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19話。勝家参上の巻

すまない。書き溜めが出来ない作者で本当にすまない。


書き上がったら投稿していくスタイルである。…こんなんだからスランプになるんだよなぁ。


ソレはソレとして、さっさとシリアス?から抜けるため、長めの文章だッ!


前半姫様

後半ノッブ視点


ところどころに第三者視点あり。

「儂、本格的な城攻めは初めてじゃよ。……武者震いがするのぉ!」


時は少し遡り。那古野城の軍議の間では、武者震いをしている信長に対し、千寿が作戦内容の説明をしていた。


―――



凄い勢いで武者震いしている信長には悪いけど、つまるところ今回の戦は城攻めと言うよりは粛清よ。いや、この場合は粛清と言うか乗っ取りとか接収になるのかな?


千寿の立てた作戦は単純明快。信長の動きを囮として使者として内部に入り込み、裏切り者の城主を殺して城を乗っ取るだけ。こんなことを献策されたら普通なら献策したヤツの頭を疑うけど、千寿なら朝飯前の簡単な作業なのよね。


千寿の頭の中を疑う? 無意味よ。だって千寿は普通じゃないもの。


で、城を手に入れたあとは信長が集めた百人を鳴海まで行軍させて兵を率いる訓練をさせ、到着後は城を接収する作業を経験させる。


もしも落とした城が敵の城なら城兵も反発するでしょうけど、まだ城主の山口某は織田弾正忠家を裏切る前だからね。兵士にしてみたら主筋である織田家の次期当主に刃を向ける理由が無い。城主が死んだなら猶更よねぇ。


城主の敵討ちを狙う近臣を討伐すれば終わりってところかな?


「問題は山口が治部と通じておらんかった場合じゃったがの」


心配そうに冤罪の可能性を探る信長だけど、それは無いわ。


「前に平手殿から言われただろう? 今川の息が掛かっている者にはなにがある?」


「なにって……あっ! 」


うん。信長も気付いたわね。そうよ。今川の手が入っている連中には行動自粛の命令が出されているの。


それを知るからこそ千寿は山口某が今川と繋がっているという確信を持っているの。


そもそも国境を守る将は常に相手方からの接触を疑うべき。それは領主としての常識でもあるからね。だからこそ筑後で少弐と戦ってた千寿は山口某を疑っていたのよ。


ちなみにその理屈でいえば尾張と三河の国境で両方にいい顔をしている水野って言うのも信用してはいけないんだけど、彼は弾正忠の配下ではなく同盟者みたいな感じだからね。今は仕方がないとしか言いようがないわ。


「確かにそうじゃ。爺の手の者も彼奴が治部と何かしらの連絡を取っていると言うことは分かっとったようじゃしの。うむ。それなら討伐の理由になるわな」


生き残りを賭けてより強い陣営に移るのは国人としては当然の話。その為に調整するのもね。その調整の証拠を見つけるか作れば良いのよ。今回は自らの保身の為に今川との書状は保管しているはず。


山口某は確実に家督争いが起こると確定している弾正忠家よりも、今川に従う方が安全と考えたのでしょう。


現段階で他の尾張の国人に先駆けて要衝の城ごと寝返れば、山口某の今後の尾張の統治に対しての発言力は大きくなるでしょうしね。これだけみれば、国人として山口某の判断は決して間違いではないわ。


ただ、国人の裏切りを黙って認めるほど千寿は甘くないってだけの話よ。


で、城ごと寝返えられた場合、その城を取り戻す為にどれだけの労力が必要になるかを考えれば、山口某は寝返る前に殺すべきという結論しかないわ。


説得? 寝返りを働こうとした奴なんて生かしても無駄よ。それに、どうせなら家を取り潰して直轄領にしたほうが信長の力になるじゃない?


