっさと自分で復興してしまった方が、朝廷や京の公家どもからの評価も上がるじゃろ?」


信長のいうことも一理ある。どうせ実質的に支配しているのであれば綺麗な方が良いだろうし、民衆からの評価も上がるからな。


だが今の京はそんな常識では説明ができない世界になっていることを忘れてはいけない。


「それはその通りなのですが、三好筑前守殿は今は自身が朝廷からの評価を上げることよりも、公方様と管領の評価を落とすことを第一としているのです。故に動くのは彼らを散々に(けな)し、(おとし)めて、朝廷や周囲がその存在と価値を完全に見限った後になります。恐らく朝廷から京の復興の勅が自分に下りてから手を付ける予定なのでしょうな」


うむ。林のオッサンの言う通りだろう。


そもそも三好にとって、この戦乱を生んだ元凶である将軍家や、親や一族の仇である管領細川晴元は絶対に許すことのできない相手だ。


散々に名誉を穢すことで憂さ晴らしをして、今後の統治でマウントを取るつもりなんだな。


「はぁ。なんと言うか……末期じゃのぉ」


今の畿内はまさしく末法の世が具現化した地獄だぞ。


しかし三好もなぁ。将軍家相手にマウントを取ったとしても、最終的に将軍家を滅ぼさない限りはどこまでも逆賊扱いだ。そこをどうするつもりなのやら。


朝廷? あれは武力に対して完全に風見鶏だから力があるうちは無視してもいい。ただし力が衰えたら即座に裏切るから、後ろ盾にはしないほうが良いだろうな。


そして戦国時代の後期の戦乱は細川晴元が拡大させたと言われてるが、あれはあれで将軍家の意向に沿って動いているだけとも言える。


そもそもの話、江戸末期に論じられていた水戸学でも言われるように、この時代でも足利幕府には正当性がないと言う意見が有る。


これは表立って言われていることではないが、それなりにある意見だし、特に朝廷にしてみたらこの思いが強いようだ。


何故か? それは現在の将軍家が「荘園を奪われても取り戻せない」だの「京の都の管理ができていない」だの「家臣の取りまとめができない」だの「そもそも京に居ない」だのと言った感じで、無力で無様な姿を晒していることもあるが、そもそもこの問題は、現在の将軍家云々の問題ではない。


彼ら公家や禁裏にしてみれば、足利幕府の発端からして問題なのである。


足利幕府という体制は、思いっきりわかりやすく言えば、元寇を防いだ御家人たちの不満が爆発したのが切っ掛けで立ち上がったものだ。


無論他にも、後醍醐天皇の継承権に関する問題やら関東での執権の失策やら何やらの理由は有るが、幕府が滅ぶほどの問題になったのは、元寇で幕府や戦に参加した彼らが大量の資財を失った事と、命懸けで国を守ったのに褒美が貰えなかったことに対する不満に起因する。


これは、御恩と奉公の関係から言えば間違ってはいない。御家人からすれば金と命を使って国を守ったのだから「それに見合った報奨をよこせ」と言うのは、当然の意見だろう。


だが権力者側にしてみれば褒美を出すなどということは不可能だった。当たり前の話だ。


なにせ二度に渡る元との戦は、こちらから攻め込んだわけではなく、防衛戦なのだ。防衛戦に勝ったところで領土が増えるわけでもなければ賠償金が手に入ったわけでもない。


かと言って防人として戦って死んだ御家人の所領を奪うなんてことはできるはずもない。


逆侵攻? 不可能だ。金がない上に、海を渡って攻めることの難しさは実際に連中と戦った御家人たちが良く分かってる。


つまり恩賞として土地が出ることはありえないことだった。それなのに「戦ったんだから土地を寄越せ」と言って騒ぐのはおかしいだろう? 「名誉で我慢しろ」と言うのが、執権であった北条を始めとした幕府の意向だった。


