幻のローラ
ローラと名乗った女に、周りは騒然としている。
「あなたが、こんなことをした張本人ね」
「ふふふ、あなたは確か臆病者の聖女さま」
ローラの言葉に、何も言い返せないリーゼ。そんな彼女の手を握ったマユは、ローラへ向かって言い返す。
「臆病だっていいじゃない」
リーゼはマユが反論してくれたことが嬉しかった。それだけで彼女はマユと一緒に来て良かったと思えた。
「ふふ、そんな奴をかばうなんていつか後悔するわよ」
「大丈夫だよ、わたしは絶対に後悔なんてしないから」
マユの強い意志のこもった瞳が、ローラは気に入らない。
ならばどうするか、壊すのだ。
「そう、私にはその力がある」
そう言って両手を広げるローラ。そんな彼女の仕草から、何をするのか見当をつけたリーゼはみんなに向かっていった。
「あいつは魔法を使うつもりよ。痛みよ!自身を傷つけて痛みで意識を保ち続けるの」
リーゼも自身の手のひらに再びナイフを突き刺す。村人達は、近くにいた村人同士で頬をつねりあっている。
「いっへーよ、おほいっひりひっはんひゃへー(いってーよ、おもいっきりやんじゃねー)」
「ひはははいはほ、おほいっひひふねはひゃひゃひみへーんははら(仕方ないだろ、おもいっきりつねらなきゃ意味ねーんだから)」
村人達はみんな涙目だ、中には子供をおもいきりつねっている親もいる。その子は完全に泣いてしまっていた。
「そんな方法をとるなんて、人間はやっぱり野蛮な奴らなのね。」
村人達の様子を見たローラは、少し唖然としていた。
ローラ自身、人間が自分自身を攻撃するとは思わなかった。
「ふふふ、まあいいわ勇者様は間に合わなかったみたいだし」
そうただ1人リーゼの指示に間に合わなかった者がいた。
マユはリーゼの言葉に咄嗟に反応できず、ローラの幻魔法を受けてしまう。
「さあ、あなたが今一番見たい光景を見せてあげる」
「へっ?」
マユが魔法を受けたことで、リーゼはもうダメだと思った。
しかししばらく経っても何も起こらない。
「どう言うことよ」
マユに魔法が効かないため焦るローラ。
リーゼも不思議に思っていた。なぜローラの魔法が効かないのかと、そしてある可能性が浮かび上がった。
「耐性持ち!」
「そんな!」
リーゼの言葉にローラは悲鳴にも似た叫びをあげる。
ローラは魔族の中でも特に魔法に依存して戦うタイプだ。その魔法が通用しないとなると勝ち目がなかった。
そうなればローラに残された手段はたった1つ、逃げるしかない。
「くっ」
苦虫を噛み潰したような表情でマユを睨むローラ。やがて彼女は空に飛び上がろうとする。
「逃がさない」
だが、それを逃すマユではなかった。マユは鞘から剣を抜くとローラの首めがけ切り裂く。
「はっ、はやい!」
ローラはマユの動きについていけず、あっけなく首を切り落とされた。
「だいじょうぶ?」
あれからマユは、この戦いで殺したローラを埋葬していた。
「少し辛い」
マユは悲しそうな顔で呟いた。
やはり彼女が殺しになれるのは無理なのだろう。そう思ったリーゼは両手を広げマユを呼ぶ。
「辛いなら、泣いた方がいいわよ」
「うん」
マユはリーゼに抱きつくと、胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし始める。そんな2人の様子を不思議に思いながらも、村人達は黙って2人を見守っていた。
マユは悲しかった。敵を殺すことが、そして彼らが人間を襲うことが、どうしてわたし達は戦わなければならないのだろう。もっと仲良くできないのだろうか、マユの心はそんな気持ちでいっぱいだった。
それからしばらくしてマユが落ち着きを取り戻すと、リーゼが口を開いた。
「少し、話したいことがあるの」
マユに話を切り出したリーゼの表情は辛そうだ。
「……何?」
「マユは耐性持ちなのね」
「なに……それ?」
泣き腫らしたマユが疑問符を浮かべる。
「耐性持ちに魔法をかけ続けるとその魔法がだんだん効かなくなるの」
それを聞いた時、マユはバブルから毒魔法を受けた時のことを思い出す。
彼女は少しの間毒で苦しんでいたが、しばらくすると全く苦しくなくなったのだ。
「でも、わたしはローラから魔法を受け続けてないよ」
そうローラがマユに放った魔法は一回だけだ。だがそれにリーゼは首を横に振ると答えた。
「わたしたちがこの村に来た時に、結界が張ってあったのを忘れた?」
そうだ、幻魔法の結界。それが彼女に幻魔法の耐性をつけた。
「でも、わたし達は結界の中でも魔法を受けなかった」
「それは痛みで無理矢理意識を保っていただけで、実際は常に魔法を受け続けていたのよ」
「そうだったんだ。でもこれで魔法を受けてもだいじょうぶだね」
魔法に耐性を得る。
それが耐性持ちのメリットであり、同時にデメリットでもあった。
「でもね、耐性持ちは全ての魔法に耐性を得るの、だからわたしの治癒魔法も効かなくなるわ」
そう口にするリーゼの表情は辛そうだ。それはそうだろう、もしマユが傷ついてもなにもできなくなるのだ。それがリーゼには悲しく、そして悔しかった。
「なら、わたしが傷つかなければいいんだよ」
「だけど」
「だいじょうぶ、わたし力だけは強いから」
「そんな泣き腫らした顔で言われても」
確かに今のマユは情けない顔をしているが、彼女の力が強いのは事実だ。それは先代勇者を凌ぐほどの強さだ。現に今まで魔族と戦って来て苦戦は1度もしていない。