さらに言えば、山口某やその周辺の連中を殺すだけなら千寿一人でお釣りがくるからね。


実際信長も城に潜り込む千寿の心配はしていないし。


「信長殿が家督を継いだ後に寝返りをうたれてしまえば、尾張国内での戦となる。それはまさしく労力の無駄だ。しかも寝返る先が同じ尾張勢の信行ならまだしも今川だしな。ならば寝返る前にここで殺る。なに、悪名は全部弾正忠殿が被ってくれる。信長殿はうつけのまま経験を積み、家督を継いだ後の敵を減らせるんだ。どこにも損はなかろう?」


千寿ってば当たり前のように弾正忠に悪名を押し付けようとしてるけど、家中の引き締めは当主の仕事ですもの。当然と言えば当然よね。


それに、元々信長の行動に当主の許可を与えるって言質を取ったのは、こういう事をする為だったし。


信長にできない事でもこうして弾正忠の名前でできるし、弾正忠も己にできないことを信長にやらせることができる。


どうせもうすぐ死ぬのなら、せめて娘の為に役に立ちなさいな。ってね


「むぅ……まぁそうじゃの! 今更父上に悪名の一つや二つ足されても困らんじゃろうし、そもそも山口を城主にしたのは父上じゃ。ならばその責任を負ったと言うことにしておこうかの!」


信長としてはなんだかんだでお父さんが好きだから、必要以上に貶めたくは無いんでしょうね。だからこそこうして理由を欲してるんでしょうけど、今回はそれが名分になるから問題ないわ。


「信長殿が納得できるなら理由は何でも良いさ。後は若手連中だ。百人とは言え、其々が人を集めて人を率いることになる。それを信長殿と恒興がしっかり纏めて鳴海城まで連れていかねばならん。戦支度とは兵を集めるだけではない。集めた兵を食わせる兵糧やら兵に支払う俸禄やら、行軍の途中の休憩や天候不順に対する対策など、さまざまなものが必要となる。それらを林殿や平手殿無しで集めるのだ。しっかり学べよ?」


あえて厳しい口調で伝えるのは、高々百人と言って油断させないためね。


「う、うむ! 任せておけぃ!」


そう言って頷く信長を見た後で、チラッと私に目配せしてくる千寿。


「えぇ、私も頑張るわ」


私がそういえば千寿は優しく微笑んで頷いてくれた。


……千寿の微笑みを見て、なぜか信長が「ひぃ?!」とかいう怯え声を上げたけど、流石に失礼じゃないかしら?


でも私だって他人事じゃないのよね。何せ私は今まで大軍を擁する大友家の総大将としての仕事しか知らなかったから、こういう小規模の兵を直接率いるのは初めてのことなんですもの。


これまで千寿に色々と教えて貰い、将を補佐するには何が必要なのかっていうことは分かっているつもりだけど、実践するのは今回が初めて。ならば今回の行軍は私の初陣とも言える。だからこそ一切手は抜かないわ。


兵士にとっての実戦は戦だけじゃない。前準備も必要だし、一言で行軍と言っても少なくとも集合・分離・休息・斥候・報告・移動・設営等色々ある。


その上で城の接収作業も有るんだから、これはもう訓練ではない。紛れもなく実戦よ。


あとは時間ね。私たちの行動に無駄が有ればそれだけ時間が掛かり、時間が掛かればその分だけ異常に気付いた城兵が千寿に殺されるんだから、出来るだけ早く到着しないと織田家のためにもならないわ。


今現在鳴海にいる兵は、今川の兵ではなく織田の兵。それなら犠牲は少ない方が良いに決まってるからね。





――――-




予定通りに始末された山口親子の死体を片付け、接収と洗浄が終わった鳴海城の評定の間で、上座に座る信長は配下を労う為に今回指揮官として動いた護衛崩れたちを労っていた。


「皆の者、此度はまっことご苦労じゃったのッ!」


上機嫌に扇子をパタパタとさせ、取り敢えず作戦は終わったと宣言する信長。


「「「「ハッ!!!」」」」


その声に応えて、真面目ぶった表情で頭を下げるのは一二名の若手たちだ。


信長が十三歳で、他の連中も皆が一二~一四の若手(と言うか子供)たちである。今回が初陣の者も多く、皆気分は高揚している。


ただし酒は持ってきていないし、態々厨から盗み出すような者も居なかったので、現在彼らが腰を下ろしている席には酒もなければ当然膳などは置かれていないし、具足も外してはいない。