それに対して「ふざけるな! ならば貴様らの土地を寄越せ!」とキレたのが御家人たちで、その指導者が足利尊氏他数名。この中で足利尊氏が特に名を知られるように成ったのは幕府によって虐げられていた(倒幕運動をしてたから当然ではあるが)後醍醐天皇を担いだからだな。


それで「連中を殺せば空いた土地が手に入る。だから首置いてけ!」という修羅(御家人)と「黙って殺されると思うな狂犬がっ!」という鎌倉武士の戦いがあり、長々と戦った結果修羅が勝ったわけだ。


この後、討幕の旗印であった後醍醐天皇による建武の親政とかが有ったが、そこは割愛。


ここで問題なのは、足利尊氏が武力で以て後醍醐天皇を追い詰めたことだ。


後醍醐天皇が彼との戦いに敗れたせいで朝廷の威信は下がった。さらに命を長らえる為に京から逃げた帝と、足利尊氏によって擁立された帝が生まれ、朝廷の威信が南北に分割されてしまった。


その結果朝廷が栄えればまだ納得もできただろう。しかし朝廷は貧困にあえぎ、公家も満足に生活できるような状況ではなくなってしまう。


足利義満が南北朝を統一し、金閣寺を建てたり国王を名乗って勘合貿易をしている時も、朝廷はかやの外。そして現在に至っては官位を売買するだけの組織に成り下がってしまった。


自業自得なところも有るとはいえ、武家や寺社と比べてもかなりの悪化具合である。


これでどうして朝廷が全ての元凶ともいえる足利家に良い気持ちを抱くというのか?


それに足利尊氏は御家人たちにとっての絶対的な主君ではなく、あくまで利益代表に過ぎなかった。


これは、今でいう国人の代表でしかない守護大名と一緒だな。


だから足利家には実効支配してる土地がない。そうなると強い大名の存在が怖くなる。遠く(地方)ならまだ我慢できるが、畿内(近く)は駄目なようだ。


そこで一二代将軍足利義晴は、同じような価値観を持つ細川晴元を重用した。


彼も畿内で戦力を持つ大名を排除したいという考えの持ち主であったし、彼は管領であることに満足していたので、将軍家に対して「あわよくば自分が……」と言うのも考えていなかったからな。


おそらく連中の理想は、三国志において諸葛孔明が提唱したとされる愚策、天下三分の計だったと思われる。


あれもな。天下に天子は一人であると知っていながらそれを三分しようとしたり、蜀漢を立ち上げたと思ったら無理な北伐を繰り返したりと、何がしたかったのかさっぱりわからん。


結局戦が長引いて漢全体の国力が落ちてしまい、晋が統一国家として成立したと思ったらすぐに東西に分かれて、さらに五胡一六国の戦国時代に逆戻り。


黙って曹操に天下を統一させていれば、中国にはもっと早く隋や唐のような安定した国家が生まれただろう。いや、当時には当時で色々有るのだろうし、俺の考察にも異論は有るだろうが、軍事や政治はその思想ではなく結果で良し悪しを語るものだ。


そして結果を語れば、天下三分の計は戦乱を長引かせ、漢全体の国力を落とした愚策だったと言える。


諸葛亮が本気で天下を三分して国家間の均衡を保つことを考えていたならその限りでは無かっただろうが、魏を滅ぼすことが国是ではなぁ。


そもそも曹操や孫権が劉備を認めていない時点で三分は成り立たんのよな。実際劉備と孫権は仲違いしたし。


いや、過去の話はいいか。つまり何が言いたいかと言えば、今の状況は三国時代の末期に近いというとだ。もしくは後漢末期。


これもざっくり言えば、足利にとって強くなり過ぎた三好は曹操……ではなく秩序を乱す暴君董卓だな。


そして細川・畠山・六角などが連合を組んで暴君を潰した後、互いにけん制し合うことで結果的に戦乱が止まる。足利将軍家はその調停役として立とうしているのだろう。


まさしく机上の空論である。


そもそもそれを成すためには、反三好連合が必要だ。しかしそれができない。何故なら核になる連中に信用が無いからだ。


お互いに実力も人格も信用できていないのだから当然だ。誰だって将軍家に味方した後で「貴様はいい奴だった。だが将軍家にとって脅威になったから死ね」と言われて殺されたくはないだろう。


