22.
「んー、ちょっと違いますねー。意識は私自身のものだけど、体はこの子のものですから。だからこの子を殺しても私は死なないですよ。簡単に言うと、体を操ってるだけですねー」
その物言いに思うところはあったものの、ここで口に出したところで意味がないことはわかっているのでそのまま話を進める。
「……ひとつ聞きたいのですが。そんなことが出来るのに、なぜ今までしなかったのですか?」
「それは別に今まで緋乃に興味があったわけじゃなかったからですねー。いつも逃げてる人なんてほっといてもそのうち死にますしー」
目の前でそんなことを言われるとさすがに腹が立つが、私はそのまま口をつぐんだ。
「でも今日はいろいろ頑張ってましたからねー。ちょっとばかり話がしたくなったんですよー」
「話……?」
「はい、そうですよ。まあ、ぶっちゃけ気になったことがあったんですよー。緋乃、この子の魔法の能力当てましたよね?」
倒れたまま首を持ち上げて振り返っている私に向かって、少年の顔で魔女はにこりと微笑む。この子というのは少年のことだろう。私はそのまま何も喋らなかったが、魔女はそんなことお構いなしに話を続けた。
「あんな少ない情報で当てちゃうなんて凄いじゃないですかー。で、そこまではさすがMCPだけはあるなって思ってたんですけど。その後にこの子のこと、最初は殺そうとしたくせに結局殺さなかったじゃないですかー。なんでですかあ?」
その言葉に旋律が走る。どうやら魔女はすべてをお見通しだったようだ。
「なんでだと思いますか?」
私はそう言うと、なんとか時間を稼ごうと頭を働かせる。この状況をなんとかするためには時間が必要だ。足は何とか動くが、背中に乗られている以上、今の私ではどうすることも出来ない。せめて手さえ自由になればと思い隙を探しているが、私の両手を掴む力は衰える気配がなかった。
――一体どうすれば……。
そんなことを考えていると、不意に私を掴んでいる両手にさらに力が込められた。痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「なんで聞き返してるんですかー? 質問してるのはこっちなんですけど」
「ぐっ……。別にあなたが考えているような深い意味はありませんよ」
なんとかそう言い返すと、魔女の顔から表情がなくなった。人を馬鹿にしたような笑みでさえ一瞬にして消え失せる。
「…………」
魔女は無言で両足を私の手に乗せると、ぱっと握っていた両手を離した。私の両手は魔女の手から開放されたが、代わりに今度は足が乗せられているため依然として動かすことが出来なかった。どうやら足にもそれなりに力が込められているようだ。そして、魔女はそのまま両手で私の人差し指を掴むと――、
「うぐっ、うあああ!」
パキッという乾いた音とともに人差し指に激痛が走った。見ると私の指はだらん、とだらしなくブラブラしていた。
そしてその様子を見た魔女は小さく笑うと、続いて負傷しているわき腹に拳をぶつけてきた。再び鋭い痛みが襲う。
「うぐっ……」
さすがに痛みによって瞳からは小さな水滴があふれてきた。しかしできる限り情けない姿を見せないように、ぐっと唇を噛んで苦痛に耐える。
「まあ、いいです。今日はこれくらいで許してあげますよー。でも緋乃、ひとつだけ忘れていませんか?」
「はぁはぁ……」
魔女の言葉に耳は傾けていたものの、答える気力がなく私はそのまま黙っていた。魔女もそれがわかっているのか、そのまま続ける。
「この子は鬼ですよ? そして今は鬼ごっこの最中。つまり――」
溜めるようにそこで区切ると、クスクスと笑いながら高らかに宣言した。
「あなたは鬼に捕まって負けですよー!」
魔女がそういった瞬間、少年の魔法――地面上昇によって作られた大きな壁がガラガラと大きな音を出しながら、ゆっくりと崩壊していった。壁が完全になくなると、今まで壁によって隠れていた道の向こう側が見渡せるようになった。そして、そこにあった光景が眼に飛び込んでくる。
「なっ……」
思わず痛みも忘れて見入る。
大人や子供、老人。何十もの人そこに立っていた。まるで、小さな村から村人全員でやってきたような錯覚すら覚える。ただ普通と違うのはそれぞれどの人にも例外なく頭から2本の角が生えていること。つまりこの人達は全員――。
その結論に達するのとほぼ同時に、魔女が小さく笑いながら口を開いた。
「最初に捕まったらタダじゃ済まない、っていってありますからねー。でも私が干渉したせいもありますからねぇ……。ちょっとズルではあったかもしれないです。そうだ! じゃあ、今回は特別に殺さないであげますよー」
そこまで一気に言うと、魔女は思い出しかのように「あ」と声を漏らした。
「でもそれだと、あまり楽しくないですよねー。んー、じゃあ緋乃が夢から覚めたときに傷が現実には残らないようにしてあげますよ。それなら夢では思いっきりいたぶれますし。私ってば優しいですねー」
私はまるで他人事のようにその話を聞きながら、意識が薄くなっていくのを感じた。失われつつある意識のなか――私は血を流しすぎたせいかな、などと呑気なことを考えていた。