とりあえず格好だけは戦勝を祝う席となっているわけだ。


尤もこの場にいる面々は、今の段階で酒宴など開こうものなら、常日頃から『戦場で油断するな』と教育を施してきた千寿の手によって、全員半殺しにされた上で尊厳を失うことになるということを理解しているので、そのことに不平不満をいうつもりはなかったという。


そんな彼らの様子を見て「とりあえず合格ね」と呟くのは、織田家指南役が一人にして千寿から彼らの面倒を見るよう頼まれていた姫様こと、義鎮であった。


――――


さて、一応は片付いたわね。あぁちなみに信長が言う「ご苦労」というのは、今回の行軍や城の接収についてね。そして今はその反省点について各々が論じてるわ。


ここに居る誰もが勝ちに緩まずに次を考えているみたいだし、この調子で信長の敵を討ち取っていけば、いずれ武功を上げて自分も城持ちになれるって思っているみたいね。


うんうん。あんまりにも鮮やかに行き過ぎたから増長するかと思ったけど、家臣に頼れない行軍が思ったよりも大変だと気付いたことで慢心するどころじゃないものね。これは良い傾向よ。


私としても今回の準備や行軍で学ぶことは有ったし、これが我知無知の教えってやつなのかしら?


最初に千寿にこの言葉を聞いたとき、衆道を嗜む筋肉質な連中が喜びそうな教えなのかなぁ? って思ったのは誰にも言えない秘密よ。


ちなみにその千寿はこの場には居ないわ。


彼は今、恒興を連れて今回信長が集めた兵士や元々居る城兵に事情を説明し、蔵を開けて城兵たちに米や現金といった臨時の俸給を払うことで、城主の粛清に関する混乱を収めようとしている。


それと資料の回収もね。山口某の寝返りの証拠は部屋から真っ先に回収したから良いとして、後は今までの近隣の村の統治やら何やらの資料の捜索と回収をさせているみたい。


そういった資料は今後の統治に必要だし、隠し帳簿やら何やらを見つけるのが今回の接収作業の主な目的らしいわね。


信長は総大将だから自らそれ探すのではなく、報告を受けるようにしろって言われてるし、私は血気に逸ったこいつらが乱暴狼藉を働いたり、無駄に城内に火を掛けたりしないように押さえて欲しいと言われてる。


何といってもここは敵の城ではないからね。そんなことをされて城の防衛力を落とされても困るし、資料が焼けてしまえば面倒なことになるもの。


それに阿呆な国人や地侍共ならともかく、一般の兵や民からの反感は少なくするべきだからね。


あとはまぁ暗殺対策かしら? 山口親子の近臣や身内が逆恨みで信長を殺しに来る可能性を考えれば、信長は軽々に出歩くわけにはいかないし、連中と私が信長の護衛に付けばさらに間違いはない。


とは言え暗殺の可能性はほとんどないと言っても良いのよね。何せそういったことをしでかしそうな連中は真っ先に千寿に殺されてるし、私たちが城に入った後も城兵に聞いてそれらしい奴らを殺して回っていたらしいからね。


え? 捕らえる? 捕らえてどうするの? 謀叛人の身内なんかろくな目に遭わないんだから、殺してやった方が慈悲でしょうよ。


それに、私は信長の側に居るのが一番安全というのもあるんでしょうね。まったく、千寿ってばいつまでも私を姫様扱いなんだから。


それほど大事にされてると思えば、嬉しいようなもどかしいような、微妙な気分になるわね。


「わ、若殿! 柴田様がお見えになりましたっ!」


自分の気持ちに苦笑いしてると、評定の間に集まっている子供たちの中にざわっとした空気が生まれたわ。


なにやら兵士が来客を告げに来たようだけど……誰が来たって?


「ふむ。柴田が来たかや。よかろう! 通すがよい!」


名前を聞き逃がした私が来客の素性を考えていると、横の信長が扇子をバッと広げて引見の許可を出す。信長は今「柴田」と言ったかしら? それって確か弟である信行の付け家老の姓よね? 本人がきたの?


