女神の力
「障壁が消えた!」
マユが神を倒したあと、地上と天界を隔絶していた障壁が解かれた。これは術者である神が死んだためである。障壁が消えたのを察知した女神は、早速地上へと降りていく。
彼女にはやらなければならないことがあった。それはこの戦いで死んだ者達を蘇らせることだ。通常生き物が死んでしまえば、その魂は天界へと昇るのだが、名もなき神の張った障壁のせいで天界へと昇れず、死者の魂は地上に留まったままであった。
さらに今回の件には名無しとはいえ神が絡んでいる。そのため死んだ者を生き返らせることを特別に許可されたのだ。
「マユちゃんはちゃんとやってくれたみたいね」
女神はマユならやってくれるだろうと信じていた。なにせ障壁があったにも関わらず、自身を呼ぶことができたのだから。
「あとは私に任せて」
地上へと降りた女神が、自身の力を使い地上に住む者達に呼びかける。
『みなさん聞こえますか?私はリラ、この世界を管理する神です」
彼女の言葉に、地上にいる者達は息を飲んだ。100年という時間は長く、地上に住まう者達の中で女神の声を知っているものはみんな死んでしまった。だが何故か皆、その言葉が嘘ではないと分かっていた。
『今からこの戦いで死んでしまった者達を蘇らせます』
石造りの広い部屋、部屋の奥には簡素な椅子が1つ置かれており、そこにはマントを羽織った人物が腰掛けている。
ここは謁見の間であり、椅子に座っている人物は、この国の王アルマード80世であった。
「お父様!」
男が女神の言葉に耳を傾けていると、突如部屋に大きな声が響き、彼はそちらに目を向ける。するとそこには白髪の女性が立っていた。
「ユリアか」
ユリアは女神の言葉を聞いて、急いで王である父の元へと駆けつけたのだ。
「女神様の声が聞こえました」
「ああ私も聞いたよ」
「女神様の言葉はほんとうなのでしょうか?」
もし本当だとすれば、自身の母や妹のクリスも生き返るのだろうか?
「実際に行って確かめるしかないだろう」
「では私はクリスのお墓に向かいます」
「ああ、私はマリアのところへ行くよ」
そうして2人は、自身の大切な者が眠る場所へと駆け出した。
マリアの墓は城の中庭にあり、そこは手入れがされていないのか一面に雑草がはえていた。
「マリアか?」
王が中庭に到着すると、荒れ果てた中庭に、1人の女性が佇んでいた。太陽に照らされた白髪が美しく輝いている。
「アル」
彼女は王の方へと振り向くと、彼に微笑んで見せた。
「マリア、会いたかった」
久々に見た自身の愛する者の姿に、涙を零す王。もう会えないと思っていた。だが奇跡が起きたのだ。
「ごめんなさい、あなたに辛い思いをさせて」
マリアは王に近づくと、彼を抱きしめると、マリアも彼の体の温もりを感じ涙する。
「ごめんね……ごめん」
「いいんだよ、またこうして会えたのだから」
2人はしばらく中庭でお互いの腕の中で、涙を流し続けた。
「ねえ、お姉ちゃん」
ユリアが王都の外れにある広場に行くと、そこには彼女の妹であるクリスがいた。彼女の白い髪を、そよ風が揺らしている。
「この場所、よく来てたよね」
そう何故クリスの墓石がこんな場所にあるかというと、生前彼女とよくここで遊んだからだ。クリスはこの場所が好きだった。
「見て、綺麗な蝶が飛んでる」
「ほんとだ」
クリスの指差す方には、花の蜜を吸いに来たのか、紫色の羽をした蝶が3頭飛んでいた。
「この場所は、やっぱり落ち着くね」
「そうね」
クリスは自身の墓石を背もたれにして、その場に座り込み、ユリアもそんな彼女の隣に腰を下ろした。
太陽の光が2人を照らし、その温もりに安らかな気持ちになる。そしてユリアはクリスに一番言いたかった言葉を言った。
「ねぇ、クリス」
「なに?」
「おかえり」
「……ただいま、お姉ちゃん」
2人はお互いの存在を確かめ合うように、肩を寄せ合う。
あの日、クリスと離れ離れになった日、帰ってきたら言ってあげたかった、だが言えなかった言葉。些細な言葉ではあったが、今の彼女達の心は温もりで満ちていた。
神がマユの心に侵入したあと、ガレムは意識を失ったマユに必死に呼びかけていた。
「おい、しっかりしろ勇者!」
肩や頬を叩き、時には彼女の頬をつねる。しかしそれでもマユは起きる気配がない。
「くそっ!私がもっとしっかりしていれば」
思えばこんな事になったのも、自身の心が弱かったからだ。