「だから、わたしを信じて」
そんなことを言われては、それ以上リーゼにはなにも言えなかった。
「どこなのよ、ここは」
俺の目の前に、見覚えのある女性が1人が現れた。おそらく彼女も勇者に殺されたのだろう。
「よう、ローラ遅かったじゃねぇか」
先にこちらに来ていたバブルがローラに挨拶をする。
「なんでバブルがこんなところにいるのかしら」
バブルは、数日前ここにやってきたのだ。
「勇者にやられたからだ」
嘘だ、勇者にやられただけではここには来れない。少なくとも勇者に対して親近感というものを抱かなければいけない。
「そしてそっちは、一番槍に人間?」
一番槍とは俺のことだろう。おそらく俺が最初に勇者と交戦したからそんなあだ名で呼ぶのだ。
そして俺やバブルの他に、人間もここにいた。彼はバブルに殺されたらしい。
「ふん、俺はどうやら妙なところに来ちまったみたいだな」
彼の名はマイク、彼も勇者が自身のことを弔ってくれるのを見ていたのだろうか。
「それよりあんたはなんでここにいるんだ」
バブルがローラに質問する。
「あの子が好きだからかしら」
よくもまあ素直に勇者を好きだと言えるな。俺はそう言いたかったが、今の俺は口がきけない。
「ふん、まあいい。それより一番槍、お前は少しは喋れよ。この男だって喋ってるんだぜ。なのになんでお前は喋らないんだよ」
そう言われても今の俺は口がきけないのだ。一体彼らはどうやって話しているんだ。
「ふん、こいつは口がきけないんだろう。魔族だからな」
マイクという男がこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべそう言うが、バブルとローラは会話ができている。魔族だからと言う理由ではないだろう。
「喋りかたがわからないのか?教えてやる口で喋るんじゃねぇよ。直接相手に伝えるようにやれ」
俺はバブルに言われたようにやってみた。
「こう……か」
「できたじゃねぇか」
バブルは笑顔でこちらに親指を立てた。ここに来てからのこいつは、少しハイテンションだ。
「おい、あんたらなんなんだよ。俺を殺さないのか?」
マイクがそういうが、俺たちは死んでいるのだ。それにここにいると魔族だとか人間だとかどうでもよくなる。
「そんなこと今更しねぇよ。俺たちはもう死んでるんだ。しかし勇者のやつちょっとあの人に似てるからって」
「そうね以前のあの方にそっくりだったわね」
「はぁ?勇者様を魔族なんかと一緒にするな!」
2人が話している内容につっこむマイク。まあ人間は今のあの方しか知らないから無理もないか。
昔のあの方は強く優しい方だった。
そう、あれは今から110年ほど前のことだ。、
「みんな大丈夫か」
俺の目の前には憧れの勇者様がいる。3メートルはあろうかという長身に筋肉質な体。黒い目に長く伸ばした黒髪。そして一番の特徴は頭にある一対のツノだろう。
俺たちは今、敵兵と戦っており、劣勢だった。だがそこに勇者ガレムが現れたのだ。
「助太刀するぞ!」
そういうと、彼は敵兵を蹴散らしていく。
敵兵を次々となぎ倒す彼の顔は、悲しみで歪んでいた。
この戦場に敵の血と彼の汗と涙が飛び散る。俺はそんな彼をただ見ていることしかできなかった。
戦いが終わったあと、彼は泣きながら敵を弔っていた。俺はそんな彼を手伝う。少しでも彼の助けになりたかったからだ。
「ありがとう」
彼のその消え入りそうな声に、俺は何も言えなかった。
俺が過去を思い起こしていると、2人の喧嘩をする声が聞こえる。
「俺なんて、一度はあいつを追い詰めたぞ」
「ふん、でもあなたはそんな状況から負けてしまったんでしょう。その点、私なんて実力の半分も出せなかったし。もし私が初めから本気だったら、あの子死んでたよ」
「ふははは、なんだそれ、そんな言い訳が通用すると思ってんのかよ」
「なんですって」
「おい!お前らうるせぇぞ」
魔族同士の喧嘩をマイクが止めに入る。俺はそれをしばらくみていたが、やがてマイクが止めるのを手伝えと言ってきたため、2人を止めに入った。
それから少し時間が経ちバブルが口を開く。
「奴らの次の目的地はどこなんだ?」
そんなバブルの質問に俺は答えた。
「メルトスだろう、あそこはあの方の城に一番近い村だからな」
「ふーん、まぁあのガキも幸運だな」
「そうね、四天王を含む殆どの魔族は前の勇者にやられたものね」
そうだ俺たち魔族の人数はそこまで多くない。1年前、勇者達が攻めて来たときにみんなやられてしまったのだ。
「ふん、やはり魔族というのは嘘つきだな。そんなことを言いながら貴様たちの城に沢山の魔族達が待ち構えているんだろう」
俺たちの言葉が信じられないのか、マイクが噛み付いてくる。まあ別に信じてもらおうとも思わないが。
「へっ、そんな嘘ついてなんになるんだよ」
「そうよ、私達は死んでるのよ。今更嘘をついたって何にもできはしないわ」
「うるせぇ!」
マイクはそう言うと、どこかへ行ってしまった。やはり魔族と一緒というのは耐えられなかったのだろうか?
「ふん、まあテインは倒せねぇよ。あの小娘じゃな」
「そうね、彼は我ら魔族の中でもあの方に次ぐ戦士」
力のテイン、魔法は一切使わず己の肉体だけで、敵を蹴散らす。
一年前の戦いでは前線には立たなかったが、今は主にメルトスを支配している。
俺は彼のことを思い出し、そして心の中で彼女にエールを送った。