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act.003 あくまでも働いています。


 メイド喫茶につき、裏口から入った私たちは、手早くそれぞれの衣装に着替えた。うちの店では、それぞれのメイド服のデザインがそれぞれ異なる。すべて店長の手作りで、そこはかとないこだわりを感じられる。もはやこれ、作品だもん。

 私は、店では「ナチュラルドジっ子属性」になっているので、あまり派手な装飾のない、いたってシンプルなメイド服だ。スカートの丈もほかの子より少し長めで、胸元についている大きなリボンが唯一の特徴といってもいい。それでも、白いエプロンの背中側はリボンが編み込みになっていたりと、細かいところも凝ったデザインだ。

 そもそもあまりおしゃれに興味がない私は、このくらいで十分なんだけれど、おしゃれ大好きな子や、自身もメイドやアイドルが好きという子は、店長のこだわりに加えて本人自身のこだわりもついてくる。

 うちの店では、月ごとに季節のイベントが行われているので(四月はお花見イベントだった)、衣装もそれに合わせて変化していく。この店はほとんどが店長の趣味で成り立っているといっても過言ではないけれど、趣味にそこまで労力とお金を費やせるのはすごいと思う。

 そんなことを考えながら着替え、更衣室を出ると、裏の倉庫で着替えていたらしい神谷君が、すでにパウダールームを陣取っていた。ウィッグを完璧に装備して、パニエでふわっふわに膨らませたメイド服を着た神谷君は、もうとても男の子には見えない。……見えないんだよなあ。


「神谷く、」

「夕子先ぱぁい、何か言いましたぁ?」


 口から滑り出た「神谷君」という単語を、圧力をもって抑えられる。こ、こっわああ。だってね、そんな、呼び方を使い分けるなんて難しいんだよ!?

 不器用で要領の悪い私にはとても無理なことだ。神谷君と神谷ちゃん、どっちにしろ慌てて間違っている方を口走ってしまうだろう。仕方ない、神谷君とぴかりん呼びで、何とかするか。


「ぴ、ぴかりん、ごめん。えーっと、今日のぴかりんの予約数は?」

「五席全部埋まってますー、人気のない先輩とは違って、わたし人気者なんですぅ」

「そ、そっかあ、はは、は……」


 女の子にしか見えない、見えないけど、男の子だと知ってしまったあとでこの言葉遣いは、かなり違和感だし、もはやわざとらしく聞こえる。そりゃ、今どきこんな子いないよね……。

 思いつつ、私も神谷君の横でメイクを始める。下地クリームを軽く塗ってから、パウダーをはたいて。ここまでわずか二分。あとは、アイラインを引いて、マスカラを塗って終わりだ。女子大生ですが、化粧にかける時間は五分ちょっとです、何か?


「あーもうっ、先輩を待ってたせいで、わたしのメイク終わらないんですけどぉ」

「ええ、それって私のせいなの?」

「そうに決まってるじゃないですかぁ! ってか先輩、――本当にメイクがはやすぎて驚きますよ、少しは手間かけてメイクしたらどうですか?」


 途中から地声になった神谷君に、私は驚きですよ……。いやもうちょっと慣れたけど。

 ちらっと神谷君を横目で流し見すると、神谷君はまだ下地の段階だった。……丁寧すぎませんかね。

 神谷君のメイド服は、茶色を基調とした、少しアンティークな感じのものだ。これがまたかわいい妹キャラの「ぴかりん」にはぴったり合っている。私のメイド服が黒を基調としたオーソドックスなものであるのに対し、サーモンピンクのリボンや大き目のボタン、襟もとのラインなど、すべてにおいて可愛さが重要視されている。

 スカートの中には果たして何枚パニエを重ねているのか。っていうかそのパニエの下には何はいてるんだろ。なんていう妄想が駆け巡ってしまう。


「夕子先輩の目、なんだかやらしぃーですよぉ?」


 こっち見てんじゃねぇよ、というような神谷君の視線を感じる。かわいらしい声と言葉とはうらはらに、言外にこめられた言葉は恐ろしい。

 私がそんな神谷君にたじたじとなっていると、後ろからほかの人の気配がした。


「……あれ、夕子と光じゃない。光がこの時間にメイクしてるなんて珍しいわね」


 そう言って現れたのは、ツンデレ属性のまあちゃんこと野崎真尋のざきまひろちゃん。長くてさらさらツルツルの黒髪を、きれいにポニーテールにした、王道的ツンデレ美女だ。メイド服は、私と似たような黒を基調としたものだけど、スカートが意外と短かったり、リボンが赤だったり、エプロンの裾にフリルがあしらってあったりと、私のものよりもガーリーになっている。

 このまあちゃん、私と同い年なのだけれど、本当に大人っぽくて姉御肌で、頭が上がらない存在なのだ。お客さんの間でも、公式キャラクターはツンデレだけど、裏では姉さんと呼ばれている、とかなんとか。


「おはようございまぁーす、まあちゃん先輩! 夕子先輩と一緒に来たらぁ、ぎりぎりになっちゃったんですー」


 勝手なことを言う神谷君を恨めしく思いながら(勝手についてきたのは神谷君なのに!)、しかし反論するとあとが怖いので口をつぐむ。くっそう、好き放題言っちゃって。


「へえ、そうなの。もうすぐ営業時間になるからね、急ぎなさいよ。夕子はもうしたくできてるなら、私と一緒に調味料類の補充手伝ってくれる?」

「あ、うん! えーと、ケチャップとマヨネーズ?」

「あとチョコとキャラメル。そっちの棚に全部入ってるから、出してきてくれる? 私はキッチンから容器持ってくるから」

「了解ー」


 メイド喫茶のスタッフ入れ替え時間は忙しいのである。メイクしてるだけじゃ、ないんです!


