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魂管理事務所

作者: ケイ

誰も知らない

何処にあるのかもわからない

しかし、来たる時に『それ』は現れる

迷いし魂を救わんがため…


それこそが此処、『魂管理事務所』なのだから…




 それは突然やってきた。真夏の土曜日のことだった。



夏の日差しが降り注ぐ真昼の町並。

上着を脇に抱え汗をかきながら忙しそうに早足で歩くサラリーマン、買い物袋を持って家路をたどる主婦、友達とワーワー騒ぎながらはしゃいでいる小学生、信号の青と同時に動きだす自動車と歩行者…。


休日のためか、もしくは夏の暑さのためか、町全体が騒々しくも感じる今日、僕はある場所に向かっていた。


「もしもし……うん、もう少ししたら着くから……うん、それじゃあまた後で」


彼女からの電話。彼女はもう着いているようだ。僕は急ぎ足で、その場所に向かった。




少し長めの信号。

ふと顔を上げると空色の世界が広がる。雲ひとつない空からは、真夏の太陽が町中を照らしている。


 五年、か…


あの日と同じ空。

あの日、彼女と…由実と出会った。

あれからもう五年経ったんだな…。

そんなことを考えながら、僕はポケットに入っている物をにぎりしめた。


信号が青になる。

全てが始まる合図。

僕は歩きだした。彼女のいる場所へと…。


 それなのに


『それ』は突然やってきた。


キイィィー!


「………え…」


ドッ……――




「…う……ん……?」


目が覚めると、木でできた見るからに古い造りの天井が目の前に広がる。

僕は見知らぬ部屋の布団に寝ていた。

起き上がって周囲を見る。

壁と床も木でできていて、少し動くとギシギシと軋む。おそらく、かなり昔に建てられたのだろう。

部屋の中には、机と椅子と布団だけ。

なんとも殺風景な部屋に、僕はいた。

部屋を見渡しているうちに、一つの疑問が浮かぶ。


 なんでこんな所に……?


今いる場所は、全く見覚えのない場所。

何でこんなところにいるのだろう。さっきまで、僕はあの場所へ向かうために――


「おや?気がつきましたか」


不意にドアが開き、老紳士が入ってきた。


「あなたは……?」


「私に名前などありません。この世に彷徨う魂を正しき場所へと送る、魂の管理人です」


「魂……。一体どういうことですか?」


「まずはそれから説明しましょうか」


目の前に立つ老紳士は、何やら非現実的なことを話し始めた。


「人間は二つの性質、身体と念体から構成されています。身体は人間の、目に見える部分のことで、主に『体』と言われています。それに対して、念体は見ることのできない部分、つまり『心』を指します。」


僕は黙ってその話を聞いていた。


「本来、人間は死ぬと、身体の機能が停止し、念体は自然のもとに(かえ)ります。ですが、未練や後悔などといった強い感情を抱いたまま死んだ場合、稀に念体が消えずに残ることがあります。これが『魂』なのです。まあ、中には幽霊などとおっしゃる方々もいますね。私の役目は、消えるはずだった魂を救うことなのです。わかっていただけましたか?」


