16話。公家?公卿?どっちでも良いわ!の巻
千寿君、色々と下準備中である。
正しい京(公家)言葉はわかりませんので曖昧です。
シリアル成分と思って受け流してください。
前半第三者?
中盤山科
後半平手の爺様視点
山科言継。某ゲームを好む人間からは武家伝奏(武家の意見を朝廷に伝える役職)と勘違いされがちだが、彼は武家伝奏ではなく朝廷の財政を改善するために諸国を渡り歩き、大名家から献金をさせる交渉をしていた人物である。
彼が平手と出会ったのは、およそ六年前。元々の彼の目的は織田弾正忠家ではなく、管領家である斯波武衛であった。
当時は(今もだが)畿内に居る管領家の細川も畠山も争いばかりで全く役に立たず、公方(将軍)すらも京を逃げ出す始末。
それにより畿内の幕府関係者に見切りをつけた言継は、地方に赴くことにした。ただ当時は尼子や大内など西日本の諸大名が帝に献金をして官位を買い漁ろうとして居たので、西には公家の縄張りのようなものが有った。
その為、彼は公家が目を背けがちな東国を目指したのだ。
その第一歩として、畿内の戦とは無縁であり更に管領家である斯波家に目をつけたのは、京の人間としては不自然ではないだろう。
しかし献金を求めに尾張へ赴いた際に、彼は斯波が傀儡でしかないことを知る。そこで斯波からの献金を諦め、公家の文化に理解を示しつつあると言う(当時は今川義元も家督を継いだばかりで、安全性について危険視されていた)駿河に渡ろうとしていた。
しかし彼が尾張を発つ前に、斯波武衛に仕えながら独自の力でその影響力を強めていたものの、権威を欠いて伸び悩んでいた弾正忠信秀が接触してきたのだ。
彼は傀儡である斯波よりも断然羽振りが良く、更に向こうが望むモノを自分が持っていることを見抜いた言継は、弾正忠やその配下達に蹴鞠や礼儀作法を教え、中途半端な成果であっても褒めて褒めて褒めまくり、結果として実に四千貫(約四億円)もの献金を得ることに成功した。
これにより困窮の極みにあった朝廷の財政は一時的にではあるが息を吹き返したし、京に住む公家たちもかなりの数が救われた。
当然の事ながら山科言継の評価や立場も上がり、生活も楽になったのだから、彼の賭けは大成功と言えるだろう。
そして彼は学んだのだ。連中を田舎侍と見下さず、むしろ格上のように扱い褒め倒すことが出来るなら、朝廷や己の為に献金を集めることは決して難しいことではない、と。
ただ流石に弾正忠以外の地方の大名の配下が四千貫もの銭を献金すると言うことは無かったが、それでも「尾張の田舎者が四千貫支払った」と言えば、周囲の連中も渋々ながらも献金をするようになった。
そんな、ある意味で福の神とも言える織田弾正忠からの使者である。余程のことが無い限りは笑顔で接する自信が有ったし、拙い礼儀作法を見ても悪感情を抱かない程度の我慢はするつもりであった。
(しかしこれは一体どういう事だ?)
