41.
『手を繋いでイチャイチャしてるところ、こんな子どもに見せないでくださいよー。ああ、大人ってやだやだ』
そして再び声。緋乃さんでも、もちろん隣にいる沙紀の声でもない。となればこの声の主が魔女なのだろうか? だとすれば本当に緋乃さんが言っていたように幼い少女なんだな……。
『ああ、自己紹介が遅れましたねー。もしかしたら緋乃から聞いているかもしれませんが私が魔女ですよー。今日は人がたくさん来てちょっと驚いていますー』
やはりこの声が魔女みたいだ。まあ、この声の言うことを信じるのならだが、おそらく本当だろう。ここで嘘を吐く意味もないだろうし。
『あれ? 何か言ってくださいよー。つまらないじゃないですか』
俺達はその声を無視して油断なく武器を構えた。おそらくこの声に応じたら呪いをかけられてしまうのだろう。それだけは避けなければならない。そしてそれは沙紀も重々承知しているはずなので同じく何も言わない。
『えー、本当にシカトなんですかー? もしかして緋乃に何か言われているとか? まったく、あの子もつまらない真似しますよね』
魔女はそこでクスクスと笑うと続けて『でもでもー』と続けた。
『これでも無言でいられますかー? きっと驚きますよー?』
魔女がそう言うや否や、俺達の前にあった曲がり角からひょっこりと長い黒髪の女の子が姿を現した。見間違うはずもなく緋乃さんだ。
よかった、緋乃さんも無事だったのか――と思う間もなく、いきなり親指を立てる。その行動は三人の間で決めた攻撃の合図。
「――ふっ!」
緋乃さんはそこで一気に地を蹴ると、ダッシュしながら太ももへと手を伸ばしナイフを持つ。そこでようやく沙紀が危険を感じ、夢に入る前に準備していた木刀で応戦する。
「……っ!」
迫り来る緋乃さんに向かって沙紀が木刀を振るうが、持ち前の俊敏さでそれを難なく避けるとそのままナイフを沙紀に突き立て――ようとしたのを俺がタックルして阻止する。
状況に頭が追いつかないが、沙紀に怪我を負わせるわけにはいかない。
緋乃さんは少し体勢を崩したが、何とか踏ん張り転ぶことを免れたようだ。そしてそのまま一度後ろに下がり距離を取った。
結果として緋乃さんと対峙することいなったが、一体なぜという疑問が俺のなかを渦巻いていた。一瞬、魔女の用意した偽者ということも考えたが攻撃する前の合図。それを魔女が知るはずがない。ともすれば、あれは本当に本物の緋乃さんということになる。だからこそ理由がわからなかった。
そんな俺の困惑を知ってか知らずか、緋乃さんはにやりと小さく笑うと口を開いた。
「シローさん、沙紀さん。私のことを信じてくれてありがとうございました。本当にお二人は超が付くほどのお人よしですよね」
「ひ――」
緋乃さん。決まりごとを忘れ、そう言おうとすると当の本人は口に人差し指を当てると静かにのジェスチャーをした。俺は思わずそれに従い黙る。
「シローさん、今は私の話を黙って聞いてください。お二人にはとてもよくしてもらったので、殺す前にせめてきちんと説明くらいはしたいんです」
殺す。そう言われて思わず背筋が凍る。まだ数日しか一緒にいないが緋乃さんが優しいことくらいはわかったつもりだった。何をするにしても謝ってばかりの緋乃さん。そんな彼女だからこそ、その言葉の重みを感じた。
「まあこの状況を見れば一目瞭然だとは思いますが、私は魔女サイドの人間なんです。最初からシローさんを狙って接近させてもらいました。シローさん自身も少しは思い当たることがあるんじゃないですか?」
――『実は過去に着いたとき、目の前にシローさんの学校があったんです。だから、過去に来てすぐシローさんに会えたんですよ』
脳裏にはじめて会ったときの緋乃さんの声がよみがえる。確かあのときは何の偶然だ、準備もなく未来に来るなんて天然じゃ片付けられないって思ったんだっけ。他にも少し変だと感じたことはあったが、それも全部ただの偶然だと思っていた。
「あはは、その顔は本当に私のこと少しも疑っていなかったんですね? いくらなんでもお人よし過ぎますよ」
初めて聞く緋乃さんの乾いた笑い声。いつも明るい笑顔を見せていた彼女には似つかわしくない笑い方だった。
ずきり、と胸に痛みが走る。苦しくなる。なんだか鼓動が速まっている気がする。そんなバカな、まさかと思考が渦巻く。
しかし同時に見たこともない笑い方をする彼女を見て、緋乃さんは本当に魔女の仲間なんだなと思ってしまった。俺は彼女のことをわかった気になって、信頼して、あげく沙紀まで巻き込んでしまったのか。
「今後はそんなお人よしやめたほうがいいですよ。……まあ次があるかどうかはわかりませんけど」
緋乃さんはそれで説明は終わりと言わんばかりに再び走り出そうとして――、
『ダメだよ、緋乃―。ちゃんと説明しなくっちゃー』
寸前で魔女の声があたりを支配し、緋乃さんはそのまま足を止めた。