まとめ役である将軍家に信用がないからこそ、連中は常に中途半端に味方になったり敵になったりするし、そもそも三好だって黙って連合を組まれるのを許しはしない。


三好は細川と畠山と六角の連合を組ませないよう。また、連合を組んだ後に即座に仲違いするように、あの手この手を打っている。


その一つが将軍家と細川の威信の低下である。担ぎ上げる将軍にその価値が無ければ、もしくはどんなに頑張っても一番最初に将軍家を担ぎだした細川が最も得をするということがわかっていれば、誰も細川家に続いて将軍家を支えようとはしないだろう。


こういった感じで、現状足利将軍家は股肱の臣である細川と己の行状のせいで追い詰められているし、禁裏は禁裏で将軍が無様に京から逃げ出している状況に怒りを示しつつも密かに喜んでいる。


三好もそのことを知っているからこそ、とことん連中の評判を落としてしまいたい。


故に今も京を整備しない三好の目的は、連中に連合を組ませないままの状態を継続させつつ、足利に対して「肥溜めに落ちた神輿を担いでやるのは三好だけだ」と分からせ、将軍家から「どうか担いでください」と言わせるところにあるのだ。


普通であればすでに将軍家の心は折れていたはずだ。しかし三好にとって誤算があった。


それは越後の長尾(上杉)や中国の毛利のように、実力が有る上に将軍家の権威を欲しがる連中が畿内から離れたところに多く存在したことである。


地方の大名は畿内の細かい情勢は理解できない。だから権威の保証が欲しい場合は「とりあえず将軍家」となる。


直接朝廷に行かないのは、田舎者と自覚しているが故に、公家に対して苦手意識(劣等感)があるということもあるが、結局は自分たちが武家だと思っているからだ。


足利義満が行った公武一体という言葉があるものの、今も地方大名にとって基本的に武家の代表は将軍家である。よって禁裏は自分が接するべき相手ではなく、将軍家を通して接触すべき相手という認識が強いのだ。


禁裏は敬うべき対象であって利用する対象ではない。その認識があるせいで将軍家を必要とする連中が居るから、いつまで経っても将軍は己が肥溜めにいることを認められず、結果として上から目線で「自分を担ぎ上げろ」と騒いでしまう。


これでは戦乱が長引くわけだ。


史実に於いて、永禄の変の後に義昭が最初に逃げ込んだ越前朝倉家は、そういった将軍家の性根を理解していたからこそ、上洛要請を無視した。


しかし当時美濃を落としたばかりの信長はそこまで京の事情や将軍家の性根に詳しくなかったのだろう。彼は義昭を奉じて上洛戦を行ってしまう。その後は将軍としての教育を受けていない義昭が行った数々の失政を咎めてしまい、幕府の舵を取ろうとしたら逆賊扱いされ、二度に渡る包囲網を敷かれてしまった。


こんな面倒な連中だからこそ、俺は足利に関わるべきではないと思っている。


三好三人衆が義輝を暗殺した後で、義昭も一緒に殺させてしまえば良い。その後で天下が欲しいなら「大樹の敵討ち」とか言って三好を攻めればいいだけの話。


まぁ、今の尾張すら纏めきれていない状況で言うことでもないがな。


……あぁ、だが今のうちに一つ決断させたほうがいいか。


「信長殿よ。今回の戦ではどうかわからんが、今後の事を考えれば、信長殿は一つの決断をせねばならん」


「決断?」

「千寿?」


いつになく真面目なトーンの俺に対して姫様は何かあったかしら? と言った顔をしているが、姫様は既に決断をした後だから、これには気が付かないだろう。だからこそ俺が指摘せねば。


