16.
しかし、いくらなんでも年頃の男女が一緒に寝るわけにもいかず――、
「俺は廊下でいいよ」
というシローさんのお言葉に甘えさせてもらうことにしたというわけだ。今は七月の半ばなので風邪を引く心配はないはずだが、やっぱり廊下で寝るというのはあまりいい気はしないだろう。
シローさんには明日改めて謝ることにしましょう……。
私はそんなことを考えながら台所に行くとコップに水をそそぎ、それを一気飲みする。コップの位置は夕食を作ったときに把握しているので、迷うことなく取り出すことができた。シローさんにも勝手に使っていいと言われているので、ちゃんと洗っておけば問題ないだろう。
「さて、そろそろ私も寝ることにしましょう」
夢を視るのはやっぱり嫌だ。出来れば一生寝たくないくらい。しかし当たり前のことながら、生きている限り寝ないなんてことは不可能だ。だからこそ今まで夢に悩まされてきた。でも――。
「それもあと少しの辛抱です。きっと」
きっとシローさんと沙紀さんが協力してくれるなら何とかできる。いや、あの二人と一緒に何としてみせる。
私はそんな期待に胸を膨らませながら、布団に入ったのだった。
※
暗い。最初に感じたのはそれだった。光が絶たれた大きな空間。周りになにがあるのか、なにがいるのかわからない場所。私はそれだけでここが何なのか理解することができた。
「夢……」
そう、ここは夢。呪いが私を苦しめるために用意した舞台。
「…………」
そのことを意識すると同時に私はできるだけ気配を消した。この空間には何かがいる。毎夜ごとに夢の登場人物はほとんど変わるのでそれが何かは断言できないが、確実に何かが潜んでいるはずだ。いつ何が起こるかわからないため油断はできない。そのため、ひとり言も夢ではなしだ。これはただの夢ではないのだから。
『あれー、今日もだんまりですかあ?』
そんな風に周囲に気を張っていると、上空から声が聞こえて反射的に視線をあげる。この空間は上も真っ暗で、終わりが見えない。
「………………」
たくさんの登場人物が毎日変わるなかで、今まで一度も変わったことのない者がいる。それは私とこの声――私に呪いをかけた魔女の少女だ。
『まあ、別にいいですけどー。でもこの時代の宗方志郎に協力を頼んだくらいで呪いが解けると思っているなら大間違いですよー』
幼さの残る甘い声が空から響く。少女の声は聞こえるものの、姿は見えない。まあそれはいつものことなので気にする問題ではないだろう。それよりもっと気にするべきことは――、
『少しは返事くらいしてくださいよ。まあいいです、それより今夜のゲームを発表しましょうかー』
ゲーム。それは夢のなかで行われる命がけの遊びみたいなものだ。もちろん実際に命をかけている私からすればゲームや遊びで済む問題ではないのだけれど……。しかし、朝までにゲームに勝つことができればそこで悪夢は終わりになる。
『さて今日のゲームは……鬼ごっこです!』
やけに芝居めいた口調。鬼ごっこというからには何かから逃げる、もしくは追いかけるということだろう。
『今回、緋乃には鬼から逃げてもらいますよー。普通の鬼ごっこと違うのは追いかけるのが本当の鬼ってとこでしょうか。捕まったらもちろんタダじゃ済みませんからねー』
クスクスと小さく笑いながら説明する少女の声に耳を傾ける。こんな状況じゃなければ小さな子が笑っているという微笑ましい光景だと素直に思えただろう。
『舞台は……そうですねぇ、遊園地なんてどうでしょうか。子どもの頃を思い出しながら楽しんでくださいねー』
少女がそう言うと同時に、暗闇だった空間が一瞬にして遊園地に変わる。周りも明るくなり、どこに何があるのかちゃんとわかるようになった。ジェットコースターにメリーゴーランド。この遊園地は見覚えがある。確か、昔――まだ私がMCPに入隊するまえに母に連れてきてもらった遊園地だ。
『どうですかー、まだ普通に生活できていたころの数少ない良い思い出の場所ですよね? このあとMCPに入隊して、他の子どもたちと同じように生活できなくなってしまいましたからねー』
「………………」