平手からの挨拶を受けた山科言継の心中は、その表情とは裏腹に混乱の最中にあった。
――――
「お久し振りでございます、山科言継様」
「ほんに、久しいですな。この度はどのようなご用件で当家にいらっしゃったかは存じませぬが、歓迎させて頂きますぞ、平手殿」
そう言いながらも目の前で頭を下げる老人を観察するが、どうにもわからない。正直に言えば「誰だコイツ?」と言いたいくらいだ。
いや、彼が尾張の織田弾正忠に仕える平手政秀という人間であることは分かる。
数年振りではあるが、己が蹴鞠や礼法を教えた相手であり、朝廷に四千貫もの献金をしてくれた人間の関係者を忘れるはずがない。
だが目の前の老人は、断じて自分が知っている平手政秀ではない。
自分が知っている平手政秀という人間は、所詮尾張の地侍の中では多少見るべきところがある程度の者だったはず。
それがこの六年でここまで変わるというのが信じられない。
相手が子供ならまだわかる。六年もあればいかようにも成長できるだろう。
だが彼は六年前の時点で四〇を過ぎていたはず。
不惑の四〇を超えて、ここまで変わる人間など居るのか? それも変わる方向性がおかしい。
権力を握って暴君になったとか、もしくは歳を取って牙が抜けたと言うならまだしも。今、眼前の彼から滲み出るものは、将来に希望を見出す若者のような熱と、歳を重ねた樹のような安定感が同居したなんとも不思議なものなのだ。
礼法に関してもそうだ。未だに拙さは有るものの、かつて自分が教えたものを基礎としながらも、きちんと自分なりの形を持っているように見える。
つまり、下手な公家よりも上なのだ。悪感情が沸くのを我慢するどころか驚くのを我慢する必要が有るくらいだ。今の彼は様々な大名や武士を見てきた自分をして「どう評して良いかわからない」としか言い様がない。
少なくとも自分の知る平手政秀とはそんな人物ではなかった。
ならばこの六年の間に彼が変わるナニカが有ったのだろう。
近年、弾正忠が美濃で負けたのは知っている、その息子が三河で負けたのも知っている。だがそれだけではこのような成長はしない。
だからこそ警戒する。今の彼は、かつて自分がそうしたように、煽てれば簡単に転がせる田舎の好々爺ではないのだから。
―――――
ふむ、どうやら今の儂の礼法は山科殿から見ても問題は無いようじゃな。
姫様から指南を受けること三ヶ月。中途半端な配慮や目こぼしがない厳しい指南ではあったが、そもそも指南とはそういうものじゃし、儂が無様を晒せば弾正忠家の名が落ちるものな。
さらに尾張で相手をするならともかく、京にて公家の相手をするとなればいくら鍛えても足りぬわ。
林殿は……とりあえず無礼が無いように黙っておるが、まずはそれで良い。彼らからすれば尾張の守護代家の家臣の家に仕える者が、筆頭家老だろうと次席家老だろうと一切関係ないからの。
「して、早速ですがご用件をお聞かせ願いたい。尾張から態々京まで来たのは旧交を温めるだけではなく、私に何か用が有ったからなのでしょう?」
儂に笑顔を向けながら山科様がそう告げて来る。じゃがその目は笑ってはおらぬな。
本来ならば長々と時候の挨拶やら何やらをするのだが、どうやら儂が来た理由を確認せんことには安心できぬと思ったのじゃろう。
うむ、侮られるよりは百倍マシ。いや、侮られた方が楽に話を進めることが出来たか? だがその場合は「話す価値無し」とされる可能性も有ったのだから、今はこれでよかろうて。
しかし姫様に言われるまで気付かんかったが、山科殿は公家言葉をあえて使っておらんな。こうして「武家に対して理解があるぞ」と見せているのだろうが、見事な割り切りよ。
言葉一つ取っても侮れぬ、これが本物の公家、か。しかしいつまでも怖気づいてもおれぬ。
「はっ! ではお言葉に甘えてお話させて頂きまする」
本来なら公家言葉で答えねばならぬが、儂がそれをやっても相手を不快にさせるだけ。ならばあえて堅っ苦しい武家言葉を使うように。とのことじゃったな。
儂の言葉を聞き頷く山科様を見れば、この選択も間違っておらぬと言うことか。
「まずは現在の我らの状況をお聞きください。現在我が主である弾正忠信秀が病に倒れており、その娘である信長が弾正忠信秀の後見を受けて次期当主として現在の弾正忠家を差配しておりまする」
「ほほう。……弾正忠殿が病、ですか」
山科様はそう言って目を細めるが、さっさと先を話せと言うことじゃろう。過去に献金したとは言え、所詮は尾張の田舎侍よ。その家督など本来どうでもよいものな。
「はっ! そこで信長様は、次期当主として自らの名において山科様へのご挨拶と、禁裏への献金を行わせて頂きたいと思っておるのでございます」
実際は後見など受けてはおらぬし、津島の金も自在には動かせん。
今の若殿はあくまで塩の販売で得た利益を自在に使うことと、若殿の行動に大殿の名を使うことの許可を得たに過ぎん。
尤も大殿も塩の利益がココまで出るとは思って居なかったようじゃがな。しかしそもそも大殿にも若殿の行動を止める気はないから問題はなかったのじゃが、暗黙の了解と、当主の正式な許可が有るとでは全然違う。
初対面の挨拶の際の一度の交渉で大殿からこのような許可を引き出すとは流石は姫様よ。
そしてそれはここまで見越したものじゃった! まっこと視野の広さが違いすぎるわい!
