95話。木曾福島でのこと。の巻
久々本編更新だ!
書き方を忘れつつあるので、文章修正の可能性大!
西信濃、木曾福島城
「お久しぶりです……と言うべきでしょうか?」
「さて、この場合は何と言ったものやら……数ヵ月ぶりですが、多少お疲れのようですな?」
清須が落城し、信長が尾張を完全に手中に収めた戦から数日後。
主命により西信濃に位置する木曾福島城を訪れ、城主である木曾義昌からの挨拶を受けた馬場信房は、咄嗟に巧い返しが浮かんでこず、苦笑いをして無難な挨拶を返すに留めることとなった。
しかしそれも無理はあるまい。
何せつい数ヵ月前までは同じ陣営に所属しており、更に彼が斎藤に降るまではともに籠城戦をしていた間柄だ。
それが敵と味方に別れたと言うだけなら『良くある話』で済むのだが、主家と仰いでいた甲斐武田家が駿河に追放した先代の信虎の手に戻り、信虎に追放された立場である信玄は信虎の後ろ楯である駿河今川と敵対している尾張織田家に所属している。
そして木曾が降った美濃斎藤家は馬場が降った尾張織田家とは敵対しており、その当主である義龍は現在尾張の内戦に乗じて尾張国内に侵攻しようと企んだものの、その動きを見破った織田信長によって頭を押さえ付けられており、尾張と美濃の国境に拘束される事態となっていた。
そんな状況の中、現在木曾義昌の下には甲斐を治める信虎から『今川に味方して織田に降った裏切り者が治める南信濃を攻めよ。されば南信濃に所領を与える。なに、今なら三河も尾張も動けんから好きにできるぞ?』と言う誘いが来ていたり、北信濃の村上からも『対武田・対織田で同盟を結びたい』と言う誘いが来ている。
結局のところ両者の言い分は『南信濃への侵攻を手伝え』と言うことになるので、表面だけを見れば両方に良い顔が出来なくもない。
しかしこの誘いの相手が問題だ。片や甲斐武田家からの誘いで、片や越後長尾家の紐付きからの誘いである。もしも彼らの力を借りて南信濃から織田を放逐することに成功した場合、所領を接することになる両者が相容れることが無いのは明白だ。
そして両者に挟まれる立場になる自分はどうなることか? と考えれば、簡単に決断出来るはずもない。
付け加えるなら、そもそも武田信虎は今川の支援を受けている身なので、彼に木曾義昌に南信濃を与える権限など無い。さらに言うなら、現在今川と織田は休戦中でもあるので木曾勢が南信濃に攻めても甲斐からの援軍は無いはずだ。
よって、現在進行形で義昌を唆して来る信虎の狙いは『近衛の力で和睦した織田とは戦わん。だが斎藤の配下でありながら斎藤からの援護を受けられない木曾を叩く分にはかまわんだろう?』と言うことになる。
村上ら北信濃勢も、自分たちの判断では現在長尾家と停戦に近い状態にある織田家とは戦えないからこそ、木曾勢に南信濃を攻めさせ、疲弊した木曾勢を叩いて西信濃と南信濃を占領しようとしているのだ。
どちらの誘いに乗っても悪手。しかし誘いに乗らねば双方を敵に回す。美濃斎藤家が頼りになれば良いだろう。しかし肝心の青大将がこの様子ではどうしようもない。
そんな感じで追い詰められていたところにふらりと現れたのが、かつての同僚であり織田家に仕えることになった馬場信房である。
織田に降った者たちはそれぞれが随分と重宝されているらしく、秋山は新参の身で南信濃の四万石を預かり、この馬場も三河で二万石の大身であると言う。さらに馬場の影には旧主である武田晴信……今は信玄と名乗っているが、とにかく甲斐の虎が居る。
元々義昌には南信濃に侵攻する気が無いし、斎藤家の現状や信玄の恐ろしさを知る義昌としては、一も二もなく織田に臣従したいところだ。
そうすれば長尾の息が掛かった村上も、今川の息が掛かった信虎も自分に手出しは出来なくなる。
そう、木曾家にとって今こそ負け馬から勝ち馬に乗ることができる最良のタイミングなのだ。懸念があるとすれば織田家と今川家や長尾家の関係であるが、完全に詰みつつある斎藤よりはマシだろう。
それになにより、ここで斎藤家に忠義立てても何も無いと言うのが大きい。織田家がその気になれば向こうは南信濃や三河から軍勢を差し向けてくることも可能なのだ。
対して今川や長尾は斎藤に援軍を送る理由が無いし、織田との戦端を開く理由もないため、その後背を突いてくれる者は居ない。当然美濃からの援軍もない。
では独力で戦うのか?自分が?あの武田信玄と?戦わずに彼女を下した三河守と?
