101話。鬼じゃ、鬼がおるッ!
ジャンルに異世界タグを加えつつ、久しぶりに更新
文章修正の可能性有り。
東三河・長篠城
「島津殿におかれましては、遠路はるばるご足労頂き、誠に申し訳なく思っております(ほんとにな。薩摩から三河って、遠出し過ぎだろ。まぁ俺としても姫様と親父に認められてここまで来た彼女を無下にする気はないけどさぁ)」
「い、いえ!私が、だ、旦那様にお逢いしたかっただけですので!(あ、つい旦那様って言っちゃったけど、大丈夫かな?)」
「ははっ。それは嬉しいお言葉ですが、実物を見て幻滅させてしまわないか不安になりますね(これがなぁ。今まで手紙のやり取りだけだったし、その手紙だって殆ど社交辞令だったからどんな影響を与えてるかわからんのだよなぁ)」
冗談めかしてはいるものの、以前紹策から『島津家では貰い手がいなくて家族が頭を抱えていた』と言うことを聞かされていた千寿は、そんな相手だからこそ彼女の心の中に住む理想の男性像がどのようなものなのかを本気で憂慮していた。
具体的には理想が裏返って失望になったときの心配である。
普通に考えれば、わざわざ薩摩から三河まで遠出して来たのに『自分の理想と違う!』と騒がれてしまい、この縁談が破談になってしまえば島津家と大友家にとっての一大事になりかねないのだ。
よって、大友家を出る際だけでなく、今も実家に迷惑をかけていることを自覚している千寿からすれば「たとえ破談になろうとも、できたら穏便にすませたい」と言うのが偽らざる本音であった。
しかし、そんな千寿の懸念は杞憂に終わった。
「そんな、幻滅だなんてしません! 私が思い描いていた通りの、いえ、それ以上の殿方です!(凄い!優しい!)」
むしろ、義弘の方が自分に幻滅されてこの縁談が破談になることを恐れていたと言っても良いだろう。
「そこまで仰って戴けると男冥利につきますな。しかし貴女の想いに泥を塗るようで誠に申し訳ないのですが、ご存知のとおり私にはすでに正妻がおります。そのため貴女の扱いは側室と言う扱いになってしまうのですが……」
「構いません!」
千寿の口から「申し訳ない」と出てきたときには「拒絶された?」と思い泣きそうになったが、次に側室と言う扱いに言及されたので、拒絶は自分の勘違いだと気付いた義弘は、元々正妻の座は諦めていたこともあり、千寿の言葉に対して食い気味に答える。
そもそも、これまで両親や兄弟を除く身内からも『鬼島津』扱いされ、恐れられてきた上に、自分でもお淑やかさが足りないと自覚している義弘にとって、手紙だけとは言え自分を普通の年下の少女として気遣ってくれた千寿と言う男性は、まさしく夢にまでみた存在だ。
そんな相手が彼以外にどこに居るというのか? まぁ日本中探せばどこかにいるかも知れないが、どこにいるかもわからない理想の男性の正妻を目指すより、目の前にいる理想の男性の側室に収まる方が現実的なのは語るまでもない事実である。
さらに言えば元々不退転の決意で薩摩を出てきた彼女の本能が、千寿を前にして『この人を逃したら私は一生独身だ!』と警鐘を鳴らしていたので今の義弘は、千寿と添い遂げるためならなんでも認めるし、なんでもやる!と言った精神状態になっていたりする。
……もしもこの場に越後の龍と呼ばれる軍神様がいたならば、妬ましさと同族嫌悪で一触即発のにらみ合いが発生する可能性が極めて高いのだが、当の軍神様は春日山の毘沙門堂にて酒の入った樽を抱いて幸せな夢を見ているので、今のところその心配はないとだけ言っておこう。
そんな夢見る飲んだくれのことはさて置くとして。
「そうですか。あとは、武家としての待遇ですね。誠に申し訳ないのですが、現在は人手が足りておりませんので、貴女にも城を預かっていただく形となります。また所領に比例した軍役も課さねばなりませんが、その旨にもご了承いただけますか?」
本来ならば、薩摩守護島津家の長女であり側室である彼女は賓客待遇で迎えるべき相手なので、戦場に出ることなく奥に居てもらいたいところである。
しかし、現在の織田陣営には島津義弘と言う超一流の戦術指揮官と、彼女を支えるために派遣された上井覚兼や鎌田政年を遊ばせている余裕はない。
よって千寿は彼女に対して所領を与え、三河島津家に相当する家を作ってもらう予定であった。
ここで千寿が懸念したのが、義弘の気持ちである。
家長である父が認め、正妻である姫様が認めた以上、彼女のことを側室として迎えることはすでに確定している。故に、もしもここで義弘本人から「このような扱いは妻に対するものではない!」と抗議されてしまえば千寿には返す言葉はないのだ。
……実際に相手が『島津義弘』ではなく普通の姫ならば、千寿とて城を預けたり軍役を課そうとはしないのだから、その抗議は側室として至極まっとうなものと言えよう。
だからこそ、千寿としては何とかして義弘に所領を持つことと軍役を課すことに対して承諾してもらいたいと思っていた。
そんな千寿の懸念に対して義弘の答えは、当然ながら「是」である。
「はい! それも問題ありません!」
なにせ同じ側室と言う立場である信玄とて三河に所領をもらい、筆頭家老のような立場になっているのだ。当然軍役にだって応じており、現在は別働隊の大将を努めていると聞く。
ならば義弘としても、ここで軍役を拒否して『こいつ使えねぇ』と判断されるのはなんとしても回避したい。
と言うか、彼女としても自身が一番役に立てると自覚している分野が軍事に関することなので「ここでそれを拒否してしまったら、わざわざ三河まで来た意味が無くなってしまうではないか」と言う思いがあるので、義弘は千寿からの要請に対して不満を抱いたりすることはない。むしろ自分が千寿の助けになれると理解したのか「じゃんじゃん頼ってください!」と奮起すらしていた。