「すまない、神がお前の体を乗っ取ることを予測しておくべきだった」
自身の情けなさから涙を流すガレム。彼に抱きかかえられているマユの頬へと涙の雫が落ちると、今まで何をやっても目覚めなかったマユが目を開いた。
「泣かないで」
神を倒し心の空間から戻ったマユが、ガレムの頬へと手を伸ばし涙を拭う。
「目が覚めたのか!」
「うん」
「申し訳ない。奴がお前に憑依することを考えていなかった」
「いいんだよ。わたしは無事なんだから。それよりガレムは平気なの?」
約100年も神に憑依されていたのだ、マユは彼の体に異常はないのか気になった。
「久しぶりに体を動かしたせいか、少し感覚が変だ。少し新鮮味を感じる」
「そっか」
「ああ、それより彼はどうなった」
マユはガレムの腕から立ち上がり、彼に背中を向け俯きながら答えた。
「わたしが倒したよ」
マユの中にはガレムに対しての申し訳なさがあった。彼は神を救ってくれと言っていたが、自分にはできなかった。
「ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「だって、彼を救えなかったから」
「そんなことはない。きっと彼は自身の暴走を止めてくれた君に感謝しているだろう」
それはガレムの憶測だが、そうであってほしいと彼は思った。神に憑依された時に、彼の心にはまだ少しだけ優しさが残っていたからだ。
「君の心に触れた彼は、きっとその優しさを思い出したのだろう」
「そうだといいけど、でもわたしにそんなことできたのかな?」
「君の心にはたくさんの魂が憑いている。それは彼らが君に好意を寄せているからだ」
ガレムの言葉を聞いたマユはリーゼの死を思い出し、瞳から涙を流す。リーゼ達は死んでしまったため、もう会えないのだ。
声を押し殺して泣くマユの隣に、ガレムがやってきて彼女の肩を抱き寄せた。
「みんな、死んじゃったんだ」
「そうか……そうだな、私もこの戦いで多くの仲間を失った」
「……悲しいね」
「そうだな……」
マユはガレムの体に抱きつくと、彼のお腹のあたりに顔を埋め嗚咽を漏らす。
「みんなが平和になった世界で生きられないなんて、みんな頑張ったのにこれじゃあみんななんのために戦ったのかわからないよ」
ガレムの腕の中で、マユは悲鳴のように泣き叫ぶ。
そうして30分ほど泣いていたマユだったが、突如自身の頭に声が響き渡り、あたりを見回す。
「誰だ?」
「わっ、わからないよ」
突然の声にマユ達が戸惑っていると、彼女達の目の前に、美しい金色の光を放つ女性が現れる。
「女神様」
「マユちゃん、あいつを倒してくれたのね」
「うん」
マユの返事を聞いた女神は、彼女の沈んだ声が気になり、彼女の元へと近づく。
「泣いてたの?」
そしてマユの顔を両手で自身の方へと向け、彼女の目の周りが腫れているの確認する。
「うん、悲しくて涙が出ちゃった」
女神はそんなマユが愛おしくてたまらない、だから女神は自身の思いをそのまま形にした。
「ん、んん!」
舌が絡み合う濃厚な口づけ、マユはそれが気持ち悪くて女神からなんとか逃れようともがくが、彼女の力は強くマユの力でもびくともしない。
「勇者が嫌がっている。もうやめてやれ」
マユの様子を見かねたガレムは、たまらず2人の間に割って入る。
「ぷはっ!」
「そうなの?マユちゃん」
マユは女神の問いに、恐る恐る首肯する。マユも女神に対して好意は抱いているのだが、口づけをしたいほどのものでもない。
「ふふふ、振られちゃった?」
「うん、わたし女神様のことは好きだけどそこまで好きじゃないの」
「……そうなの」
女神はマユを解放すると、微笑みを浮かべ彼女の頭を撫でた。
「そんなことより女神よ、貴方はいったい何をしにこの地上に降りてきたのだ」
「それはわたしも気になる」
「ふふふ、私はね、この100年の戦いで死んでしまったみんなを蘇生させるために降りてきたのよ」
「そんなことができるの?」
それを聞いたマユは、凄まじい形相で女神に詰め寄る。
「できるわ。言ったでしょなんとかするって」
「……リラ」
女神の言葉で再び涙ぐむマユ。しかしこの涙は先ほどとは違い、悲しいものではなかった。
「じゃあ始めるわ」
女神は両手を広げると、目を瞑る。すると彼女の纏っていた光の輝きが増し、そしてそれに呼応するように、マユの胸から青白い光が現れる。
「みんな」
そしてその青白い光と女神の放った金色の光が混ざり合うと、人の形になっていき、マユのよく知る影になる。