「うむ。斯波武衛殿についてだ」


「あ~。武衛様かや」


さすがは信長。これだけで大体俺の言いたいことは分かったらしい。正式な尾張の守護であり、弾正忠家にとっても名目上の主君である斯波管領家。その扱いは慎重にするべきだが、これをどう扱うかによって信長の行動は大きく変わる。


「武衛殿を抱え込むなら尾張を纏めることも容易く、遠江や越前にまで攻め込む大義を手に入れることになる。だが武衛殿を主として迎えねばならんし将軍家の定めた法に従うことになる」


「むぅ。公方の現状と今の日ノ本の戦乱を思えば、公方の定めた法に大義はないのぉ」


そうだな。


「武衛殿を抱え込まないなら尾張の統一に時間が掛かるし、将軍家の定めた法を無視するということになるので、今後は周辺の大名や国人との摩擦が増えることになるだろう。よって中々に難しい舵取りを迫られる可能性がある」


今更ではあるが、何事も大義名分があった方がやりやすいのは事実。それが手に入らなくなるのは短期的にみれば痛い。


「じゃが、武衛様を奉じねば尾張を儂の好きにできるのぉ」


「そうだな」


何も知らなければ排除一択だと思われるだろうが、信長の性格上、馬鹿は嫌いだが、神輿として担ぐ程度のことは許容できるだけの余裕はある。


だが問題は担がれる方だ。史実では斯波家当主の義統は大和守の傀儡になるのが嫌で、信長に対して大和守の策謀をばらすんだよな。


それが元で大和守に殺されたわけだが、そうならない場合は黙って担がれてくれるのかどうか。


ただ、それは向こうの事情。こっちとしては担ぐなら現状維持でいい。故に俺は排除する場合についてを語るべきだろう。


「今川治部殿が制定した仮名目録による守護使不入の否定なんかはその最たるものだ」


あれは簡単に言えば「将軍? 知るか。駿河のことは自分が決める」と宣言する法律だ。確かに自分が幕府の連中に気を使わず国を治めるならあれを根付かせるのが、一番簡単かつ確実な方法だろう。


ただし今の段階では足利の連枝衆でありそれなりの地力がある今川家だからこそできることだが、な。


いずれ戦国大名となるには必要な法でもあるが、基本的に今の段階で信長は天下の統一なんて考えていない。まずは尾張だからな。最短で尾張を纏めるなら斯波武衛が必要だし、あれがいれば今川との戦いが有利になるのも事実。


「今川のぉ。治部の真似は癪じゃが、いずれは。という思いは有るのぉ」


ふむ「いずれ」か。


「ならば今は、利用できる限りまでとことん利用するか?」


「そうじゃな! 大人しくしてくれるならそれで良いし、騒いでもそれはそれで良し、じゃ。儂が尾張をしっかりと纏めれば、今の大和守程度の傀儡でしかない武衛様には手も足も出んじゃろうしな!」


林のオッサンと平手の爺様はあっさりと武衛を傀儡とすると言い切った信長を驚きの目で見るが、姫様は当然と言った感じで頷いている。


畿内がどうなろうが知ったことではない。自分に有利に働くなら武衛だろうが将軍家だろうがなんだろうが利用して見せる! といった感じだろうか?


間違いではない。その節操の無さが戦国大名には必要だ。いずれは殺す覚悟があるなら俺も文句は無いさ。それに、俺はともかく姫様が仕えるのだから、そのくらいの覇気はもっていないとな。


「ではさっそく一手だ。京に居る汎秀に文を出し、朽木に逃れてる公方に献金させるといい」


今のうちから金を払うことで名を売っておけ。何せ今の公方は金も兵もモノも人望も無いからな。実際のところ諸大名に嫌われている細川晴元を排除すれば、それなりに迎え入れる勢力も有るかもしれんが、アレを手放せば幕府のバランス(笑)政治が崩れるからなぁ。


