18.
「さてどうするべきでしょう……」
いつまでもスタート地点にいるのはどう考えても得策とは言えない。そろそろこの先の方針を決めなくてはならないだろう。一応何も考えずにとりあえず移動するという手もあるが、命をかけたゲームでそれは無謀すぎる。
「広場に行ってみましょう」
そして結局考え出した結論はそれだった。確かに鬼の足が速かったり、複数人の鬼がいて待ち伏せされたら捕まってしまう。しかしそれはどこに逃げても同じであるし、むしろ無計画でいるほうが危険だと判断した。
「まずは広場に行って逃げ道の確保。そのあと出来れば敵の確認、ですね」
私はこのあとどうするか決めると、早足にその場を後にした。
「みぃーつけた!」
私がそんな場違いな声を聞いたのは、広場まであと少しというところだった。いきなり曲がり角から現れた小生意気そうな少年が大声をあげながらこちらを指さしている。半そで、短パンの坊主姿。どこからどう見ても、運動好きな元気な男の子だ。ただ普通の人と違うのは頭から生えた2本の角と口元からのびる鋭い牙だろうか。あれが鬼と見て間違いないだろう。
「あ、待てっ!」
私はそれを確認すると、すぐに後ろへ振り返り走り出した。今いる場所は細い道で、さっき少年が現れた曲がり角以外は一本道だ。前方を封じられた以上、急いでここを抜けなければ最悪の場合挟み撃ちにされてしまう。
「逃げるつもりだな! そうはいかないぜ」
すぐ後ろで少年が何か叫んでいるが、今のところ追いつかれる気配はない。どうやら鬼は足が速いわけではないようだ。これなら逃げ切れる。
そう思った直後――。
「なっ……」
地響きとともに目の前の地面が突然に、それでいて素早く上昇した。それはすぐにかなりの高さになり、私の行く手を塞いだ。まるで地面が浮き上がってきたような光景。
「――地面上昇」
不意に背後から静かな声が聞こえた。背筋にぞくりとしたものを覚えた私はゆっくりと振り返る。
「鬼は魔法が使えないとでも思ったか? 残念ながら逃げ場はないぜ」
魔法。確かにその可能性は考えていなかった。どう考えても私のミスだ。
「ですが簡単に捕まるつもりはありません!」
もう逃げ場はない。いつもの私だったら、もしかしたらここで諦めてしまったかもしれない。でも、この夢を乗り切ればきっと。シローさんと沙紀さんと一緒に呪いを解くことが出来るはずだ。
私は寝るまえに抱いた希望をもう一度思い起こしながら、自分の太ももに手を伸ばした。普段はスカートで隠れていて見えないが、私はMCPに入隊してから保身用に太ももにナイフを常備している。未来のシローさんほど上手に扱うことは出来ないが、それでも一応訓練はしていたのでそこそこ戦えるはずだ。夢では普段の格好のままなので、そういう意味では助かったというべきだろう。
「あはは、そう来なくっちゃ。ただ一方的に危害を加えるのは味気ないからな!」
私がナイフを抜き取り、油断なく構えると少年はそう不適に笑った。
鬼ごっこと言っても、何もタッチされたらゲームに負けるということではないはずだ。以前、夢のなかで同じような内容のゲームをしたことがあるのだが、そのときは私が身動きの取れない状態――戦闘不能になったら負けだった。今回はゲームが始まるまえにそういった説明はなかったが、おそらく以前と同じだろう。ならば何もしないで諦めるより、できる限り抵抗させてもらおう。そして相手もそれを承知で私を戦闘不能にしようとするだろうから、逃げ道がない今、戦いは避けられない。
しかし彼には悪いが私にきちんと戦うつもりは毛頭なかった。もちろん少年を倒せるのが一番いいが、鬼ごっこがいつまで続くのか、鬼が何人いるのか、また全員が魔法を使うことが出来るのか……。それらがわからないうちから消耗するのは得策ではないだろう。私の目的はゲームに勝つことではなく、この夢から脱出することなのだから。
「さあ、一緒に遊ぼうぜ!」
そんな無垢な言葉と同時に少年はぐっと左足に力を込めると、一直線にこちらに向かってきた。見たところ武器はない。となれば、いくら女とはいえナイフを持っている私のほうが有利であろう。相手が間合いに入ってきたとき思いっきりナイフを切りつける。武器を持たない、それも子供相手に刃物を振るうことに抵抗がないわけではない。しかし、そういう甘さは時に自分を窮地へと追い込む原因となることを私はMCPで学んだ。ましてやこれは、私を苦しめるために用意された舞台なのだ。甘さを捨てきらなければ、こちらがやられてしまう。後味は悪いがやるしかないのだ。
――それに彼には武器がないとはいえ、それ以上にやっかいな魔法がありますからね……。
完全に捨て切れない罪悪感を胸に抱きながら、心のなかでそう叱責して気を引き締める。間合いに入ってきたときに狙うのは首。一撃でしとめる。それが出来なければせめて体勢を崩して、その隙にこの場を離れる。




