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風神天翔記 ~とある修羅の転生事情~  作者: 仏ょも
五章。尾張と周辺国関係
108/127

98話。吠えろ相模の獅子。の巻

何気に初登場?

相模。小田原城


「あの痴れ者共がっ!」


尾張那古野で信長と義鎮が色々と話し合ったさらに数日前のことである。


後北条家三代目当主北条氏康は激怒していた。必ずやあの厚顔無恥な自称軍神を除かねばならぬと決意した。自称軍神には政治がわからぬ。自称軍神は武人である。ただ戦場を駆けて暮らしてきた。故に戦の口実である大義名分には人一倍敏感であった。


数年前のある日の未明、奴は軍勢を駈って数十里を南下し、野を越え、山を越え、三国峠を越え、関東へ乱入してきた。奴が通り過ぎた後の村にはまともな食料は残されておらず、若者は皆奴隷として売り払われた。


長尾の軍勢が去った後、氏康が訪れた村では、生き残った者たちはただ俯き、涙を流して「長尾様には逆らいません」と言うだけの人形に成り下がってしまっていた。


数年前にこの村を訪れた時は、豊かとは言えぬかもしれないが、それなりに平穏な村だったのに……あまりの衝撃に呆然としていた自分を見て、村長は首を振りながら、小声で教えてくれた。


「長尾様は人を浚い、殺します」

「何故だ?」

「悪心を抱いている。そう言います。ですが私たちは誰もそんな悪心はもっておりませぬ」

「では乱心か?」

「いいえ。古河公方様や関東管領様に従わぬ者を悪とするのです。あの者は村長や城主に人質を要求し、拒めばお家ごと取り潰します。先日は六十人殺されました」


聞いて、氏康は激怒した「呆れた自称軍神だ。生かしてはおけぬ」


それから氏康は、民を、国を暴虐から救うために尽力した。元々北条家は、宗瑞(北条早雲)様が志したように、関東を纏めあげ、京洛の混乱にも巻き込まれない強い国を造ろうとしていたのだが、長尾景虎の暴虐を知った氏康はその思いをさらに強くし、北条家の拡大に全力を注いだ。


その結果なのだろうか。今の関東では、長尾が土地を荒らし、彼らが越後に退いたら山内上杉や古河公方の手の者がその土地を接収し、土地の管理に失敗して民が苦しんでいるところに北条家が入る。と言う流れが出来上がっていた。


これにより北条家は国人の抵抗をそれほど受けることもなく、その所領を拡大させており、今では伊豆と相模の全域に加え、武蔵にまで手を伸ばす大名となっている。


とは言え、彼ら北条家が治める土地は、石高にして伊豆7万石、相模20万石。武蔵20万石と、おおよそ50万石程でしかない。残りはその時々で主を変える、面従腹背の国人たちだ。


基本的に彼ら関東の国人衆は、世に混乱しか齎さぬ古河公方や関東管領を心から嫌っている。だから彼らに味方して圧倒的な暴力を振りまく自称軍神が遠征してこない限りは、小田原に居を構え、地に足を付けた政を行う北条に従うことに抵抗はなく、北条家から見てもそれなりに話が通じる存在である。


それらの事情を考慮すれば、普段の北条家は実質的に100万石に届くほどの知行を持つ大大名と同等の影響力を保持していると言っても過言では無い。


しかし、それも先に述べたように「軍神が遠征をしなければ」と言う前提条件があってのこと。


今、氏康が声を荒らげているのも、その前提条件が崩れたことを理解しているからだ。


氏康は信濃で長尾と係争していた甲斐武田が滅び(正確には信虎が当主に返り咲き、氏真に継承させているが、実質今川家の所領である)長尾の足を引っ張るものが居なくなったことを知った、古河公方や山内上杉家が、長尾景虎を再度関東に呼び込もうとしていると言う情報を掴んでいた。


加えて、景虎がその両者からの援軍要請に応えて、関東へと進出する準備を着々と整えていることも知っている。


……普段なら「またか」で済む話なのだ。


越後からの遠征軍である長尾勢は、冬が来るか雪解けの時期になれば越後へと帰って行くのだから、こちらは小田原に篭って嵐が過ぎ去るのを待つだけで良い。後に残された古河公方や関東管領がいくら騒ごうとも、連中はまともな戦も政も出来ないのだから、却って国人たちの心が離れて行き、相対的に北条家の評価が上がることになるのだから、本来は長尾の遠征は氏康にとっても望むところである。


