39.
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夕暮れ時、一度自分の部屋へと帰っていった沙紀と合流した俺たちは校長室へと足を進めていた。沙紀の腰には木刀が出番を待ちわびるかのように、夕日を受けて妖しく煌いている。俺の手にも同じように金属バットが握られていて、端から見たら危ない人たちのような気もする。緋乃さんの手には何も握られていないが、どうやらナイフをどこかに隠し持っているらしい。……どこかはわからないが。
「さて、じゃあ最終確認な?」
通報されることなく無事に校長室の扉の前までたどり着くと、俺はそう切り出した。本当はそう何度も確認する必要はないのかもしれないが、怪我をする可能性がある以上はどれだけ気をつけても損になることはないだろう。
「まず夢のなかでは絶対に話さないこと。攻撃するときは親指を立てて、危険なときは手をあげて、それを知らせる」
これはあの後、俺たちが決めた仲間に状況を知らせるためのサインだ。魔女の呪い発動の条件が声を出すことであるかもしれない以上、不用意に言葉を交わすのは危険だろう。そう話し合った結果、何かあればサインで知らせることにしたのだ。パターンは二つしかないが、たくさん作って混乱しても困るし、何よりサインを間違えたら意味がない。そのため必要最低限の攻撃と防御のサインしか作らなかったのだ。
「おっけーよ、シロー」
「はい、大丈夫です」
どうやら二人も大丈夫のようなのだ。俺たちは揃って頷くと、意を決して校長室をノックした。
「校長先生、宗方です」
「どうぞ、入っていいですよ」
校長先生の声が室内の中から聞こえ、その言葉に従い扉を静かに開ける。すると何度見ても見慣れない豪華な家具ばかりが眼に飛び込んできた。その中で、初めて訪れたときと同じように高級そうな大きな椅子に座っていた校長先生が俺たちの姿を見て「おや」と声を上げる。
「木刀に金属バット……。ずいぶん物騒な物を持っていますが、魔女と戦うのが嫌で私を襲撃しにきたとかじゃないですよね?」
「違いますよ……。というか校長先生なら理由くらいわかるんじゃないですか?」
「いえ、私とて常に魔法を発動しているわけではありませんよ。まあ、それでも理由はわかってますがね。さて、さっそくですが始めますか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
校長先生の言葉に緋乃さんが礼儀正しく頭を下げる。正直複雑な気持ちではあったが、俺と沙紀も続いて頭を下げた。
「さて、ではそちらに座ってください。三林くん、お客様がきましたよ」
校長先生はソファーを指し示すと、校長室の奥にある一室に向けて呼びかけた。どうやらそこは給水室になっているらしく、「今いきます」という返事とともに制服に身を包んだガタイの良い男子生徒がお盆にお茶を持って現れる。
「わざわざすみませんね、三林くん。……おや? どうしましたお二方?」
「キミは……」
「委員長……!」
予想外にも隣からあがった声に驚き見ると、緋乃さんがあんぐりと口を大きくあけて三林と呼ばれた生徒を凝視していた。状況から察するにどうやら二人は知り合いのようだが、どこで知り合ったのか気になるところだ。まさか未来で、というわけではないだろうし。
「ふむ……。三林くんは緋乃さんと面識があるようですが、一体どこで知りあったのでしょう?」
と、そこで校長先生が俺と沙紀の疑問を代弁してくれた。本人たちに確認しているところを見ると、本当に常に魔法を発動しているわけではないようだ。
「ええ、実は今日の実戦の舞踏会(プラクティキ・フロ―シュ)のメンバーを決める授業のときに少し話したんです。校長先生から聞いた話からすると、どうやら本当にここの生徒ではなかったようだが……」
三林はそう言いながら、ちらりと緋乃さんに視線を向ける。
「だからあんなに説明したじゃないですか……」
緋乃さんはそんな悠長なことを漏らしていたが、三林の話を聞いた俺は一瞬にして顔が青ざめた。
「聞いた、って……。まさか校長先生、あれだけのことを言っておきながら緋乃さんのことを話したんですか⁉」
「いや、緋乃さんの事情については話してませんよ。ただ編入試験の手伝いをしてほしいとお願いしただけです。試験には三林くんの力がどうしても必要ですから」
俺はどうにも校長先生の話が信じられず、思わず三林のほうを睨みつける。彼もこちらが言いたいことはわかっているらしく、
「……校長先生の話は本当だ。いろいろと気になることはあるが、個人の問題を無理に聞こうとは思わない」
――本当、だろうか? 確かに俺も一度は校長先生の提案を聞いてもいいなとは思った。しかし『口外する気はない』と言っておきながら、こうも簡単に他の人を巻き込んだ人物を信用していいのか。もしここで何かあれば俺や緋乃さんはもちろん、厚意で手伝ってくれている沙紀すらも被害を受けてしまう。
「シローさん」
俺がそんなことを考えていると、隣から俺を呼びかける声。
「その、私が言うのもアレですけど……委員長は他の人に言いふらしたりしないと思います。少ししか一緒にいませんでしたけど、いい人ってのはわかりましたし」
「そう、ね。あたしも信用していいと思うわ。それに校長先生が試験に彼の力が必要だって言ったじゃない? たぶん、あの人が他人の夢に干渉することのできる魔法とやらの所有者なのよ」
「まあ、そういうことです」
沙紀の言葉に校長先生が肯定するのを聞いて、俺は小さくため息を吐く。
「わかった、二人が信じるなら俺も彼を信用するよ」
それから三林に向かって頭を下げる。
「その、疑って悪かった」
「いや、気にしないでくれ。何の事情があるのかはわからないが、友達のことを心配しての行動なんだろう? それはなかなか出来ることじゃない」
三林はそう言って微笑すると、「それに」と続けた。
「これについては校長先生が悪いと思うぞ。話を聞く限り、俺のことを説明してなかったようだし」
「いや、面目ないですね。皆さんが来てから、と思っていたもので……」
「いえ俺のほうこそ、すいませんでした」
「さて、ではそろそろ自己紹介でもしときましょうか」
校長先生はパン、と両手を合わせる。
「まあ、今さらなような気もするけど……。宗方志郎だ。よろしく」
「柊沙紀よ。よろしくね」
「星野緋乃です。よろしくお願いします」
「よろしく。星野さん……だったか、あのときは自己紹介も出来なくてすまんな。俺は三林輝彦。今日はキミたちのテストを手伝うために校長先生に呼ばれてきた」
全員の自己紹介が終わると三林はテーブルの上に三人分のお茶を置いていった。そして、お盆もそのままテーブルのうえに載せると俺たちの反対方向のソファーに腰を落とす。
「俺たちのテストを手伝う……ということは、やっぱり三林が校長先生の言っていた人なのか?」
「ああ。俺が他人の夢に干渉することのできる魔法、夢視の使い手だ」
「……夢視」
やはり聞いたことのない魔法だ。夢に干渉するなんて珍しい能力なら耳にしたことがあっても不思議ではないはずだが……。まして同じ学校にそんな魔法を所有している人がいるならなおさらだ。
「この魔法については極力誰にも言わなかったからな。知らないのも無理はない」
俺の言いたいことはどうやら相手もわかっているらしい。
「俺の魔法には主に三つの能力があるんだ」
「三つ?」
「ああ、使い方の応用というのかな。それによっていろいろな効果が得られるんだ。まずは対象者に夢を見せることが出来る」
三林はそう言うと、緋乃さんのほうにちらりと視線を向けた。




