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13話。蝮と治部の巻

前半蝮で後半ヨッシー視点


蝮の口調がブレブレだ!それだけ塩の効果は大きいと言うことで…

「塩、ですと?」


いきなり弾正忠から使者が来て、何を言うかと思えば。


「はっ」


儂が問いかければ尾張から使者として来た平手政秀がそう言って、塩が入った壺を差し出してきた。

小姓に確認させるが、間違いなく塩であるらしい。


どうも純度が高いらしく、その味に驚いているようじゃが後で確認してみようかの。


「つまるところ、弾正忠殿ではなくその後継者で次期当主である信長殿が塩の増産に成功した。そして現在あまり状況が良くないことを理解している彼女が我々にその塩を相場より安く売ることで、誼を結びたい。此度の訪問の狙いはそういうことですかな?」


さて、この物言いにどう答える? 怒るか? 認めるか? 状況の悪さを知られていることに驚くか?


「えぇ、寸分違わずその通りです。流石は斎藤利政様にございますな」


ふむ。あえて挑発的な言葉を使ってみたが、特に反論することもなく認めおったわ。これでは腹の内が読めぬ。流石は信秀の腹心よ。


しかしこやつの腹の底が読めなくとも現在の尾張の状況は見れば分かる。家臣に嫌われておるうつけ殿では家督争いに勝てるはずもないからな。傅役である平手とすれば少しでも味方が欲しいところだろうよ。


それを考えればこの塩もな。増産に成功したとは言うが、実際はどうかわかったものではないわい。


本当は増産などできておらず、無理をして身銭を切って安くしている可能性もあるからの。まぁそれらは織田の事情よ。儂らとすれば『うつけ』には暫くそのまま『うつけ』てもらい、尾張を混乱させて貰う必要がある故、あまり信行に有利になられても困る。


そう考えておったところにこの申し出よ。


梃入れという意味であれば多少の味方をするのも悪くはない。国人達も、尾張が混乱する上に塩が安く手に入ると言うなら反対する理由もあるまいて。


注意すべきは流通量か? いや、量が増えれば増えるほど織田の財政を圧迫すると考えれば、むしろ積極的に量を増やすべきかもしれんな。なにせ美濃には海が無いからの。


塩の蓄えは有って困るものでもない。しかもこの価格じゃ。従来の尾張での相場よりも三割も下げておる。うつけは美濃での相場を考えていないのか? 目加田でも半額に近いし山間部ならば半額以下ぞ? これでは間違いなく利益など無い。数年行えば織田は間違いなく干上がることになろう。


その数年を欲したか? それとも本当にそこそこ増産が出来ていて、これでもギリギリ保つくらいの量なのか? しかしどちらにせよ断る理由がない。むしろ断れば儂が叩かれよう。


「我々としては安く塩が手に入るというなら有難い事。弾正忠家との交渉も吝かでは有りませんが、これはどれくらいの量をどれくらいの期間続けて頂けるので?」


さぁこの問いにはどう返す? まさかこのように言われて今回一度だけとは言うまい? とは言え、続ければ続けるだけ損失が出る取引じゃ。量や期間に制限をつけるのは当たり前じゃろう。


その辺の区切りを「うつけ」がどう考えているか。


「されば……まずは御家には月五十石程。他の国人の方々には望むなら月に五石程ですな。期間は少なくとも一年は保証致します。ただし国人の方は斎藤様が選んだ一〇家までとしていただきたい」


探りを入れた儂の問いに、平手は考える間もなく即答してくる。しかもしっかりと断言してきたと言うことは最初からこの値を決めていて、それを譲ることは無いということか?

