24話。姫様、説明するの巻
何度も言いますが、作者は内政チートは否定しません。やれるならやるべきだと言う考えの持ち主です。ただ簡単に出来ると思うなよ?って言うお話です。
「多すぎじゃよ!?」
「え?」
姫様の予定を聞き普通に驚愕する信長とその信長に驚愕する姫様。
両方とも気持ちはわかる。
今の信長が用意して指揮出来るのは五百が良いところだ。ここで五千なんか用意されてもどうしようもないだろう。しかし姫様にしてみたら五千で多いなんて言われるとは思ってなかったのだろう。
とりあえず姫様の考えを確認してみようか。
「そもそも姫様は何で五千もの兵を集めようとしたんですか?」
集めること自体は不可能ではない。金も有るから兵糧もなんとかなる。だが結構な無理が必要だ。最初は発注ミスかと思ったが、兵の数がこの規模ならこの量で間違ってない。
つまり姫様なりの明確な理由があるという事だ。是正はその理由を確認してからだな。
「いや、前に尾張の全兵力が一万くらいって話をしてたでしょ? だからとりあえず半分の五千がいたら最悪でも敵より少ないってことはなくなるじゃない? そして私たちが簡単に負けないとわかってたら、近隣の伊勢だの三河の農民とかだって雇い入れに応じやすくなるでしょ? そいつらを先陣にして数を減らせば伊勢や三河の力も削げるかなぁって思ったんだけど」
俺に説明をしながら姫様は「何か間違ったかしら?」と首を傾げている。うん。まぁ姫様の視野ならそうなるよな。
「おぉう。流石は姫様じゃよ。普通に弾正忠家の家督争いの枠を超越しとるわい」
聞きましたか皆さん? この信長の意見が全てを語っております。
流石は大友家の次期当主として鍛えられてきた姫様ですよ。本当の意味で器が違う。
俺が徹底して教えた「戦いは数」っという真理をしっかりと理解した上で、極々自然に三河や伊勢の生産力を奪う策をしかけようとしております。これなら家督相続後にちょっかいをかけてくるやつが居なくなる。いや、むしろ家督相続後すぐに三河方面に侵攻までできますわな。
とりあえず褒めるところは褒めるべきだろうて。
「なるほど流石は姫様。策としては見事です。戦とは圧倒的な兵力を用意して一撃で潰すと言うのが最終的に一番労力がかかりませんからね。私の教えをしっかりと踏襲してくれて嬉しいですよ」
俺が誉めれば「ふふん! 私だって考えてるのよ!」と胸を張る姫様。尊い。
そんな姫様の尊さはともかくとして、実際に兵力に差がない接戦は面白いかもしれない。戦術指揮官としての腕の見せ所でもあるだろう。だが結局のところ「兵を集めることができるのに意図的に集めない」という行為は、戦略的にみれば準備不足の言い訳でしかなく、戦略指揮官としては無能を晒している状態でしかない。
ついでに言えば、美濃やら三河との国境警備の為に動けない連中のことを考えれば、今の信行は良くて千を集めるのが限界だ。大和守がそこに加わっても二千を用意できるかどうかといったところだろうから、信長に五千を用意されたら向こうの士気は酷いことになるだろう。
反対にこっちは勝ち戦が確定するのだから、やる気満々になる。最大の問題は集めた兵の運用に関してなんだが、姫様は五千を指揮する苦労がわからんからなぁ。
正直に言えば、だ。今回の場合姫様が総大将になって、俺らが将として動くのであれば五千程度なら多少動きが固くはなるが問題なく運用はできる。
具体的な配置は姫様に千。林のオッサンに五百。平手のオッサンに五百。信長の護衛連中にそれぞれ百を預けて、残る兵を俺が率いる。その際、信長は俺の副将にして将帥として鍛えるって形になるだろう。
これなら普通に蹂躙するだけでも、十分と言えば十分だし。奇襲やら奇策に関しては林のオッサンと平手の爺様の軍勢に警戒させればいい。柴田勝家に関しては、信長の馬回りと俺が動けば十分。
