いつも通りの日々
すっかりと酸化してしまった、手すりを掴みながら彼女は上を目指す。
少しでも力を入れると、手すりを固定している金具ごとポッキリと折れて、そのまま真っ逆さまに落ちるのではないかと不安になる。
そんないつもの不安に煽られながら、彼女は階段を昇っていく。
遠くの広場では、魔導技師たちが自分たちの作った機械人形を持ちあって賭けに興じている。
ここでの最近の流行らしい。人間同士の殴り合いより人形の殴り合いを見たいというのだから、とんだ変人共である。
長い階段を上り終え、扉代わりのガラクタを退かす。中から水タバコの煙が溢れだし、視界を覆う。
どうやら、また換気もしないまま吸っているらしい。
視界はすぐに明け、中の様子が伺える。相変わらず汚い部屋だ。
いや、部屋と呼ぶのも烏滸がましい。
中に広がっているのは、機械人形の腕、散らばった大小様々ネジ、こんなものどこで使うんだというような大きな歯車。
他にも様々なものがごった煮のように無造作に置かれている。一言で言うならば、どれもこれも使い道のないようなガラクタである。
「マスター。何処ですかー?」
彼女は大声でこのガラクタ置き場の主へ呼びかける。
しばらくすると、大量のガラクタの中から手が生えてくる。
「あぁ、良かった。そろそろ死んでいるかと思いましたよ」
彼女はそんな冗談とも取れない事を言い、ガラクタを押しのけてその手の元までたどり着くと、その手を一気に引き上げた。
野菜を抜くような感覚で引き抜かれた人間は、ヨレヨレになり、油やらが染みついて変色している白衣を着ている男性だ。
頭もボサボサであり、もう何日もこの部屋から出ていないのが見て分かる。
年齢が醸し出すおじさん臭さが、彼が若くないことを伝えている。
「あー……おはよう。今何時ぐらい……?」
「お昼を過ぎたあたりです」
寝起きのせいか、それとも水タバコのせいか、目の焦点は合っておらず、虚空を見つめたままだ。
彼女はため息をついて、掴んだままの腕で力任せに部屋の外へとその男性を放り投げた。
ふわりと、マスターと呼ばれた男が浮遊感を感じるのと同時に落下防止のための柵へとぶち当たる。
だが、錆びてすっかり脆くなっておりその衝撃に耐えられず、柵としてのその生涯を終えた。
「あ、まずい」
やり過ぎた。と思ってすぐに部屋を飛び出し、彼女はマスターの落下したかどうかを確かめる。
だが、そんな心配は無用だったようで、寸でのところで指先が地面を掴んでいた。
「なんだ、堕ちてなかったんですか」
「殺す気か!」
そんな声と同時に、柵だった物が盛大に音を立てて下の建物の屋根をぶち破ったようだ。
「あー、堕ちたのが工房で良かったですね」
「全然よくねーから! 俺の工房に大きな穴空いちゃったよ!? 雨凌げなくなっちゃたよ!?」
「それはいらない心配ですよ。マスター。元々、ここは――雨など降らないではないですか」
魔導帝国『シレスティアル』
それは魔法使いの素質を持たなかった者たちが集まる落ちこぼれが集まる国。
そんな落ちこぼれの中の落ちこぼれ。
底の底まで堕ちて来てしまった者たちが集う場所。
シレスティアルの地下に広がる貧困街。
上を向いても景色は見えず、覆いつくすのは地上(楽園)と地下の貧富の差、超えられない壁を体現したように塞がっている巨大な鉄の蓋。
最下層の掃き溜め
今日も空は見えない。
勢いで書いてます。細かいことはなしで楽しんでいただければと思います。
後、途中で飽きるかも……