戦乱を長引かせる阿呆に金をやるのは癪だが、利用すべきものは利用しようじゃないか。


「ふむぅ。なる程の。最悪公方の口添えが有れば武衛様を排除しても問題ないかの? ならばそれは必要な出費じゃよ! ……まずは五百貫程度でどうじゃろか?」


五百貫では足りないか? って顔をする信長。しかし大丈夫だ、問題ない。


「禁裏への挨拶が五百貫だったからな。問題なかろう。何より連中に献金して必要以上に懐かれたら困るしな」


奴らに寄生されたら、朽ちるどころか滅ぶわ。


「尾張で将軍家に懐かれて困るなんて言うのはきっと千寿くらいよね。ま、事実なんだけどさ」


俺の言葉に呆れながらも同意する姫様。そうだな「尾張」なら俺くらいだろうさ。


「じゃな。とりあえずだが今後の方針もだいぶ決まった。今のところは武衛様も公方も必要以上に敬う必要はないが、蔑む必要もない。林も爺もそのつもりでの!」


「「はっ」」


うん。そうだな。今後の交渉に立つであろう二人が連中を蔑んでいては不味いからな。この辺の意思疎通は重要だ。


あとは……ん? 


「お話し中失礼いたします! 若殿にお客様がお見えです!」


姫様を交えて今後の方針やら戦についての話をしていたら、恒興が来客を告げてきた。


「おょ? 今日は来客の予定なんぞ無かったはずじゃがの?」


基本的に現在家督争いで劣勢にあると思われている信長には味方が少ない。だから信秀が死にそうな今、大体の国人達は末森にいる信秀と信行のところに行って、今後の弾正忠家の統治について語っているはず。


堀田や大橋と言った津島の商人なら恒興だってその名を告げるよな? それを態々「お客様」といったところを考えれば、来たのは一門の人間か?


「ふむ、俺と姫様は席を外そうか?」


何だかんだで外様だからな。織田の内情を語る場に俺達は居るべきではないだろう。


「ん? …あぁ。なるほど。お客人か。それなら仕方ないわね! 私たちは帰りましょうか!(まったくもう、千寿ったらお客人を理由にしてまで早く帰りたいのね!)」


姫様もわかったみたいだな。


「……絶対に何か違うと思うんじゃが、まぁ問題なかろ。林や爺はそれでも良いかの?」


お子様がなにか寝言を言った気がするが、気にしない気にしない。


信長に話を振られた二人は、一瞬顔を見合わせたとおもったらほぼ同時に頷き、最初に平手の爺さんが「ふむ。今更お二人に聞かれて困ることは有りませんが、客人が若殿に用と言うなら仕方ありませんな」と言えば、林のオッサンも「左様ですな、向こうとしてもその方が話しやすいこともあるでしょうから、今日のところはよろしいかと」と、俺達の退出を認める発言をしてくれる。


俺としても別にこの場に残ってもいいんだが、主君の一門の相手なんて面倒事はしないほうが楽だからな。遠慮なく帰らせてもらうとしよう。



―――



「それじゃ帰るわよ千寿!」


「あ、はい。それではこれにて失礼させていただきます」


「「お疲れ様でした!!」」


「……ぐぬぬッ!」



「恩賞に土地寄越せや!」

「てめえらにやる土地はねぇ!」

「なら死ね!」「お前がな!」


以上、三行で分かる太平記の勃発であるってお話。


簡略化しすぎ?後醍醐はどうしたって?

細かいの聞きたい?

10万字越えるよ?(書きたくない)


あくまで最初から利益代表でしかない足利幕府の基盤は極めて弱いってことを書きたかっただけなので、かなり簡略化しておりますが、実際はもっと複雑です。


結論としては、確固たる地盤を持たない将軍家が弱すぎる上に、それぞれに地盤を持つ家臣の権勢が強すぎるのが駄目だと思いました。足利は神輿のままで満足していれば良いと思います、まる


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― 新着の感想 ―
董卓評については諸説あるが、南北朝時代についてはおおよそあってます。
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