36.
「落ち着きなさいな」
パニックに陥っていると、校長先生がそう優しい声で言う。
「とりあえず深呼吸しなさい。隣の二人もです」
そう言われ、とっさに深呼吸。不思議なことにさっきはあんなに慌てていたのにずいぶん落ち着いた気がする。
「さあ、座って」
校長先生がそう言うと奥からスーツ姿の若い女性がおぼんにお茶を持って現れた。どうすることも出来ず、言われるがままに座ると目の前にお茶を差し出される。とてもじゃないがゆっくり飲む気にはなれず、そのまま校長先生に視線を向けた。
「キミ達もいろいろ気になっているようだし、単刀直入に用件を言います」
校長先生もそんな雰囲気を察したのか、ごほんと咳払いをするとそう切り出した。
「まず最初に、もうわかっているとは思いますが私はキミ達の事情を全て知っています。もちろん未来のことも」
どきん、と心臓が跳ねた。そうだろうとは思っていたものの、改めて口に出されると何とも言えない焦りが生まれる。
「しかし、私は個人的にそのことを口外する気はありません。それどころか匿ってあげてもいいとすら思ってます」
「え?」
「どういうことですか?」
その言葉が予想外だったのは二人も同じだったようで、沙紀が厳しい視線で校長先生に問う。
「そのままの意味です。たとえ警察に突き出したところでこちらに得はありませんし。しかしもしそれでこのことが他の人にバレてしまった場合、隠していたということで今度はこちらが被害を被ってしまいます」
「つまり、だから警察に突き出すと?」
校長先生個人としては緋乃さんのことを匿ってもいいと思っている。しかしそれでは警察に露見してしまったとき校長先生、つまりは学校も被害を受けるから仕方なく突き出すということだろうか。校長先生には悪いがそれはただの言い訳にしか聞こえず、聞き返す口調もつい強くなってしまう。
「いえ、結論を急がないでください。それは匿うことでこちらに得がない場合の話です」
「……どういうことですか?」
「みなさんも育成学校が生徒の強さによって評価されてしまうことは知ってますよね?」
「それは知ってますけど。それと何の関係があるんでしょう?」
「つまり私は交換条件を提案したいんですよ。緋乃さんのことは学校が責任を持って匿う。その代わりに、私の学校に入学してほしいんです」
「なっ!」
三人の驚きの声が被る。
つまり校長先生の話はこうだ。学校側が緋乃さんを匿うという代わりに、生徒として入学して良い成績を残せと。それでこの学校の評価を上げてくれということだろう。
「その通りです、宗方くん」
俺の心を読んだらしい校長先生がニコリと笑う。
「どうでしょうか? そちらにとっても悪い話ではないと思いますが」
確かに一見、校長先生の話は悪い話じゃないような気がする。こちらはただ学校生活を送るだけで匿ってもらえる。しかしこの条件は裏を返せば、良い成績を取れなければ警察に突き出すと言われているのと同じだ。
「シロー……」
沙紀もどうやらそのことがわかっているらしく、心配そうにこちらに視線を向けていた。その表情からは「どうする?」という言葉がうかがえる。正直なところ俺はこの話を受けてもいいと思っていた。もちろん緋乃さんの負担にはなってしまうが、MCPのメンバーならばいい成績を取ることはさほど難しくないだろう。
「緋乃さん、どうする?」
しかし俺は意見せず、あえて緋乃さんの意志に任せることにした。これは緋乃さん自身の問題だし、どうするかは彼女自身が決めるべきだろう。
緋乃さんはそんな俺と沙紀の様子を一瞥すると、息をすぅと吸い込んだ。そして、
「その話、受け入れさせていただきます」
そう決断した。
「よかった、よかった。でも実はまだ問題がひとつあるんですよ」
「まだ何かあるんですか?」
「ええ。私としてはもうこれで決まりでもいいんですが、周りを納得させるにはそういうわけにはいかなくてですね。ちょっとした試験を受けてほしいんですよ」
「試験?」
「はい。どのくらいの実力を持っているのかを知るために模擬戦をしてほしいんです」
その言葉にほっと胸をなでおろす。試験と聞いて心配したが、模擬戦ならば大丈夫だろう。まさか先生が相手をするわけにはいかないだろうし、生徒が相手なら余裕なはずだ。
「あ、そうそう。ちなみに模擬戦の相手は――魔女です」




