旅立ち
神殿に行った日から数日が経った現在、マユが使用している部屋に2人はいた。
「これくらいでいいですかね」
いまマユ達は荷造りをしていた。
マユはいよいよ明日から魔王討伐の旅に出発する。
なので昼間に薬などを調合してもらいに、街に出たのだが、それがなかなか時間がかかり、調合し終わったのは夕方であった。
マユがこの世界に来た時に持っていた背負いカバンの中に、必要なものを入れていく。替えの服を1着、包帯や調合してもらった薬も入れる。
「ところで勇者様は、魔王の城の場所を知っていますか?」
ユリアの言葉に首をかしげるマユ。彼女は魔王の城の場所を知らなかった。
そんなマユを見たユリアは、そういえば教えていなかったなと思い出し、彼女に説明し始めた。
「この王国の最北端にある街のセーラルから北側は、魔族の領土なっております。そこからさらに北に進むとメルトスという村があり、その近くに魔王の城があります」
もともと人間の領土はもっと広く、メルトスも王国の一部だった。しかし魔族の侵攻にあい、領土が狭められてしまったのだ。
「ならはじめはセーラルに行った方がいいかな」
「ええ、あそこは最前線ですから、少しはいい武器も手に入るのではないでしょうか」
そうだ、マユ達はこの数日間、装備を作ってもらうために王都の鍛冶屋などを回っていたのだが、そもそも武器を作るための材料などは、どれも最前線のセーラルへと送られていたため、王都では作ることができなかった。
そして昨日、兵士達の所へ相談に行くと使い古しの剣や鉄でできた胸当てや籠手をもらったのだ。これは死んでいった兵士が持っていたものである。
「そうだね」
魔王を倒すために、少しでもいい武器が欲しかったのだが、ないものは仕方がなくしばらくの間はもらったもので我慢するしかなかった。
あれから準備を終えた2人は、ベッドの上で横になって天井を見上げていた。
窓の外には真っ暗闇が広がっており、この部屋は静けさに包まれていたが、それを振り払うようにユリアが口を開いた。
「勇者様は怖くないですか?」
ユリアは魔族が、怖くて怖くて仕方がなかった。クリスが殺された時も、怖くて動けなかった。もしもう一度同じ場面に遭遇しても彼女は怖くて動けないだろう。
「怖いよ。もしわたしが負けて次の勇者が呼ばれたらって思うと、時々怖くなる」
それに対して、マユの怖さは少し違っていた。彼女は自分が傷つくのは恐れない。逆に他人が傷つくのをすごく恐れているのだ。
「勇者みたいですね……」
「わたしは勇者だよ」
「そうですね。今のは少し失言だったかもしれません。忘れてください」
そう2人で話しているうちに、マユのまぶたはだんだんと重くなり、眠ってしまった。
そんなマユを見て、ユリアは静かに呟いた。
「本当、勇者みたいです……」
翌日の早朝、マユは王都の門へと向かっていた。この王都は防壁に囲まれているため、門からしか出入りができない。マユが向かっているのは北門であり、他にもう1つ南門がある。
早朝の街は静かで、それが彼女を清々しい気分にさせる。
しばらく歩いていると大きな門が見え、そしてそこに近づくとある人物が待っていた。
「久しぶりね」
そこにいたのは、聖女であった。彼女は貫頭衣のような服装で、背中には背嚢を背負っている。
「わたしも行くわ」
「えっ?」
聖女の言っていることが一瞬分からなかったマユが、もう一度聞き返す。
「わたしも魔王を倒しに行くの」
「本当ですか」
その言葉を聞いたマユは聖女の手を取るが、聖女はその手を振りほどく。
「勘違いしないで、わたしはあなたと馴れ合うつもりはないわ」
それを聞いてマユは少し寂しそうだ。
「そうだ、まだ名前を言ってなかったわね。わたしの名前はリーゼ、あなたの名前は?」
「わたしはマユ、よろしくね」
マユは握手を求めるが、リーゼはその手を取らず先に歩いていく。
マユはそのあとを急いで追うのだった。
門を出た2人は王都とセーラルをつなぐ街道を歩いていた。
その道中、マユはリーゼと仲良くなろうと、話しかけるが彼女は無視をする。リーゼには、マユと仲良くなる気などなかった。
そうやってマユが話しかけては、リーゼが無視するのを何回か繰り返していると、突然マユはなにかがこちらに来る気配を感じる。