私の常識だと、家老職に有る者が態々自分で最前線の城まで赴くとは考え辛いんだけど、あぁいや。織田弾正忠家の規模ならばそれも有り得るかもしれないわね。


何と言っても、今の信長は守護代の家臣の家の次期当主でしかないもの。さらにその弟の家老なんて言ったら、ねぇ? 格も何もあったもんじゃないでしょうよ。


っていうか、織田家って家の規模に比べて家老が多すぎないかしら? いや、まぁそういう肩書が欲しい連中にはそれで良いんでしょうけどね。なんだかなーって思うわよねぇ。


「ハッ!」


信長からの命を受け、兵士が使者を迎えに行くわ。 ん? 利家もついていったわね。どうやら使者の「柴田」は家老本人で間違いないみたい。


はてさて、今の段階で弟の付け家老風情が次期当主様に一体何を宣うのか。せいぜい楽しみにさせてもらうとしましょうか。



―――



「ご無沙汰しております」


使者に引見された30代前半の男、柴田。すなわち信行付きの家老である柴田勝家がそう言って儂の前で膝を折り頭を下げてくる。じゃがその目には明確な怒りがあるの。


ふーむ。これは一体何に対する怒りなんじゃろうな?


まぁ良いわ。姫様も柴田が何を抜かすか興味が有るようじゃし、この視線は無礼ではあるが、今の儂は気分が良いからの! 話くらいなら聞いてやろうではないか!


「うむ。まっこと久しいの。ただ、お主は信行の付け家老じゃから、儂と会う機会が少ないのも仕方あるまいよ」


もし儂を次期当主と認めておるなら、頻繁に挨拶の使者くらいは出すもんじゃがの。それも今は良いわ。家督を継いだ後で何かがあれば、儂に使者が無いことを理由に討ち取ることもできるんじゃからの。


「……ご理解頂きありがとうございまする」


そう言って再度頭を下げるが、誰がどう見ても不平不満を抱いておるわな。


まともに己の感情を隠せんのか、それともあえて出しとるのかは知らん。じゃが、どちらにせよ使者としては無能よな。


そも儂と柴田は対等ではないのじゃ。にもかかわらずこの態度。わざわざ儂に不快な思いをさせるようではなぁ。


知っておるか? 無骨とは誉め言葉ではないのじゃぞ?


もしもこれが信行からの誘いと言うなら受けて立とう。これから信行の周りの国人共を殺しても今ならば父上に全ての悪名を被せることができるしの。


蝮や治部にしてみれば武衛や大和守がおれば信行なぞ必要な存在ではない。弾正忠家を割る為のただの神輿じゃ。


むしろ儂との戦で信行の周りにいる「数少ない弾正忠家に忠義を誓う連中」が消えてくれれば良いと考えとるじゃろうが、の。どうせ同士討ちで消えるんじゃから、それが早いか遅いかの違いでしかないわ。


そしてまともな統治を知らん大和守はまだしも、蝮や治部は、儂がこの柴田を始めとした信行を擁立しようとしておる連中を奇襲で討ち取ったとしても(まともな戦で勝てるとは思っとらんじゃろ)、そこで身動きが止まると考えておるようじゃな。


普通に考えれば、こやつらが治めておった土地に派遣できる者がおらんからのぉ。


そしてまともに統治することは不可能と分かっておるからこそ、あえて儂にやらせて失敗させようとしとるんじゃろ? そして儂が失敗したところに乗り込んできて、当たり前の統治をすることで己の立場を盤石にしようとしとるんじゃろ?


