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小さな戦士  作者: ヘロ
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聖女と王女の思い


 翌日、マユは食堂で朝食を食べていた。

 食堂には長方形の大きな机が10脚あり、机の横には、左右に5脚ずつの計10脚の椅子が並んでいた。

 しかしこれだけの席があるのに、座っているのは10人ほどである。その10人も一箇所に固まっており、他の9脚の机には、誰もいない。

 それもそのはず、多くの兵士達が帰らぬものとなってしまい、この城にはあまり人がいないのだ。

 他にもこの城で働いていた給仕もほとんどが辞めていった。そのもの達は皆田舎から出稼ぎに来たもの達で、家族が心配だと言い帰っていった。

 マユが朝食を食べていると、ユリアがやってきた。彼女はマユの正面の席に座るとこちらを見る。その顔はどこか気まずそうだ。


「昨日はごめんね」


 そんなユリアを見て、マユは昨日のことを謝る。


「わたし、どうすればいいのかわからなかったから」


「いえ、私の方こそ申し訳ございませんでした」


 お互い謝罪しているが、二人の間に流れる空気は重苦しい。

 それをなんとか振り払おうとユリアが口を開く。


「今日は、聖女様に会いましょう」


「聖女様?」


「そうです。彼女の固有魔法である。癒しの力はこれからの戦いで絶対に必要になります」


 この世界の魔法には、属性魔法と固有魔法がある。

 属性魔法は魔力を持つ者ならほとんどの者が使える。

 人間の魔力は使う人間の想いを、世界の魔力に伝える役割を担っている。

 そしてその思いを受け取った世界の魔力が、魔法になるのだ。

 さらに、世界の魔力には属性が6つあり、その魔力に含まれる属性の割合が毎日違うのだ。つまり、火属性魔法が使いやすい日もあれば、水属性魔法が使いやすい日もある。

 ちなみに属性は《地》《水》《火》《風》《光》《闇》の6つだ。

 そして固有魔法とは、生まれつき使える魔法であり、固有魔法を使えるものは、属性魔法を使えない。

 これは体内の魔力が固有魔法を使うのに特化しているからだ。

 そして聖女は治癒魔法の使い手であり、先代勇者の仲間だった。


「聖女様は、王都の北にある神殿に住んでいます」


 神殿では、女神様を祀っているのだそうだ。数百年前までは女神様からの信託もあったらしい。


「それ以前には、実際降臨されたこともあるみたいですよ」


「へぇー」


 ユリアの話を聞きながら、マユはパンを口いっぱいに詰める。今日の予定が決まったのなら早く食べないと、と思ったからだ。

 そんな彼女の姿を見て、ユリアが笑う。


「やっぱりユリアは笑っていた方が可愛いね」


「なっ、何を言うんです」


 マユの言葉に俯くユリア。


「泣いてる顔よりも笑った顔の方がいいよ」


「そ、それは勇者様が、変な顔をするからです」


 ユリアは涙目でマユを睨む。

 しかし彼女には、先ほどまであったマユに対しての気まずさはなくなっていた。


「変な顔?」


「そうです。リスのように食べ物を詰め込んで……」


 そう言うとユリアは、思いつめたような表情になり、そして切り出した。


「……勇者様」


「どうしたの?」


「私の妹にあってもらってもいいですか」


 ユリアの妹のことを知らないマユは二つ返事で了承した。


「では、聖女様にお会いしたあと、行きましょう」


「行くって?」


「私の妹は、このお城にはいません。彼女がいるのは王都の外れなんです」


 そう言う彼女の表情には、どこか陰りが見られる。


(なんでユリアはあんなに悲しそうなんだろう)


 気になったマユだが、聞いてもいいのか悩み、やめておいた。昨日のようなことがあったらいけないからだ。


「なので、神殿からの方が近いので先に神殿に行きます」


 マユはそれに頷くと、残った朝食を一気に掻き込み席を立った。











 神殿へとやってきたマユは、その外観の大きさに息を飲む。お城も大きかったが、この神殿はそれ以上に大きかったからだ。

 神殿に入ると、中は礼拝堂になっていて、奥には女神を模した像が飾ってあった。

 女神像が美しく、それに見とれていると、近くにいた女性が声をかけてくる。


「失礼ですがどのようなご用件で」


「私たちは聖女様に会いに来ました」


「聖女様に?」


「ええ、魔王と戦うために彼女の力が必要なんです」


 女性は少しの間考えると、マユ達を聖女の部屋へと案内してくれた。

 部屋の中へと入ると、透き通るような銀髪の女性が机で本を読んでいた。その女性こそ聖女である。

 マユ達を案内してくれた女性が、聖女に2人が来たことを伝えると、こちらに振り向いてこう言った。


「帰ってください」


 聖女の第一声は、拒絶の言葉であった。彼女の水色の瞳は、こちらを睨みながらも、どこか弱々しい。まるで去勢を張っているようだ。


「しかし、魔王と戦うにはあなたの力が……」


「帰ってよ」


 ユリアに向かって本を投げつける彼女。マユはその本がユリアに当たる前に掴んだ。


「お願い、もうわたしは戦いたくないの」


 マユは彼女が投げつけてきた本の中身を見る。マユの世界の文字とは違う文字だが、彼女には読めた。それは日記だった。






 わたしがいつものように机に座って本を読んでいると、1人の男性が訪ねてきた。彼は勇者と呼ばれる人物であった。


「こんなところに何の用ですか?」


 わたしは微笑みながら彼の要件を伺う。どうやら彼は、わたしに魔王討伐に参加して欲しいそうだ。わたしには生まれながらにして、特別な魔法が使えた。その魔法のせいで、わたしは世間から聖女と呼ばれている。

