4.
「あ、そうですね……。気をつけます。あのシローさん、このことは……」
「わかってる。誰にも言わないよ」
俺は緋乃さんを安心させるために、わざと少し笑って答えた。
時間が関係する魔法の私的の使用は法律で禁止されている。まあ、未来と過去を行ったり来たり出来る能力が禁止になるのは当たり前なんだけど。私的な使用を許可したら、いろいろと問題が起きてしまう。簡単に言うと、未来がわかるから不正がし放題なわけだ。もしそれを破ったら、死刑では済まない可能性すらある。どうやら緋乃さんの口ぶりから、それは未来でも変わらないみたいだ。
「でも、なんでそんな危険を冒してまで過去に?」
そう、問題はそこだ。そんな危険を承知で過去へ来た理由。
もうここまでくれば馬鹿でもわかる。今までの話から、緋乃さんと俺は未来で何らかの接点があったんだろう。そして、最初に言っていた頼みというのもそれに少なからず関係しているはずだ。
「はい。実は……シローさんに命を助けてほしいんです」
「は?」
俺はまたしても耳を疑った。今日だけで何回自分の耳を疑えばいいんだろう。
もしかしたら緋乃さんには、人の耳を疑わせる才能があるのかもしれない。……全く役に立たなさそうな才能だなあ。
「ごめんなさい、ちょっと話が飛躍しました……。とりあえず未来で私とシローさんの関係を説明しますね」
そう言って緋乃さんは律儀にペコリと頭を下げた。そして続ける。
「えっと、シローさんは私の入っている団体……MCPの部隊長だったんです」
「な……っ!」
これには本当に驚いた。魔法犯罪防止軍……略してMCPは、その名の通り魔法犯罪者たちを取り締まる軍隊だ。魔法は様々なことに役立つが、その力を持て余し犯罪に走ってしまう人も少なくない。特に戦闘に特化された魔法を持っている犯罪者はやっかいで、一般市民ではとても太刀打ちすることが出来ない。そんな犯罪者たちを取り締まるMCPは国民の憧れとも言える存在だ。
そんな軍隊の部隊長。そんなのは信じられなかった。なぜなら俺の魔法はとてもじゃないが戦闘向けじゃないし、上手く扱うことが出来なくて、学校でも落ちこぼれの烙印を押されているほどだ。
「それは同姓同名の人違い……とかじゃなくて? 本当に俺?」
「あ、はい。それは間違いないと思います。話し方も性格もそっくりですし……」
ああ、俺って話し方も性格も大人になっても変わらないんだな。成長がないなあ……。
――って、そうじゃなくて。
「そうか……。まあ、それはとりあえず置いておくとして」
未来なんてどうなるかわからないからな。もしかしたら、魔法の使い方が上手になったりするのかもしれないし。
「でも、なんでわざわざ過去の俺にそんな頼みごとを? 何から命を助けてほしいのかイマイチわからないけど、どう考えても今の俺より、その未来の俺に頼んだほうが確実じゃない?」
正直、落ちこぼれの俺に出来ることなんてほとんどないはずだ。
俺の言葉を聞きながらコーヒーをすすっていた緋乃さんはカップから口を離すと、気まずそうに眼を背けて言った。
「その、とてつもなく言いにくいんですけど……。実はシローさんは未来では死んでしまうんです」
「そ、そうなんだ……」
人間、いつかは死ぬ。それはわかっているけど、実際に自分が死んだって聞かされるって微妙だな……。
「ちなみに何歳くらいで……?」
本当はこういうことを聞くのは法律でタブーとされているが、緋乃さん自身が違法で未来から来ているんだから彼女に通報されたりはしないだろう。それに やっぱり、自分のこととなると気になる。
「えっと、たぶん二十~八十歳くらいの間です」
「たぶんの範囲が広すぎる⁉」
「シローさんは私が子どものときから、ずっと同じ姿でしたから」
「それどうやってんの⁉」
「それは私にもわかりませんが……」
ツッコミに疲れたので、テーブルの上に置いてあった水を飲みながら一息つく。
思わず大げさな反応をしてしまったが、もしかしたら緋乃さんは未来の話を俺が聞いたら、自分と同罪になってしまうのかもしれないと気を遣ってくれたのかもしれない。
「えっとじゃあ……、なんで死んだの?」
正直これもかなり気になる。病気とかならまだいいが、誰かに恨まれて……とかだったら嫌過ぎる。もしそうだったら、これからはもっと優しく生きよう。
まあ、もし緋乃さんが気を遣ってくれているなら、今度も変な風にはぐらかされるのかもしれないけど。