その様子を黙って見ていたマユは、息を飲む。本当にリーゼが生き返った。
「マユ!」
生き返ったリーゼは、いの一番にマユへと飛びついた。心の中で手を繋いだ時も温もりを感じられたが、やはりこうして現実で触れ合うのが1番温かい。
「はぁ、妬けちゃうわ」
「あら女神様、生き返らせていただきありがとうございます。それから私への嫉妬であの神みたいにならないでくださいね」
リーゼはマユが唇を奪われた時、その光景がなぜか頭に流れてきた。嫌がる彼女に無理矢理キスをする女神。それを見た時、自身の心に女神に対する怒りがこみ上げてきたのだ。
「ごめんなさい、私も無理矢理したのは悪いと思ってるわ」
そんなリーゼが怖くなったのか、女神は彼女に謝罪するが、リーゼはマユの方を指し示すと彼女に謝るように言った。
「ごめんね、マユちゃん」
「別にわたしは怒ってないよ」
「もっと怒った方がいいわよマユ。こいつはそれくらいしないとわからないのよ」
リーゼはまだ怒っているのか、女神を睨め付けた。
「なんだリーゼ、ヤキモチかい?」
そんなリーゼのそばに生き返ったレイブがやってきて、彼女の肩に手を置いた。
「……そうよ、ヤキモチよ。わたしは女神が羨ましかったのよ!」
「そうだったんだ」
「マユ……」
マユはリーゼの顔に自身の顔を近づけると、彼女の唇にそっと自身の唇を重ねる。先ほどの女神と交わした口づけとは違い、唇を重ねるだけのキス。
しかしそれだけで彼女の心は安らいだ。
「マユ、ありがとう」
「わたしは何もしてないよ」
「そんなことないわ。あなたが神を倒さなければ、女神は地上に降りてこれなかったんだから」
「そうね、私もマユちゃんには感謝してもしきれないわ」
「俺たちもお前には感謝している」
生き返ったバブルは、リーゼと女神の言葉に便乗しているマユに感謝の意を述べた。改めて彼女に面と向かって言うのは少々恥ずかしかった。
「みんなも生き返ったんだね」
「ああ、これも全てお前のおかげだ」
「違うよ、みんなで戦ったからだよ」
マユの心の空間で、彼らは必死に神に抗った。
それだけではない、彼らは常にマユの心を支え続けた。彼らのそうした姿勢も、この結果を生んだ要因である。
「そうね、私たち頑張ったんだから」
「僕もまさか魔族達と共に戦うとは思わなかったよ」
「あら、嫌だったかしら?」
「いや、君たちと共に戦えたのは光栄だ」
レイブは爽やかな笑みを浮かべながら、ローラに向かって手を差し出す。
「なにかしら?」
「握手だよ、これからは仲良くしよう」
その言葉を聞いたローラも微笑みを浮かべると、彼の手を取った。
「テインさんが生き返ってよかったです」
「ありがとう、お前達も生き返ってよかった」
テインの周りに集まっていた魔族達は、感極まって彼に抱きつき嗚咽を漏らす。
「申し訳ないガレムさん。俺はあんたに刃を向けてしまった」
神に反旗を翻した狼の魔族が、ガレムに向かって頭を下げた。ガレムはそんな彼の肩に手を置くと、優しく語りかける。
「気にするな、お前は私の体が神に乗っ取られているなんて知らなかっただろう」
「たしかに知らなかった。でもあなたの様子が変だということはすぐに気づいた。だからその時に、あなたの助けになるべきだったのに」
狼男は、自身の情けなさから涙を流す。ガレムにそのことを指摘して、彼に嫌われるのが怖かった。
「もういいのだ。お前の気持ちはわかった。だから気の済むまで泣け」
狼の魔族が泣き止むまで、ガレムはずっとそばにいて、彼の懺悔の言葉を聞き続けた。
ガレム自身はそこまで気にしてはいないが、ここで彼を無下にしてしまえば、彼は一生苦しむことになるだろう。
だから彼の気の済むまで、ガレムは付き合った。
こうして皆で喜びを分かち合っていると、突如この部屋の扉が開き、部屋の外から4人の人間と大勢の魔族が現れる。
「レックス!」
4人の方へと目を向けたレイブは、彼らの姿を見た瞬間、そちらに向かって走り出した。その際彼が呼んだレックスという名前は、4人のうちの1人、金属製の鎧を纏った大きな男の名前だった。
「あの人たちは?」
気になったマユがリーゼに尋ねてみても、彼女はそれに答えたない。思わずリーゼの方を見てみると、彼女は涙を流していた。
「どうしたの」
「彼らは、わたし達の仲間だったのよ」