   *** *


「――おかえりなさいませ、ご主人様」

  

 お辞儀の角度、よし。笑顔、よし。セリフもかまずに言えた、よし。

 そうして私が顔を上げると、見慣れた常連さんの顔が。――とは言っても、私の常連さんではないところが、悔しいところなんだけど。


「あ、ゆうこりん、こんにちはー。……ところで、えーと、ぴ、ぴかりんは……、」

「あーっ、ご主人様ぁ、やっと来てくれたんですねぇ! わたし、待ちくたびれちゃいましたぁ」

「ぴかりんっ! ご、ごめんね、遅くなっちゃって……僕の仕事が長引いて……」

「ご主人様、今日もお仕事だったんですかぁ! おつかれさまですー、今からわたしとゆっくりお話しましょうねー!」


 入口で出迎えた私を総スルーしてきゃっきゃと話し込む二人。いや、いいんだよ、神谷君の予約客だもんね、常連さんだもんね、お得意さんだもんね。昨日までは「さすが神谷ちゃん、すごいなぁ」としか思わなかったけど……今日はなんか、すっごい敗北感……!

 だってその人、その人、男なんだよー!?


「ご主人様、お席ご用意してますからぁ、どうぞー!」

「う、うん、ありがと、ぴかりん」


 でれでれ鼻の下伸ばして神谷君の後をついていくご主人様。もはや哀れに見えてきた……。南無南無。

 心の中で憐れみながら、改めて店内を見渡してみる。店内にはテーブルが16卓あって、そのうちの5卓を今、ぴかりんが接客している状態だ。本当に、看板娘と言って差し支えない。

 そして残りの卓は、まあちゃんが3卓接客中で、もう一人のえりにゃんはまだいなくて。現在私はというと、悲しいことに1卓。しかもそのテーブルのお客様は、ご新規の方で、ご新規の方はうちでは指名ができないことになっているのだ。つまり、私を指名してくれたお客様は、いないわけで……ちょっとへこむなあ。


「あ、あのー、すいません。注文、いいですか?」

「はっ、あ、はい! かしこまっ、りました!」

 

 こんなこと考えてる場合じゃなかった、私は接客中なんだった……! 急に呼ばれてびっくりしすぎて、めちゃくちゃセリフを嚙みながら振り向くと、お客様も私の勢いにびっくりしたようで。目がまん丸になっている。

 今日のお客様は、たぶん今まで一度もメイド喫茶に行ったことがないんだろうなと思う。慣れてない感が伝わってくる。それでもおひとり様ということは、これからよく来てくれるかもしれないってことだ。

 よっし、頑張るぞ。


「えーと、ミルキーオムライスと、セットドリンクでコーヒーを」

「かしこまりました、ご主人様!」

「えっと、君の名前は……ゆうこりん、ちゃん?」


 まだメイド喫茶の雰囲気に慣れないのか、少し挙動不審なお客様。最初に来た人はみんなこうなる、と思う。ここは異世界だと、私も思った。


「はい、ゆうこりんです。今日はたくさんお話して、日ごろのストレス、全部なくしちゃってくださいね」


 へへ、と私が笑うと、お客様の顔が朱に染まった。おっ、これは意外にも好感触。確かに感じる手ごたえに、心の中でしめしめと思っていると、横を通った神谷君があからさまにいやそうな顔をする。……そんなに変な顔してたかな、私。


「先ぱぁい、一人の客で喜んでるなんて、欲なさすぎですー」

「う、うるさいよ!」


 いいじゃないか、喜んだって。うれしかったんだから。

 私の固定ファンは、自慢じゃないけれど、本当に少ないのだ。数人熱心なファンがいるけれど、とてもほかの人と比べ物にならない数だ。こういうのは数じゃないって思うけど……でも、やっぱり気にしているわけで。

 打倒神谷君、なんて、口にも出せないくらいです。心では思ってますけどね。


「先輩、オムライスできてますよ」

「あ、ほんとだ。ありがと、か……ぴかりん!」


 ぼーっとしてたら、あっという間にオムライスが完成したらしい。今日は割と暇だからって、はやすぎるでしょ!

 教えてくれた神谷君(思わず君付けしそうになった)にお礼を言って、私はキッチンまで見苦しくならない程度に駆け足をする。温かいものを温かいうちに。これ、飲食店の基本です。

 完成しているオムライスを右手に、さっき補充したケチャップを左手に。待ち構えているお客様の元へ行って、このケチャップで文字を書くのだ。だいたい、初回のお客様には「ようこそ」とかが定番。


「ご主人様、ただいまミルキーオムライス、お持ちしました。私が最後の仕上げをいたしますね」


 このサービスは、よくあるサービスだけれど、一番わかりやすいので人気がある。絵心のある人なんかは、かわいい絵をかいたり。「だいすき」と書いたりする人だっている。

 ――ただ、私はこのケチャップで文字を書くのが、死ぬほど苦手だったりする。


「…………これ……は……?」

「う、うさちゃんでございます!」


 おいしそうなオムライスの上には、うさちゃんこと血塗られた兎が。……我ながら、どうしてこうなった?

 私の絵を見て、後ろで爆笑している神谷君。……うるさいから黙ってください。

 必死で笑いをこらえているまあちゃん。……もういっそ笑ってください。

 

「えー、と。……どうぞ、召し上がれ?」


 引きつった笑みのご主人様に、私は笑いかけるしかなかった。


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