……だが、今回は話がまるで違う。


なんとあの長尾が、駿河の今川義元を動かしたのだ。


それも、どういう伝手を使ったかは知らないが、関白である近衛前久によって今川と織田が停戦を結んでしまっている。これは正直に言って氏康にも予想外のことであった。


現在今川家は、尾張の織田によって領国であった三河の過半を奪われては居るものの、元々三河は間接統治に近い形で治めていた土地である上に、毎回毎回三河に援軍という形で兵を送って織田と戦いながらも、その所領は三河の地侍たちに確保されていたことを考えれば、三河の維持にかけていた出費や労力がなくなった今は「身軽になった」と取れなくもない。


その証拠に、先年信濃で織田・武田・長尾・斎藤が争った際、彼らはガラ空きの三河ではなく甲斐に侵攻している。


前の守護であった信虎を最大限活用した結果ではあるが、今川家は信玄が居ない甲斐を無血開城に近い形で接収することに成功しており、その国力は、東三河10万石・遠江20万石・駿河30万石・甲斐30万石と、単独で90万石を誇る大大名だ。


これに鉱山や港の収益を合わせれば実質的な石高は150万石に匹敵するだろう。そんな今川家が、全力で伊豆、相模に攻め寄せて来るとなれば、百戦錬磨の氏康とて心を乱さぬわけにはいかない。


遠征軍である長尾だけなら良い。だが今川は駄目だ。彼らは駿河を本貫としているため、伊豆や相模を落とされれば自分たちが河東郡に進駐したときと同じように、そのまま進駐されてしまう。


さらに今川義元(海道一の弓取り)長尾景虎(自称軍神)と違って政に対する造詣が深い上、黒衣の宰相と言われる太原雪斎の知恵は、外道から常道まであらゆる策を網羅しているのだ。


これと戦うなら、どうしても全力で当たらねばならない。しかし今川に全力を差し向ければ長尾に蹂躙される。最悪は今川と対陣している最中に長尾が乱入してくることだ。


自称軍神は伊達ではない。武田晴信ですら彼女と野戦することは徹底的に避けて、避けて、避けまくっていたし、どうしても戦わざるを得なくなって戦った結果が、八幡原での惨敗だ。


今川義元単独ですら厳しいと言うのに、長尾景虎の相手などしていられない。だが向こうの思惑は当然逆。今川勢にしてみれば、長尾景虎が現れるのを待つだけで北条勢に勝てるのだから、無理に戦をせずに時間を稼げば良いと判断するだろう。


今川と長尾に挟まれたら、氏康は戦わずに撤退することを選ばざるを得なくなる。奇襲?無理だ。義元も景虎も古河公方や関東管領のような甘さはないし、そもそも両者とも盤面をひっくり返す乾坤一擲の奇襲を警戒しているはず。


当然の話だが、警戒している相手に対して奇襲を仕掛けても、成果は無い。


今川義元に対して野戦を仕掛ければ、時間を稼がれて挟撃を受ける。籠城すれば無抵抗の所領、それも本貫地である伊豆を今川に接収される。どう転んでも負けだ。


ならば長尾景虎と戦うか?……無理だ。景虎単体ですら勝てないのに、周囲の連中も敗色濃厚な北条家に味方しようとは思わないはず。


それでも万が一無事に武蔵に軍勢を展開出来たとしても、そこは紛れもない死地である。


古河公方の軍勢が関東の国人を率いて東から、関東管領の軍勢が長尾と共に北から、海路を使い南から里見が、そして自分たちが武蔵で対陣している間に、西から来た今川が相模と伊豆を攻略するだろう。


補給と退路を絶たれた軍勢に待っているのは、蹂躙だ。


出れば負ける。ならば出なければ良い。普段ならそれで良い。しかし今川の存在が……と、氏康の思考は堂々巡りを繰り返すことになる。


「殿、やはり織田を動かしましょうぞ」


憤りながらも、なんとか冷静さを保ち、何度も地図を眺めては唇を噛み締めていた氏康に、突如として声が掛かる。


その声の主は北条早雲が末子にして氏康の叔父であり、今や北条家の長老として敬われている存在。その名を北条幻庵と言った。


「叔父上?しかし織田は……」


内心で怒り狂っていた氏康だが、流石に彼に対して怒鳴り散らすような真似はしないし出来ない。だがどうしても現状を理解しているのか?と言う思いが節々から滲み出てしまう。


