33.
沙紀はどうやらそのことを予想していたらしく、特に表情を変えることもなく続けざまに今度は左の日本刀で一太刀。男子生徒もそのまま同じようにそれを受け止めると、鋭い蹴りを繰り出した。沙紀はそれを避けることが出来ず、数歩後退した。
「人体を切りつけるのに迷いがないな。もしかして慣れてるのか?」
「慣れてるわけないじゃない。でもあなたが自分の体を鉄と同じくらい硬く出来るの知ってるから、手加減はしないわ」
沙紀はそう言い放つと、再び間合いを詰める。しかしどうにも動きに先ほどまでのキレがないような気がする。
「はっ、偉そうなことを言ったわりには動きにキレがないな? どうした、もう疲れたのか?」
どうやら男子生徒もそのことに気がついたらしく、不敵な笑みを浮かべながら拳を振るう。それが接近していた沙紀の左腕に当たってしまった。
「ぐぅっ……!」
沙紀はそう苦しそうな声を出すと、左手につかまれていた日本刀が滑り落ちる。
「沙紀っ!」
いてもたってもいられず、思わず近寄ろうとする俺に沙紀はキッと鋭い視線を送ると、
「……大丈夫。こんなやつに負けないわ」
静かにそう言われ足が止まる。
「まったく、たいしたやつだな。俺の体は今や鋼鉄で出来ているようなものだ。その状態で攻撃を受けるということは、鉄の棒を思いっきり叩きつけられているようなものだというのにな」
「なっ!」
そういえば沙紀が体を鉄と同じくらい硬く出来るとか言っていた気がする。つまり沙紀は生身で鉄と化した攻撃を受けてしまったというのか。
「はぁ、はぁ……」
見れば沙紀は息を乱しながらも、油断なく一本になってしまった日本刀を構えていた。左腕がだらりと下がっている。もしかしたら俺が思っている以上に重症なのかもしれない。
「……沙紀、降参しよう」
俺は少しの間考えた結果、沙紀にそう提案した。これはあくまでも授業の一環だ。こんなになるまで頑張る必要はない。確かにここで降参するのは悔しいが、何よりもまず沙紀のことが心配だ。
「シロー、それ本気で言ってるの……?」
こちらを振り向くことなく、沙紀がそう静かに聞いてくる。何もしていない自分が今もなお頑張っている沙紀にこんなことを言う資格はないかもしれないが、それでも目の前で幼馴染が苦しんでいる姿をこれ以上見ることはできない。
「……本気だ」
俺がそう答えると沙紀の体が少し震えた。まるで悔しさを耐えるように。
「まあ、海草くんにしては懸命な判断だな。雑魚は雑魚らしく隅っこで小さくなっていればいいんだ」
「シローは……いいの? 負けを認めるってことは、こいつの主張を認めることと同じなのよ?」
「……それとこれは話が別だろ」
「別じゃない! あたしはこれ以上、シローがバカにさせるところなんて見たくない!」
「なんでそこまで……」
いくら俺がバカにされているとはいえ、それは沙紀と何の関係もないはずだ。知り合いがこんな扱いを受けていれば確かに思うところはあるだろうが、何もここまで自分の身を削る必要はない。
そんな俺の思考を読み取ったのか、沙紀はこちらを振り返りくすりと笑うと、
「なんでって……、それはあたしがシローのことを――」
「シローさーん!!」
沙紀がそこまで言いかけた瞬間、そんな聞き覚えのある声が後方から聞こえてきた。思わず振り返ると、昨日一日でずいぶん見慣れた長い黒髪の少女。
「緋乃さん⁉」
これまでのことも忘れ、そんな素っ頓狂な声を出してしまう。どうやら驚いたのは俺だけじゃないらしく、沙紀までもが大きく眼を見開いている。