「え、ええ。なんとなくは。でも、なんで僕はここに…?」


その言葉に、老紳士は驚いたような顔を見せた。


「あなたは先程の出来事を覚えていないのですか?」


先程の出来事…。気を失う前の事を思い返してみる。

信号が青になって、歩きだして、車のブレーキ音が聞こえて、そして…


 もしかして…


「あなたは、死んだのです」


老紳士は一言そういった。


僕は…死んだ……


老人に言われた言葉が、何度もこだまする。

全身から血の気が引くのがわかった。

倒れはしなかったものの、死んだ事に対する実感を持てなかったためか妙な気分だった。

死んだはずなのに体がある。

今、こうしてこの場に存在しているのに、僕は死んでいる。


「死んだという事実は変える事はできません。あなたが今できることは、生前成し遂げることができなかったことを今解決する、それだけです。ついて来てください」


老人は、僕にそう告げ、部屋を出ていった。

幾分の動揺を残したまま老人についていく。


部屋から出ると、左右に廊下が通っていた。廊下はとても長く、突当りがかなり小さく見える。

老人についていき、一つの部屋に入る。

その部屋は家具などはなく、窓も電灯もない。けれども、部屋全体が真っ白に輝いている、そんな部屋だった。


「これを御覧ください」


老人がそう言うと、急に部屋が変わる。

長く続く、薄暗い場所。どうやら廊下のようだ。

病院だろうか。壁から天井まで白で埋めつくされている。


廊下に置かれている椅子。

誰か座っている。


「由実……」


そこには由実がいた。

由実は顔を手で覆い、肩を震わせながら座っていた。


「あなたには成し遂げなければならない事があります。今のあなたならそれが何かわかるでしょう」


僕のしなければならない事…。

そんなものは一つしかない。僕が死ぬ前にしようとしてた事…


「僕は、由実に会いに行く」


戸惑いはなかった。

死んだことなど関係ない。僕は彼女に会いに行く、それだけだ。


僕の言葉に、老人は微笑んだ。

突然廊下が消え、辺りは住宅街になる。


「ここは…」


そこは、事故に遭う前に由実と最後の電話をした場所だった。


「あなたがこれからする事について、言っておかなければならないことがあります」


僕が、突然現れた景色に驚いていると、不意に老人が言った。


「まず、目的を達成する上で、関係のない知人に会うことは許されません。あなたの場合、両親には会ってはなりません。それと、今から約三時間以内に目的を達成して下さい」


「制限時間があるんですか?」


「ええ。もともとあなたは死んでいます。一度死んだ者が存在すること自体が許されるべきことではないので。混乱を起こさないためにも、その二つは必ず守って下さい。…では、ご健闘を祈ります」