で、最初に一度勝ったら後は組織的な反抗は不可能だから、後は信長や他の奴らに任せて経験を積ませる。様子見をしている連中も勝ちに乗じて勝手に参集してくるだろうから、そいつらを取り込んで、先鋒にして戦力を削りつつ相手方を蹂躙するのも悪くない。
うん、単純に考えれば悪くはない。何せこれなら国人やら地侍を殲滅してから検地を行い管理することもできるしな。
考えれば考えるほど良くできているんだけど、残念ながら今回はこの手は使えないんだよなぁ。
「姫様。そんな圧倒的な勝ち方をしたら今川が動きますよ。そして今の段階で三河の民の力を削いでしまえば、駿河から三河に人が入ってきて支配力を高めてしまいます」
松平はともかく、今川義元に三河を完全統治されてしまうとかなり厄介になるんだよな。あそこは国人と一向衆と松平が争ってグダグダするくらいが丁度いい。
「あ、そうか。三河の国人連中を弱めれば今川が動くことになるのか。う~ん。私たちはまだ尾張を完全に平定してないから、今川が三河を完全に手中に収めちゃったら国力に差が出ちゃうわよねぇ」
そうそう。信長の敵は信行だけではないし。一気に攻め落とそうにも、戦が終われば兵には報酬を支払う必要がある。あと兵士は基本的に農民だから地元に帰す必要もある。
良く言われるような農家の次男やら三男も、現在の農地の開墾は人力で家族ぐるみだから、田植えや刈り入れにはどうしても必要な労働力なんだ。そもそもこれから農地改革をしようとしているのに、農民を兵として徴用するのはよろしくない。
浪人だって尾張なんかに何千と居る訳でもないしな。
あとは、今の信長には兵の乱暴狼藉を抑えるだけの力がないという問題もある。そのため、多くの兵を集めて戦に勝った場合、尾張に残るのは乱暴狼藉で蹂躙された土地と民だ。
復興作業中に今川や斎藤に攻撃されたら耐えられんわな。
ちなみに現状でも無理なく五千の兵を集めることは可能ではある。しかも専業軍人として雇入れ、報酬に土地を必要としない、最強の兵になれる素養を持つ兵士を、だ。
どこにいるのか? それは『穢多』や『非人』と呼ばれる人たちだ。
江戸時代の士農工商穢多非人が有名だが、当然この戦国時代にも彼らは存在する。そのルーツは平氏の末裔だの南北朝の際の生き残りだのと言われいてるが、今は良いだろう。
とりあえず彼らを普通に金を払って雇い入れ、更に古代ローマよろしく「一〇年ほど勤めたら家族ごと一般人にする」とか言えば(因みに古代ローマは25年の兵役を勤め上げれば奴隷から解放されたと言われている)命を惜しまない最強の兵士が格安で手に入る。
尾張の兵士は弱いから『最強の兵士』になるのは無理? 三河兵が1人で尾張兵3人分とか言われている?
それは嘘だ。
もっと言えば、あれは家康が天下を取ったから色々誇張されただけの話だな。普通に考えればわかるが、もしも兵にそれだけの差が有るなら、尾張の南四郡の守護代の代官でしかない信秀が、三河を蹂躙できるわけがないではないか。
更に甲州兵は尾張兵の五人分? なら常に信玄より少ない数で互角以上に戦っていた越後勢は七人分? ではそれと戦っていた蘆名は? 蘆名と戦っていた奥州勢は?
兵農分離したから弱くなった? それは逆。
ろくな食事を取れず訓練も出来ず、まともな装備を持たない出稼ぎ農家と、潤沢な資金によって装備や食料に不足せず。年がら年中軍事訓練を行う専業軍人を比べれば、強いのは専業軍人に決まっている。つまりは兵士個人で見れば兵農分離した方が強い兵になる可能性が高い。
わかりやすいのは越前だろうか。朝倉宗滴が生きてる頃、越前の兵を弱兵呼ばわり出来た連中は居ない。だが宗滴が死んだ後の朝倉が、弱小の代名詞みたいに言われたのはなぜか?