甘いわ。


吉弘殿や姫様が何のために若手を鍛えとると思っておる? 今の時点でも林や爺は若手連中でも国人の代わりが務まると太鼓判を押しとるわい。


もっとも、まだ若造じゃから信用がないので、それなりの者を名目上の補佐に付ける必要があるがの。


そして儂がそこまでの下準備を終えているとも知らず、己が弾正忠家に必要だと錯覚しておる阿呆共の筆頭が美作(林通具)と、この柴田よ。


正直に言えば今更貴様らなんぞ要らぬ。むしろこやつらが母上と信行を唆したと考えれば、ここで首を刎ねてやりたいくらいじゃ。


儂がそれをどれだけ我慢しておるか……儂を『うつけ』としか見とらんこやつらは知るまいな。


まぁ良いわ。暫くは蝮や治部を油断させておく必要が有るし、信行にも戦力が必要じゃからの。


「して、率直に聞くが何用かの? 信行付の家老であるお主が、こうして那古野ではなく態々この鳴海に来たというからには何ぞ重大な理由があるのじゃろう?」


気を取り直して話を進めようかの。冗長に話す仲でもなし。兎にも角にも本題よ。こやつのせいで折角の戦勝気分が台無しじゃからのぉ。


「理由も何も! そもそも弾正忠家の次期当主たる若殿がこうして若造だけで前線に出ることなど有り得ませぬ! 佐渡殿も平手殿もご不在の中、一体何をなさっておいでかッ! 更に城主の山口殿を差し置いて上座に座るなど言語道断! どれだけ山口殿を侮蔑するおつもりですか! 直ちにそこから降りて山口殿を呼び、彼に頭を下げなされッ!」


儂の言葉に応える形で柴田の怒りの籠った声が部屋に響くが、こやつはなにを抜かしておるのじゃ? 

 迫力に萎縮しておる周囲の若造共はともかく、姫様なんか「は?」と気の抜けた顔をしとるぞ。


話の内容が間抜け過ぎて、折角の迫力が台無しじゃよ。


「何しとるのか? と言われてものぉ。そもそも此度の前線見物は父上の命じゃ。それに対してお主が異を唱えるのは些か無礼ではないかの?」


表向きの理由では有るが、それでも柴田にどうこう言われる筋合いは無いわな。


「ぐっ! そ、それはそうですが……。ですがせめて補佐に経験豊富な将を用いるべきでしょう! それに山口殿に無礼を働いていることに関して言えば、大殿の意向は関係ありませぬぞ!」


経験豊富な将、のぉ。そんなの尾張に居たかや? 皆が皆、蝮や治部に負けとるが。姫様や吉弘殿がおれば釣りが来るわい。


そんなことを言ってもへそを曲げるだけじゃろうから、いちいち指摘しようとは思わんが、な。じゃが無駄に騒がれても面倒じゃし、さっさと話を終わらせてやろうかの。


「此度儂は父上の密命を受け、戦場見学にかこつけて裏切り者である山口の首を取りに来たのじゃ。その儂が経験豊富な将など用意したら無駄に警戒されるだけじゃったろう。さらにお主は儂が山口を差し置いて上座に座っておることが「無礼だ」と抜かすが……アレか? 討ち取った首を上座に置くのが尾張のしきたりじゃったかの?」


儂がそう言えば、柴田はポカンとした顔をして口を開けておる。 完全に呆けておるわい。ふむ。世間一般ではこれが『うつけ』の顔と言うんじゃないかのぉ?


「う、裏切りですと? 山口殿が? さらに大殿の密命で山口殿を討伐なされたと申されましたか?」


おーおー慌てておる。慌てておる。


さっきまでの剣幕が鳴りを潜め、今は「何がなんだかわからん」と言うのがありありと分かるわ。端的に言ってかなり混乱しておる。じゃが儂を詰問しにきた使者がこれではいかんだろうよ。


いくら表面上は味方とは言え、家督争いを考えれば潜在的な敵ぞ? なればこそ儂の前では情報不足も狼狽も隠さねばならんというのに。


そしてどうやら今回は一応本気で忠義の諫言をしに来たんじゃろうが、あまりにも的が外れておるわ。 ……この様子では表面上の理由を信じ込んでいるのは間違いないの。


ついでに信行から何ぞ言い含められた可能性も有るし、前線の将兵と繋ぎを取ろうとしておる儂の行動を掣肘しようとしたんじゃろうがのぉ。


でもって山口親子の討ち死には聞いておらん、と。確かに出迎えの兵士が態々話すことでも無いからの。


しかしさてさて。これはどうしたものか。


普通に考えれば、儂が中途半端に連中と結びつきを強めれば家督争いが激化することになるから、それを知る柴田にしてみれば、儂に力を持たせたくはないという思いから此度の行動を止めに来たと見るのが妥当よな。


こやつらは、儂が家督を握った後で何かしらの適当な口実を作り、儂に準備される前に一撃で葬るつもりじゃったはずじゃからの。


それが弾正忠家にとって一番損害が少ないと確信しとるからこそ、儂が父上の命での前線見物をして前線の将と知己を得るような行動を止めたかったのかもしれん。


そしてあわよくば信行に同じことをやらせるつもりじゃったか?


