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prologue あくまでも男です。


 人の秘密を知ってしまったときって、自分が悪くなくても、罪悪感を感じちゃうものだ。

 ――特に、それが相手にとって重大な秘密であれば。


「……神谷ちゃん、だよね?」


 うっかり、声をかけるのを忘れたのだ。いつもとは違う時間帯にバイトを上がらせてもらったのに、いつものくせで、自分しか着替える人がいないと思って。声をかけずに、更衣室のカーテンを開いた。

 そのことを、まさかこんなに後悔するなんて。

 目の前にいるのは、うちのメイド喫茶でアルバイトをしている、神谷光かみやひかりちゃん。18歳の女子大生で、かわいい妹キャラが売りの人気のメイドさん。そう、女子大生、のはず、なんだけど……。


「――やっべ、バレたか」


 目の前にいるのは、神谷光ちゃんそっくりの、っていうか瓜二つの、っていうか本人の……学ランを着た男の子だった。


   *** *


 そもそも、うちの店のアルバイトは高校生禁止だ。何ってメイド喫茶なんていう、一種の不純なお店なわけだから、未成年を働かせるわけにはいかないのだ。それが未成年を働かせているなんてことになったら、変なお客だって増えるだろうし、道徳的にもよくないだろう。

 そんなことを冷静に考えて、現実逃避をしてみたけれど。今のこの状況は変わらないみたいです。


「夕子先ぱぁい、ストロベリーパフェとチョコバナナパフェとビッグマウンテンパフェ、全部頼んじゃいますかーぁ?」


 メニューを開きながら、パフェの名前を挙げ連ねている、神谷ちゃん。……ちゃん付けする必要、なさそうだけど。

 先ほどまで学ランを着ていたとは思えないほどかわいい。まるでさっきの映像が夢だったかのように。むしろ夢であってくれ頼む。

 そんな私の願いは神様には届いていないようで、現実は変わらず、メイド服を着た神谷ちゃんがにこにことほほ笑んでいる。


「……神谷ちゃん。まず、確認なんだけれど」

「はぁい、お聞きしまーす」


 平日の夜遅くで、お店がすいているのをいいことに、神谷ちゃんは私の前から一歩も動かない。あれを見てすぐ帰ればよかった。そうしたら、バイトが終わっても店にいるなんてことにはならなかったはず。

 だけどもう遅い。神谷ちゃんの張り付いた笑顔も怖いし、聞きたくないけど聞かなければならないみたいだ。

 「彼」が、なぜここで働いているのか。


「男の子なんだよね?」

「そぉですねー……――先輩、ちょっと声がでかいですよ?」

「……急に地声に戻るのヤメテ、怖いから」


 目が笑ってない、笑ってないよ!?


「えー。もう隠してもしょうがないんで、言わせてもらいますけど。まず、そういう趣味があるわけではないです」

「え、そうなの?」


 意外でしたと言わんばかりの私の声に、神谷ちゃんが小さく舌打ちをした。いや、だから怖いってば!


「それと、店長はこのこと知ってます。諸事情でここで働かせてもらってますけど、金がたまったらやめるんで。あと、ほかの人達にバラしたら先輩のことヤるんで、よろしくお願いします」

「ヤるって!?」

「どういう意味でとらえてもらっても結構ですよ」


 にっこり、スーパースマイル。この笑顔が天使のほほ笑みとお客様の間では噂されているというのに、何この悪魔。っていうか鬼。っていうか外道。

 いやいや、待って、おかしいよね? 私が秘密を知ったんだから、神谷ちゃん……君? は、私にお願いするべきなんじゃないのかな? なんで私が脅されてるのかな!?


「夕子先輩は、確か、大学の進学金を自腹で払ってるんでしたよねぇ?」

 どき。


 私は、神谷ちゃんの声色が落ち着いたことと、その言葉の内容に、動けなくなる。どうして、どこで、それを。

 私がメイド喫茶でバイトする理由、それはお金だった。何って、待遇がいいのだ。力仕事も向いていない、パソコンは使えない、不器用ですぐドジをする私にできるバイトはただでさえ限られていて、そして時給がいいバイトとなると、もう本当に数えるくらいしかない。

 その中で、メイド喫茶というのは、一番割のいいバイトだった。


「な、なにが言いたいのよ」

「俺、さっき言いましたよね、店長はこのこと知ってるって。つまり、店長は俺の味方なんですよ」


 落ち着いた声。とっくに声変わりしているであろう、本来の彼の声は、静かに私に降り積もる。

 それは、お願いという名の、脅迫。


「黙っててくれますよね、せぇんぱい」


 最後にしっかり、天使のほほ笑み。その奥に、悪魔の満面の笑顔が見えた。

 中森夕子なかもりゆうこ19歳、どうやら、恐ろしい後輩を持ってしまったようです。

 見切り発進でゴーです。

 

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