名もなき神
「ここは」
気がつくとわたしは、いつもの真っ暗な場所にいた。
そこには大勢の魔族達がいて、そしてそこに埋もれるようにマイクがいる。
「よう、来たか」
「うん」
バブルが笑顔でわたしのことを歓迎してくれる。なぜ彼はあんなに嬉しそうなのだろう。
「よくやったな」
さっきわたしにアドバイスをくれた鳥の魔族が、わたしに近づいてきた。
「さっきはありがとう」
「気にするな、それより1つ聞きたいのだが、あいつは誰だ?」
彼の指差した方を見ると、そこには透き通るような金髪の美しい女性がいた。
「誰だろう、綺麗な人」
わたしがしばらくの間、彼女の美しさに見惚れていると、わたしが見ていることに気づいた彼女がこちらにやってきて話しかけてくる。
「あなたが私を呼んでくれたのね」
そう言って女性はわたしの頭を撫でるが、わたしには何が何だかわからない。
なぜならわたしには彼女を呼んだ覚えがないからだ。
「私は女神リラ、あなたが呼んでくれたから地上に降りることができたのよ」
「女神様?」
わたしが心当たりはないか考えていると、周りにいた魔族達の話し声で、ようやく心当たりを思い出す。
「そういえば、彼女は俺たちのために女神像に祈ってくれたよな」
「そうだ!だから女神がここにいるんだ」
そうだ、確かに魔王の部屋に入る前に、女神様の像を握りしめて祈った。
せめて彼らが安らかに眠れるようにと、でもその祈りが、女神様をここへと呼んだのだろうか。
「多分それね」
わたしはなんてことをしてしまったんだろう。
「ごめんなさい」
わたしは女神様に頭を下げ謝るが、彼女はまたもや、わたしの頭を撫でる。
「謝らなくていいの。むしろ私は感謝しているのよ」
「感謝?」
「ええ、実は今、地上と私達の住む天界はある神が張った障壁によって隔絶されているの。だから私はこの100年間、この世界に対して何の手出しも出来なかったのよ」
それはきっと100年前に魔族が現れたからだ。
「しかしその神って誰だよ」
疑問に思ったのかバブルが女神様に質問する。そしてそれはわたしも気になっていた。
「それは私にもわからない。でもひとつだけ分かっていることがあるわ。それはその神があなた達魔族の世界を滅ぼした張本人だということよ」
それはここにいる魔族達にとって衝撃だった。女神様の言ったことが本当ならば、彼らは無関係の人間を殺していたことになる。
「それは本当か!」
「ええ、そしてその神は恐らく誰かに憑依しているはず。彼は神としての力が弱く、地上には長く留まれないはずだから」
「なんでそんなことがわかるの?」
さっき女神様は、その神のことをよくわからないと言った。なのになぜ彼女はその神の力が弱いということがわかるのだろう?
「それは彼が名前を持っていないからよ。神はね、人々の信仰で力が大幅に上がるの。そして信仰されれば当然人間に名前をつけられるわ。私の名前だって人間から与えられたものなのよ」
なんでも、昔は女神様に10以上もの名前がついていたのだが、150年ほど前に、リラという名前に統一されたらしい。
「だから、誰かに憑依しなければこの地上には長く留まれないの。私たちが地上に降りるのにも多量の力を使うから、でも依り代があれば力を持たない神でも地上で行動することができるのよ」
「でも、誰に乗り移ってるんだろう?」
わたしが頭を悩ませていると、わたしたちの会話を聞いていたバブルが一言呟く。
「あの人だな」
バブルの言葉に、この場にいた魔族全員が頷く。あの人とはガレムのことだろうか、そういえば、ガレムが変わったのはこの世界に来る直前だった。
「なら、私たちはその神の手のひらの上でまんまと踊らされていたということか」
テインは拳を握りしめ、その握りしめた拳からは血が滴り、そして彼の表情はとても悔しそうだ。
「彼にとっては、この戦いもただの遊びよ」
その言葉で、わたしの心に怒りの炎がともる。許せない。遊びでみんなの心を弄ぶなんて。