その場合、儂の動きを止める理由はなんじゃろうな? やはり「次期当主にそのような真似をさせてはなりません!」と言ったところか? じゃが『うつけ』の儂と違って信行では安全が確保されとらんから、母上が許可を出さんと思うんじゃがなぁ。


それとも今回の見物についてきて、信行の代理として挨拶し、国境の者たち相手に人脈を深めようとしたか? ふむ。それが一番有りそうではあるの。じゃが、誤った情報からは誤った答えしか導き出せぬぞ?


ただまぁ、実際儂は父上にすら「前線の城とそれを守る将を見に行き親交を深めたい」としか言っておらんから、柴田が騙されるのも無理はないがの。


うむ! 「敵を欺くにはまず味方から」とはよく言ったものよ。


「いや、しかし、証拠は、証拠はあるのですか?」


ふむ。完全に先ほどまでの勢いを無くしとるわ。口をパクパクさせながら、うわ言のように儂の言ったことを否定しようとしておるな。ま、儂とていつまでもこんな阿呆を見物しとる暇はない。取り敢えずは柴田が騒ぎ出す前にさっさと納得させるかの。


「証拠? 無論ある。ほれ、この書状がその証じゃ。無論証拠は他にもあったが、残りは既に古渡の父上に送っておる。ちなみにその書状は、最初の使者を父上に送った後に出てきたもので、城兵やらお主のような者が来た時の為に手元に置いておるものよ。当然後ほどこれから城を捜索した後に出てくる証拠と一緒に父上に送る予定じゃから、汚すなよ?」


「は、拝見させていただきます!」


そう言って山口の部屋と思しき場所から出てきた密書を渡してやれば、柴田はもの凄い勢いでその書状を確認しておる。


実際問題これらが出て来る度に使者を送ってもしょうがないからの。


そして第一報で山口親子の首と寝返りの確たる証左を送ったのじゃから、父上としてもどうしようもあるまいよ。まさか「今川への寝返りを許せ」など言うはずもないし。


「ま、まさか」


そして柴田は密書の最後に押されておる治部の花押を見て、山口親子の裏切りが事実であると判断したようで、もう何と言って良いかわからんと言った顔をしておるわ。


恐らく儂からの知らせを受けた父上も同じ表情をするんじゃろうなぁ。


「……山口殿が大殿亡き後、弾正忠家を捨てて城ごと寝返るつもりであったとは。不覚にござった」


柴田は驚いておるが、信義を抜きにして考えれば、儂と信行の家督争いは寝返りには絶好の機であるからの。「家督争いをする家に忠義は誓えぬ」とでも言えば周囲も納得はするじゃろうて。


山口の狙いは間違ってはおらぬ。吉弘殿が居なければ、儂とて見過ごしておっただろうし、父上に至っては完全に裏をかかれておる。


加えて時を置けば置くだけ、これらの証拠も彼奴らに隠されたじゃろうからの。此度の速攻は何も間違ってはおらぬと断言できるわ。


山口親子にしても、自身の保身の為に保管しておったこれらの書状が儂の保身に繋がるのじゃから、皮肉としか言いようがないが、の。


「先ほども言ったが証拠はそれだけではない。つまり儂は今川にみすみすとこの要衝を進呈する前に、裏切り者を討伐する為に動いておったわけじゃ。内容が内容じゃから父上も秘密裏にことを運んだという訳じゃな。実際に今川方に寝返られ、援軍を呼び寄せられた上で戦支度などされたらこの城を落とすことなどできぬからのぉ。家中の誰が今川に通じておるか分からん以上、儂が動く必要が有ったという訳じゃよ。理解したか?」