「ほほほ。私への挨拶はともかく禁裏へですか。それはそれは、良い心がけですな!」
そう言って上機嫌になる山科様。じゃがこれすらも擬態。
彼は朝廷に対して武家が純粋な忠義によって献金するなどとは露ほども信じておらぬ。故に「さっさと何を企んでいるのかを話せ」と言ったところじゃろうな。
「はっ! まずはコレが今回の目録にございます!」
そう言って懐から目録を出し山科様の側仕えに差し出すと、側仕えは粛々とソレを受け取り山科様の元へと運んでいく。
その動きは勿体付けるようでありながらも流れるような無駄のなさが有り、なるほどと思わせるモノが有った。コレが京の公家が言う「雅」と言うものなのだろう。
風流などと言われて図に乗っていた自分が恥ずかしいわい。
山科様が目録を確認する間、儂らは頭を下げて待つ。と言うか林殿はずっと頭を下げっぱなしじゃな。……腰を傷めねば良いがのぉ。
そんな心配をしていたら、どうやら目録の確認を終えたようで、儂に声が掛かる。
「ふむ、まずは私に銭百貫と塩を五石。そして禁裏に銭五百貫と塩を一〇石、ですか。誠に有難い話ですなぁ」
うむうむと頷いているが、これに関しては何の裏もない。誠の挨拶よ。そして向こうもそれは知っておるじゃろう。とりあえず儂らの狙いは狙いとして、貰うものはしっかり貰う。そう言う事じゃろうな。
「はっ! ご笑納頂ければ幸いでございます!」
現在塩の生産による利益は月に千二百貫を超えておる。それを考えれば今回のこれで月の半分を放出したと言うことになるが、以前の四千貫と比べればどうしても見劣りするじゃろうよ。
だからこその策なんじゃがな!
「元より忠臣からの献金を断るような真似はしませんとも。信長殿の名。しかと主上(帝)にお伝えしましょうぞ」
心にも無いことを言ってくれる。いや、それとも一度だけ伝えることはするかの? そして朝廷に名前を教えてやるから、五百貫でこれ以上は望むなという事じゃろうか。
「はっ! ありがたき幸せ! 信長も喜びましょう!」
儂がそう言えば満足そうに頷く山科様。そのまま目録を懐に入れて立ち上がろうとしているが、これで終わらせる気か? そうは行かぬ。
「それと、お忙しい中誠に僭越ではございますが、信長より山科様にお願いの儀がございます。話だけでも聞いて頂くことは出来ませんでしょうか?」
さっさと禁裏に報告に行きたかったのだろう。山科様は儂の言葉を聞いて露骨に眉を顰めておる。
(ですがこれは聞いたほうが良いと思いますぞ?)
無理なら別に行くだけの話じゃがな。儂としても可能であればここで全部終わらせてしまいたいと言うのがあるからの。せめて話だけでも聞いて欲しいものよ。
「ほう……願いとおっしゃいますか」
そう言って上げかけた腰を下ろす山科様。向こうににしてみれば「田舎者が、分際を知れ!」と怒鳴りたいところじゃろうな。じゃが献金をしてきた相手である以上は無下にも出来ぬと言ったところか?
この辺の我慢が出来る方だからこそ諸大名から献金を募る事ができたんじゃろうな。とはいえ機嫌を損ねたのは分かる。故にさっさと本題を伝えて気分転換してもらうとしようかのぉ。
「はっ! もしこの願いを聞いていただけた場合ですが、山科様に毎月銭百貫、禁裏に同じく毎月銭二百貫の献金をさせて頂く用意ができております!」
「…は?」
儂の言葉を聞き呆然とするが、気持ちは分かる。毎月三百貫の献金など正気の沙汰ではない。一体何をさせる気だ? というのと、正気か? という思いが混在しておるように思える。
今が攻め時よ!
「信長からのお願いと言うのは他でもござらん。某は勿論のこと、ここに控えます織田弾正忠が家臣、林秀貞をはじめとした数人を京に滞在させるので、その者達に京の礼法を指導をして頂きたいのです。その指導料として百貫をお支払いさせて頂きたく。山科様がお忙しいと言われるならば別の方を紹介して頂ければ、仲介料として山科様には一〇貫お支払いさせていただきます」
頭を下げながら言い切ったので顔色は窺えんが、パクパクと口を開け閉めしているのは分かるぞ。
頭の中では様々な計算をしておるのじゃろう。別に断られてもいいのじゃ、最初に山科様の顔を立てたと言う事実があれば良いのじゃからな。
なんせ京には貧乏公家が溢れかえっておる。その者なら月一〇貫でも喜んで教導するじゃろうよ。そして浮いた銭で新たに指南役を雇えば良い。指南役が増えれば増えるほど横の繋がりを深めることができるからの。
「な、なるほど。礼法の指導料でおじゃるか。しかも麿が直接指導するとなれば……うむ。月百貫、決して高くはないでおじゃるな!」
この様子では他者に譲る気はない、な。しかし動揺して京言葉が出ておりますぞ?
