6.
「私の母の魔法は未来・過去、どちらかの時間軸へ移動することは出来るんですけど、その、いつ・どこかという細かい点までは選べなくて……」
「つまり、今の俺だったのは偶然ってこと?」
「………………はい」
もしかしたら未来の俺には出来なくて、今の俺にしか出来ない何かが……なんて子どもっぽいことをちょっとだけ期待していたが、やっぱりそんなに現実は甘くないよなあ。でもよく考えてみると、それって俺がいない過去に行ってしまう可能性もあったんじゃないか?
「でもそれって、着いた過去に俺がいない可能性もあるよね?」
考えても埒があかないので、ストレートに聞いてみる。すると緋乃さんはニコリと笑いかけ、
「はい、だからシローさんがこの時間軸にいるって知って嬉しかったんです。もしシローさんがいなかったら、そこで全部終わりでしたから」
「そっか……。まあ、事情は把握したよ。でも、どうやって俺がいるってわかったんだ? 寮の前にいたってことは住んでいる場所まで知っているってことだよね?」
俺は浮上してきた新たな疑問について尋ねる。うーん、どうにも緋乃さんと話しているといろいろな疑問がどんどん生まれるなあ。
「あ、それは私の魔法なんです。捜索系の魔法で……。関わったことのある人の位置から個人情報までわかるんです。どのくらい対象の人物を知っているかで効果が変わってきちゃうんですけど、シローさんとは未来で仲良しだったのでいろいろわかりました」
「なるほどね……。それで俺が学校にいたってわかったから、寮で待っててくれたんだ?」
「その通りです。正確には位置はわかっても、その場所が何なのかまではわからないので実際に行って、学校が終わるまでシローさんのご自宅まで待ってることにしたんですけど」
つまり緋乃さんの魔法は対象者がどこにいるかはわかるが、いる場所が何の施設なのかはわからないってことか。それで俺のいる場所に着いたらそこが学校だったから、今度は住んでいる場所を調べて、そこで待つことにしたということだろう。
「本当はシローさんがいるかどうかは、かなり賭けだったんですけどね……。でも、このままでも近いうちに死んでしまいますから」
「……呪いってのは、そこまで深刻なのか?」
話を聞いていた限りじゃ、魔女って集団がかなり非道ということはわかった。
だが、そんなすぐに命に関わるとか、そんなことは全く考えていなかった。緋乃さんが元気なこともあるが、いきなり命と言われても現実味がないのだろう。というか、そんな状況でどうして緋乃さんはこんな自然体でいられるんだろう?
「はい。最初はそこまで深刻なものじゃなかったんですけど、時間が経つほどひどくなって……。大体一年くらい経ってから命の心配をしなきゃいけなくなるレベルになってしまって……」
そういえば緋乃さんは俺が死んでから結構な月日が経っていると言っていた。たぶん、その一年でなんとか呪いを解こうと努力したんだろう。そんな魔法を一年も継続している魔女の少女は、どうやら俺が考えていたよりずっと力が強いみたいだ。
「それで緋乃さんの呪いっていうのは、どういうものなの?」
とりあえず何にせよ、それがわからなくては協力も何も出来ない。まあ、今の俺にたいしたことは出来ないのだけれど。
「あ、説明がまだでしたね。私のかかった呪いは『夢』です」
「『夢』?」
寝るときに視る、あの夢のことだろうか?
「はい、私たちは便宜上そう呼んでいます。本当にそういう名前の呪いかどうかは、わからないんですけど」
私たちというのは、MCPのメンバーということだろう。俺は黙って続きを促す。
「その名前からもわかるように、呪いが発動するのは夢のなかでなんです。夢のときの記憶は鮮明に残っていて、最初は知らない人に話しかけられたりするだけだったんですけど……」
緋乃さんはそこで詰まると、ふぅと小さく息を漏らした。自分のかけられた呪いを説明するとなれば、そのときのことを嫌でも思い出してしまうだろう。いくら死が間近に迫っているのに自然体でいられる緋乃さんといえども、恐怖せずにはいられないのかもしれない。
俺がそのまま待っていると、決意を固めたように緋乃さんは眼を見開き、ゆっくりと話し始めた。
「日が経つごとに人だけでなく、怪物も現れたりして。そういったものたちが、私に攻撃してくるんです。夢の私は魔法も使えなくて、逃げ惑うことしか出来なくて……」
「つまり精神的な攻撃の呪い、ってこと?」
言葉にするのは簡単だが、実際に体験している緋乃さんからすればそんな生易しいものではないだろう。もしかしたら精神的に限界が近付いていて、過去に来たのかもしれない。
しかし緋乃さんはぶんぶんと首を振ると、
「いえ、そうではなく……。その、残るんです。怪我が」
「怪我が……残る?」
こくん、と頷く。
「夢で襲われて怪我をすると……朝起きたときに同じ箇所が、同じように怪我してるんです。幸いまだ大きな怪我とかないですけど、夢に出てきてる怪物もだんだん強そうなものになってきてて。このままだと夢で死んで、たぶん現実でも……」
そういう緋乃さんの声はわずかに震えていた。いや、声だけじゃない。よく見ると、本当にかすかだが、手も肩も震えている。
それはそうだろう。どう見てもまだ十代にしか見えない少女が命に関わる呪いを受けたのだ。普通に考えれば、誰だって怖い。きっと俺だったら夜、寝るのが凄い怖くなってしまうだろう。それを一年も緋乃さんは耐えてきたのだ。そんなの肉体的にも精神的にも限界が来たっておかしくない。
俺はそう思った途端に、緋乃さんのことを死にそうなのに自然体でいられる、なんて考えてしまったことを後悔した。
「わかった、緋乃さん」
「え?」
「緋乃さんを信じるよ。俺に出来ることがあるかはわからないけど……」
正直なところ、いきなり未来で俺がMCPの部隊長とか言われても実感が沸かない。でも本当に緋乃さんが困っているなら、せめて俺に出来ることなら協力してあげたいと思った。それになぜか出会ったばかりなのに、俺は緋乃さんのことを信用できると直感していた。