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22話。爺、尾張へ帰るの巻

京でキャキャウフフ()していた二人に緊急連絡がッ!


前半平手の爺様

中盤山科様

後半平手の爺様視点


爺様サンド?知らぬわ!

京に入りおよそ二月ほど経ったじゃろうか。山科様の下で礼儀作法を学ぶ儂の下に我が子、汎秀が尾張からの急使と言うことで派遣されてきおったので、ともに修行をしている林殿と書状を確認したのじゃがのぉ。その内容があまりにあまり過ぎるわ。


「汎秀、ここに書かれておることは誠のことか?」


「はい。事実です」


苦々しく肯定する汎秀の顔を見れば嘘や冗談の類ではないと言うことがわかる。というか、若殿がわざわざ京に使者を立ててこのような嘘を吐く理由などないのじゃが、な。


「そうか」


しかし認めたくない気持ちが強く有るのも事実じゃて。


京にて儂らが拠点としている屋敷の中で、儂と林殿、そして息子の汎秀が書状を前に車座で座っている。


それぞれが苦い表情をしておるが、元々急な伝令があることは予測していたのじゃ。


なにせ今の尾張は長雨の際の木曽三川同様、いつ氾濫してもおかしくはない状況じゃからな。しかしその内容が酷い。若殿からの連絡を汎秀が持ってきたことにも驚いたが、書状の内容を見てそれ以上に驚愕したわい。まさか大殿がここまで衰えていたとはのぉ。


「平手殿。これはどう見ますか?」


林殿が真剣な表情で聞いてくる。儂としては信じたくはない。信じたくはないが。


「普通に考えれば、姫様が言うように……毒なのでしょうな」


「……左様ですか」


少し前までなら大殿に対して毒を盛るなど有り得ん! と言っていたのかもしれんが、尾張を離れればわかる。恐らく下手人は信行様と御前様じゃろう。


大和守に唆されたか。あとは岩倉や他の一門衆も焚き付けたじゃろうて。……まぁ梅毒や他の病の可能性もあるがの。


とりあえず梅毒の可能性は排除して考えよう。


美濃と三河で立て続けに負けた大殿には以前ほどの求心力は無い。そもそも尾張の国人衆には、今までは横並びの立場じゃったのに、急に大殿に頭を押さえつけられ家臣のように扱われて来たことにたいする不満もあるのじゃ。


更に守護代の立場やら本家がどうとかと言われたら、弾正忠家の家督しか見えていない御前様は簡単に納得するじゃろうよ。信行様? 相手にもならぬわ。


加えて、織田一門の惣領の問題になれば柴田や美作には返す言葉も無かろうて。


つまりは今の末森には、御前様と信行様を止める者がおらぬ。むしろ助長する連中だらけじゃろう。


いやはや。この調子で一門の全てが敵に回ってくれれば、尾張の統一も楽になるんじゃがのぉ。


――そこまで考えたとき、フッと笑みが漏れるのを自覚する。


「平手殿?」


儂の笑みが気になったのか、林殿が怪訝そうな顔をしておるわ。無理もなかろう。大殿が毒を盛られた上に祈祷なんぞに多額の銭を使っておるのじゃ。本来なら笑い事ではない。じゃがのぉ。


「いや、若殿の尾張の統一が近いと思うとのぉ。つい笑みが浮かんでしまいましたわい。……不謹慎でしたな」


そう本心を告げて謝罪をすれば、林殿も「あぁ」と納得の顔を見せた。


「大殿もなし得なかったことを、あの若殿がなすのですからな。確かに笑みが浮かびます」


うむ、林殿の言葉が全てを物語っておる。昔から苦労ばかりをかけられたと思っておったが、むしろ儂らが若殿の足を引っ張っておったわい。それが今、吉弘殿と姫様という翼を得て天に羽ばたこうとしておるのじゃ。よもやそれをこの儂が見逃すわけにはいかんよなぁ!


「大殿のことを考えれば不忠。ご一門のことを考えれば不敬。ですが弾正忠家のことを考えれば今の状態は悪くない」


「えぇ、誠に」


儂の言葉に対して林殿も真顔で頷く。


普通なら一門衆が敵に回るなど最悪だし、周囲の全てが敵ならば絶体絶命の危機じゃ。何を差し置いても味方を増やす努力をすべきじゃが、今回は別よ。全てが敵なら全てを刈り取れるのじゃからな!


儂と林殿はそのような大戦に呼ばれたのじゃ、まっこと血が騒ぐのぉ!


「さて、それでは山科様にお暇のご挨拶をせねばなりませんか」


本来ならすぐにでも尾張に向かいところじゃが、なんだかんだで真面目に指南して下さったからな。礼は尽くさねばならんだろうよ。


「そうですな。ご迷惑をお掛けすることになります。気を悪くされなければ良いのですが……」


林殿は心配しておるが、それは話の持って行きようじゃろうて。「儂らはいなくなるが、儂ら以外の連中や代わりは残るから継続して銭は払う」といえば文句は言うまいよ。


まぁ、面白くはないじゃろうがな。


「……!」


……ところで先ほどから汎秀が絶句しておるが、何かあったかの?