「はっ! 我ら尾張の田舎侍には過ぎたるものでございますが、礼とは習得する努力を惜しんではなりませぬ。無論礼儀や作法が金で買えるとも思っていませぬが、某ももう歳です。このままでは礼儀作法を弁えた者がいなくなり、今後山科様とお会いしたことも無いような者が献金に訪れ、山科様や禁裏にご無礼が有っては山科様にもご不快な思いをさせてしまうと愚考し、某から信長に献策させて頂きました。何卒お力添えのほど、よろしくお願い致しまする!」
実際献策したのは吉弘殿と姫様だが、お二人は大友家の事情が有り京で名を売るわけにはいかんからの。それ故ここは儂が提案したことにして恩を売れとのことじゃった。
まったく、あの方々の深慮遠謀はどれほどの深みにあるのやら。
「う、う~む……」
儂の言葉を聞き、悩んでるように見えて満更でもない様子の山科様を見れば、今回の策は成功したと見て間違いはないようじゃな。追撃をするとしようか。
「さらに山科様は朝廷の重臣でごさいます。それほどの御方の時間を借りるのですから、当然補填が必要でございましょう。それが禁裏への月二百貫の支払いとなりまする」
官位目当ての献金ではない。あくまで指導料と補填じゃ。これなら今上の帝も受け取りやすかろうて。
「お、おぉ。そこまでお考えでおじゃったか! 確かにそれはその通りでおじゃるな!」
掛かった! 献金の裏を疑っておきながら、公家の礼儀作法の獲得が狙いと錯覚したな? 武家を見下しているからこそ、己の価値を高く見積もるのが公家の悪癖よ。
……褒めて褒めて褒め倒す。それが出来るのは山科様だけではござらん。
蝮へ仕込んだ毒と同様に、山科様も気付いたら抜け出る事のできぬ沼に頭まで浸かってもらいますぞ。
――――
「あぁそうだ。ちなみに信長殿は今年で幾つになる?」
「ん? なんじゃ薮から棒に? あ。よもや儂にオンナの魅力を感じたかや? ふっふっふっ! いや~アレじゃな! 姫様程の女性を妻に持つ吉弘殿すら惑わせるとはのぉ。まっこと美しさとは罪よのぉ……ぶぎゃ!」
「ハイハイ、戯言は良いからさっさと千寿の質問に答えてね~?」
「うぅぅっ。姫様の目が笑ってないのじゃよぉ」
「そりゃそうだろ」
爺の策の内容ですか?まぁ話が進めばいずれ出てくるでしょうね。
感想欄での考察やネタバレは勘弁願います。
姫様は信秀と色々交渉をしたようだ。ってお話です
塩の利益について………一ヶ月で最低3回は出来るのが入浜式。
生産量として参考にしたのは江戸時代の行徳塩田ですね。揚浜式でありながら年間3万石から4万石の生産をしていたとか。
そして元亀天正の塩の価格ですが一升が12~16文、一斗が120~160文、一石が1200~1600文。
つまりは1石が1.2貫~1.6貫。
1000石なら1200~1600貫。
行徳と違い伊勢湾の入り江で瀬戸側は当時は開発もされてない空き地が多数有ります。人口密度も少なく、信長(弾正忠家)の肝煎りで更に入浜式なら規模が小さくなっても一か月3000石以上(年間3万~4万)は生産できるかなと簡単に考えたんですね。
ただこの時代の冬とかを知らないので、本気でやるなら無理があるかも知れませんが…そんなことを言ったら内政モノは全滅ですし、当作品はシリアルです。
当時の塩の価値を考えれば一ヶ月で千二百貫(織田の利益だけですので実際は倍以上ですが…)は安すぎる気がしますけど、まぁ堀田も秘匿しながらの作業と言うことで勘弁してください。