「そう、あなたの力が私を呼んだのね」
「えっ?」
「あなたの力は自身の思いの分だけ強くなる。きっとあなたの彼らを思う気持ちが私をここに導いたのよ」
女神様の言葉に、みんなから歓声が上がる。そんなみんなを見ていると何だかとても恥ずかしくなりわたしは俯いてしまう。
「マユ、私からお願いがあるの。彼を倒して、そうすればあとは私が何とかするわ」
女神様の言葉に、わたしは顔を上げ彼女に答える。
「わたしの体はもうダメです」
そうだ、わたしはもうすぐ死んでしまう。自分でもわかるのだ、もう体が限界だということが。
それに敵を倒すのなら女神様の方が確実だと思う。
「それは無理なの、私がここにいられる時間はあまり長くないから、でもあなたの体を治してあげることはできるわ」
「障壁は破れないの?」
「それも、無理なの。障壁は、私の知る原理のものとは全く違っていて、その障壁が50層も重ねられているの。今まで無理矢理破壊してきたんだけど、私でも1つ壊すのに約4年はかかるのよ」
1層破るのに4年という事は、単純計算すると100年間でたった25層の障壁しか破壊できないということになる。
しかし女神様は、この100年間でなんとか45層の破壊に成功したそうだ。
「何度も、破壊しているとコツがわかってくるの。でもまだあと5層も残っているわ。少しずつ障壁の仕組みも分かってはきたんだけど、まだまだ分からないことが多いから無理矢理壊すしかないのよ」
「そうなんだ……」
「だから私の願いを聞いてほしいの、お願い!」
もともと女神様に頼まれなくても、わたしはやるつもりだった。
「わかった、わたしがやるよ」
わたしのその返事に笑顔になった女神様は、両手のひらをわたしに向ける。そこから無数の小さな光の球体がわたしめがけて飛んできて、その光が、わたしの中へと吸収されていくと、自身の体に力がみなぎってくるのを感じた。
「ありがとう、マユ」
そう言ってわたしの手を取る女神様。そんな彼女の体は少しずつ透けていっている。
「少し、力を使いすぎたようね、今の私はその女神像を依り代にしている状態なの。その女神像には私を受け止めるだけの力がないのよ」
依り代には色々と条件があるらしい。例えば名前を持たない神くらいなら、人間でも依り代になれるが、女神様のように名前を持つ神は、その強大な力から人間に憑依すれば、その人間は力に耐えきれずに消えてしまうそうだ。
女神様のそんな言葉を聞きながら、手に持っていた女神像を見ると、少しひびが入っていた。
「だから、私が少し力を使っただけで、女神像に負担がかかってしまうわ」
そのひびは徐々に大きくなっていき、女神様の体もほとんど見えなくなってしまう。
「わたしを依り代にはできないの!」
わたしは一応勇者として召喚された。だから出来るか聞いてみたが、彼女は首を横に振る。
「ダメよ、いくらあなたでも耐えられないわ」
「でも……」
わたしが少しだけでも女神様の力に耐えられたら、確実にその神を倒せるかもしれないのに。
「ふふふ、ありがとうマユ。でももっと自分を大切にしなさい」
「……ごめんなさい」
「謝らないで、さあ最後に私にあなたの笑顔を見せて」
「うん」
わたしは女神様に向かって笑ってみせた。大丈夫かな?ちゃんと笑えているかな?
「ふふ、ありがとうマユ」
女神様は最後にそう言って消えてしまい、それと同時に、女神像は粉々に砕け散ってしまった。
わたしが砕けた女神像をしばらくのあいだ見ていると、突然肩に温もりを感じる。そちらに振り返ると鳥の魔族がいた。
「マユ、頼む。あの人を助けてくれ」
「どうやって?」
「あの人を倒すだけでいい。もう彼を楽にしてやってくれ」
「わたしははじめからそのつもりだけど、でもいいの?」
そんなことをしたらきっとここにいるみんなが悲しむことになる。それなのになぜ彼はわたしに頼むのだろう?
