2.
もし、もしもだぞ? もし、冴えないどこにでもいるような男子高校生がいたとするぞ。しかもそいつは髪の毛がもさっとしてて、周りから海草くんなんて言われてるんだ。それだけじゃない。友達が全然いなくて、唯一きちんと話せるのが幼馴染の沙紀くらい……、って今はあいつの話は置いておくとして。とにかく友達が少ない。それでいつもライトノベルを読んでいる、いわゆるオタクと呼ばれる人物だとする。
で、だ。そいつの住んでいるところは学校の学生寮なんだが、ある日突然、寮に帰ったら自分の部屋の前にすっごく可愛い女の子が座ってたらどうする?
どうせありえないって思ってるだろ? 俺もそう思うよ。もしこれがかなりイケメンで学校でもモテモテのやつの部屋の前だったら、ああ彼女かなーとか考えると思う。でもさ、実際いるんだよね、俺の部屋の前に。さっき言った可愛い女の子が、さ。
もちろんその子は俺の彼女なんかじゃない。じゃあ、なんなのか……と考えるわけだが。俺のネットの友達だったら、幽霊が彼女に……とか、生き別れの妹が会いに……とか考えるんだと思う。でもさ、よく考えてみろよ。現実はそう甘くないんだ。そんな都合のいい解釈は二次元だけでしか出来ないんだ。
じゃあ、彼女はなんなのか。そんなことモテないなんて当たり前の俺にかかれば、一発でわかる。そして、彼女になんて言うべきかも。そうだろう? シロー。
俺はそんな馬鹿みたいなやり取りを心のなかでしながら、自分の部屋に近付く。この時間に下校してきたのはどうやら俺だけみたいで、コツコツという俺の足音が響く。
そんな音を聞きつけたのか、体育座りをしていた女の子が顔をあげた。目が合う。どうやらこっちに気がついたようだ。
「あ、えっと……。シローさんですか?」
聞いてて心地のよいアルトボイスが俺の名前を呼ぶ。どうやらこの子は声も可愛いみたいだ。
俺が無言でいたのをどうやら肯定と捉えたらしく、彼女は立ち上がるとペコリとお辞儀をした。長い黒髪とまつげが揺れ、シャンプーの甘い匂いが漂う。
「私は星野緋乃と言います。実は折り入って頼みがあるのですが――」
「あ、ちょっと待って」
俺はそう言って彼女の言葉を止める。危ない。あと少しのところで騙されるところだった。もしかしたら、万が一の確立で俺に一目ぼれをしたとか考えてしまったが……、そういうモテない男たちの純情を弄ぶ(もてあそぶ)のがこういうやつの常套手段なんだ。俺に頼みとかいう時点でわかりきってることだ。だから、俺が言うセリフも決まってる。
「セールスならお断りだ!!!」
「え?」
たっぷり時間をかけて返ってきたのは、そんな素っ頓狂なものだった。