儂の言葉を受けて、柴田が考え込んでおる。


実際に国境の要衝を任された重臣中の重臣と言える山口親子が寝返っておるのじゃ。誰が信用できるかなど柴田ですらわかるまい。


じゃが、少なくとも儂は確実に今川に通じてはおらんし、儂の周囲の者共にも連中と繋がっておる者などおらんと断言できる。こやつらの父親や兄ならともかく、本人達は若すぎて今川の手が入ることなど無いじゃろうし、そもそも吉弘殿にしごかれてるコヤツらが治部だの蝮に靡くハズもないからの。


「な、なるほど。さような理由がありましたか…」


何とか言葉を絞り出すが、こやつの立場ではそれしか言えまいて。


大義名分は儂にあり、その上で理も利も儂にある。この上で山口を庇いだてするとも言えるようなことを言えば、柴田も弾正忠家への謀叛を企んでいたのか? と言われても反論できんからの。


とは言えこのままでは埒が明かん。そろそろこの無礼者に止めを刺すとしようかの?


大体じゃなぁ。柴田に限ったことではないが、基本的に父上の家来どもは上から目線なんじゃよ! 儂の日頃の行いも有ろうが、そもそもこやつらとて褒められたものでは無かろうよ。


父上がおらねば蝮にも治部にも立ち向かえぬような雑魚の分際で、勝てば自分たちのおかげで、負ければ父上のせいか? 地侍如きが一体何様のつもりじゃ!


「で、柴田よ。再度問おう。お主は何しに来たのじゃ? 先ほど儂に対して席を降りて山口に頭を下げよと申したが、よもや父上の命に従い謀叛人を討つために動いていた儂を止めに来たのでは無かろうな?」


さぁどうする? ここで山口を庇いだてするなら、死ぬぞ? 何せ儂らには貴様を生かす理由が無いのじゃからのぉ。










―――





ポンポンと扇子で膝を叩きながら柴田の答えを待つ信長。その身に纏う気配が明確に変わったことを察した部下たちが剣呑な目で柴田を睨み、それぞれが得物に手を掛ける。


まさしく一触即発。当然柴田もこの空気の変化には気付いている。


柴田は『うつけ』が主君の弾正忠から密命を受けて動いているなど知らなかった。だが知らないからと言って次期当主を咎めても良いものでもなければ、裏切り者へ頭を下げろと言ったのもまた事実。


此度の件で言えば、信長に非はない。むしろ非は自分にある。


現在柴田勝家の前には二つの選択肢がある。それは屈辱に耐えて己の非を認めうつけに頭を下げるか。非を認めず、ここで死ぬか、だ。


ここでの答えは慎重にならねばならない。何せ山口親子とは違い、柴田には織田弾正忠家を裏切るつもりなど無いのだから。


己の主君である信行を奉じて信長と戦い、戦の末に勝って殺すのも、負けて死ぬのも最終的には織田弾正忠家の為と思えばこそ。にもかからわずこのような場で裏切り者として討たれてはまさしく犬死である。武人の端くれとしてそのようなことは断じて認めることはできない。


だからこそ柴田勝家が取った決断は……





柴田のカッチャンが女だと思ったか?残念だったな!普通におっさんだ!(史実を残念とか言うな)


女性武将は作者の中では既に決まってるので、まぁ諦めてくださいな。


この時代の国人やら地侍を簡単に殺せない理由として、民との繋がりも有りますがもっと大きな理由として識字率や算術に対する理解の問題があります。


読み書きが出来ないヤツに領地経営なんか出来ませんからね。まぁ算術に関してはかなり適当ではあるようですが…


とりあえず、本来なら彼らは中々殺せないのですが、今のノッブの周囲の連中はソレなりに働けますので何時でも交換が可能なのです。


つまり信行に味方する連中の価値が暴落してると言っても良いですね。だからこそこのノッブ、容赦はせんッ!


そして粛清したら全部弾正忠ってヤツが悪いんだ!ってお話にするのですな。




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