こうして今後容赦なく使われることが確定した上井覚兼と鎌田政年の将来はさておくとして。
「そうですか。ありがとうございます。ではこちらも誠意を示しましょう」
「……誠意、ですか?」
「えぇ。まずはこれですね」
とりあえずの懸案事項について義弘から快諾を得た千寿は、そう言いながら懐から一枚の書状を取り出し、義弘に渡す。
「えっと、中を見てもよろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんです。その書状に書かれていることを、そのままご実家にお伝えください」
「実家に?」
男性陣からの反対意見をチェストして出てきた身としては、あまり連絡は取りたくは無いのだが……かと言って何も連絡しないのは不義理が過ぎるかもなぁ。
そう思っていた義弘はとりあえず千寿から渡された書状を読んでみることにした。
「……え?」
てっきり「娘を三河まで送り出すことを決意してくれたことに対する感謝の言葉」を記した書状か、もしくは「自分をどこどこの城主として扱うから安心して欲しい」と言う旨が書かれた書状かと思ったのだが、その予想は大きく裏切られることとなる。
そう、実際その書状に書かれていたのは、彼女が思いもしなかった、だが島津家にとっては絶対に見過ごして良いようなものでも無かった。なにせそこには、
「菱刈に金山? それも大規模な……これは本当ですか?」
義弘とて千寿の言葉を疑いたいわけではない。しかし地元の人間も知らない情報を何故彼が知っているのか? その情報源となった者が千寿に嘘を吐いているのではないか? そう思って確認を取れば、千寿は笑いながらその懸念は杞憂だと諭す。
「その情報の元を辿りますとですね。昔の話になるのですが、私と姫さまが薩摩に行くと言う話があったでしょう?」
「は、はい! ありました!」
5年程前のことだが、確かに千寿は薩摩に赴くはずだったのだ。それは自分との婚姻の為であり「その婚姻が成っていれば自分こそ千寿の正妻だったのに!」と、現状に納得している今でさえ少なからず憤りを覚えていることなので、義弘は当時を思い出して、やや強めに賛同する。
「その時にですね。私は薩摩について色々と調べたのですよ」
「はぁ、そうなんですか?」
「そうなんですよ」
千寿クラスの人間が、自分が婿入りする先の土地を調べるのはある意味普通のことだし、そこに主家の姫が加わるなら尚更調査をするだろう? そう言われてしまえば義弘には「わざわざ薩摩を調べるなんて、大友家って余裕が有るのねえ」と言う感想しか出てこない。
そんな感じで納得している義弘に対して、千寿はもっともらしいことを告げていく。
「そこで菱刈の地には、金山が有る土地特有の特徴がありましてね。少し掘り下げて調べたら間違いがないと確信するに至りました。まぁ本来なら薩摩に赴く前にでもそのことを教えて差し上げても良かったのですが」
「あぁ。今はウチが管理してますけど、当時は違いましたもんね」
「えぇ。菱刈は島津家の管轄ではありませんでした。なので、私が薩摩に行ったらこの情報を結納品替わりに島津の方々へ進呈しようと思っていたんですよ」
「ゆ! そ、そうだったんですね!」
大友家の力を使って調べた情報をバカ正直に開示する必要はないのは当然の話である。なので、千寿が婿入りしたあとで、己の立場を高めるために情報を秘匿するのも別段非難されるようなことではない。
まして今ではその婚姻も破談となっており、今まではこの情報を島津家に渡す理由もなかった。むしろ情報を提供したら「利敵行為」と糾弾されていたはずだ。
だが、島津家がこうして義弘を三河まで寄越した言うなら、話は別。千寿としても嫁の実家のために情報を開示することに否はない。
一応の懸念を言えば、このせいで島津家の経済力が強化されてしまうことだろうか。
しかし、それだって数年後か下手をしたら10年単位で後の話だ。それまでに自力で見つけないとも限らないし、そのときの大友家がどうなっているかもわからない。
ただ、少なくともこの情報で経済力を増した島津家が北上したとしても、自身の実家である吉弘家を無下に扱うような真似はしないはず。
つまりこれは島津家への結納品であると同時に、遠く離れた実家への援護射撃でもある。
千寿の様子からそのことを理解した義弘は「やはりこの情報に偽りはない」と判断し、早急に薩摩に使者を立てることを決意した。
(けど、ことがことだけに生半可な者を使者にしては駄目よ。だけど、今の私が信用出来るのは覚兼か政年しかいない。うーん。政年は無骨なところがあるから、報告するなら覚兼ね!)
こうして自身のあずかり知らぬところで指名を受けた上井覚兼は、薩摩から博多。博多から堺。堺から伊勢。伊勢から尾張。尾張から三河。と長旅をして「ようやく腰を落ち着けられる」と一息吐いたと思ったら、即座に薩摩まで帰還させられることが確定してしまった。
翌日。話の内容を聞いて、ことの重大さから自分が薩摩に戻る必要があることを理解した覚兼は、死んだ目をしながら義弘が貴久へ宛てた書状を受け取り、三河を発つこととなる。
後年彼が記した日記には、このとき三河を離れる前の覚兼の目には、少しぎこちない歩き方をしながらも、幸せそうな顔をして旦那となった男に寄り添う義弘の姿が映っていた。と、血が滲むような筆跡で記されている。
まぁ島津家の内政チートだと最初に浮かぶのが菱刈ですよね。
部下を働かせて自分は男と……まぁ元々そのために来たんだから仕方ないねってお話。
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