2.最初のコーヒー
「……やっぱりコーヒーだ」
晴天の霹靂。
これまでの転生人生の中で、今日ほどその表現がピッタリな出来事に出逢ったことはなかっただろう。
自宅キッチンの小さなテーブルの上に散乱しているのは、今しがたハンマーで粉砕した不揃いな『カフィの実』。それを煮出した安物の手鍋。マグカップに注がれた粉まみれの焦茶色の液体。
元々大した知識も無い上、突然の大発見を早く試したいという逸りからあまりにも酷い状態となってしまったが……
それは確かに、コーヒーだった。
「煮出した粉もそのまま注いだからジャリジャリするな。風味もなんか薄いし、それでいてやたら焦げ臭い」
「……でも、やっぱりコーヒーの味がする」
懐かしいあの味。
目を閉じると、得意げに持ち出したパーコレーターで楽しそうにコーヒーを淹れていた父親の姿が蘇る。
前世で衝撃を受けたあの味にはあまりにも遠かったが、それは確かにコーヒーと自信を持って言える味わいで。
「ああ、うまい……」
思えば異世界に転生してこの方、目にするのはすべて前の生活とはかけ離れたものばかりだった。
生まれたその瞬間から視界にはステータス画面が表示されており、
世界には魔力や精霊などファンタジーなものが溢れてはいるが、実際の生活を見てみれば絶望的に娯楽も通信手段も無い貧しい暮らし。
食べ物も低級モンスターを狩ったり木の実を拾ったりするばかりで、塩や胡椒は高価なので味付けすらもまともに出来ず。
それは美食文化の発達した元日本人からしてみれば、あまりに質素で退屈な食生活。
森の方には異常に肥大化したツルを使って人を襲う食人植物もいるくらいだ。
ここらに住む皆、生きることに精一杯で、趣味や嗜好品などに手を出している余裕はなかった。
そんなところに突然降って湧いたのが、この一杯だ。
「……こんなことなら、父さんにもっとしっかり教わっておくんだった」
ポツリ、と漏れた呟きはあまりに今更。
転生した今となってはもうどうしたって教わることなどできない。
「あのパーコレーターとかいうヤカンーーー確か直接火にかけてたし、煮出すものだったはずだよな。でもやっぱり鍋じゃダメ……となると」
だから、決意する。
「よし、いっちょ作ってみますか」
その代わりを、俺が作る。
俺はもう一度、あのうまいコーヒーを飲んでみたい。
次回から本格的にコーヒーを淹れていきます。