3.
「あの……どうぞ」
「ありがとうございます。その、いただきます……」
気まずい雰囲気のなか、彼女がコーヒーにミルクを入れてかき混ぜる。中途半端な時間帯なこともあり、喫茶店にはお客さんがあまりいない。そのため、彼女がかき混ぜる音だけが静寂な空間に響いていて、気まずさをより一層際立たせていた。
さかのぼること数分前。俺たちは寮から喫茶店に移動していた。壮絶な勘違いをした俺はどうしたらいいのかわからなくなり、とりあえず話を聞こうと思ったのだが……。
「あの長くなってしまうので、お部屋にお邪魔してもいいですか?」
という彼女の発言により、話を一時中断することに。しかし女の子を女子禁制の男子寮に入れるわけにもいかず――本当は少し迷ったものの、管理人さんがこちらを見ていることに気がついたので断念。そのうえ掃除をしていないから、少し散らかっている――、とりあえず近くの喫茶店に移動することとなったのだが。
「………………」
「………………」
お互いに先ほどのやり取りが尾を引いているらしく、沈黙が続いていた。
俺に何の用があるのかは知らないが、いきなりあんなこと言われたら誰だって引くよなあ……。でもあの時は本当にセールスだと思ったんだから仕方がない。
「あの……」
どうやって話を切り出そうかと思案していると、俺と同じく沈黙に耐えかねたのか、彼女が先に切り出してくれた。
「その、さっきはちゃんと自己紹介できなかったので……。私の名前は星野緋乃と言います。普通に緋乃って呼んでくれて大丈夫です」
そういえばさっき部屋の前でも名乗ってくれていた気がする。あのときはセールスだと思ってよく聞いてなかったけど。まあ、何にせよこちらも名乗らなければ失礼だろう。
「わかったよ、緋乃さん。俺は宗方志郎。みんなはシローって呼んでる」
緋乃って変わった名前だよな、なんて思いながら自分の名前を名乗る。もちろん、本人にそんな失礼なことは言えないのだけれど。というかノリで緋乃さんって呼んじゃったけど、身内外で沙紀以外の女の子を名前で呼ぶなんて初めてだな……。
「はい! よろしくお願いします、シローさん。お久しぶりですね」
「ああ、よろしく……って久しぶり? 俺たちってどこかで会ったことあったっけ?」
思わず聞き流しそうになったが、緋乃さんの口ぶりからすると俺と緋乃さんは初めて会ったわけではないみたいだ。もしかしたら頼みというのも、そのことと何か関係があるのかもしれない。でも、こんな可愛い子と何かあったなら忘れるはずないと思うんだけど……。
「あ、ごめんなさい! つい……。えっと私とシローさんは初対面ですよ」
過去の記憶を脳内で掘り返していると緋乃さんがそう訂正してきた。そうだよな、やっぱり初対面だよな。こんな可愛い子と会話した記憶すらないし。
「この時代では」
「は?」
俺が忘れているわけではないことに安堵したのもつかの間、続けて緋乃さんの口から出た言葉は耳を疑うものだった。
「この……時代?」
「はい。その、順を追って説明しますね」
緋乃さんはそう言ってコーヒーを口に含んだ。とりあえず説明してくれるみたいなので、話だけは聞いてみることにする。一瞬、頭のなかでこの子はおかしい。関わっちゃダメだとも思ったが、俺の妹――つくもと似ている力を持っているという可能性もあるし、そう判断するのはまだ早いだろう。
「まず……私は未来から来ました」
カップから口を離した緋乃さんから出た言葉は、俺が考えていたこととほぼ同じだった。未来から来た。それはつまり……。
「その、わかってるとは思いますが……魔法で」
魔法。それ自体は珍しいことじゃない。というか、当たり前のことだ。
「まあ、時代とか言われて真っ先に考えたよ」
俺の身近にも、いつも時間軸とか時代って言うやつがいるしな。
「じゃあ緋乃さんの魔法は時間をさかのぼるとか、そういうの?」
魔法、といっても万能じゃない。得て不得手はもちろんあるし、大体の人はひとつの魔法しか使うことが出来ない。日常に活用出来る魔法からそうでない魔法まで、様々なものがあるなかでも時間が関係する魔法はかなりのレアで、特に時間を自在に操る魔法は何百年にひとりしか使いこなすことが出来ないと言われている。俺の妹が似たような魔法を持っているからにわかには信じられないが、よくよく考えてみれば未来から来たならそういう可能性もあり得るのかもしれない。
「あ、いえ違います。それは母の魔法で……。私の魔法はそんな凄いものじゃないですよ」
「そっか。でも未来から来たってのは、あまり口にしないほうがいいよ。まあ、今は人が全然いないし大丈夫だとは思うけど」




