24.
「そうなんだけど……。やっぱり少し心配よ」
沙紀さんがそこまで言うってことは、もしかしたら相当うなされていたのかもしれない。
「あはは、本当に大丈夫ですよ。沙紀さんは少し心配しすぎです」
安心させるためににっこり笑う。沙紀さんはそれでもまだ納得がいかないような顔をしていたが、ややあってため息を吐くと、
「わかったわ。じゃあ私たちは学校に行くけど、何かあったら連絡してね。電話番号、机の上に置いておいたから。あとご飯は冷蔵庫に入ってるわ」
沙紀さんは一気にそう言うと、続けてシローさんに視線を合わせる。
「シロー、先に行ってる。私ひとりなら管理人さんに見つかっても、シローを迎えに来たとか言ってごまかせるし」
シローさんが黙って頷くと、沙紀さんはそのまま部屋を出て行った。それからしばらく聞こえていた物音が完全にしなくなると、今まで無言だったシローさんが見計らったように口を開いた。
「緋乃さん。少し話しがあるんだ」
「はい。何でしょうか?」
「俺たちに嘘をつくの、やめてほしいんだ」
どきん、と心臓が脈を打つ。
「嘘ってなんのことでしょうか?」
「まあ嘘ってのは少し言いすぎだけどさ。夢のこと、何事もなかったかのように振舞ってただろ?」
「あ、いえ……。実際に今回の夢はそこまでひどいものじゃなかったんですよ」
シローさんはそこで一度眼をつぶると、ふぅと小さく息をもらした。
「緋乃さん、自分の服見てごらん」
一瞬何のことかとも思ったが、とりあえず言われたように視線を下へと向ける。
「――!」
そこでようやく、自分が今までどんな格好だったのか気がついた。私の服――正確には昨晩に沙紀さんからお借りした寝巻きだが――には見るのも躊躇うほど大量の血が付いていた。体が震えそうになるのを押さえ、ぺたぺたと服の上から自分の体を触る。外傷は――ない。ただ服だけに血痕が付着しているようだ。
「これは、一体……」
「実は昨日の夜から、緋乃さんの体に次々に傷が浮かんできたんだ。で、どうしようか悩んでるうちに傷がみるみる消えていった」
「傷が……」
――緋乃さんが夢から覚めたときに傷が現実には残らないようにしてあげますよ。それなら夢では思いっきりいたぶれますし。
脳裏に魔女の言葉が蘇る。シローさんの言葉通りなら、その傷を消したのは魔女の仕業だろう。しかし傷が残らないようにするとはこういう意味だったのか。
「けど、しばらくしてまた傷が現れてな。現れては消え、を何度も繰り返してた」
「そう、ですか……」
「あと緋乃さんには悪いと思ったんだが、死ぬよりマシだと思って医者を呼んでたんだ。その医者が言うには、傷はすぐに消えていくから出血死の可能性は低いだろうって。本当は病院に搬送することを勧められたんだが、あまり大事にすると困るだろうから断った」
「すいません……。でもお医者さんに私の素性がバレたなら、お二人も危険なんじゃ……」
「いや、医者には緋乃さんの呪いのことしか話してないんだ。さすがに少し訝しんでたけど、その医者と沙紀が知り合いでな。秘密裏に緋乃さんを診察してくれたんだよ」
「そうだったんですか……」
ということは必然的に沙紀さんも全てを知っていたということだ。それにも関わらず、私のついた嘘に深く追求しないでくれた。そう思った瞬間、なんとも言いがたいものがこみ上げてきて自然と涙がこぼれた。
「緋乃さんが俺たちに本当のことを言わなかった理由は大体わかってる。でも、だからこそちゃんと本当のことを言ってほしいんだ。なんていうか、俺たちは協力者……いやなんか違うな。……仲間、そう仲間なんだから。あんまり気を遣ったりとかしなくていいんだ」
シローさんが話してくれている間も私は泣いていた。なぜ涙を流しているのかは自分でもわからなかったが、それでも言うべきことはちゃんとわかっていた。
「ありがとう……ございます……」
「おう」