「いいんだ、きっとあの人もそれを望む。あの人はそういう人なんだ」
そうだね、自分がもしガレムの立場なら、誰かに憑依されて好き勝手に暴れられたら嫌だし、誰かに殺してでも止めて欲しい。
だからわたしは、彼ら魔族に向かって言った。
「……わかった、任せて」
「頼んだぜ、マユ」
「マユちゃん、どうかあの人に救いを」
「くそっ、勇者様、俺たちとこいつらの仇を!」
「お前ならやれる、マユよ」
「行け、マユ」
みんなの声援を受け取ったわたしは、目を瞑ると、自身の体に意識を集中する。
わたしの体温が、わたしの魂に伝わっていき、そしてわたしの魂は再び体に宿った。
目を覚まして立ち上がったマユが見たものは、リーゼとレイブの亡骸だった。
マユが目を覚ます直前まで、2人は必死に戦っていた。だが戦い方を魔法から接近戦に変えた神の前に、だんだんと追い詰められ殺されてしまったのだ。
「これ、あなたがやったの?」
「そうだ、いい暇つぶしにはなったよ」
マユの中にあった怒りの炎が、ますます激しくなる。
だが彼女は、一度深呼吸をすると、胸に手を当て両目を閉じて2人のために祈る。
「奴の力か」
マユの左腕を見た神が呟く。
マユの左腕は確かにレイブに切り落とされたが、女神の力により、元に戻ったのだ。
そのほかに、レイブに刺された腹の傷も治っている。
「リーゼ、勇者様、あとは任せて」
その言葉と共に、マユの胸は暖かいもので満たされる。この暖かいものはきっと2人の魂なのだろう。
そして祈りを終えたマユが神へと向き直る。
「あなたは神様なんでしょ」
「奴に聞いたのか」
「うん、全部聞いたよ。あなたが魔族達の世界を滅ぼしたことも」
マユの言葉を聞くと、神は何が楽しいのかいきなり笑い始める。
「何がおかしいの?」
そのマユの声は、恐ろしいほど静かだ。彼女は自身の怒りを必死に抑えていた。
怒りのまま戦えば、冷静な判断ができないからだ。
「おかしいではないか、奴らはガレムへの忠誠心からこの世界の人間を殺したのだぞ。実に間抜けだ。忠誠心にとらわれて真実が見えていなかったのだからな」
神の言葉を聞き終えた瞬間、マユは相手へと殴りかかった。
ここで怒りを抑えられるほど、マユの精神は成熟していなかった。
「ぐっ」
神はその攻撃で玉座へと吹き飛ばされ、そのまま座る形になってしまう。
「ば、バカなっ!」
神はマユの攻撃が全く見えなかった。そして彼の中で、マユに対しての恐れの感情が高まる。
マユがこの部屋へと入ってきたとき、神は彼女から女神の気配を感じた。
(先ほどの祈りか……)
彼はこの城に入ってからのマユの様子をこの場所から見ていた。彼女が部屋に入る前に女神像に祈っていたのを知っていたのだ。
彼は女神を恐れた。だからこそ自身の最も強い攻撃をマユに対して繰り出した。これは魔族達を殲滅させた紫の光と同じものである。この光に触れたものは、例えどんな者であろうと消し去ってしまうのだ。
だがその光は、マユに通用しなかった。
そしてその光を防ぐ際に、女神の力を感じなかった。それが意味するのはマユには自身の攻撃が通用しなかったということだ。
なので神は次の手を打つ、マユとリーゼを引き離し、勇者レイブをマユにぶつけたのだ。自身の力が通用しないのならば、勇者ならどうだと思っての行動だったが、それがうまくいった。マユはレイブに攻撃できず、逆に彼女はレイブの攻撃によって傷を負い、片腕も切り落とされてしまった。
(やはり、奴は……)
そしてそんなマユの様子を見ていた神は、彼女の致命的な弱点を発見した。
(似ている、奴とガレムは……)
それは自身の切り札になる。そう思った神はどうやってその状況に持って行こうかと考えを巡らせていたが、その前にマユによってレイブの洗脳が解かれ、さらに水晶に閉じ込めておいたリーゼにまで逃げられてしまう。
(いま女神の力が……)
だがマユの方も無事ではすまなかったようで、意識を失い倒れてしまう。
(ふふふ、やはり奴のあの甘さは奴自身の足かせになったか)
あの状態ではもう長くは持たないだろう。そう思い神は、意識を失っているマユとそれを支える2人に向かって雷魔法を放った。
(私の魔法、いやガレムの魔法で……なっなんだと!)
