9.
※
「なんですか、これ」
俺の住んでいる寮の一室、そのリビングに入るや否や緋乃さんはそんなことを口にした。
「なにって……?」
「汚すぎですよ!」
確かに俺の部屋は綺麗とは言えないだろう。でも男の一人暮らしの割には片付いているとは思うし、ごみが散らかっているわけでもない。パンパンに入ったごみ袋が何袋か隅に置いてあるが、そんなに言うほどじゃないだろう。
まあ、男の綺麗と女の子の綺麗は少し違うのかもしれない。
「そんなに言うほど?」
「なんか、使ったものは使いっぱなしみたいな感じです……」
確かにそれはあるかもしれない。爪切りを使ってそのままテーブルに置いとく、とか。でも、その程度で汚いと言われるとちょっとショックだ。もしかしたら女の子うんぬんじゃなく、緋乃さんが綺麗好きなだけかもしれない。
「じゃあ、とりあえず片付けちゃいますね」
「は?」
「だってこんなに散らかってたら、落ち着かないじゃないですか」
緋乃さんはそう言いながら、テーブルに置いてあるものを次々に手に取っていった。そして、そのままソファーのほうに行き――、
「ちょっと待った!」
ストップをかける。ソファーはまずい。女の子どころか友達すら部屋に来ることを想定してないから、男の子特有のアレな本とかソファーに置きっぱなしだ。幸い、いろいろな物が置いてあるから緋乃さんは気が付いていないみたいだが見つかったら本当にまずい。主に未来の俺の威厳とか。
「なんですか?」
「その……片付けはもういいよ。十分綺麗になった」
「なってませんよ! 置きっぱなしの物を整理したら、ごみを片付けて掃除機をかけましょう」
おい、冗談じゃないぞ……。
「わかった! じゃあ、役割分担をしよう」
「……役割分担?」
このままじゃ本当にやりかねないので、この際緋乃さんに何かやらせて俺がぱっぱと片付けてしまうことにしよう。
「そう。緋乃さんが片付けても、それじゃ俺がどこに何があるのかわからないだろ? だから俺が片付けをするよ。その代わり、緋乃さんはご飯を作ってくれないか?」
時間が時間なので、そろそろお腹がすいてきた。喫茶店では何も食べなかったので、緋乃さんも同じだろう。
「ご飯……。うーん、わかりました。シローさんがそうおっしゃるなら……。確かにお腹もすきましたし」
そしてその推測は正しかったらしく、緋乃さんも了承してくれた。俺は緋乃さんに台所の場所を教えると、ソファーに向かう。
「さて、とりあえず見つかったらマズイものは全部俺の部屋に運ぼう……」
そして俺は可及的速やか(かきゅうてきすみやか)に作業を始めたのだった。
コンコン。
「ん?」
掃除も大体終わり、リビングにいい匂いが漂ってきたころ、部屋に来訪を告げる音が響いた。寮の部屋にインターホンはない。だから用があるときはノックするしかないのだが、俺の部屋に来るお客さんは大体決まっている。管理人さんかもしくは――、
「シロー、いるんでしょ? ちょっとここ開けて」
幼馴染の沙紀だ。聞きなれた騒がしい声が部屋の外から聞こえる。いつもなら何の迷いもなく開けてしまうところだが、今は緋乃さんがいるから気を付けなければならない。
「ちょっと待って!」
俺は部屋の外にいるであろう沙紀にそう言うと、台所にいる緋乃さんのところに向かう。緋乃さんも来訪者に気が付いたらしく、身をこわばらせていた。
「シローさん、誰か来たんですか?」
「ああ、知り合い。緋乃さんは絶対に台所から出ないでくれるか? 部屋に上がってくることはないはずだから」
「あ、わかりました」
沙紀もこの寮が女子禁制ということを知っているので、本当に用があるときしかここには来ない。ということは、用が済めばそのまま帰ってくれるだろう。
「シロー、早くしなさいよー」
緋乃さんに必要最低限のことを伝え、玄関に到達すると沙紀の催促する声が聞こえてきた。まったく、沙紀は昔からせっかちなんだよな。