10.
「今、開けるよ」
俺は内心ため息をつきながら、鍵を外してドアを開ける。すると、外には鍋を両手で持ったジャージ姿の幼馴染の姿があった。鋭い猫のような眼がジャージと合わさって、活発なイメージを持たせる。
「ほら、これ。どうせまたインスタントなんでしょ?」
そう鍋を差し出されそのまま受け取る。透明のフタからはカレーが顔を覗かせており、食欲を誘ういい匂いが漂ってきた。
「昨日作ったやつだけど、ちゃんと寝かせたからそれなりに美味しいと思う。シローはインスタントばっかりなんだから、たまには栄養のあるもの食べなさいよ?」
「わかってるよ、いつも悪いな」
沙紀がこうしてご飯のおすそ分けを持ってきてくれるのは初めてじゃない。いつもインスタントばかり食べている俺を心配して時々こうやって持ってきてくれるのだ。まあ、今日は緋乃さんがご飯を作ってくれたからインスタントではないのだが。
「にんじんもきちんと食べるのよ! って、あれ? なんかシローの部屋からいい匂いしない?」
「ああ、さっきインスタント食品をレンジで温めたから」
咄嗟に嘘を吐く。たまには料理をしてみた、と言うか迷ったが食べさせてと言われそうなのでやめた。しかしそんな俺の目論見は甘かったらしく、
「怪しい」
とジト目で睨まれてしまった。うーん、沙紀は変なところで勘がいいんだよな。
「…………これ絶対インスタントの匂いじゃないよ。こんな美味しそうな匂い、インスタントじゃ出せないわ」
沙紀はくんくんと匂いを嗅ぐと、そんな感想を漏らした。というかインスタントじゃ出せない、というのは失礼だと思う。最近は美味しいのもかなりあるんだぞ。
「何か作ったの?」
「あ、ああ……」
インスタントと言い張っても、今度はそんなインスタントがあるなら食べさせてと言われそうなので、しぶしぶ肯定する。
「じゃあ、ちょっと食べさせてよ」
そして案の定そんなことを言ってきた。というか沙紀の性格を考えると、なんて言ってもアウトな気がする。しかし沙紀がこう言い出すことは想定内のことだ。
「それがちょっと焦げちゃってさ。また今度、ちゃんとしたのが出来たら頼むよ」
こう言われてはいくら沙紀とて了承するしかないだろう。いくらなんでも焦げたものを好き好んで食べる人は少ないだろうし。
しかし沙紀はクスクスと小さく笑うと、
「そんな謙遜しなくてもいいのに。こんな匂い出せるなら十分だと思うわよ」
そう言って、俺の脇をするりと抜けて行った。どうやら沙紀は自分で料理をするから、匂いでどのくらい失敗したかがわかるみたいだ。
ていうか、俺は何普通に部屋に入れているんだ!
「ちょっと待って、沙紀! ここ女子禁制だから」
俺はそう言って、沙紀の後に続いた。力ずくで止めることも出来たが今は鍋で両手がふさがっているし、なによりわざわざご飯を届けてくれた幼馴染にそんな真似はしたくなかった。
「大丈夫よ、きっと。ちょっと味見するだけのつもりだし、管理人さんに見つかったらあたしがちゃんと説明するから」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
寮の部屋はそう広くはない。そうこう言ってるうちに沙紀はリビングの部屋へと続くドアの前に到達してしまった。そしてそこに手をかけ――、
「お帰りなさい、シロー……さん?」
「え? だ、誰?」
そんな二人のやり取りを後ろで聞きながら、盛大なため息をついたのだった。