だがそれも勇者レイブによって防がれてしまう。
レイブが剣を持ち上げ、剣先を上へと向ける。そして神の呼び出した雷が、その剣へと吸い込まれていく。
(だが、長くはもつまい)
神の想定通りレイブの肌が徐々に焼け爛れていく。そんな勇者を見て神は内心でほくそ笑むが、そんな彼はまたもや驚愕してしまう。
なんとリーゼが、レイブに抱きつき彼の火傷を治してしまったのだ。
(おのれ、この前は逃げるしか能がなかったくせに……ふっ、まあいいあの小娘も死ぬのだ。暇つぶしにはなるだろう……ふふふ、そうだ奴らは死ぬのだ)
はじめは抵抗する2人に対して苛立ちを感じていた神であったが、少しすると2人の必死に抵抗する姿をあざ笑うことで、なんとか自身の苛立ちを誤魔化す。
「ハァハァ、何がおかしい!」
「お前達が、あまりにも無様なのでな」
「なんだと!」
「逃げればいいではないか、そうだ少し時間をくれてやる逃げろ」
神は2人が逃げるのならば、それでいいと、いや逃げて欲しかった。
「後ろに、マユがいるわ」
神の心はまたもや2人に対しての苛立ちに支配される。先ほど感じた苛立ちも、彼らが後ろに倒れているマユを守るために戦っているということに対してのものであったのだ。
それを2人を無様に思うことでなんとかごまかしたが、そんなものは所詮気休めでしかない。神の心は常に嫉妬が支配しているのだから。
魔族たちの居た世界は、200年ほど神不在の時間があった。しかし神が200年もいなければ世界から実りが失われ、人や動物たちは絶滅してしまう。
そんな世界の状況を見ていた名もなき神は、彼らの世界に祝福を与えた。信託や降臨することはできないが、これくらいのことはできた。
その時の神は純粋に彼らを助けたかったのだ。
「ふふふ……」
「なにが、おかしいの?」
玉座にもたれ嘲笑する神に向かって、声を震わせ問いかけるマユ。
「私自身に、笑っているのさ」
そう言って神は立ち上がり、マユへと向き直る。神は殴られた衝撃で少し昔のことを思い出し、そして自身を嘲笑した。
(なぜ、今さらあの時のことを)
神は不思議な気分だった。彼の心にはなぜか喜びや悲しみなどの気持ちが溢れていたのだ。
(違う、これは私では、あの時の弱い自分は捨てたのだ)
そんな気持ちを振り払おうと頭を振る神。そしてそんな神の様子を、怪訝な面持ちで見つめるマユ。
(そうだ、あいつを、目の前の奴を倒すのだ。そのためには……)
「ふふふ、しかしあの2人は無様だったよ」
「っ!」
なんとか気持ちを切り替えた神は、リーゼとレイブを嘲笑し、彼の言葉を聞いたマユが彼を睨みつけた。
「無様だ。なぜなら貴様などを守るために……ぐぶっ!」
神の言葉を聞き終わる前に、マユは彼に飛びかかり、そしてその顔面めがけて拳を放つ。
「2人を馬鹿にしないでよ!」
(馬鹿め)
顔面に拳を受けた神は、よろめきながらほくそ笑む。だが続けてきた痛みに顔が苦痛に歪んだ。
「ぐあっ!」
マユが彼の腹を殴りつけたのだ。
「くっ、くそっ!」
このままでは神はやられてしまうだろう。だが彼には奥の手があった。そうマユの甘さにつけ込む奥の手だ。
(ふふふ、ガレムよ今少しだけ自由にしてやる)
そんなことも気づかずマユは必死に神を殴り続ける。ガレムの大きな体はサンドバッグのようであった。
そしてマユは、その体に向かってテインを倒した時のように力を込めて最後の一撃を放とうとしていた。
(さあ、ガレムよ奴に植えつけろ悲しみを)
だがその拳は神、いや意識を取り戻したガレムによって手首を掴まれることで防がれてしまった。
「……小さな戦士よ」
「なにっ、なんなの?」
様子の変わったガレムに怪訝な表情浮かべたマユが彼の顔を見つめる。
「私と彼を救ってくれ」
「あなたは誰?彼って誰?」
ガレムの瞳から涙が溢れ出す。そしてそれを見たマユは戸惑ってしまう。
『よっ、余計なことを言うな』
マユが戸惑っていると、どこからか少年の声が聞こえてきた。
「誰?」
「彼だ、彼の心は悲しみで溢れているのだ」
「悲しみ?」
「そうだ彼が私に憑依した時に、彼の感情が私に伝わってきた」
『やめろ、やめてくれ』
彼にとって昔の自分のことを知られることは屈辱であった。そしてあの時の純粋な気持ちを思い出したくはなかった。
「彼は今も苦しんでいる」
そしてガレムの涙の理由、それは自身の体を好き勝手に使った神への哀れみであった。
彼をなんとかして救ってやりたかったのだ。
『くそっ、もうやめだ。こうなったら力づくで奪ってやる』
神がそう言うと、突如ガレムの体が光り出し、そしてその光が彼の胸へと集まっていき、青白い光の球体になった。
『お前の体は今日から僕のものだ!』
そしてその光が自身の体へと入ったのを最後にマユは意識を失ってしまった。