 わたしはそれが嫌で嫌で仕方がなかった。なぜなら彼らはわたしが高潔であることを望んでくる。わたしにはそれが窮屈で仕方がなかったのだ。

 なのでわたしはこれ幸いとばかりに、彼の要件を受け入れた。

 それからわたしたちの旅は始まった。

 はじめは2人だった仲間も6人まで増えた。

 そして旅の中で、わたしは勇者に惹かれていった。強く優しい彼を愛していた。

 なのでわたしは彼に告白することにした。彼は鈍いので、こちらから言わなければわたしの気持ちなんて気づきもしないだろう。

 わたしの告白にはじめは戸惑っていた彼だが、やがてわたしのことを抱きしめ口づけをする。それが彼の答えだった。

 それからわたしには夢ができた。魔王の討伐が終わって国へ帰った時、何もかもを捨てて彼と暮らすのだ。想像するだけでも心踊る。

 しかし、その時が来ることはなかった。

 わたしたちは数ヶ月かけ、ようやく魔王のもとまでたどり着いた。ここに来るまでに魔王直属の部下である四天王も全員倒していた。だからわたしたちは魔王にも勝てると思っていた。

 だが、魔王は強かった。勇者の攻撃は防がれ、仲間がなんとかしようと、魔法で援護するが、全く通用しない。

 そして魔王の攻撃は凄まじく、魔王の繰り出す黒い雷にわたしたちは全員倒れてしまう。


「みんな、ここは俺に任せて逃げろ」


 体を震わせながらも、なんとか立ち上がった勇者の言葉にわたしは呆然としてしまう。


「さあ、みんな早く」


 わたしはそのまま仲間に抱えられ、気づいたら魔王の城の前にいた。


「はやく、助けないと」


「だめだ、俺たちが行ったところであいつは助けられん」


 それを聞いて、わたしは自分の無力さを呪う。結局わたしには彼を助けることができなかった。

 それ以来、わたしは誰にも心を開かなくなった。親しくなった人が亡くなってしまうのが辛かった。

 わたしは弱い人間だったのだ。






 日記を読み終えたマユは、聖女へと返した。


「悪趣味ね」


 確かにそうだ。マユだって自分の書いた日記を読まれるのは嫌だろう。

 だが日記を読んで彼女はある決心をする。


「聖女様、一緒に行きましょう」


 先程までは、実は1人で魔王を倒しに行こうと思っていたマユだが、なにか聖女の力になれればと誘ったのだ。


「嫌よ、誰が魔王討伐なんか」


「仇を討つべきです」


 マユの言葉に、聖女が彼女を睨みつけながらマユに近づいていき、そして……。


「あんたに何がわかるのよ」


 マユは目の前まで来た聖女に、胸ぐらを掴まれ、頬を叩かれた。

 彼女は、何度もマユの頬を叩く。それを止めようとユリアがこちらに来るが、マユはそれを手で制した。


「勇者様が大好きなら仇を討ちましょう。わたしも手伝います」


「わたしには、わたしには無理なのよ!」


 ついに聖女の瞳から涙がこぼれ落ちた。マユを叩く手も止まり俯いてしまう。

 マユは胸ぐらを掴んでいた彼女の手を取り、両手で包み込んだ。


「無理じゃないです。わたしがいます。わたしは勇者ですから」


「あなたが勇者?そんなに小さいのに?」


「はい、わたしは勇者です」


 マユは胸をはって答えた。











 現在、マユ達はユリアの妹に会いに来ていた。あれから少し落ち着いた聖女は、少し考えさせてと答えを保留した。そのため2人は神殿をあとにして、ここにやって来ていた。

 この広い空間には暮石が1つポツンと佇んでいた。その周りには綺麗な花が咲いている。


「ここに私の妹が眠っているの」


 暮石にはクリスと彫ってある。


「あの子が、生きていたらきっと勇者様くらいの年齢ですね」


「どうして、死んでしまったんですか?」


 いきなり聞くのは不躾だとマユは思ったが、気になったので聞いてみる。


「魔族に殺されたの」


 そう話すユリアの頬には涙が流れている。彼女は悔しかった。何もできなかった自分が、そしてそのせいでマユを戦わせてしまうことが。


「私は、最低です」


 ユリアはとうとうその場にしゃがみこみ顔を抑えて嗚咽をもらす。

 マユは彼女の隣にしゃがむと背中をさする。


「大丈夫だよ。わたしは勇者だから。それにわたしはみんなを笑顔にしたいから戦うんだよ。だから泣かないで」


「勇者様……」


 それを聞いたユリアはマユに抱きつき、そして言った。


「お願い、あの子の仇を討って」


 マユはそれに微笑みを浮かべ頷いた。






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