となると、やはり増産は嘘じゃな。


誠に増産に成功していたなら、このような制限はいらんだろう。普通に考えれば売れば売るほど儲けになるのだからな。


しかし。この値段で月五十石で、さらに期間が一年とは随分と張ったものよ。じゃがコレで確信した。コレは『うつけ』ではなく弾正忠の策じゃな。


なにせこの件では動く銭が多すぎる。弾正忠が隠居して信長が家を継いでればまだしも、いや、それでも独断では難しいと言うのに『うつけ』の次期当主が独断で判断出来る規模では無い。


それに平手が何も不満を覚えているような顔をしていないと言うのも大きいじゃろう。普通に考えれば、これほど安く塩が買えるなら自分で買いたいくらいだろうからのぉ。


これが単純に『うつけ』の命令ならば必ずや不満を抱いたはず。それなのに何の不満も抱かないのは、不満以上の力で押さえつけているか、何かしらの補填をしているから。それが出来るのは弾正忠だけじゃ。


しかし連中は塩の価値を値段でしか理解しとらんかったのか? 美濃にとって塩は銭の問題ではないのじゃがな。うーむ。なまじ海があるからじゃろうな。まぁこちらに損はない。この価格で安く買って余れば蓄えるか売れば良いだけじゃ。


そして儂に一〇家を選べと言うのは、儂に対する牽制か? それで選ばれた者と選ばれなかった者の間に溝を作る気か? それともこれで儂の権威を高めよと言う土産のつもりか?


……おそらくは両方じゃな。間違えば問題だが正しく使えば儂にとって悪いことではない。


しかしまさか自らが譲ることで美濃を味方にし、同時に混乱させようとするとは、な。老いたとは言え未だ虎の智謀は侮れん。


しかし此度の策は長期的に見れば間違いなく失策よ。なにせどちらに転んでもこの策は確実に織田家を蝕むのだからな。美濃の混乱については所詮は副次効果よ。その根底は自らの身を切ってでも我らを味方に付けねば信長が危ういと考えておる。ということだ。


ふっ、しかしここまで見え透いた手を打たねばならんとは、己の死期が見えて焦ったな弾正忠。


確かに交渉は吝かではない。侮れんのも事実。だがこの取引を受けることが織田にとって味方することになると本気で考えておるのか? ククク。国人共にもこの旨を伝え買えるだけ買わせてやるわい。


この交渉を纏めたとなれば儂の評価も上がる事になるだろうて。あぁ、結果としては信長に長生きしてもらうために梃入れすることにもなるじゃろうから、そう言う意味では信秀の狙い通りか?


流石に信行が間抜けであっても周囲がこれを許すほどのうつけでは無いじゃろうしな。兵は出さずに口と書状でまずは一年抑えるだけで良いとなればまさしく破格。信長様々よ。


「ふむ」


信長の元に人をやる予定じゃったが、止めじゃな。このような後のない者のところに我が家の者を出す気はない。来年になっても味方を続けて欲しければ、この価格での塩の販売を続けよと脅してやるわ。


最低一年は保証するとのことじゃが、これを本当に一年で、それも向こうの都合で止めたなら国人を煽るのも容易い。進むも地獄、引くも地獄。動かなくともこれまた地獄、じゃ。


クカカカカ! 詰んだぞ弾正忠っ! 泉下で己の家が滅んで行く有り様を見て、今回の愚挙を悔いるが良いわ!



―――


蝮の下に尾張から最初の塩が届けられていたときのこと。駿河は駿府の一角で、僧の格好をした男とその主がある報告を受け、その対応を協議していた。


「美濃の蝮と尾張の虎が交渉を?」


雪斎が持ってきた情報を聞き、思わず顔を顰めてしまう。


……いかんな。大名たるもの負の感情を表情に出すべきではない。「あえて出すならまだしも、感情を抑えられんなど大名失格ですぞ!」と説教を受けてしまうわ。


「はい。どうも弾正忠は相当な焦りを抱えているようですな」


面倒な連中が手を組んだと言うのに、雪斎の表情には余裕が有る。これは本心を隠しているのか、それとも本気で問題が無いと考えておるのか。


わからん。わからんが、策士たるもの容易には察せられないことが重要なのだろう。


「焦り、か。病が重篤だと自覚したのか、残された連中の危うさを今更理解したのかは知らんが、雪斎は此度の蝮との同盟で織田家の方に何かしらの問題が出ると見たのだな?」


詳細を確認せねばわからんが、蝮は地盤を固めている最中だ。奴に焦る理由はないからの。


「そうですな。此の度弾正忠が提示したのは不戦同盟です」


「不戦同盟?」


協力ではなく不戦か。そもそも弾正忠は病床の身。己から攻めることなどできんし、蝮とて尾張に攻め込むだけの余裕はない。互いに援軍を送るような間柄でもなし。最終的には国境の国人としては助かる程度ではないのか?