確かに織田が動けば今川の足が止まることは間違いない。何せ織田と今川は不倶戴天の間柄であり、その因縁は数十年単位で続き、つい先日も三河を巡って激しい争いを繰り広げていたほどである。


さらに言えば、もしここで織田が北条に味方をして兵を出せば、今度は今川こそが現在の北条家のように二正面作戦を強いられる立場に陥ることになる。そのため氏康とて「織田を動かせるなら動かしたい!」と心底思っていた。


だが駄目なのだ。


今回長尾が今川を動かすと言う情報を得た際に散々討議されたことではあるが、織田信長と言う娘は生粋の勤皇の士だ。それは普段からどれだけ自身が窮地に陥ろうとも献金を欠かすことなく、かと言って献金の見返りを要求することもない。そんな彼女に気を使った公家どもが官位を送ることを提案するほど、筋金入りの勤皇の士である。


そんな彼女であるが故に『禁裏の代弁者である関白によって仲介された停戦を破るような真似をするはずがない』だろうと思われる。


……これが『今川と織田が近衛の仲介で停戦した』と言う情報を得た際に出された結論であった。それなのに、今更なぜそのような意見を出してくるのか?


「叔父上には織田を動かすだけの何かに心当たりがある、と?」


氏康は半ばヤケになりながら幻庵にその言葉の真意を尋ねることにした。


「拙僧とて確実とは言えませんがな」


「……何?」


確実とは言えない? つまり可能性は皆無ではない? 幻庵の言葉をそう捉えた氏康は、その視線を地図から幻庵に移し、彼に続きを促す。


「重ねて言いますが、確実ではございませぬ」


「構いませぬ」


何も無いよりはマシだ。今川は長尾の遠征に合わせて動くであろうから、多少策を弄する時間はある。だが言い換えれば多少しか時間はない。一度動き出した軍勢を止めるのは限りなく難しいと言うことを考えれば、駿河の軍勢が動く前に止めれるならそれが最良。


動いたとしても織田が今川の隙を突いて彼らを引きつけてくれれば、こちらは心置きなく小田原に籠城出来るので、それも良し。


何もしなければ最悪なのは確定しているのだ。その最悪を逃れる為ならば、なんでもしよう。氏康は藁をも掴む思いで幻庵に頭を下げた。そんな氏康に対し、やはりこの方こそ北条家の当主よ。と、内心で賞賛しつつ、幻庵は敢えて溜息を吐く。


「はぁ。頭を上げなされ。北条家の当主は氏康様なのですぞ」


「それはそうです。しかし今はそのような体裁に拘っている場合ではございませぬし、叔父上に頭を下げることを恥と思うものはおりますまい」


氏康にしてみれば、滅んでしまえば当主も何も無い。幻庵の教えを軽んずるわけではないが、その知恵を借りるのだからそれなりの態度を取るべき。そう考えて氏康は頭を下げたのである。とは言っても相手が誰でも簡単に頭を下げるわけではない。その相手が叔父であり長老でもある幻庵だからこそ、こうして頭を下げるのだ。


「それも間違ってはおりませぬが……」


当主である氏康が頭を下げるべき時と場所と相手と理解しているのなら、それ以上幻庵に言うべきことはない。そもそも今は当主としての態度云々よりも策の内容を話すべき時である。


「では話を進めましょう。殿もご存知のように、現在織田信長の下には武田晴信が信玄と名を変えて仕えております」


気持ちを切り替えた幻庵が口にしたのは、氏康が全く予想もしなかった人物の名であった。


「む?」


確かに彼女が織田に降伏し、家臣の妻となって生きながらえていることは氏康も知っている。だが今の晴信に何が出来ると言うのか?それに織田とて彼女を野放しにした場合の危険性は重々承知のはず。ならば尚更彼女にできることなど無いと思うのだが?


訝しむ氏康に、幻庵は「焦るな」と言うように、敢えてゆっくりと言葉を紡ぐ。







「織田信長は勤皇の士。なればこそ己から関白殿下が仲立ちした停戦を破ることはございませぬ」


「……そうですな」


それをどうにかすると言う話では無いのか?