それは姉川や比叡山での戦が原因だ。つまり総大将の資質の問題ともいえる。
ついでに言えば、柴田勝家が越前に入って兵農分離を行った後、柴田勢を弱小呼ばわりした者がいただろうか? 御館の乱が有ったとはいえ、最強の越後勢を率いているはずの上杉景勝はほぼ同数の柴田勢に散々に押されていたし、結城秀康が率いた越前松平勢も、大阪の陣あたりでは精鋭の代名詞だった。これらのことを考えれば、兵の強弱に地域や兵農分離は関係ない。いや、強くなることはあっても弱くなることはないと言ってもいいだろう。
思うに、純粋に率いる将の質なのだ。そもそも史実の織田信長は、美濃を落とした後急速に勢力を増したせいで、配下の教育が満足にできていなかった。
普通に考えたら、今まで数百だの良くて千とかを率いてた者に、いきなり三千だの五千を預けたって機能不全を起こすに決まっているではないか。
そのときに生じた機能不全が、織田が弱小呼ばわりされることになった原因なのではないかと思っている。
それに「銭で雇われた兵は忠誠心が無い」とか言うが、信長の最大の危機と言われる第一次包囲網の際、濃尾で編成された信長の軍勢は、森も柴田も羽柴も兵卒に裏切りは出していない。信長を裏切ったのは、上洛の際に降伏してきた土地に縛られた国人どもだ。
信玄上洛の際だって、きちんと兵は集まっていたしな。
つまるところ、そもそもこの時代に弱兵なんて存在しないのだ。もしも本当に尾張の兵だけが周囲から弱兵として評価されていたとしたら、それは信長の仕掛けた罠だろう。彼の性格なら「敵が勝手に弱兵といって油断してくれるなら有り難い」と、自分から噂を広めていた可能性だってある。
信長が治めた途端に、強兵とされていた美濃勢も弱兵扱いされたしな。
それと、俺が考える最強の兵は九州勢や九州勢とガチで戦ってる中国勢ではない。あれはあれで強いがやはり最強は死兵だ。これに生まれやら育ちは関係ない。どこの奴でも死兵は怖れるべきだと思っている。
だからこそ死兵を簡単に量産する宗教は怖いし、簡単にスイッチが入って即座に死兵となる九州勢は怖いのだ。
また穢多・非人を雇い入れて死兵の組織化を行うには慎重にならないといけない。
彼らを雇い入れるためには、まずは兵を率いる将や下士官の教育をして、穢多・非人を無駄に殺さずに運用できるようにしてからじゃないと駄目だ。
それをしない場合、下手な采配をして犠牲が出てしまった際に彼らが「自分たちが穢多・非人だからって捨て石にしやがったな!」と勘違いしてしまい、死兵に裏切られることになるからな。
そういった事情もあるので、現段階ではがむしゃらに兵を集めるのはあまり良いことではない。
加えて、今回の場合はもう一つ兵を集めてはいけない理由がある。
「それにですね。五千とか一万なんか集めたら戦う前に相手が降伏してしまいますよ? 最初から敵対せずにこちらの味方になってしまえば、数が減らせないじゃないですか」
単純な話、誰だって自分の十倍の兵と正面から戦おうとは思わない。しかも今回の戦は三河勢の侵略とかではなく、織田弾正忠家のお家騒動だ。
普通に信長に降れば生きていけるのだから、国人が信行に対して命を懸けてまで従う理由がないのだ。
……普通なら戦う前に降伏をさせるのが上策なのだが、今回の目的は一門の殲滅だからな。
最盛期の信秀すら裏切るような一門衆など残してもしょうがない。だから今回の戦を利用して、できるだけ向こうに回した後で敵として滅ぼす予定だというのに、戦う前に降伏されたら意味がないではないか。
「あ、そっか。戦わずに降伏されたら困るわね」
俺の説明を受けて姫様は「その発想はなかった!」と、ポンッと手を打ちつつ納得の表情を浮かべた。
「九州の荒くれどもが基準になっている姫様のお立場だと、たかだか五千程度の軍勢に怖気づく敵の存在が想像できないのも無理はないんですけどね。普通はそんな感じですよ」
尾張だろうが三河だろうが、普通は同じ国の民なら矛先が鈍るものなんだが、九州の国人は一味違う。
なにせ連中は、隣人だからこそ殺した後で全てを奪うために本気で殺しにいくからな。
「やぁ。やっぱりあの連中は異常なのね?」
「はい」
いや本当に。あそこに生息している連中はみんな異常ですよ。
「はぁ。これまで色々と学んできたが「戦う前に降伏されるのが困る」などという話は初めて聞いたわい」
信長が姫様のスケールの大きさに戸惑ってるようだが、安心しろ。お前はこれからもっと大規模な戦をするようになるんだからな。
史実がどうとかじゃなく、俺たちがそう育ててやる。
「くっくっくっ」
姫様の成長と、それに反応して成長する信長を見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。
「ひぃ!?」
「千寿ぅ。戦の前に信長を脅かしてどうするのよ?」
……いや、脅かす気はなかったんですが。
て言うか、いい加減慣れてくれませんかねぇ?
姫様の大戦略不発するってお話。
まぁ今回の戦略目的は一門衆の殲滅ですからね。
降伏されたら困るのです。




