≫中編≪
茂、美那、治の三人はポテトチップスを摘まみながら、今夜の話をしていた。
美那が早速、夕飯について悩んでいる。
「どうする? お夕飯」
「僕ん家、食べ物殆ど無いよ」
「お前、いつも何食って生きてんだ?」
「レトルト食品、が殆ど……と言うかそうだね。僕は電子レンジとポットを使うのは匠レベルだからね」
「そんなの誰でもできる。馬鹿かお前」
「馬鹿とは何だ。馬鹿とは」
二人はまた、お互い喧嘩腰になる。こう見えても、二人にとってはじゃれあっている様なものだ。
美那がおどおどと二人を仲裁。
「まあ、二人とも。……処でムッちゃん。ポットって言ってたけど、カップ麺ばっかり食べてるの?」
「カップ麺ばかりじゃないさ。栄養が偏らないように味を変えたり……」
「もう既にかなり偏ってるぞ。……お前の脳ミソも」
「……何だって?」
二人に耐えかねた美那はガタッと立ち上がって。
「ちょっと!! もうっ。皆で買い物に行こう? お夕飯と明日の朝食に……あと、お弁当の分」
「え、お弁当も?」
「お前、いっつも食堂で食ってるからな。たまには良いんじゃないか?」
「いや、常連だから色々とおまけしてくれるよ?」
「あっそ。よし。じゃあすぐに行くか。美那、仕度出来るか?」
「うん、大丈夫だよ。と言うか、実はさっき終わらせてたんだよね……」
その行動の早さ、計画性に二人は声を合わせた。
「「ちょ、早ッ!!」」
かくして、買い物を終え、帰宅した三人。
「も~。ムッちゃん、おやつばっかり買って」
「だってお泊まりにはおやつデショ」
「ミッちゃんはチーズ買っちゃうし~」
「チーズは美味い」
呆れて台所へ向かう美那の姿を見ながら治が言う。
「処で何作るの?」
「話聞いてろよ。カレーだよ」
「何でしげっちが答えてるの。てか、言ってた?」
「さっき言ったよー」
ふぅん、と呟いて治はテレビを見始める。
ちょうどニュースの時間で特番に釘付けだった。
『煙草、お酒、麻薬の依存性について何ですがーー』
治がニュースから目を話さずに言う。
「最近、麻薬とか多いねぇ」
「やっぱ両親が警察だと気になることなのか?」
「んー多少なりともね」
そこでチャンネルは変えられ、バラエティー番組に切り替わる。
美那が料理をしながら興味津々で覗き見ている。
「しげっちはどう? 家の方でも麻薬の話あるの?」
治に急な質問をされ、少し戸惑うが、すぐ返答をする。
「まあ少しなら。特に閑が何かしてるらしいからな」
「しずっちが?」
「しずっちって何だよ」
「しずかだからしずっち」
「あんなの、ただのクソでいいだろ」
珍しく美那が横から口を挟む。
「仮にも兄弟なんだから……それに言葉遣い悪いよ」
「……悪い」
「しげっちはみなっちには素直だよね」
「うるさいッ!!」
「あはは。あ、カレー、もうすぐだから待ってね」
「ナニコレ。うま……」
カレーが完成し、早速、三人は食事にする。
治はその美味しさに驚きを隠せないようだ。
「確かにこれは美味い」
「ちょちょ、どーゆー魔法を使えばこうなるの?」
「魔法なんか使ってないよー」
殆どレトルト食品生活だった治には新鮮だろう。
美那も嬉しそうだ。
食後、美那がある提案をした。
「あのね、ミッちゃん。私、ミッちゃんの事よく知れてないと思うの。だからミッちゃんが良ければ私にミッちゃんの家のこと、教えてくれないかな?」
「さんせーい。親友だよ? 僕たちは。知っておかなきゃならないこともあるんじゃない?」
「あまり人様に話す事じゃなが…………」
茂は申し訳なさそうに口を開いた。
×
小さな団地の一室。当時六歳の茂がぽつんといる。
ガチャっと玄関の方から音がする。その音を聞いて、茂は玄関へ走っていく。
「おかえり。お母さん」
「……ただいま」
帰って来たのは茂の母親。茂は母親が何処に行っていたかなんて知らない。そもそも、知らされていないのだ。
「茂。元気にしてたか?」
ふと、何処かから男の声がする。玄関の外。少し覗いてみると優しい表情をした男がいた。
「あっ! お父さん!」
茂は裸足のまま、外へ出ていく。
「あ、こら!! 茂! 靴履きなさい!!」
「まあ、そう、怒らず……」
「お父さん、今日はどうしたの?」
「ちょっと時間があいて暇だったから」
三人は家に上がり、母は「お茶入れてくるね」と台所へ向かった。茂と父は二人でおもちゃを取りだし遊んでいた。
多分、きっと、母が家にいないときは父にあっているのだろう。あの人は父が大好きだから。
だから余計、離れられなかったのかもしれないーー
父は暫く忙しいとかでなかなか会えなくなった。母は少し、寂しそうにしていたが普通に日常生活を送っていた。
そんなときだった。父の妻、閑の母親から手紙が来たのは。
内容はもう二度と父に会うなと言うこと。当時十歳の茂でもさわかる。脅しの手紙だった。
母はすぐ父に電話した。どうにかしてみると言っていた。正直大丈夫かと心配にもなった。
そして、脅迫の件は父が何か言ったのだろう。すぐにおさまったが、この頃から母は毎日怯えて暮らしていた。
茂、当時十四歳。母の面倒を見つつ、学校へ通っていた。ときどき父が様子を見に来てくれた。
×
「ちょっと、それ結構最近じゃん」
治が口を尖らせる。
「そうだが?」
「いや、そうだが、じゃなくて」
「そうだよ。何か、役に立ちたいし、教えてくれたら良いのに……」
美那は俯いた。
二人に話した処で状況は変わらない。
治が言う。
「お母さんはどうしたの?」
「死んだよ」
美那は驚きを隠せないようだが、治は動じない。予想していたのだろう。
「精神が安定しなくてな。自殺だよ」
「ま、脅迫されればね。しかもヤクザの奥さんから」
「で、まあ、そのあと父さんにが俺をあの家にブチ込んだんだが……」
「そこで大嫌いなお兄様とご対面?」
「ああ。でも昔は今ほど酷くなかった」
「え、そうなの?」
治が少し意外、といった顔をする。
茂が続けた。
「昔は少し、優しかった」
茂は思い出す。昔のことを。
いつもならこんなことはしない。二人と居れば楽しいことが次々に起こるから、そんなことを長々と思い出している暇は無かった。
だからこれは良い機会なのだろう。
茂は軽く深呼吸をして、二人を見て、記憶をたどり、言葉を探し、選んで話し始めた。
「あの家に行ってからは、最悪な日々が続いたーー」