「織田は破らない。ならば今川の方から破らせればよろしい」


「今川から?」


わざわざ自分から有利な体勢を捨てると?そのようなことが有り得るのか?


「正確には、義元に仕える将を暴走させるのです」


「義元に仕える将?」


誰のことだ?


「わかりませぬか?居るでしょう?義元の配下で晴信の死を望み、己の野望の為ならば公家のことなど歯牙にも掛けぬ老いぼれが」


「老いぼれって……あぁ!」


ようやくわかったぞ!……しかし老いぼれって、叔父上が言うか?


「何をお考えかは存じませぬが、拙僧の言いたいことは理解したようですな。あやつを焚き付ければ、可能性は有るかと」


「あぁはい。理解しました。確かにそれならば可能性は高そうです。後は織田がどこまで反撃をするか。と言うことになりますな?」


「左様です。織田にはこちらが裏で糸を引いていることは知られると思って良いでしょう。故にそれなりに謝礼の用意はした方が良いでしょうな」


「ふむ、敢えて明かしますか?」


「その方がよろしいかと」


なるほどな。この策は別に我らの狙いが今川に漏れても良いのだ。そうすれば義元は家中の引き締めを優先せざるを得なくなるからな。


うまく行けば今川家に乱を起こさせることも出来る。


織田としても、我らに謀られたと思えば再度今川と休戦をする可能性もある。それよりは自分の意思で我らに貸しを作ったと思わせた方がしっかりと噛み合ってくれるだろうよ。


それに、だ。もしこの策が成功してあの老いぼれが動いたとしても、未だ尾張の混乱を収めていない織田が関白殿下に配慮する形で、今川に兵を出さず、抗議の使者を送るだけで済ませるようでは我らが困る。


……織田が徹底的に今川に攻める為には、やはり自分の意思で参戦してもらわねばならんと言う訳だな。そのような交渉が出来るのは、当家の中でもただ一人。


「……では、申し訳ございませぬが叔父上には尾張に渡って頂きたく」


「無論ですな。それで、どこまで譲りますか?」


「際限無しで構いませぬ。全て叔父上にお任せ致します」


「ほう……本当によろしいので?」


「……どうせ負ければ全てを失うのです。この状況を打開できるならどれだけ懐を痛めようともかまいませぬよ」


「御意」


合格。内心でそう呟いた幻庵は正式に氏康からの命を受け、尾張に渡ることとなった。




――こうして幻庵は北条家の命運を握る使者となった。しかし、彼は自身が赴こうとしている先に、自分たち(北条家)から搾り取れるだけ搾り取ろうとする外道共が待ち構えていることを理解してはいなかった。


弱肉強食が世の摂理。情報を知る者が世界を制し、知らぬ者はただ喰われるのみ。彼らがそのことを知る日が来るかどうかは、神ならぬ身ではわかりえぬ事である。



太宰先生の汎用性の高さよ……


氏康も幻庵も男性ですね。


氏康にとってタチが悪いのは、今川が甲斐を無血開城に近い状態で接収したことでしょうか。甲斐の軍勢は以前信玄が大量に信濃に連れて行った為、すぐに大軍を組織することは出来ませんが、駿河と遠江の軍勢がほぼ無傷ですからね。


この二国だけで北条家の全力とほぼ互角ですし、休戦協定のおかげで尾張と信濃で警戒する必要がなくなったせいで、今川は全力で北条に攻めてくることが出来るようになりました。


また、尾張での戦が終わる前なので、織田からは相当吹っ掛けられることも覚悟しております。(戦が終わった後でも今川領への出兵になれば相当な負担となるので、やっぱり吹っ掛けられる)


今の北条家はそんな状況でごわすってお話。


展開予想はご容赦願います。


―――



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異世界のハイファンも更新中。何卒ヨロシクオネガイシマス。

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― 新着の感想 ―
[一言] 走れウジヤスwwww 途中走れ喪女スになってるのは卑怯
[良い点] 北条家から騎馬民族に略奪される武装農民の気配を感じるw
[一言] 更新ありがとうございます。 北条が今まで出番がなかったって 言われるまで気が付かなかったです。 今日は再度最初から読み返しながら ニマニマ楽しんでます。 やはり良い作品は読み返ししても楽しい…
感想一覧
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