―――



「ほう、尾張へ戻る、と?」


麿が指導している平手と林が火急の用があると申すから何かと思えば、尾張での家督争いとはの。まっこと武家というのは度し難いものよ。


「はっ! 山科様におかれましては、当方からご指南をお願いしておきながらこの体たらく。誠に恐縮ではございますが、何卒ご理解を頂きたく罷り越した次第でございます」


「ふむ……」


まぁ仕方あるまいの。なんでもこの二人は幼少の頃より信長の面倒を見てきたとか? その主君のためにこうして真剣に謝罪する様子を見ては、麿とて文句は言えぬでおじゃるよ。


はぁ。麿には月に銭百貫、主上(帝)に月二百貫の献金がなくなるのか。まだ二月程でおじゃったが誤魔化すことなく支払うだけの律儀さも有れば、官位を望むだとか口添えを望むだのと言った不敬もない。このような者ばかりならば、主上とて心休まるであろうにのぉ。


考えても仕方がない。彼らのおかげでとりあえずは多少の余裕が出来たのは確かでおじゃる。もう少し時があれば蹴鞠の飛鳥井殿や連歌の三条西殿を呼んで彼らにも指導料を……と考えていたでおじゃるが、また新たな献金先を探さねばならぬでおじゃるな。


「そこで一つお願いがございます」


麿が今後のことを考え溜息を堪えておれば、眼前の平手が平服したまま言葉を紡いできた。うむ、この流れは麿が指南した通りでおじゃるな。麿は彼の者の「間」を見て、確かな成長を感じておった。じゃが彼の者は麿が想像もしていなかったことを宣ったのじゃ。


「山科様には申し訳く思いますし、まこと無礼な申し出であることは自覚しております。ですが、京には某の愚息である平手汎秀と村井貞勝なる者を置きたく思っておりまする」


「ほう」


全員で尾張に赴くわけではない。ということでおじゃろうか。


「両名とも未熟者であり、山科様から見ればただの田舎侍。さらに言えばまたも我らに指南していただいた基礎からの指南になり申すが、何卒継続して山科様からご指導をしていただくことはできませぬでしょうか? 無論指導料はこれまで同様のものをお支払いする所存にございます」


「はぁ?」


ついそんな声を上げてしまったが……いや、驚くのも無理はなかろう? 家督争いがあるから尾張に帰る。と言っておる者が、息子や他の者を京に置くだけではなく、今までと変わらぬ指導を望む、じゃと? 一体どういうことでおじゃる?


「山科様のお怒りはごもっともにございます! 本来ならば未熟者を見てもらい再度のお手間をお掛けするのですから、これまで以上の指導料をお支払いするのが筋! されどお恥ずかしい話ではございますが、我らにも現状それほど余裕があるわけではなく。それでも、もしも我らの不調法をお許し願えましたなら、山科様に直接ご指導頂くなどと言う贅沢は申しませぬ! ですのでせめて別の方をご紹介頂けませんでしょうか!」


思わず口を突いてでた麿の声を、怒ったか、それとも呆れたと勘違いした平手と、その横におった林がますます身を縮こませるが、まてまて、このまま勘違いさせて他の家に行かれても困るでおじゃるぞ!


「い、いや、失礼しました。てっきり家督争いのために皆が尾張に戻ると思っておりましたのでな。無論、指南に関しては、今まで通りで構いませぬぞ? えぇ。誰であれ最初は未熟でございますからな」


うむ、これは嘘ではないでおじゃるぞ。今までのように日中に我が家の家人が未熟者達に基礎を教え、日の終わりに結果を見る程度なら構わぬでおじゃる。本当の意味で麿が見るのは基礎が終わってからでおじゃるからな。


問題は向こうよ。普通なら一丸となって戦支度でおじゃろう? 京に人を残して、さらに銭を出して礼法の指南を継続させるなぞ有り得んじゃろ。いくら麿が公家でもそれが異常じゃと言うことはわかる。こやつらは一体何を企んで……あぁ、そうか。


いざとなったら停戦の勅を頂くためでおじゃるな?


確かに主上は官位を銭で買うような輩を好いてはおらぬし、銭で停戦の勅を出すことも好いてはおらぬ。だがな。このような忠臣から停戦の勅を依頼されて断るほど狭量ではないでおじゃるぞ。


現在ですら二月で四百貫と挨拶で五百貫の合計九百貫もの献金を受けておるし、今後を考えれば反対はしないと思われるのは確かでおじゃるな。


「あぁ、それは確かに。武家をよく知る山科様ならそう考えても不思議はございませぬ。早合点してしまい申し訳ございませんでした」


うむ。とりあえずは納得してくれたようでおじゃるな。


「山科様のご厚情に付け入る様で誠に心苦しいのですが、実はもう一つお願いがございます」


そう言って言いよどむ平手と、不安そうな顔をする林。


うむ、やはり勅か。こやつらの立場であれば確かに不敬であるからの。こうして謝罪するだけ当然のように主上を利用しようとする連中よりは万倍マシでおじゃるがな。


「ふむ。まずは伺いましょうか」


言いたい内容はすでに分かっておるし、問題なく勅は降りるであろうが、流石に麿の立場では「なんでも言え」とは言えぬでおじゃるからの。まずは口に出してもらわねばなるまいよ。


