44.
――もう、ここまでなのだろうか。
結局俺は誰も助けることなんてできず、このまま死んでしまうのだろうか。別に自分に何かを成し遂げられるなんて思ったことはない。俺が緋乃さんを助けるなんておこがましいのかもしれない。だけど、ここまでされてなお、それでも緋乃さんの力になりたいと思った。それはこれほどまでに誰かのために行動できる彼女をどうしても嫌いになれなかったからかもしれない。
「すみません、シローさん……。これで終わりです」
だがそんなことはもう関係ないようだ。このまま緋乃さんが俺を殺してしまえば、それが現実世界にも反映されて俺は死ぬだろう。頭ではそうわかっていても実感が沸かないのはこれが夢だと認識しているからだろうか。
そして緋乃さんのナイフが俺の首筋に吸い込まれ、沙紀が悲鳴を上げながら駆けつけようと――。
「っ!」
その瞬間、あたりが光に包まれたと思ったときには景色が変わっていた。何が起こったのかわからず思わず見渡すと、そこが校長室であることを認識する。つまりは帰ってきたのだ、現実世界に。
「お帰りなさい」
そう微笑む校長先生を見て思わず安堵する。しかし一体なぜ自分はこのタイミングで眼が覚めたのだろうか。
「危険だと判断したら起こすと言ってあっただろう」
その疑問に答えたのは校長先生ではなく三林だった。三林は心を読むことが出来ないので、それほど俺が疑問に満ちた顔をしていたということだろう。
「シロー……?」
そこで沙紀も眼を覚ますと、そのまま凄い勢いで迫ってきた。
「シロー! 怪我は⁉ 大丈夫なの⁉」
「大丈夫だから少し落ちついてくれ!」
「よかった、ほんとによかった……」
沙紀はその場にぺたんと座り込むと涙ぐむ。このまま泣き散らすんじゃないかと思ったがそれ以上はしなかった。そして沙紀をそんな沙紀を見て、本当に死ぬ寸前だったんだなとのんきにも意識する。
「さて、お取り込み中のところ申し訳ありませんが、どうしますか?」
校長先生に視線で促され、その先を確認するとそこにはソファーの上でいまだに眠りにつく緋乃さんがいた。
どうする、というのは緋乃さんをどうするかということだろう。
「戦闘の腕を見るつもりがこんなことになり、すみません。裏切られたあなた達が彼女を許さないというのであれば、今すぐにでも警察に突き出しますが……」
――そうか、そういえば三林の魔法で対象者の夢を視ることが出来ると言っていた気がする。ということはここにいる全員がさっきの出来事を認識しているのか。
「ひとつ確認したいんですけど、校長先生は一体どこまで知っていたんですか? 先生の魔法ならある程度のことがわかっていたのでは?」
そう鋭く指摘したのは沙紀だ。確かに言われてみれば校長先生ならずべてがわかっていてもおかしくない。
「いえ、私が魔法を使っていたとき緋乃さんはずっと二人の心配をしていましたよ。自分せいで迷惑をかけてしまっている、とね。そこから推測するにおそらく夢のなかで魔女からアプローチがあったのでしょう」
「おそらく……って、三林の魔法で視ていたのでは?」
「俺の夢視は対象者の視点でしか視れないんだ。まさかこんなことになるとは思っていなかったから同性の宗方を対象にしていた。だから俺が視て知っているのは全部宗方が認識したことだけだ」
「なるほど……」
確かにそれならば異性を対象にするのは何となくマズイ気がするので俺を対象にすることはごく当たり前といえるだろう。
「じゃあ、緋乃ちゃんがあたし達の命を狙っていることすら知らなかったっていうんですか⁉」
「柊さん、落ち着いてください。あなたが今考えたように私が魔女の手助けをしたところで何の利益もありません」
「でも、そうやって人の心を読んでいる人にいくらそう言われたって信用できません!」
「その通りです。だからこそ私はこの魔法を多用しないようにしています。そのせいで緋乃さんのことを察知することができず、すみません」
「…………でもっ」
「沙紀、校長先生の言う通りだ。少し落ち着こう」
「なんで、殺されかけたのはシローなのに……、ああもう、わかったわよ!」
俺が沙紀をなだめると、いまだに不満そうではあったが引いてくれた。とはいえ俺のために怒ってくれたんだよな。本当に沙紀には感謝してもしきれない。
「でもなんで緋乃ちゃんはわざわざ夢のなかで殺そうとしたのかしら?」
「なんでって、そりゃ夢で殺されたら現実でも怪我が残るからじゃないのか?」
「そういうことじゃなくて。緋乃ちゃんがシローを殺せばいいだけなら、夢のなかじゃなくても今までいくらでもチャンスはあったじゃない。それこそシローが寝てるときとか」
確かに言われてみればその通りだ。緋乃さんが過去の俺を殺すというそれだけなら、こんな回りくどいことをしなくてもよかったはずなのだ。