……無理だ。
こうして馬場が使者として現れた時点で、援軍を望めない木曾義昌に取れる手段は降伏か玉砕のみ。そして現在玉砕を選ぶほどに追い詰められても居なければ斎藤家に恩義のない彼が、戦わずして降伏を選ぶのは当然の成り行きであった。
と言うか、国人たちが大名に頭を垂れる第一の理由は安全保障の為である。だと言うのに現在の義龍は木曾が攻撃を受けても援軍を送ることが出来ないのだから、彼の降伏を責めるのはお門違いであり、頼りない大名よりは頼れる大名を選びたいと思うのは当然の話なので、義昌の決断に文句を付ける者はいないだろう。
当の青大将を除いては、だが。
そんな求心力が著しく低下している義龍はともかくとして、義昌にとって重要なのは今後の事である。
「こちらとしては、木曾殿の降伏による将兵の身命及び所領安堵は認める所存です」
「さ、左様ですか。しかし、その……」
「あぁ、わかりますぞ。しかしながらその心配は無用です」
「無用、ですか?」
「えぇ。何せ今の織田家には、貴殿を除いたあとに西信濃を管理する人材がおりませんでな」
「そ、それはなんと申しますか……」
降伏のための条件に挙げた二つの事柄を、こうもあっさりと認めたことに多少の違和感を覚えた義昌だが、馬場が苦笑いと共に告げた言葉に二の句が告げなくなる。
「笑い話ではござらんぞ。当家は尾張では土地を得たものの大量の譜代の臣を失くし、三河でも土地を得ましたが地侍が殲滅され申した。その上で南信濃ですぞ? 降将である我らをこき使わないと回らぬのが現状なのに、この上西信濃まで手を掛ける余裕などござらぬよ」
人手が足りないから木曾家を潰さず、そのまま統治を任せる。実にわかりやすい話である。
「な、なるほど納得いたしました」
織田の事情に納得した義昌は「とりあえずこれで最悪は免れた」と考えたのだが、織田家は斎藤家のように降った者を遊ばせて置くほど甘くはない。
「それに木曾殿には生きて頂く必要がございましてな?」
肩の力を抜いた義昌に、信房は早速仕事を言い渡す。
「それは?」
「降将が戦場にて先陣を務めるのは世の習い。違いますか?」
「……その通りですな」
忠義を示すため、禊と言う意味でも先陣を務めるのが降将の宿命。逆に先陣を任されなければ『自分は信用されていない』と言うことを家中に示すことになるので、むしろ率先して先陣を務める必要があるのは、この時代の常識だ。
「ではこれより織田家は東美濃に侵攻するのですか?」
義昌は織田の戦略が『斎藤義龍を尾張と美濃の国境に引きつけつつ、三河から信濃を通り美濃に侵攻するつもり』と考えた。
その際に使う兵は、三河で今川と向き合っていた六千の兵と、南信濃の甲斐を警戒していた三千の兵だろう。これに自分を加えれば一万を超える軍勢となるだろう。そしてそこに立つであろう旗印は三河守の杏葉紋と武田信玄の武田菱。
その軍勢を想像した義昌の背筋に、ブルリと悪寒が走る。
信房が言うには、既に尾張国内の戦は終わっており、現在信長は美濃との国境に兵を集中しているらしい。
その数はおよそ四千人。元々四千の兵を義龍の備えに置いていたので、合流すれば八千。対する義龍は稲葉山周辺から集めた四千のみ。関白を仲介者とした停戦がある以上、今川は動かない。
と言うか、近衛の顔を立てた今川勢は、織田勢が兵を退くよりも早く三河から兵を引き上げており、その兵力を北条攻めに回すための準備をしているらしいので、今川勢が美濃へ援軍を送ることは無い。
ならば義龍は尾張方面から自身の倍の八千、信濃方面からは倍以上の一万の軍勢に挟まれる事になる。自分たちの進路を阻む位置に居る東美濃の遠山七党がどう動くか不明だが、彼らが多少時間を稼いだところで、間違いなく美濃斎藤家はここで詰む。
(既にここまでの絵図面を書いていたとはな)
この絵を書いたのが信長なのか三河守なのか、はたまた信玄なのかは義昌にはわからない。だが、今は間違いなく織田が勝ち馬だ。その勝ち馬に無傷で乗れた事に安堵するも、残念ながら修羅と腹黒坊主の策は木曾福島に拘る国人が推察できるほど単純なモノではない。
「いえ、木曾殿には南信濃を攻めて頂きます」
「はぁ?!」
美濃ではなく信濃?それも織田の所領である南信濃? 意味がわからない。
「疑問はごもっともですが、これは正式な命です。木曾殿はこの命に「従わぬ」と言われますかな?」
信房はそう言って圧力を掛ける。そしてその圧力に対して、三河と南信濃の軍勢にすら勝てない義昌には抗する術は無い。
「……まさかそのようなことは言いませぬよ」
「うむ。それでよろしい。私も旧知の仲である貴殿を殺したくはない故な」
「……恐れ入ります」
「では戦を仕掛ける時期はこちらで指示を致しますので、それまでは領内の慰撫に勤めてくだされ。必要なら兵糧や銭を用立てます故、準備は怠らぬように。あぁ、当然他言無用です。もしも貴殿が我らに降ったことがどこからか漏れたなら、それは貴殿が漏らしたと見做します。故に女房子供、腹心と言える者にも言わぬように。……それすら出来ぬ者は織田には要りませぬからな」
「……かしこまりました」
情報漏洩を警戒して、降将に細かい事情を伝えないのはある意味で当然の処置である。故に『黙って従え』と言われては従うしかない。さらにこれは『木曾義昌と言う男を試して居るのだ』とまで言われては誰に相談することも出来ない。
たとえ『腹心だけ』にと言っても、その腹心が女房子供に話すかも知れないし、酒の席でポロリと口に出すかも知れないと考えれば、義昌一人の胸に収めよと言われるのもわかる話だ。
秘密は知る人間が少ない程良い。武田信玄を知る義昌は、そのこともよく理解していた。
―――
信玄は織田を裏切るつもりか?それとも織田のうつけは本当にうつけなのか?戦で連勝を続けているのはまぐれなのか?
……どう考えても理解出来ない命令を受け、義昌は早くも織田家に降伏したことを後悔し始めたのであった。
清須が落城した後のお話。日数的におよそ7~10日後くらいですかね。
初っ端にオッサンの会話が来たのは三國志の影響?
ハハっ……否定できん。ってお話。
どんな策かは、予想が付いても展開予想になるので内密にな。
――――
燃料のクレクレは……どうしましょうかね?
いや、もちろん貰えるならジャンジャン欲しいですけど!
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