それは猛スピードでこちらに近づき、そして……。
「貴様が勇者か」
鳥のような頭に背中から羽を生やした化け物が、マユの目の前に現れた。
「そうだよ」
マユがそういうと、化け物はいきなり襲いかかってくる。化け物の手の爪は長く、それをマユ目掛け突き刺してくる。
「なにをするの!」
「貴様には死んでもらう。それが我ら魔族のためになる」
目の前の彼は、自身のことを魔族だと言いマユへと攻撃してきたのだ。
その攻撃を左に半歩移動して交わしたマユは、そのまま相手の顔面めがけ拳を放つが、避けられてしまう。それからもお互いの攻撃はなかなか当たらない。向こうが爪で引っ掻いてくればそれを避け、カウンターのパンチを打つが、それを相手も避ける。
どうすれば、と思ったマユだったがあることを思いついた。
「ちっ、これならどうだ」
魔族は空高くまで飛び上がり、そしてそこから爪を前に出し急降下してくる。それはとてつもなく早かったが、マユは感覚を研ぎ澄ませ相手の攻撃が自身の体に当たったのを感じると、素早く相手の腕を掴んだ。
そしてそのまま相手の顔面目掛け拳を放つ。当然、相手も避けようとするのだが、マユが掴んでいる腕を引き寄せると、彼はマユの方へと引き寄せられ、そしてついにその顔面へと拳がめり込む。
マユが何度も何度も顔面を打つと、魔族は気絶してしまった。
戦いが終わり、マユは魔族から受けた傷をリーゼに癒してもらったあと、先を急ごうとするが、それを見たリーゼはマユに質問する。
「トドメは刺さないの」
そう、魔族にはまだ息がある。なのにトドメを刺そうとはしないマユにリーゼは少しムカついていた。
「でも、わたしたちの敵は魔王だし。それに彼は……」
それを聞いたリーゼは、マユに対して怒りをあらわにする。
「あなたって口だけなのね。そんなあなたに魔王なんて倒せないわ」
「そんなことないよ。わたしは」
「ならなぜこいつを殺さないの?無駄な殺生はしたくない?」
その質問に頷くマユ。彼女は敵も出来るだけ殺さないように考えていた。だからこの戦いで彼女は剣を取らなかったのだ。
しかしリーゼはそれが気に入らない。綺麗事を言っているがこの子はただ自分の手を汚すのが嫌なだけではないか、そう思ったのだ。
「あなたは、こいつを生かすことの危険性が分かっていない」
そう、この魔族を生かせば彼はまたたくさんの人間を襲うだろう。
「あなたは、勇者でしょ!もっと責任感を持ってよ!」
マユはまだ決断できずにいる。他人を傷つけるのが怖かった。
だが、彼を倒さないとまた沢山の人が傷つく、それも嫌だった彼女は剣を抜けずにいる。
そうしてしばらく葛藤していると、リーゼが言った。
「わたしと一緒に魔王を倒してくれるんじゃなかったの」
その言葉で、マユはようやく剣を抜く。思い出したのだ。リーゼの約束もそうだが、ユリアとも約束していた。仇を討つと。
「うわああああああ!」
雄叫びとともに、気絶して倒れている魔族の首元へと剣を振り下ろす。そして、その剣筋は魔族の首を切り落とし、やがて切った箇所から血が飛び出す。その血はマユを真っ赤に染めた。
「…………」
首を切り落とした時の生々しい感覚に、しばらくの間、呆然としていたマユだったが、何を思ったのか魔族の亡骸の横にしゃがみこみ穴を掘り始めた。
「何をするの?」
「……弔ってあげようと思って」
リーゼの質問に、マユは振り返り笑顔で答えたが、その笑顔はどこかぎこちなく、リーゼは一目でそれが作り笑いだとわかった。
「ここを掘ればいいのね」
リーゼはマユの横にしゃがみこむと一緒に穴を掘る。そして横目でマユの顔を見ると、彼女の目からは涙が溢れ出している。
(この子は、本当に勇者なの?)
リーゼがそう思っていると、突然マユが謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね」
いきなり謝られたリーゼは訳がわからなかった。
(この子は、なぜ謝るの?)
「リーゼの言う通りだね。わたしは勇者だから……」
リーゼは弱々しく言葉を紡ぐマユのことを、とても勇者とは思えなかった。
勇者とはもっと勇敢な者だとよく知っているからだ。
「わたし、もっと頑張るから」
その悲痛な声に、リーゼは胸が痛くなった。