老人はそう言うと目の前から消えた。




静かな町。今は人も通ってない閑静な住宅街に、僕はいた。

時計を確認する。

今は三時。六時までに会いに行かなければ…。


さっき彼女がいたのはおそらく病院だろう。

そこに行けば会える――


「いや、無理か…」


彼女のいる病院がどこにあるかなんてわからない。仮にわかっていたとしても、そこにはきっと僕の両親もいるだろう。

どうすればいいんだ…。


無意識に、ポケットの中に手を入れる。その時、初めて気付いた。


「…ない」


なくなっていた。さっきまでポケットの中にあった物が、そこにはなかった。

事故に遭った時に落としたのだろうか。


「探さなきゃ」


あれがなくては意味がない。

僕は走りだしていた。




気がつけば、もうそこに着いていた。

僕の死んだ場所。

そこまでひどい事故ではなかったのか、事故の痕は残っていなかった。ただ、アスファルトを削るかのように残っていたブレーキ痕だけが事故の大きさを物語っていた。


この辺りにあるはずだ。辺りをくまなく探す。

はたから見れば奇妙な人に見えるかもしれない。それでも、僕は探さなければならない。

現場のである交差点から、少し離れた歩道まで。だが、どこにも見当たらない。

一向に見つかる気配が無いまま、時だけが過ぎていく。

もしかしたら警察が遺留品として回収しているかも…。

ふと頭に思い浮ぶ。それと同時に、体は動きだしていた。


警察署に着くとすぐに中にいる人に聞いた。

気が動転していたんだと思う。もう何をいったのかも覚えてない。

今は確認をしてもらっている。確認できるかどうかわからない。できたとしても、ないかもしれない。

だが、もしここになければ、もうどうしようもない。


受付の人が戻ってくる。


「申し訳ございません。確認しましたが、ありませんでした」


「そうですか…」


なかった。もう、だめだ。

僕は半ば放心状態で、その場を後にした。


先程まで明るかった町も太陽が沈みだし、だんだんと薄暗くなる中、僕はトボトボと歩いていた。

結局、見つからなかった。これでもう探す当てがない。

何も考えることができないまま歩き続け、気がつけばまたあの交差点に来ていた。


 探さなきゃ…


再び探し始める。頭が勝手に判断する。体が勝手に動く。

ないかもしれないのに。あったとしても、彼女に会えるとは限らないのに。

きっと、頭の奥底のどこかでわかっていたんだと思う。今僕ができることは、これだけ。

そして…


「あった…」


やっと見つけた。これで――




静かなさざ波の音。風が運んでくる潮の香り。夕日が海に反射して眩しい。

町から少し離れた所にある海岸。そして、由実と初めて出会った場所。

僕は彼女に会うためにここにやって来た。

彼女がどこにいるなんてわからない。ただ、ここならばもしかしたらいるかもしれない。


海辺を見渡す。砂浜に誰か座っている。

気がつけば駆け出していた。そして…


「由実…」


僕の声にピクリと反応する。ゆっくりと振り返る。


「どうして…」


その顔は驚きの中に、悲しみもこもっていた。


「由実に、会わなきゃ…会って言わなきゃならないことがあったから」


ついさっきやっと見つけた、大事な物をポケットから取り出す。


「これを渡そうと思って」


「これ…」


「今日で、僕らが出会って五年目。そして、誕生日おめでとう」


僕があげたのは、青く輝くアクセサリー。輝く海の色が、澄み渡った空の色が好きだった由実。そんな彼女にぴったりだと思った。


「…そんなの、いらない」


「え……?」


由実が発した言葉は、拒絶だった。


「そんなのもらっても、あなたがいなきゃ意味ないよ…。ねえ、戻ってきて……」


由実は泣きながらそう言った。


「…それは、できない。僕はもう、死んだんだ」


俯いたまま黙って聞いている由実。


「僕はもういないんだ。由実は新しい道を歩まなきゃならない。…僕がいなくても由実は大丈夫だよ」


「…ダメなの?」


僕は無言のまま頷く。すると、由実はゆっくりと僕に歩み寄り、静かに抱き付いてきた。最後の二人だけの時間。お互いに無言のまま、時だけが過ぎていく。


「もう、時間だから」


僕の言葉に、由実が静かに離れる。その姿には、もう涙はなかった。

顔を上げ、笑顔を見せる由実。


「今まで、ありがと」


そう言うと、由実は振り返りゆっくりと歩きだした。



「どうでしたか?」


振り向くとそこには老紳士がいた。


「目的は達成できましたか?」


「はい…。…あの、僕のしたことは間違いじゃなかったのでしょうか…。由実と会うことはできたけど、それと同時に、由実につらい思いをさせてしまった。これでよかったのでしょうか」


「間違いかどうかはあなたが決めることです。あなたが、彼女に会ったことを後悔しているのであれば、間違いなのかもしれませんね」


「そうですね…」


「そろそろ時間ですね」


老紳士が時計を見る。

僕はもう消えるのか…。


「僕はどうなるんですか?」


「別にどうもなりません。もともと人間は自然から生まれたものですから、自然に(かえ)るだけです」


「そうですか…。…ありがとうございました」


「これが仕事ですから」



最期の時。不思議なことに気分は晴れていて、今なら死をも受け入れられる気がする。とうとう僕は死ぬ。僕は――


「…いきましたか」




誰も知らない

何処にあるのかもわからない

しかし、来たる時に『それ』は現れる

迷いし魂を救わんがため…


それこそが此処、『魂管理事務所』なのだから…


初めて投稿しました。

こんなヘタクソな小説を読んで下さって、本当にありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言]  テンポが悪かったと思われます。三点リーダの使いすぎや改行後の文頭空けが無いのが要因でしょう。  また、探し物が見つかるタイミングに疑問が生じました。あんなに探しても見つからなかったものが簡…
[一言] こんにちは、拝見いたしました<(_ _*)> 短い文章の中なのに、ものすごく読みやすくてテンポも良くてストーリーも良くて、ただただ感心いたしました。 これからも執筆頑張ってください!
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