8.
「鳥……?」
何か言わねばと思って、咄嗟に出てきたのがそれだった。いや鳥ってなんだよ、と自分で突っ込みたい気分になってきたが、言ってしまった以上は何とか話を繋げなくてはなるまい。
「そ、そうなんです! ヒナを拾って……」
「ヒナって……。シローくん、そういうの本当はダメなのよ? それに寮は動物を飼うことは禁止よ」
しまった! 墓穴を掘った。これならまだ緋乃さんを紹介して、忘れ物を取りに来たとか言えばよかったかもしれない。ここで見つかったら、嘘を吐いて騙そうとしたと言われてしまう。
「じ、実は怪我をしてて! ヒナを治癒系の魔法を持ってる友達に診せようと思って!」
我ながら苦しい言い訳と思いつつも、そう口にする。ここまできたら、緋乃さんが忘れ物を取りに来たと言っても信じてもらえないだろう。それならば管理人さんには悪いが、何とか騙し通すしかない。でも管理人さんも俺に友達がいないの知ってるしなあ……。
「そう、わかったわ」
「え?」
万事休すか、と思っているとなぜか納得してもらえた。とりあえず何かを言うべきかと口をもごもごさせていると、管理人さんは右手を開いて俺の前に出して――、
「それ以上は言わなくて大丈夫よ、シローくん。ヒナを診せて、話のきっかけ作りをしたいんでしょう?」
と、とても悲しいことを言ってくれた。いや友達が少ないのは事実なんだけど、そんな風に言われると心にグサグサくる。
「私、差別はいけないと思うの。それは贔屓も同じよ。でもね、シローくん。友達を作ろうと必死に努力している子の邪魔をするのも同じくらいダメだと思うの」
「は、はあ……」
「だから今回だけ、見逃してあげるわ」
管理人さんはそう言うと、今度は俺の肩にぽんと手を置いた。
「大丈夫。さっき寮に来てた子とも友達になったんでしょ? 次も成功するわよ。自信を持ってね」
「あ、ありがとうございます」
「頑張ってね! じゃあ私はこれで」
管理人さんは俺のお礼を満足気に聞くと、そのまま帰っていった。
――なんだろう、この気持ち。せっかく緋乃さんのことを隠し通せたのに、全然嬉しくないや……。
まあ、でもこれで緋乃さんのことはバレなかったんだから良しとしよう。と自分に言い聞かせてドアを開けると――、
「むぅ………………」
ふくれ面をした緋乃さんが玄関に正座していた。
「ひどいじゃないですか! シローさん!」
いきなりそう言われて、とりあえず急いで中に入ってドアを閉める。声を聞いて管理人さんが戻ってきたらシャレにならない。
「いきなり押されて、何事かと思って外に出ようとしたら開かないようにしてありましたし」
ああ、俺がドアに寄りかかってたから出られなかったのか。おかげで管理人さんと鉢合わせしないで済んだけど、どうやら緋乃さんは俺がわざと開かないようにしたと思ったみたいだ。
「人が来たから仕方がなかったんだよ」
とりあえず説明するのも面倒なので、それだけ伝える。しかし緋乃さんはまだ納得していないようで、
「だからって、あんな勢いよく押さなくても……。転んで、私のブーツの紐が切れちゃいましたよ」
確かに慌てていたとはいえ、強く押しすぎたかもしれない。
「それは……ごめん。後で新しいの買ってあげるから」
未来のお金は使えないので、緋乃さんは無一文のはずだ。紐が切れてしまってはもう履けないだろうし、俺が買ってあげるしかないだろう。
「そんな素直に謝られると……。私のほうこそ、いろいろお世話になってるのにすいませんでした」
緋乃さんはそう言って、いつものように律儀に頭を下げる。正座しているので自然と土下座のようになってしまい、すぐに頭を上げさせた。
「もういいよ。とりあえず入ろう」
「あ、はい。ありがとうございます」
そういえば、緋乃さんもこんな風に怒ったりするんだな。最初は感情の起伏が小さい大人しい子だと思っていたが、そんなことはないようだ。もし俺を信用し始めてくれてるなら、悪い気はしないな……。
俺は二人でリビングに向かいながら、そんなことを考えていた。