???話。細川日記⑦
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出羽国・土崎湊
三津七湊の一つに数えられ、古くは日本書紀にもその存在が記されている由緒と伝統のある港にして、8~9世紀には朝廷の出羽国経営の拠点である秋田城が同地付近に置かれていたことからもわかるように、古代から要衝の地を占め、秋田平野や横手盆地など北羽最大の穀倉地帯を流域とする雄物川河口部に位置した港町である。
蝦夷地や畿内方面を結ぶ日本海海運の要港として栄えていた、北方交易の要とも言える良港である土崎湊は、本来であれば尾張の津島など目ではないほど莫大な富を生み出すことが可能な拠点なのだが、現在土崎湊を治める安東氏には言うほど莫大な財があるわけではない。
秋田平野と言うここだけで尾張に匹敵しそうな無駄に広い土地と、物資の集積や交易に欠かせない良港がありながら、財をもたない理由はなにか?
無駄遣いをしている? 違う。
現在の安東家当主である安東愛季には、浪費癖などない。むしろ経済や商業に疎い大名と比べればかなり銭に五月蝿いタイプの人間だ。
配下が中抜きをしている? それも違う。
文化として多少の中抜きはあるだろうが、それだけだ。なんだかんだで安東家は秋田県の中心部しか治めていないので、家臣団の規模は非常に小さいのだ。よって必要以上に欲深いものはすぐにバレる。
商人が税をごまかしている? これは……近い。
そもそも商人の儲けとは、安く買って高く売る。これに尽きる。
さらに土崎湊まで来る上方の商人は皆が一流の商人だ。
そんな彼らからすれば、正しい相場を理解していない安東家の代官に、多少の賄賂を渡して売上を誤魔化すことなど容易いことだし、商人同士が互いの利益を保持するために談合するのも当然の話である。
まぁこの時代の税制は累進課税ではなく固定の金額を納めるのがルールではあるが、それでも安東氏から物品の販売を託された商人が、その売値や取り分を誤魔化していたのは紛れもない事実であった。
故に、安東家の財政を健全化させるためには、まず現状で安東家がボッタくられていることを認識し、次いで適正価格での取引を行うよう、商人と交渉するする必要が有る。
しかし、当然と言えば当然なのだが、安東家には上方の相場を得る伝手などないし、当主の愛季ですら『手間賃』や『情報料』と割り切っていた節もあって、これまではどうしても商人に対して下手に出るしかなかった。
そう。これまでは、そうするしかなかったのだ。
――時は多少遡り、刈り入れを終えた越後勢が越冬の準備を始めていた秋口のこと。
客分として安東家に迎え入れられたものの、安東家の財政が自身が予想していたものよりも格段に厳しいことを見て取った藤孝は、愛季に対し上記の旨を説明したあとで「流石に不自然すぎますな。一度某を土崎湊の代官として使ってみませぬか? なに、とりあえず一年ほどで構いませぬ」と提案。
これまでそれが普通だと思っていた愛季は、改善できるならそれに越したことは無いと判断し、その提案を承諾し、ここに期間限定の新代官が誕生した。
と言っても、わざわざ商人に対してバカ正直に『期間限定』などと明かす必要はないわけで。よって藤孝は対外的には正式な代官として着任し、土崎湊の財政改革を行うこととなる。
その改革の中で最初の標的となったのは、当然と言うかなんというか、土崎湊に本拠を構える商人であった。藤孝が抜き打ちで彼らの屋敷を捜索したところ、出るわ出るわ不正の証拠。
山となったその中に多く見受けられたのが、様々な商人同士の談合の証拠であった。彼らは米や蝦夷錦、鮭や海産物等の値段の調節はもとより、安東家から販売を委託された商品の中抜きや売上の誤魔化し等々、手間賃と言うには大きすぎる程の金額を着服していたのだ。
(今までこれに気付かなかった代官も代官だが……いや、読み書き算術が出来れば上出来と言われる田舎の土農に、上方の商人と渡り合えと言う方が酷なのだろう)そう考えた藤孝は(だが、そうとわかれば話は早い。舐め腐った商人が挨拶に来たら目にものをみせてくれよう)と考え、その思考を『前任者への懲罰』から『商人の断罪』へと切り替えた。
そうして待ち構えることおよそ半月。
雪が降る前の最後の取引と言うことで、そこそこの規模の船団を引き連れてきた商人が、新しく代官となった藤孝の下を訪れることとなる。
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「貴様か。私の顔を覚えているか?」
「む、無論でございます!」
「そうか、ならば話は早い。では早速だが……今まで貴様らがやってきた一連の資料を見たぞ。流石にボッタくりすぎだろう?」