そもそも我ら今川も蝮も、今は後継者の『うつけ』が尾張を掻き回すことを望んでおるからな。さすれば勝手に尾張が割れるからの。その後ですり潰せば無傷で尾張を手に入れることも出来る。場合によっては斎藤と尾張の分割の交渉をしても良いくらいだと思っていたところよ。


それ故しばらくは口だけ出して内部を荒そうとしていたのに、ここで不戦とは。いや、蝮も兵を出さぬだけで口は出すのだろうが、ここで態々不戦同盟を組む理由はなんだ?


「左様で、蝮が尾張に攻め込む気が無いのは見るものが見ればわかりますが、逆に言えばそうでない者にはわからない、ということです」


儂が同盟の利を理解できていないと判断したか、雪斎が補足を入れてくる。


そしてそれを聞いて漸く納得できた私もまだまだ未熟よな。


「所詮目先しか見れぬ尾張の国人ごときにはその程度のことすらもわからんか。弾正忠はそれを見える形にすることで外交的な成果としたわけだな?」


わかりきったことであっても、こうして表面化すれば阿呆でもわかるからな。


「その通りですな。さらにその実績を信長の実績にしたようです」


ふむ。まぁこれから死にゆく者が功績を抱えても意味がない。ならば後継者に箔を付けるというのは悪いことではあるまいよ。


「しかし蝮と不戦同盟など結んでしまえば、他の連中まで家督争いに介入してくるのではないか?」


元々尾張の連中は蝮と戦をしてきた仲よ。ならば勝手な不戦同盟も我慢できぬと騒ぐだろう? それを口実に動く可能性が高いぞ?


これが通常の軍事同盟ならば援軍の要請もできる。その事実を以て美濃に近い連中の介入を防ぐことも可能ではあるが、不戦同盟ではなぁ。


戦をすれば戦をするで騒ぐし、講和すれば講和したで騒ぐのだから、まったくもって度し難い連中よ。そのような者と歩調を合わせねばならぬ弾正忠には敵ながら同情もするわ。


「そうですな。それでも今のままでは『うつけ』は『うつけ』のまま。己の目が黒い内に一つでも実績を与えたいと考えたのでしょう」


なるほど。そこまで追い詰められておるか。そして外交に関して言えば不戦同盟だろうが何だろうが、何かしらの繋がりがあるのと、それが全くないのでは家督を継いだ後にも影響を与える。


