勇者な少女
「よくぞ来てくれた、勇者よ」
少女が異世界に召喚されて、初めて聞いた言葉がそれだった。
「遅刻だ」
少女は肩甲骨辺りまで伸ばした黒い髪を、揺らしながら走っていた。彼女の名前はマユ、まだ幼さを残す顔からは焦りの色が見えた。
それもそのはず、彼女は珍しく寝坊してしまい。余裕を持って自宅を出ることができなかったのだ。
「えっ!なにこれっ!」
走っていたマユの前方からまばゆい光が現れた。それは次第に彼女へと近づき、そして彼女は光に飲み込まれて意識を失った。
マユが目を覚ますと、そこは石造りの広い部屋だった。周りには彼女を囲むように、鎧を着た兵士が立っている。
彼女の足下には模様が書いてあり、何故かマユにはそれが何であるか一目でわかってしまった。
「召喚魔法?」
「その通り」
マユの目の前に赤と白のマントを羽織った男と白い髪の女が現れ、彼女に答えた。
「よくぞ我が召喚に応じてくれたな、勇者よ、我が名はアルマード80世、この国の王だ。そして私の隣にいるのが」
「娘のユリアです」
どうやら男と女は王族だったようだ。ユリアの髪は雪のように白く綺麗で、マユは少しの間、見とれてしまい返事が遅れてしまう。
「あの?」
もしかして言葉が通じないのでは、ユリアがそう思い始めた時、マユはようやく口を開いた。
「わたしの名前はマユです」
マユの自己紹介に、ユリアも安心したのかホッとしている。
「勇者よ、私の話を聞いてもらえますかな?」
お互いの自己紹介が終わったところで、ようやく王が本題に入った。
「実はあなたに魔王を倒していただきたい」
この世界には、魔王がいるのだ。
彼はもともとこの世界にいたわけではなく、異世界からこちらの世界にやってきた。
魔王とその仲間たちは、魔族と一括りに呼ばれている。
今から100年前、彼らはこの世界にいきなりやってきた。そして人類を攻撃し始めたのだ、もちろん人類もただ手をこまねいていたわけではなく。討伐隊を組み、魔王の城まで派遣したのだが誰1人帰ってくることはなかった。
次に立ち上がったのは、勇者と呼ばれる者だ。彼はこの世界の希望だった。だが、彼でさえ魔王にかなわなかった。
勇者を失った人類にはもうなすすべがなく次第に追い込まれていく。
そこで王は最後の賭けに出る。異世界から勇者を召喚するというものだ。
そしてそれは成功し、マユはこの世界に召喚されたのだ。
「頼む、もう魔王を倒せるのはそなたしかいないのだ」
「でも、わたしは戦ったことなんて」
マユは今まで、戦いとは無縁の世界で生きてきた。生き物の命を直接奪ったことのない彼女に、いきなり魔族と戦えと言われても無理な話だった。
それを聞いた、王はため息をつき天井を仰ぐ。
「おいっ!」
彼がそういうと、マユの後ろにいた兵士の男が、彼女を羽交い締めにする。
「戦えないのなら仕方がない」
王は彼の近くにいた兵士から剣を受け取ると、こちらに近づいてきた。その顔はどこか鬼気迫る表情である。
「あなたには死んでもらう。そして次の勇者を呼ぼう」
召喚魔法でこの世界に呼べるのは、1人までと決まっていた。だからマユがいる限り、次の勇者が呼べないのだ。
それを聞いたマユは目を見開く、彼女は、自分のせいで無関係の人が辛い思いをするのが嫌だった。
たまらず彼女は悲痛な表情で叫んだ。
「やります!わたしが戦います!」
それを聞いた王は、マユを解放するように兵士にいうと元いた場所まで戻る。
「では、私はこれで失礼する。ユリア、彼女にいろいろと教えてあげなさい」
「はい」
この部屋にいた兵士全員を引き連れ、王はこの部屋を出て行った。
今ここに残っているのは、マユとユリアだけになる。
「では、訓練場に行きましょう。勇者様の力を見てみたいですし」
そう言ってマユの手をとると、ユリアは彼女を連れて訓練場へと向かった。
「勇者様……」
現在、マユはベッドで眠っていた。
先程まで訓練場にいたのだが、マユの魔法で浸水してしまったのだ。
そのせいで訓練場は使用中止になり、いつまでもそこにいても仕方がなかったので、彼女を客室へと案内することにしたのだ。
客室へと来たマユは、ベッドを見つけるとすぐさま飛び込んだ。
しばらくベッドの上で跳ねていた彼女だったが、知らず知らずのうちに眠ってしまう。それを見たユリアは微笑みを浮かべ、マユの頭を撫でる。
「あんなことがあったら疲れますよね」
ユリアはマユを撫でながら、彼女を見る。その表情はどこか辛そうだった。
彼女には妹がいた。生きていれば、今頃マユと同じくらいの歳だろう
「私達は、最低ですね」
その妹と同年代の少女を戦わせる。
そんな自分がユリアは嫌いになりそうだった。
「ごめんなさい」
ユリアの瞳から涙が溢れてくる。それはマユの顔にもこぼれ落ち、そのせいでマユは目を覚ましてしまう。
「泣いてるの?」
ユリアを見たマユは心配そうな眼差しで彼女を見つめる。
「だいじょうぶです」
そう言って涙をふくユリアだが、何度ふいても溢れ出してくる涙に、マユは自分に何かできないだろうか、と考える。
「っ!」
マユはユリアを優しく抱きしめた。人は悲しいときは優しくされたいものだ。そう思った彼女はユリアを抱きしめたのだが、それが彼女をより苦しめた。
「やめてください!わたしにやさしくしないで!」
その言葉はまるで悲鳴のようだった。
「泣かないで」
「やめて!」
ユリアはマユの優しさに耐えられなくなると、彼女を引き剥がし部屋から出て行ってしまった。
「ユリア」
彼女が出て行った方を見つめるマユ、その瞳からは、涙が溢れていた。