そう考えていた時期が麿にもあったでおじゃる。


「はっ! もしも弾正忠家を名乗る者や、織田大和守の使者が来たとしても停戦の勅を出さないように禁裏の皆様を抑えて頂くことをお願いしたいのでございます!」


「はぁ?」


勅は勅でも、停戦の勅を望むのではなく、勅を出さないで欲しい? ど、どういうことでおじゃるか?



――――



結局、呆然としながらも『諾』という答えを引き出した儂らは、そのまま山科様の前を辞した。


そして急ぎ帰り支度をする儂と林殿を見て、なんとも言えない顔をする汎秀。お主の気持ちは分かるぞ? 勝ち戦に参加できないのは悔しかろう。じゃが若殿は京にて儂の代役が出来るのは汎秀しかおらぬと判断なされたのじゃ。胸を張って己が役目を果たして欲しいものじゃがな。


流石に山科様から指南を受けるにあたって不満そうな顔を見せても困るので、しっかりと言い含めねばならんと思い少し話をすることにしたのじゃがのぉ。


「父上、若殿は何故某を京に残すのでしょうか?」


「はぁ?」


あまりにも的外れな息子の言葉を聞き、つい先ほどの山科様と同じような声を出してしまったわい。


「はぁ? ではございませぬ! 此度の戦は若殿にとって間違いなく負けられぬ戦でございましょう! 裏切り者である鳴海城の山口親子を討ち取ったのは、まぁよろしい! ですが他の家臣たちを若殿の名の元に纏めるため、全力を尽くさねばならぬのではありませぬか? それなのに京で礼法など、加えて月に三百貫?! それだけの銭が有ればもっと有効に使うべきではござらんか!」


そう言って唾を飛ばしてくる汎秀。いや、まさかこやつも若殿を理解しておらんかったのか?


そう思えば、己の心中には美濃に行く前の、あの獲物を見据える鷹のような若殿の目が浮かび上がる。相手どころか、味方にすら狙いを悟らせずに獲物を食い破ろうとする姿のなんと頼もしきことか。


「ふふっ」


思わず笑みがこぼれてしまう。そしてそれを見た汎秀から「笑い事ではござらん!」と言い募られるが、これ以上聞く必要はないわ。むしろさっさと息子の勘違いを正すべきじゃろて。そう思い、手をかざして息子の文句を止める。


「良いか汎秀、此度は若殿が勝つことが確定しておるのじゃ。それ故今回に限れば敵は多ければ多いほど良い。問題は公方(将軍)や朝廷による停戦じゃった。じゃがそれもこうして抑えることができた。なればこそ無用の心配は不要よ」


そしてお主は儂に代わり京に残り、公家との繋がりを絶たぬようにせよ。と言えば、汎秀は予想外のことを言われ目を見開いて絶句していた。


「わ、若殿は朝廷からの停戦を自ら断ったのですか? つ、つまり若殿には絶対の勝算が有ると?」


「なんじゃ。今頃気付きおったか」


さてはコヤツも山科様と同様に、儂らが停戦を斡旋してもらうために京に居ると勘違いしておったな? 残念ながら逆よ。停戦させぬために献金したし、武衛様の手の者が来ても対処できるように京におったのじゃ。さらに尾張を纏めた後の若殿に公家との繋がりが必要なのも事実じゃし、家臣に礼法が必要なのも事実じゃからのぉ。


どこまでも先を見据えた一手に驚くが、京の利用価値を考えればまだまだ繋がりを断つわけには行かぬ。月三百貫で山科様や禁裏と繋ぎが取れるというのなら喜んで支払うわい。


さらに吉弘殿が儂らの損害を抑える為の策を用意しておる。これではいっそ敵が哀れと言えることになろうよ。だからこそ停戦などさせぬのじゃ。朝廷は抑えた。公方は京におらぬ。ならば武衛様を握る大和守とて何もできぬ!


というか、こやつは何故若殿が危険じゃと勘違いしたんじゃ? 姫様はともかく吉弘殿を知ればそのような心配は……あぁ、もしかして儂の所領を任せておったからこやつは吉弘殿を知らんのか。


それに思い至れば、己の迂闊さに苦笑いが出る。


今回はこうして愚息を京に送って貰えたことで、こやつが誤って余計なことをすることもなかったが、今後はこのような連絡漏れが無いようにせんといかんな。


なにせ儂は己の未熟さで「若殿の足を引っ張った」と言われて叱責されるならまだしも、倅への連絡不足が原因で垂れ流しとなるのは御免じゃからのぉ!





千寿君は色々仕込んでます(意味深)ってお話。









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