35.
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背負っていた生徒を保健室に運ぶと、先生は校長室に向かって歩き出した。俺たちはそれに付いていくことしか出来ず、ひたすらに先生の背中を追う。何とも言えない緊張感が漂っており、誰も口を開かなかった。そんななか俺はただひたすらにどうしようと考えていた。
――もしかして、緋乃さんのことがバレてしまったんだろうか……。
頭をよぎるのはそんな思い。緋乃さんが生徒たちと戦ってしまったことを注意されるならまだいい。最悪でも停学くらいだろう。しかし問題は先ほど先生が言っていた言葉。
――思いっきり緋乃さんの名前言ってたよなあ。
緋乃さんの名前は俺たちしか知らないはずだ。もちろん俺たちが呼んでいたのを聞いたとか、可能性ならいくらでもある。だがそうだとしたら苗字まで知っているはずはないし、何よりこの先生は絶対に初対面だ。俺が初対面の先生と緋乃さんが知り合いってことはないだろう。つまり緋乃さんの名前を知ることになった何かがあるはずだ。そしてたぶん、そのことに校長先生が関わっている。
しばらくそんなことを考えていたが、答えがわかるはずもなく。そんなことをしているうちに校長室に着いてしまった。
「入れ」
ぶっきらぼうに先生にそう言われ、扉の前で深呼吸。普通に学校生活を送っていた俺にとって校長室は初めて訪れる場所だ。今の状況とあわせて多少なりと緊張する。おそらく校長先生は何かを知っているのだろうが、未来のことは外で話してない。それは沙紀も一緒だろう。ならばそのことを口にしなければ何とかなるはずだ。
そう決意を固めて一歩踏み出す。
「口にしなくても考えた時点でアウトですよ、宗方志郎くん」
「えっ⁉」
扉を開いた瞬間、高級そうな大きな椅子に座っていた若い男性――校長先生に開口一番そんなことを言われる。大きな机、来客用と思わせるソファーセット、天井にぶら下がったシャンデリアなど本当にここが学校か疑わしくなるような豪華な家具ばかりにも驚くが、今はそんなことより校長先生の言葉が俺の心を動かしていた。
「まあ、心配しなくても生徒たちと戦ったくらいじゃ停学にはならなりません。先に戦闘を吹っかけたのはどっちかわかっていますし」
生徒と戦って停学。それはどう見ても俺が先ほどまで考えていたことで。今の口ぶりからしても、まさか――。
「そう。私は思考が読み取れるんです」
ごくっと自分の喉が鳴るのがわかった。つまり校長先生の魔法は人の心を、考えていることを知ることが出来るということだ。それはつまり、俺たちの事情をすべて知っているということで――、
「あ、いやすべては知らないですよ? まあ、キミ達が今ふとこれまでのことを考えてしまったせいでもうわかってますが」
「くっ……」
自然とそんなうめき声が漏れる。ということは、俺たちが校長先生の言葉に動揺していろいろ考えてしまったせいで全ての事情が露見してしまったというわけだ。緋乃さんが未来から来たことも、寮の規則のことも、緋乃さんが二重保有者ということも。いや待て、俺がこうしてまた考えてしまったせいで余計な情報まで与えてしまっているんじゃ――。