「ハ、ハハハ……そのようなことは……」
「ほう? ないと申すか? では私が嘘を言っていると?」
「あぁ、い、いや、その」
「私は代官となってから湊屋らを締め上げていてな。貴様が談合を纏めているのは知っているのだ。そう言っているのがわからんか? 無様な言い訳は止めよ。……私はお主らが全員奥州で行方不明になろうと一向に構わんのだぞ?」
「勘弁してくださいッ!」
藤孝の言葉は、言い換えれば『貴様を殺して舐め腐った態度を取ってくれている商人どもに警告を与えてやろうか?』と言うものである。
もしこれを言った相手が、己の立場や物の道理を弁えぬ田舎者であるなら、商人は「賄賂の金額を増やせ」と言われたと受け取り、賄賂を増額するか突っぱねるかを選択したことだろう。
だが相手がこの漢なら話は別。
(なんで、なんでこんなところに細川兵部大輔様がいるんだよぉ?!)」
船団を連れて寄港したところ『土崎湊の代官が代わった』と言う情報を得て、早速その代官に賄賂を持って挨拶に来た商人は、通された執務室で代官の顔を見て思わず二度見し、言葉を交わして『本物だ』と判断した後に、内心で頭を抱えて絶叫をし続けていた。
それも無理はないことである。むしろ「気を失わないだけ大したものだ」と褒めても良いかもしれない。
なにせ彼が「田舎侍の相手など容易きものよ」と、軽い気持ちで挨拶に訪れた屋敷で代官として政務を行っていた人物は、自称『貧乏武家の次男坊』こと、室町が誇る最終兵器にして、公方から正式に指名手配されている漢。
細川兵部大輔藤孝その人であったからだ。
上方、それも山城の商人でこの男の顔を知らない者はいないし、この男の怖さを知らない商人も、またいない。
なにせこの男、公方の側仕えとして都にいた頃でさえ、道中で暴れてる牛を発見した際に、率先して暴れる牛に向かい、その角を取って首を捩じ切った後に『戦う相手が欲しい』とわけのわからないことを呟いたり、都の周辺に現れる賊や、賊に偽装して山城で暴れる坊主や三好の配下を問答無用で撫で斬りにしたりと、武人としての評判だけでも枚挙に暇がない程の有名人なのだ。
さらに最近では、近江や大和周辺で美人局をしながら、賊や国人の館を襲撃したり、関所を破壊して歩いていたと言う情報もある。
そんな、ただでさえ厄介で危険極まりない相手に、自分たちが長年行ってきた不正の証拠を握られているのが今の商人の現状であった。
向こうには自分を断罪する大義名分があり、その力もある。
これが怖くない筈がない。
さらに言えば、山城に居を構える彼の主人とて、土崎湊を介した北方の交易をやめるつもりはない。よって、自分たちの不正の断罪を下した相手が細川兵部大輔と知れば、そのことに抗議をして彼と敵対するよりも、泣き寝入ることを選ぶはずだ。
いや、それどころか全ての責任を断罪された商人に押し付けて、新たな関係を構築しようとする可能性が高いだろう。
公方に報告? してどうする。
山城すら満足に治められず、それどころか家臣に追われて度々近江に逃げている名前だけの小娘の歓心を買うために、北方交易の要である土崎湊を実効支配している細川兵部大輔を敵に回すのか?
ありえない。
ここで無駄に抵抗して機嫌を損ねて殺されて、さらに仇も取って貰えないと言うなら抵抗する意味がない。
それくらいならさっさと完全降伏して新たな関係を構築したほうが万倍もマシ。
命あっての物種とは良く言ったものである。
こうして『新たな代官を転がしてやろう』と意気揚々と乗り込んできた商人は、不正の証拠と共に物理的に命を握られていることもあり、目の前の男に完全降伏の姿勢を見せるしかなかった。
……碌に隠しもしていなかった不正の証拠を提示して軽く脅しただけで完全に心が折れている商人を見て、藤孝はこれまでの代官がどれだけ舐められていたのかを知ると共に「この分なら財政の改善も難しくはなさそうだ」と、また一つ功績を挙げることができたことを内心で喜んでいたと言う。
ちなみに安東家が所領広さや湊を有している割に財政が芳しくない(それでも奥州の中ではトップクラスですが)理由は他にもありますよ?
当然FUJITAKAはその問題も理解しております。
後に改善予定ですので、現時点でネタバレになりそうな感想や考察はご遠慮願います。
まどろっこしい? いいかい? 戦や駆け引きはともかく、経済や政治に近道はないんだよ? 統治することを考えたら、越後勢みたいに腕力でなんでも解決出来ると思ってはいけないよ? ってお話
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