そして少しでもその繋がりを残そうと必死なのだ、と。尾張の虎も老いたと言うことだろう。


どこか寂しさを感じるが、元々が敵よ。容赦も遠慮も必要はない。とはいえここで追撃すれば『うつけ』は終わってしまうよな。


「ならば我らは今まで通り放置だな。このまま『うつけ』に生き残ってもらい、尾張を掻き回してもらおう」


その間に仮名目録と追加二十一条を国人共に浸透させ、磐石な統治体制を築く。


特に三河よ。一向門徒を含めてあの地侍共の意識を改善せねば、いつまで経っても西征など出来ぬし、国内に弱みを見せれば晴信(武田信玄)に後背を突かれるからの。


「ですな。しかもこの報告を見れば、時間をかければかけるほど尾張が弱体化することが目に見えておりますから、時間を稼ぐことに対して家臣団も納得させやすいでしょう」


そう言って雪斎が持っていた報告書をこちらに差し出す。


こやつもなぁ。儂を試して成長を促そうとしているのは分かっておるが、できたらその先に報告書を見せて欲しいものよ。いや、今更だな。


気を取り直して報告書を見てみれば、なるほど、これはひどい。


「いくら時間を稼ぎ、功績を『うつけ』に譲るためとは言え、この価格でこの量の塩を販売する、だと? 多少増産した程度では賄えまい。弾正忠家が身銭を切ったか?」


一月でおよそ百石? それを最低1年? 戦で使う分にはやや不足かもしれんが、毎月毎日戦をするわけではないし、海がない美濃で有れば塩だけでも立派な俸給となる。


これでは弾正忠家が身銭を切って蝮の権威と国力を上げておるだけではないか。


「おそらくはそうですな。つまり蝮にしてみれば、黙っているだけで塩が格安で手に入り、続けば続くほど弾正忠家の銭も減らす事が出来ます。美濃の国人も損をするわけでは無いから納得するでしょうし、この交渉を纏めた蝮を認めることでしょう。ならば蝮の方に不戦同盟を断る理由はありませんな」


それはそうだろうよ。もしも儂が蝮の立場であっても同盟を結ぶわい。しかし、まさかここまで譲らねばならんほど弾正忠が追い込まれていたとはな。いや、まてよ。


「これほどまでの窮地ならば、多少は『うつけ』に援助をせんと不味いのではないか?」


今までは弾正忠の勢いが強かったため弟の信行や大和守家の家臣に対して援助をしてきたが、どうやらやりすぎたらしい。


「そうなります。『うつけ殿』には最低でも大和守や弟の信行と渡り合える程度の力が必要ですが、このままではそれすらままなりません。蝮もそうでしょうが、我らからも多少の梃入れは必要でしょう」


「だろうな」


時は我らの味方。しかし今ここで信秀や『うつけ』に死なれて武衛の元に尾張が統一されるのは面白くはない。なればこそ『うつけ』にはもう少し生きて動いてもらわねば困るのだ。


さらにこの塩の販売よ。黙ってても弱体化するならソレに越したことは無いが、あまりにも弱体化しすぎて混乱を生む前に早々に滅んでしまっては、今まで手を加えてきた意味がないからな。


ここで我らが尾張を取ろうにも、国内に不安が増えて外に敵が増えるだけ。かと言って我らが動けば蝮も尾張を狙って来るだろうから、尾張で美濃勢とぶつかることになる。


駿河からの遠征と美濃からの遠征ではどうしてもこちらが不利だし、武衛が生きている現状では三河や尾張の国人共がどちらにつくかもわからん。そして戦が長引けば晴信が動く。


かといってそれを警戒して動かねば、いつの間にか蝮が尾張を飲み込んでおるかもしれん。


つまり、せめて蝮と交渉しないことには動きが取れん。政にも交渉にも時間は必要だ。そして今の弾正忠家にはその時間を稼ぐだけの力が無い。


はぁ……まさか儂が弾正忠に肩入れすることになるとはのぉ。

『うつけ』も過ぎれば家を守ることになるとは、なんとも不可思議なことよな。





―――――









「爺、なんぞ駿河から儂に梃入れが入っとるらしいな?」


「はっ! 尾張国内の親今川派の者どもに対して行動自粛の指示が出たようです。そして駿河の友野宗善より塩の買取についての交渉の使者が来ております」


「ククク! 蝮だけでなく治部も嵌ったか! これでしばらくは時間を稼げたし、斎藤と今川の銭を使って地力の向上に労力を回せるのぉ!」


「はっ!」



一石は米の場合は150kgと言われてますがそれ以外が100升もしくは10斗(180kg)で表記されてます。美濃と尾張で京升を使ってるかどうかわからないという意見があるかもしれませんが………まぁ多少はね?


塩の販売量について、成人男性が一日3グラム使うとして、

1万の兵が居たら一日30,000g、つまり30kgです。


馬とか一般家庭を合わせればもっと使いますよね?


この時代、塩は高価だけど、調味料や何やらが少ないから必然的に塩の量が多くなるようです。ソレを考えれば塩の量少ないですかねぇ。でもあんまり多くてもなぁ。ってお話でした。



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