少しの間泣いていたリーゼだったが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、マユに彼らのことを話し始める。
彼らはレイブと魔王討伐の旅をしていた時の仲間だ。魔法が得意なメア、素早い動きと手数で相手を翻弄するリンド、魔法と剣の両方をそれなりに扱えるラッド、そして先ほどレイブに名を呼ばれたレックス、その4人と旅をしていた。
だが彼らとは魔王の城から戻って以来、疎遠になってしまったのだ。
「久しぶりね、リーゼ」
「ええ、久しぶり」
リーゼがマユに彼らのことを話していると、目の前に黒いローブを着た女性、メアが現れた。
「でも、なぜあなた達がここに?」
リーゼは疑問に思った。なぜなら彼らとは王都で別れたからだ。
「あのあと、貴方と別れてから4人で魔王に戦いを挑んだのよ。そしたら返り討ちにあっちゃって死んでしまったの」
「なんでわたしを誘わなかったの?」
彼らにとってもリーゼがいた方が、何かと都合がいいだろう。薬は患部に直接つけないといけないが、彼女の治癒魔法ならばたとえ体のどんな箇所だろうと簡単に治せてしまう。
「あなたを巻き込みたくなかったのよ」
王都へと戻ったリーゼは、ひどく憔悴していた。そんな彼女を不憫に思った彼らは、リーゼを巻き込むことはしなかったのだ。
「ありがとうメア」
それを聞いたリーゼは、メアに向かって微笑むと感謝の言葉を伝える。自身の情けなさ、そして彼らの思いやりに涙しそうな自分がいたが、それをぐっと堪えて笑ってみせた。
「こちらこそありがとう。貴方のおかげで私たちは生き返ったわ」
「それはマユのおかげだよ」
そう言ってリーゼはマユの方に顔を向けるが、彼女は俯き涙を流していた。2人がまた会えてよかったと思ったら流れてきたのだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
(よかった、本当によかった)
みんなの喜ぶ顔を見ていると、頑張った甲斐があったというものだ。
「久しぶりだなドルブ!」
「おおバブルか!」
魔族達の方を見ると、バブルとドルブと呼ばれた者が抱擁を交わしていた。
レイブ達を見ると彼らの中にマイクが混ざって一緒に騒いでいる。
「マユちゃん」
マユがみんなの様子を見ていると、女神が彼女に声をかける。
「みんな生き返らせたわ」
「ありがとう女神様!」
「次は貴方の番ね」
「どういうこと?」
マユは首を傾げ女神にたずねる。自分は死んでいないのに、貴方の番と言われても意味がわからない。
「貴方は召喚魔法でこの世界にやってきたんでしょう?」
「うん、そうだけど」
「だから貴方を元の世界に帰してあげるわ」
「それって今からじゃないとダメなの?」
せめてユリアに別れを告げてから、そう思ったのだ。彼女はこの世界に来て最初に会った人物だ、それにマユにとてもよくしてくれた。
「分かったわ、今はまだいいのね」
「うん」
「なら私はもう行くわね。帰る準備ができたら、私のことを呼んで」
「どうやって?」
「私の名前を呼ぶだけでいいわ。私は常に貴方を見ているから」
「分かったよ、ありがとう女神様」
「ええ、またねマユちゃん」
そう言って女神は天界へと帰っていった。そしてそれを見送ったマユは、そろそろ王都へと戻ることにした。
「わたし達もお城に戻らないと」
喜んでいるみんなを見ていると名残惜しいが、いつまでもここにいるわけにもいかない。王都に戻ってユリアに知らせなければいけないのだ。
「そうね、早く戻ってみんなを安心させないと」
「なら行こう!王都へ」
「ええ!」
マユが魔族達に別れを告げると、彼らは悲しそうな表情をするが、マユが笑って見せるとすぐに笑顔になり彼らもマユに対して別れを告げた。
「ありがとうマユ。お前と出会えてよかった」
「感謝するぜ、お前のおかげでドルブも生き返った」
「私ももっと自分の魔法を磨くわ。そして今度はちゃんとあの人を守る」
テイン達3人がマユの目の前までやってきて、1人ずつ彼女と握手を交わす。
「マユよ、我ら魔族を救ってくれてありがとう」
そしてガレムも最後にマユに向かって頭を下げた。
その後、彼らはこの世界から去ることになる。彼らの世界がソルによって元に戻ったからだ。名もなき神に殺された魔族達も蘇生されガレム達の帰りを待っていた。
「さようなら、みんな」
マユは城を出るまで、何度も彼らの方へとふり返り、笑顔で手を振り続けた。




